No.846

澄んだ風に黒い髪がなびく
触らないで
誰にも何にも触らせないで
私はあなたのものだと跪いて欲しい

死がふたりを分かつなら
死をもたらすものを排除して
予測変換のでたらめをピリオドで黙らせる
冷酷になるくらい何度でもする

優しい笑顔の優しい人が
本当は怒りを湛えてるの知っていたんだ
分かるんだ
目を逸らさないとなじってしまうほどに

汚されなかった空白が
今は保身を嘆いている
誰にも言えないでいる
聞いてくれぼくは非常識なまでにさみしい人間

おまえはうつろな瞳でぼくを見る
うつろに見える瞳でぼくを見て
骨のように白い腕を差し出す
望むならきっと連れて行ってあげよう

甘美な極彩色の世界だそこは
望むことから解放されるそのものから解放
すべては取り上げられもう自由に悩まされない
知っているかあなたが苦しいのは自由のくせに空っぽだからだ

正論に次ぐ正論
ただしさは人を殺すと言うが
物理的にそれは可能だろうか
知らないが自分の体が溶けていく音を耳元で聞いた

ありがとうもさようならも言わない
十六で望んだ結末をいま手に入れる
いま手に入れたっていま手に入れたって
言いかけた台詞は後悔になる前に砂と吹き荒れる

今夜おまえは誰のもとに現れる
生前ぼくが愛した概念によく似た姿
少年少女の夢に出てきて甘ったるい夢を植え付ける
人ひとりの生を食らうずいぶんと息の長い死神なんだ

2+

No.845

投げつけた言葉の
威力を確信できなかった
大丈夫だろう
甘えていたんだ

きみは強い
強くて平気だ
受け止めてくれる
衝撃に倒れたりせずに

季節が終わろうとするとき
始まりにばかり目がいって
大切なものを捨てたくなる
捨てて生まれ変わりたくなる

誰にでもできることじゃない
自由を渇望しないひとは
渇望する姿を見せなかっただけ
見せてくれなかっただけ

怒りの感情が何かに変わる
青い空に向かって、ほら吸い込んでくれ
酸素を、文末のかけら、夜の星の残像を
願うのは無力の証、そばにいたいと言え

会えたら言いたいこと
会えたら話したいこと
結んで開いた手で優しいまま驚かせたい
その瞳にも収まりきらない光量で以て

4+

No.843

逃げ込む先を探していた。本当は誰より早く見つけたかった。秘密なんか守りたくなかった。懐かしいものになじられるのは御免だ。あんなに暑かったのに。あんなに眩しかったのに。夏はまた過ぎるんだ。当たり前に過ぎるんだ。かき壊した皮膚が涙を流す、無視されたくなかった。耳を傾けてくれれば、あなたそんなに苦しまなかったのに。違う。違う。違う。否定して肯定を待ってる。おまえはぼくの単なる皮膚、あくまで構成要素、の一つ、剥がれ落ちて再生するもの、脆い命を包むもの。生きていたくない。呟いたぼくを「そんなはずはないよ」と否定する。否定なのに肯定する。生きているとこんなちぐはぐにたまに会う。生きていたくないんだ。振り払うように繰り返すと、言葉は放棄により終わる。豊穣、ぬくもりの世界。いつか消えるからいまあたたかい生き物の魂。ぼくを拾うために何を捨てたの。意地の悪い質問に、いいや拾わせるために捨てたんだ。そう答えるおまえの、躊躇わないところ、いつか自分にも向けられる眼差しだと覚えておくよ。責めはしないよただ覚えておく。

4+

No.842

思い出してから始めるなんて不純だよ。きみが唇を尖らせる。もっと他のことをしたら良いのに。忘れてたのなら。本当にはそれを望んでいないのなら。

誰かを攻撃したいんだな。攻撃された?そして、傷ついたんだ。図星だったんだ。そうだろう、正解は人を苦しめる。さっききみがぼくを苦しめたのと同じくらいに。

強くないのに、なぜ生きようとするの。ちっとも強くないのに。

きみの問いは問いから懇願に変わっていく。最初からそうだったかな。なぜなんて、考えたこともない。生きている実感が一日も無かった。少しだけ生命力の残ったおばけみたいに世の中を渡っていた。

まばたき。そう、瞬きなんだ。星が一瞬だけ光る。蝶々が羽を休める。次の瞬間にはもう、そう、別のことを考えるだろう。それと変わらない。意味を考えることも、生きることも。

むずかしいことではなんだ。

納得は、いってないだろうな。どんな言葉をかけたって納得しないのだから。言葉の役目は終わったようだ。きみは問答を放棄し、ぼくの背中に健やかに眠る。

5+

No.841

何物にも縛られなかったとしたら、どうなりたかったんだろう。何もぼくらを束ねないんだとしたら、どう。自由にならないこと前提で、今より甘い話をした。悪いのは他にあって、ぼくらいたいけなのに痛めつけられて。吹聴して回るけどそろそろ耳を貸してくれる生き物はいなくなって、お互いを見張るような毎日に平和と名づけた。ぼくには昔から癖があって、なるべく実態と裏腹な名前をつけることにしてんだ。滑稽さが加わるように。純度の高い悲劇に陥らないように。意のままにならない感じを愛でるように。だってほんとさ、何一つ意のままにできないんだ、ぼく、非力でしょう、庇護が要るんだ、愛が要るんだ。銀の網目をくぐれる気がして、罠かもしれない予感を無視した。きみが食べ物を探しているだけだと分かっていたけれど、必然に見えるなら良かったんだ。まわりから見て運命に見えるなら、それで良かったんだ。孤独を演じていたつもりだったけど、少しもそうでないものを演じることは誰にもできないね。ぼくは食べられていき血肉になっていき初めて、誰かを好きになる人の気持ちがわかった気がする。忘れられない理由がわかった気になる。きみは忘れるね。一日の食事。明日にはまたべつのぼくが、銀の網目をくぐることに失敗する。

2+

No.840

不完全な暗闇のなか、あなたを見た。完全な暗闇にあるかのよう、手のひらで輪郭に触れた。だって、ほら、分からないでしょう?本当かどうかは。幻を見ているんじゃないと言えないから。青い目と赤い目を持ち、もう平気?と問いかける。からかっているのか、やめて欲しいということなのか。どれだけ一緒にいても心は読めない。わかっているんでしょうと言われ、あなたは、じゃあ、わかるのか。ぼくの抱くよこしまが、嘘が、見抜けるのか。(そんな優しい目をしないで)。許されていることに鈍感でいたかった。鈍感さはまたあなたに触れる言い訳になるから。この、不完全に透明で、しずかな、永遠に取り残された夜のようにいられるから。

2+

No.839

こつこつと積み上げてじょじょに愛されているひとを見ると怖くなってしまう。ぼくではないんだ。まさか、ぼくではないんだ。生まれてからずっとそうなりたいなと思っている存在がぼくではない。という事実。

光はここにあるんだと教えてもらっても実感はわかなかった。教えてもらったからだろうか。自分で見つけないといけなかったんだろうか。ぼくの思考は窮屈で、ときどき独特。光の定義をし損ねて。

メロンクリームソーダの緑と、狭い場所に沈んだ真っ赤なチェリー。どちらかが毒だとしたらどちらだろう?どちらも毒だとしたら強いのはどちらだろう?ストローはなぜ耐えうるのだろう。舌はなぜ耐えうるのだろう。呑み下した食道は、胃は。そう、妄想だからだ。

同じように紡いでも、救えるひとと救えないひとがいる。すくい上げてくれる人とそうでない人がいる。炎天下、あと何年も生きていくかも知れない予感、もたつく肉体、マスクの下の舌打ちは誰へも届かない。

誰かにはとどいてほしい。とどいたよと教えてほしい。せめて合図がほしい。あの星が光って見えるのは、何億光年も昔にあれが一瞬光ったからでしょう。ぼくは待っている。忘れたころにふっと、自分が願ったことを思い出すのを待っている。

目の端に覚えのない青い光をとらえ、それを切望している人を笑っている。

2+

No.838

時刻が産まれた日付でとまる
産まれた、ぼく産まれた
すぐに過ぎ去りすぐまた巡る
命だけ例外だとぼくには思えない

信じたことは夢でしか見られなくなった
軌道修正に手遅れの夕方
知ってる夏の中に道を見つける
臆病な自分が水たまりのなか歪んだ笑顔を見せる

強い自分でいたかったよ
弱さを見せられる相手がいないなら
いつだって受け止められたのに
助けが必要だと認めたくない強がりのせい

約束が裏切られる瞬間を見た
ああはならないと言い聞かせた
間違いだらけでいいんだよ、
言ってくれたきみがいま幸せなら良いのに

3+

No.837

フィルター越しに見る世界
きみの肌が汗ばんでいく
細胞は生きることを忘れていない
きみだけが忘れてしまおうとしている

救いってなんだろうね
始まって終わるってさ
探すとか見つけるとか
愛だの恋だの胡散臭い

口調と裏腹に瞳の奥は凪いでいて
きみは遠いところにいるんだね
寂しいけれど寂しくなさそうだね
出した手紙はきっと届かないね

外気が体温を超えた一日
生き物の儚さを嘆く慈悲の目で
誰かがぼくらを見下ろしていた
まなざしが光となり容赦無く降り注ぐ

まぶし、と目を離した一瞬の出来事
透明の風鈴が無数の虹を辺り一面つくり
懐かしいと美しいに塗れて気が遠くなる
白い雲と青い空のもっともっとむこう

ああ、きみ、そこにいたのか
ぼくもそこへ行けるんだ
願うだけで、体なんかを残して
手放すのではなく溶けただけか

これ以上無いくらいの融合だ
夜を怖いと、
星を遠いと、
思っていたのは喧嘩を覚えた大人たちだけ

ほんとうは優しい
ほんとうに優しい
浅い眠りのようで疑っているよ
握る手はそこに無いけれど

カレンダーの日付けは巡っても
同じ一日は一度も来ない
何を差し出しても取り戻されることはない
だって溶けたから、飲み込まれてひとつになって

(昼寝か?)

覚醒間近
ほかの誰でもなくきみの声
ありがとう、また会いに来てくれた
目を開けない約束でぼくは、日に焼けた両腕を伸ばす

(夢のまた夢)。

2+

No.836

冷たいのね
言われて疑問が生じる
ひとって温度なんだろうか
触れてもいないのにあなた分かるのか

境界線は消えたよ
消えたと思う
消えたと思いたいひとが増えたと思う
秘密の部屋を覗くのはもうおしまい

秘密が秘密でなくなったから
欲しいものがなくなったから
正体がなんであれぼくは
誰にも知られない領域が欲しかった

草だらけの空き地も所有者がいて
自由奔放だったあなたにも首輪が見える
忌避したくなったんだ
そのことを伝えたら冷たいと言われる

あのね、ぼく本当に楽しかったです
ながい夏休みの入り口みたいにそうでした
終わりがわかって永遠に飛び込むような
意味不明に飛び込んだあなた輝いて見えた

これから百年おなじことを詩に書くだろう
ずっとそうしてきた
あなたは知らないんだ
ぼくは最初から赤の他人と同じように冷たいんだ

5+