No.702

嘘にならないようことばを選んだ
選ばれたことばなんて嘘だよ
指摘されてことばにつまる
しかも「いつか」って最悪だよ最悪

ひさしぶりの怠惰な週末
回復力を信じてぞんざいに扱う
ぼくの肌は跳ね返す
光や水を跳ね返すから

必ずとは言わないが本物は毒だ
足りないものを見せつける
ぼくに不足するものを羅列する
それでもいいよってだれか言ってよ

誰かが欲しかった時間
誰かが欲しかった未来
誰かが欲しかったきみ
だけどぼくの、これは今ぼくのものだ

1+

No.701

眠れなかった朝
静かに糸をたぐり寄せた
どこかの知らない誰かが
光ではしゃぐ動画を見る

隣ですこやかに眠る
あなたが冷たかったらいいのに
そうしたらぼくは解放されるのに
今日も傷つけるかもしれないな

風が見えるような朝
たくさんあった反対の声を思い出す
自分がどう言い返したのかを
自傷は罰にカウントされないのに

生きていくこと
生活をやめないということ
信頼していないとできないことだ
信頼とは盲信と期待、ほんのすこしの

ぼくは道で刺されるかも知れない
鉄骨に押しつぶされるかも
自動車が乗り上げたりとか
喫茶店でのむコーヒーに猛毒が

あなたはぼくの話を笑わずに聞く
すばらしい忍耐だと思う
同時にかわいそうだと思う
このひとを縛ってはいけないと思う

好きでここにいるんだよ
そんな言葉を待っている
隣で眠るあなたが冷たければいいのに
祈るぼくはずっと素直じゃない

あってはいけないことだ
奇跡はいつまでも持っていてはいけない
自分から手を離さなくては
あちらから離される前に

素直になれない自覚があって
本音が行き場をなくしてる
そうかな筒抜けだよとあなたが笑う
こんなときだけ光が恋しい

3+

No.700

なにもかもが違って見えた。比喩なんだけど比喩じゃなくて、だんだん呼吸になっていくのがわかった。あなたは遠い人だった。ぼくが手をのばしたくらいでは到底とどかないような。なごりで今でも手をのばす。勘違いしたあなたが「何が欲しい」と拗ねる。正直になろうか偽ろうか、迷ったあげくに嘘をついた。べつに欲しくないよ。種明かしまでの至福な時間。ぼくは自分が思っていたより性格が悪いようだ。今がどんどん呼吸になって、やがて一体化しちゃうような、そうしたらこの至福も消えてなくなるんだろうか。愛しているのに愛したい。愛されているのに愛されたい。足りたときは終わりなんだろう。いつか来るのかもしれない。でも今じゃない。それは、今じゃない。呼吸に向かう途中、平衡という錯覚、少し息苦しい。庭に咲くクレマチスを切り落とせない、臆病な手であなたをつかんだ。

2+

No.699

ぼくがいない夜は光らないで
だれかに希望を持たせないで
だれかに夢を見せたりしないで
ぼく以外の誰も照らさないで

いけないおねがいを積み重ねて
いつのまにか正当化してしまう
見惚れるような鮮やかな手法で
愛なんか花束に変えてしまう

世界とかむずかしいことじゃないよ
少なくともきみがそう思うよりね
なのにむずかしくしてしまう
たぶんきみは簡単なことが怖いんだろう

そう言い当てて花束をまた愛に変える
言っていることはわかるよ
分かるけどうなずきたくないよ
分からずやのふりでつなぎとめるから

窓のむこうに赤い星
瞬きすると青い星
いつか欲しかったネオンのおもちゃ
ぼくはきみとこんな日々を過ごしたかった

3+

No.698

傲慢だとしても
ズルだとしても
甘いと言われても
逃げ腰と笑われても

勘違い半分でも
正攻法でなくても
間違いだとしても
あかい血が流れても

きみのまわりを埋めたい

やわらかいもので
あたたかいもので
やさしいもので
ひかるものとくらいもので

きれいなもので
かわいいもので
いいかおりのするもので
うらぎらないもので

人のことあまやかすの良くないよ
本人が眉をひそめても
そう、あたり、ぼくのエゴ
だからしばらく自由にさせて欲しい

褒めて欲しいわけじゃない
いっそ哀れんでくれてもいいや
遠くまでみえる天体望遠鏡を買ったんだ
ぼくたちには奇跡以外なにもないよ

4+

No.697

生まれた時に与えられた白い紙を
白のままにしておけなくてことばをのせた
安心して生きていると
また白い紙を与えられてことばをのせた

剥がされながら潤されていく
ことばは血ということだよ、
あこがれてやまない声がした
夢の中ならきみを思いどおりにできる

蛇口をひねり
透明なコップに水を注ぐ
傾けて喉に流し込む
ぼくたちをどうにかする星粒と

きみの仕草ひとつひとつが
ぼくには救済に見えてんだ
ほころびた世界を修復しているんだろう
ぼくをもう少し生かしてくれるんだろう

どこにもたどり着かないこと
それが答えなのかもしれない
スパイスたっぷりのカレーライス
気まぐれな手料理は懐かしい味がする

ぼくは塗りかえようとしていた
きみがぼくに無自覚にさしだす
すべてでもってこれまでのすべてを
つくりものの懐かしさなんて感じてまで

つながってみてわかったよ
体の奥ってからっぽじゃないんだ
だれにもいわなかったんだ
空洞を見たくなくて吐き出していたこと

堰を切っていまあふれ出すもの
ずっと閉じたままのぼくの喉から
きみの名前とカシオペア座が出てくる
新しい白紙が急速な愛で埋め尽くされる

4+

No.696

たのしいことがない。いきがいがない。おぼれないよう泳がなきゃ。迷惑をかけないよう。不快にさせないよう。誰かに笑われるのでもいい。その子がすこしまともになれるのなら。渡せるものなら渡したいと思う。与えられるものなら与えたい。分解されることを祈っていたりもする。きみはちがうよと言う。おまえのそれは祈りじゃなくて。(じゃなくて?)。なんだろう、それに続く言葉、が、ぼくにはわからないよ。うまく穴埋めができない。足りすぎたり、減りすぎたり。ぼくにはとどかない。ぼくへとどけることができない、という不足をきみに与えたこと申し訳ないと思う。夢を見ていて、ゆめをみていて。ぼくに心臓があって、呼吸したら体温がともるような、うそでもほんとうでもどっちでもいいや、そんな夢を見ていてよ。奇跡や希望じゃ手垢まみれだ、まだ汚れていない、汚すことはきっとできない、きみの柔らかな絶望を見せて。

1+

No.695

ぼくは若くない
一般的には
ぼくはおじいちゃんである
気持ちの上で

いつも今日が最後だと思ってる
陽だまりの中で
猫が寝転がっている
きっと泣かないでいてくれる

怖くてたまらない夜もあった
眠るように死ねるとは限らない
ひどく苦しんで死ぬのかも
言いたいことを言わずに後悔しながら

エンドロールを何よりも楽しみにする
そんな子どもだった
はやく現実に戻りたい
気もそぞろに映画館を後にする

そんな雰囲気の中でじっと座って
強制的に明るくなるまでそこにいる
きょうもぼくが一等賞だ
だけどその日はきみがいた

学校は?
行っていない
なぜ?
明日死ぬ気がしたので

へえ
ぼくはきみにオレンジジュースを
注文しようとするが不満を示され
もしかしてコーヒー?

そっぽを向いたまま
こくりと頷く
じゃあセーフティーネットとして
ぼくがオレンジジュースで

いろいろな話をする
長いお休み
スイカ
宝石
エプロン

聞き役に徹していると
そろそろ話すこともなくなったか
あなたは、とぼくに向けられる
ぼくより死に近いのに幸せそうですね

ずるいな。

ぽつんとこぼしたその一言が
きみがずっと言いたかったことだろう
そのあとはあっけらかんと
ごちそうさまをして別れる

そんなでぼくはすこし機嫌がいい
いくつになっても年下に
ずるいと言わせられる大人でありたい
あれは初めてずる休みした日のぼくだ

今日初めて会ったぼくのことを
ずっとずっと覚えていて
きみがやがてぼくになるんだ
砂糖を入れないコーヒーは苦かったなあ

3+

No.694

あなたが暴いたあなたの秘密に、ぼくがどう思うかは放っておいて。
朝にする散歩、スニーカーの底をふかふかさせる感触に気づいて視線を落とす。
道沿いの垣根から落ちたいくつものちいさな花だった。
つい昨日はなかったものだ。
ということはこれは、一夜のうちにいっせいに生まれた死なんだ。
まだ誰のものでもない光の中で、少しだけ目を細めて振り返ると、花の落下はどこまでもつづいているのだった。
一律の死。
眺めても悲しくないのは、悲しむものがいないからだな。
橙の猫も、神社の鳥居も、今が盛りと咲く花も、それぞれの日常をおくるだけ。重なり合っても文句は言わない、時には生まれてくるものも平気で見放す。
考えごとをしすぎるんだよ。あなたの言葉が聞こえた。幻だとわかっていた。おまえは考えすぎて、まわりがよく見えなくなるんだ。深く考えるのもいいけれど、たまには呼吸しにおいで。ひとがこわれるのは、かんたんなんだ。とくに、じぶんをつよいとしんじるひとにとっては。
再び前に向き直って、この先も花の落下がつづくのを見る。
迷って、踏みながら進むことに決めた。
ぼくは、花の死を、悲しまない。
今日あなたに会ったらどんな顔でなんて言おう。
白紙に戻して、もういちど想像してみるんだ。
ぼくがどう思うかは放っておいて、じゃない。
ぼくが思ったことを少しだけでも聞いてみて、だ。
いつもの散歩ルート、折り返し地点までまだ遠い。
会いたい気持ちを抑えきれなくなって、イヤフォンのボリュームを少しずつあげた。

2+

No.693

あなたが息をしている。奇跡って、何度だって呼んでやる。現像を忘れられたフィルムカメラが、裁縫箱で眠ってた。知られたくない、でも捨てられない。そんなものばかりだね。そんなものばかりだ。名前を捨てたら軽くなれると思ってたんだ。ねえ、きみ。ふたりきりなら名前なんかあってもなくても関係ない。しまいには言葉だって曖昧になるだろう。もともと曖昧だったんだ。それがたしかだと信じようとしたんだ。まだ濡れているカップに、砂糖漬けの花を浮かべていく。溶け出す茎が、葉脈が、ぼくたちの先祖へつながっていく。きみはいつか、貝殻だった?ぼくはいつかそれと、ガラスとを交換したことがあったと思うんだ。ひっかかれて赤くなる。胸がチクリと痛む。死ぬことは怖くてちっとも慣れない。もう何度となく繰り返したのにね。ほんとうは幸せなことなのにね。さよならを言えるなんて。ちゃんとさよならと言って別れられるなんて。きみのする最後の呼吸が波のように引いていくのを、目をつむってぼくは肌で感じていた。きみはえいえんと遠ざかるのに、ぼくの体は終わらない海で満ちていった。

2+