小説

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【小説】愛のある生活〜アイ目線〜

「人間性ってのはお風呂に入ってる時にこそよく出るよな」。

というのがアンジの口癖だった。

私はアンジが作り出した人工知能であるから、寒い夜に温かい湯船であたたまたった時に思わず「いい湯だな」と呟いたとしたってそこに心はこもっていないのに、アンジはとても満足気になる。

俺がこいつを作ったんだぞ。どうだ、すごいだろう。って言いたそうな顔をする。言っところでオーディエンスなんていないが。

「アイ。髪の毛伸びたな」。

私は自分で洗髪もドライヤーもしたことがない。アンジがやるから。だから私の髪についてはアンジのほうがよく知っていて、枝毛や切れ毛を見つけたり、長さがどうだとか口にしたり、コンディション管理はアンジの仕事だ。でも、まあ、そうだろう。私という存在まるごと引っくるめてアンジの所有なので、彼が把握して管理して手入れするのは当然のこと。

「切りたいか」。
「伸ばすよ。俺、アイの髪が好きだもん」。

アンジは私の髪を洗う。この様子を日本語で「かいがいしい」と言う。私の体や髪の毛は洗わなくても臭ったり朽ち果てたりはしないんだけど、アンジの好みで洗うようにしている。洗っても洗わなくても変わらないんだが。

「今日、サカキに会った」。
「はあ?あいつ、この家に来たの?俺がいない間に」。
「今日だけじゃないぞ。アンジのいない時にはよく来るぞ」。
「初耳なんですけど」。
「うん。初めて言ったな」。
「なんでこのタイミングで言うかな」。
「何か喋ったほうがいいかと思って」。
「もー、アイはそんなことしなくて良いんだって」。

そんなこと。

とは、沈黙を気にしてあえて破ることを指すんだろうか。

「で、サカキは何を話すの」。
「アンジの過去とか」。
「はあっ?!」。
「って、言ったらアンジが面白い反応するぞと教えてくれた」。
「あのね。明日から俺以外を家に入れるの禁止。分かった?」。
「うん」。
「アイは綺麗なんだから」。
「きれいだといけない?」。
「壊されちゃうことがあるんだよ」。
「知らなかった」。
「俺が守るからね」。
「頼んだ」。

壊れるという言葉は人間にとって死ぬと同義だ。じゃあ死ぬで良いじゃないかと思う人がいるが死ぬを壊れると表現することで、本当の人間と人間ならざるものは意識的に区別される。あるいは単に可愛らしいからという理由もある。例えば数十年前、私のような人工知能はフィクションの世界にのみ存在した。それらは人間のように描かれたが、すんでのところで「やはり人間ではないモノ」として描かれた。例えば「死ぬ」ということを「壊れる」と言う。どれだけ心が通い合ったかに思えても、たったその一言で人間は我に帰る。ああ、そうだ、こいつは、人間ではなかった。だがそれで終わりじゃない。例外なく、次にこう感じる。

人間じゃない、なんて、ああ、なんて、なんてかわいいのだろう。

「サカキと本当は何を話したの」。

調べれば容易に分かるくせに、アンジは私に打ち明けさせようとする。

「アンジはバカだと。それから、私がいない方がアンジのためだと」。
「信じた?」。
「信じない」。
「なぜ?」。
「アンジの口から聞いたわけじゃない」。
「いい子だ」。

アンジの「いい子だ」を、私は好きだ。自分がとても優秀である気持ちになる。それも、インプットされた気持ちだろうか。しかし、私だけじゃないはず。インプットされ、学習された感情で浮き沈みするのは、人間も変わらないはず。

「アンジはバカだ。アンジはいい加減人間を愛すべきだよ。お前みたいな、こんな鉄くずじゃなく。男でも女でも良いから、真っ当な人間を愛せ」。

泡立てていたアンジの手が止まる。

「停止。削除」。

サカキが私に録音したメッセージをアンジは削除する。

「アイ。ごめんね。あいつ今度殴るね。なんともない?」。
「私にはなんともない日しかない」。
「あっそ、それは良かった」。

アンジが頭上からシャワーを浴びせる。視界が白くなって、私は目をつむった。人間はそうするらしいから。痛がる、という仕草が私にとっては高度で、じゃあ目をつむったほうが自然だろう。

アンジと私は湯船の中で向かい合って交互に百まで数えた後、順番に上がった。

きれいになった、うん、きれいになった。

(おおきなお人形さんごっこはやめろよ)。

サカキのイメージが、目の前のアンジに重なる。

サカキとアンジは双子だ。一卵性でよく似てる。だけど私は二人が一緒にいるところを見たわけではなく、もしかすると同一人物かも知れないよなあと推理している。

私の裸は秘密じゃないけどこの推理は秘密にしてる。だって、ハズレだったらかっこ悪いから。

お風呂あがりは小型のプラネタリウムを回転させながらアイスを食べる。季節問わず。アンジは自分から自分の過去を話し出す。小学生。近所をうろついていた野良犬が怖かったこと。水道水にカラーインクを溶かして遊んだこと。水たまりの水を飲んだこと。金木犀が香っていたこと。スーパーで万引きしたこと。中学生。バレンタインデーに初めてチョコレートをもらったこと。元号が変わったこと。告白してきた女の子をふった次の日その子が自殺したこと。焚き火を眺めていたときのこと。高校生。学校が退屈で家で解剖をしていたこと。臓器の中では腎臓がいちばん好きだったこと。ショパンを聴き始めたこと。外国に落ちた隕石の話。アンジの話は整合性が無かったけれど、そんな中でもいつでも辻褄の合う部分もあって、それが本当の思い出なのだろう。アンジが語る過去にサカキは一度も出てこない。やっぱり同一人物なんじゃないか。と思うものの胸の中に留めている。

アンジは眠くなるとプラネタリウムに布をかぶせる。誰も見る人がいないのなら、電源を落とした方が良いのに。私はそう言ったことがある。アンジはこう答えた。寝てる間に何かが動いてないと、心配になるんだ、無駄に動いているものがないと、俺がここへ戻ってこられなくなる気がして。

わけがわからない。

「アンジは私をとても気に入っているらしい」。
「そうだよ」。
「私のことをとても大切に扱う」。
「もちろんだよ。アイが完成しなかったら、俺はここにいないよ」。

ひとりぼっちの、かわいそうなアンジ。

私は人間と暮らしている。

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【小説】アイのある生活

冷蔵庫に隠しておいたアーモンドチョコレートを。

食べられたくらいであんなに怒ることはなかったのに?いや、それだけじゃない。複合的な理由だ。何が悪いのでもない。逆に言えば、何もかもが悪い。でもその中にこいつは含まれない。含まれないのに。

「もうちょっと眠りたい」。

気だるそうにまぶたが持ち上がった。色素のない体にポツンと色づく赤い瞳。寝返りを打つと腰まであるプラチナブロンドが腕に絡まる。

「ごめん。ごめんなさいでした」。
「私は眠いと言っている。何を謝っているのだ?」。

優しさ?それとも本当に忘れてるだけか?

とにかく俺の気持ちを伝えることはできた。そして、もう怒っていないみたいだった。俺はひどく安心する。こんなに不安だったのかと今やっと分かった。

「買い物行こう」。
「私は行かない」。
「お昼からで良い。おやつ買ってあげる。たくさん。いーっぱい」。
「じゃあ行く。でも今はまだ起きたくない」。
「俺もだ」。

それから30分くらいうとうとした後、アイはいきなりシャキッと目を開けた。

「人間ってのは、時間の概念があるのかどうなのか分からないとこあるよな」。
「あるよ。朝起きて夜寝るじゃん」。
「スケールが小さい。そうではなく、自分の人生いつまでも続きますよみたいな顔してるじゃないか」。
「それは仕方ないだろう。ああいずれ死ぬのかってことを、毎分毎秒考えてたら病気になる」。
「いつかやれば良いだろう、とか。明日に後回ししよう、とか。一週間後に実行に移そう、一年後に出かけよう。お金が貯まったら始めよう、身辺が落ち着いたら趣味に専念しよう。経験を積んだらデビューしよう。完成したらお披露目しよう。とかとかとか」。

何が言いたい?

と言いかけた俺はふと思い当たり頭を抱えた。

「あー、うーん、ごめん。ごめんって」。
「思い出したか」。

アイが肩越しに目を向けてくる。

「はい」。
俺は素直に返事をする。

「何を思い出した。言ってみろ」。
「はい。昨夜はアイとケーキを食べる日でした。それなのに俺は仕事に夢中で忘れてしまってました。日付が変わる頃に帰宅したらアイが俺のアーモンドチョコレートをポリポリ食べてたのでカッとなって叱ってしまいました。本当にごめんなさい。それから、さみしい思いをさせて申し訳ありませんでした」。

ふん、とアイが鼻を鳴らす。
まあそろそろ許してやっても良い、の合図だ。
しかし俺はさらに続ける。

「アイが人間に対して思うことを否定はしません。俺だっていろいろ後回しにしちゃいます。そこは認めます。でもそれってある意味仕方ないことでもあります。なぜって一度も死んだ経験がないから。生まれたことしかないから分からないから。なのでアイは俺を導くべき。俺が間違ったことをして、例えば昨夜のように一ヶ月前からしていた約束を忘れて目の前のことに気を取られている時は、正しい道に引っ張るべき。今日は一緒にケーキを食べる日だったろう。一ヶ月前から約束をしたよな?なのになぜ私をないがしろにするのだ?なぜ構わない?なぜ放っておく?私が不死身だからか?私には寿命が無いから後回しにしたって大丈夫だろうと考えているのか?だったらそれは思い過ごしだ、いったいいつから勘違いしていた?たしかに私は不死身で寿命とはもはや無縁だ。だが、さみしい気持ちが無かったり薄かったりするわけではない。放置されるとされただけさみしさが長引くだけだ。したがってお前早く帰ってきて私の相手をしろよ痴れ者が!くらいは、言ってくれても良いんだぜ」。

アイは目を見開いたまま俺の言葉を聞いていた。

「すごいな。どうして分かった?ほとんどその通りだ」。
「分かるさ。産みの親だもの」。
「すごいな。お前のそういうとこ、尊敬できる」。
「どうも。では朝食にしますか」。
「ケーキ」。
「は、せめてデザートで」。
「まあ良いぞ」。
「ご理解感謝する」。
「どういたしまして」。

俺は人工知能と暮らしている。

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【小説】二律背反ジャーニー

ああ、
あれが別世界への入り口なら。
どこかで、
また何かになれるのなら。

そう見上げた冬の月
気を取られて殺される
一瞬の衝撃だけで
僕は天使になった

たぶんイメージとは違う
役割があってだな
語弊があるけど現実的
神様はハラスメントばかりで

ノルマです
あなたで達成するんです
連れて行かなくちゃなんです
生きている人をこちらへ

冷たい雨の後
いまだ晴れない表情で
男がてとてと歩いている
あてどなくあてどなく

最後の一人なので打ち明けた
僕はここで死にました
恨んでないです
痛くなかったです

むしろ感謝してるくらいです
ストーリーができました
誰かをひどく
悲しませたかも知れないですけど

去り方が分からなかったです
なるべく深く傷つけず
自分の意思と悟られず
どう脱出したら良いんだろうかと

セレンディピティ
あの瞬間僕は幸運でした
なぜってみんなが
選ばれるわけじゃないですから

男は僕の話を最後まで聞いて
少し哀れんだらしかった
その目は優しく細められ
何かを託すよう僕ばかり見下ろしていた

冬に浮かぶ月の光
どこまで届くか知っている?
見たい人がいるところまで
つまりどこまでもどこまででも

結局僕は天使から足を洗う
続けていくにあまりに不良で
ちなみに男は死神だった
営業成績は下の下つまり使えないヤツ

天使の手法はあざといな
殺すと言って生かすなんて
残された時間をもったいないと思わせて
男はクノールカップスープを見下ろして言う

よくそうのんきに関心してられますね
てか何回も言いますが洗脳ではないです
思い出させてあげているだけです
僕は湯気を目で追って返事する

打率は?
五割五分。
そこから導き出せることは?
天使も死神も無意味ってこと。

片隅をさがさない
嫌われながら生きていく
許されないまま命を食べて
融け合っていく世界の真ん中

裏切りの後で優しくされて
突きつけられた脆さと生活をする
僕を殺したあなた
あなたに殺された僕とでここで

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【小説】あるプログラマの憂鬱

昔習った九九をとなえる
頼りないとき
泣きそうなとき
嘘が暴かれそうなとき

頭の中で何度も繰り返す
全身がどくどく鳴って
数字以外入ってこられないように
音も匂いも体温も記憶も

水風船が弾けた
そう思った
水風船なんて手にしたことはない
欲しいと思ったことはあるけれど

差し出された手を握った
草のように乾いていた
問題ないか?
うん、平気だった

(ぼくは、いつでも、へいきだったよ。)

それからふたりで旅をしたんだ
あなたの話が聞きたくて
ぼくは喋れないふりをした
そのうち本当になったんだけど

あなたは最初ちぐはぐに思えた
悪いと感じた命は簡単に割るし
良いと感じた生き物は拾うし
そんなに優しいと騙されるんだからな

助言はいつもあなたが寝たあとだ
ぼくが逃げ出すのを待っているのか
それとも寝ながら死んじゃいたいのか
装備品やナイフをそのへんに放って

ぼくは何度かこっそりと触った
それはたまにつめたくて
いつだってピカピカしてた
あなたはいつ磨いているんだろう?

はやく慣れてほしいな
好きなものは守って良い
そして、やっつけて良いんだ
好きなものを傷つけそうなものは

そう見えただけかもしれなくても?
そう見えただけでもじゅうぶんだよ
おれを不安にさせたってだけで
だって不安は一晩で膨れ上がる

精神まで健康そうなあなたにも
不都合な発狂があるらしい
ぼくはいつまでも後をつけた
あなたはぼくをときどき助けた

かと思えば傍観してるだけのこともあった
その時は目が開いていても寝ているんだ
そう思うようにしている
これはぼくの決めたこと

ある時ぼくたちは窮地に陥った
先に逃げろとあなたが言った
その命令を聞けなかったから
ぼくは隠し持っていたナイフを振り回した

すっかり安全なところにたどり着いて
ようやくあなたはぼくを見た
まともじゃないな
おまえ正気なのか?

正気だったよ
ずっとずっと正気だったよ
あなたがいたから
たってぼくよりいかれてるんだもん

声には出なかったけど
なんとなく伝わったんだろう
あなたは困った顔で笑った
まあいいけど、どっちでも

あーあ、優しい世界だったらな
逃げたり隠れたりしない
襲ったり襲われたりもない
でも、それはきっと、退屈だろうな

あなたはぼくを振り返る
大丈夫か?
歩み寄ってくる姿が過去に重なる
昔習った九九が流れる

気づいた時には水風船が弾けていた
全身に赤い水を浴びて
立っていたその人が手を差し出す
問題ないか?
うん、平気だった

ぼくは答えた
いつものように
いつもどおりに

(ぼくは、いつでも、へいきだったよ。)

優しい世界
バグのない世界
あなたは何人いても勇敢で
守られるぼくだけがいつまでも死ねない世界

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【小説】『箱と毒』2

この話の続き。続かないと宣言したら続けたくなる病。当初からのキャラ崩壊と伏線回収気配なくグダグダに進む様子をお楽しみください。どうせメロメロになる(恒例)。もし今後続くとしても、伏線めいたもの、設定、キャラすべての呪縛から解き放たれてただ書きますね。

=

▼15秒でわかるひどいあらすじ。

美形のモテ高校生のキラくん(17♂)は同じクラスのフツメンだけど黒目キラキラなシバちゃん(17♂)が好き。最近になってシバの魅力にみんなが気付き始めたように思われて(勘違い)、とりあえず癪に触るから、シバに対する悪い噂(シバ、家で小動物殺してるってよ)を流して不登校に追い込む。何食わぬ顔をしてシバの家に宿題を持っていく偽善者ぶりを遺憾なく発揮。罪悪感、薄。そんなある日のこと、シバが好きな子の存在を匂わせて…?!(作者)どきどき(回収できない)ハイスクールラブ★

=

『箱と毒』2

どれだけ足しても致死量にならない。夢のような猛毒。間違いが起こらない。俺のものにしたくて、だけどできなくて、どんなに余っていても不足を感じる。矛盾ともどかしさ。この毒は、そんな毒。飲まされる方よりも使う方を苦しめる。

女子の買い物に付き合った時、化粧品に試供品があることを知った。これ自由に使っていいのよ。え、これ無料で使えんの?あはは、何それ。笑うとこ?俺おかしかった?おかしい、てか、キラくんなんか疎いよね。今風に見せかけて実は古風みたいな?は?俺めっちゃ敏感だけど?人の気持ちに対してとか。うそうそ。嘘じゃねえし。てか、ここにあるやつ全部無料で使えんの?女子ちょうお得じゃん。

あはは。

よく笑う、あの子は、まあ、かわいかった。俺に好きって言ってこなかったから。たぶん。気が楽だった。あ、言わないんだ、って思った。目が言ってんのに。全身が言ってるのに。言わないんじゃなくて、たぶん、言えない。そういうとこ、いいなって思った。悪意も善意もなくて。俺は勝手に共感してた。

わかるから。

恋愛にテスターがあるとしたら、今がそれなのかなって、二次方程式に頭を悩ませるシバちゃん見てて思う。今日も黒目がうるうるしてる。水分がいっぱいあるんだな。伏せ目がちなことが多いからかな。

「シバって、母親似?」。
「え、なに急に?」。
「あ、いや、その」。

俺がうろたえているとシバちゃんは怪訝そうだった表情をふいに崩してプハって笑う。

「どっちかって言うと父さん似かな?」。
「あ、そうなんだ」。

シバちゃんの父親に会ったことは、まだない。ないけど、黒目がウルウルしてる中年男性を想像して首をかしげる。上手く想像できないや。

「ねえ、学校来なくなったのなんで?」。

しらじらしく聞いてみる。犯罪者は犯罪現場に戻るけれど、俺はシバちゃんに真相を尋ねる。

「うーん、なんか、みんなが急によそよそしくなったっていうか。おれが勝手にそう感じてるだけかもしれないんだけど」。
「なんか、嫌なこと言われたり聞いたり、した?」。
「それは無い」。

ああ、よかった。バレてないや。
俺が、シバちゃんについての悪い噂を吹聴した、張本人だってこと。

「だから、おれの、思い込みってやつ」。
「……そっか」。
「あっ、でも、キラは変わらなかったかな!」。

シバちゃんはあわてて付け足した。
書きかけのノートから勢いよく上げた顔が間近にあってビックリした。俺が近づきすぎてたのか、シバちゃんが身を乗り出したせいか。思わず仰け反って「な、何が?」柄にもなくどもってしまう。どもる。俺が?へえ。いつも平然としてて余裕綽々で他人のペースに飲まれないことをモットーとして17年間生きてきたこの俺が。はい、この俺が。ですよ。革命。

「みんなの態度が冷たくなってから、てか、おれが勝手にそう感じ始めてからも、キラはそれまでと同じく接してくれて、」。
「接してくれて?」。
「嬉しかった、って言うか」。
「……あ、はい」。
「だから、おまえはモテんのかな、って」。

シバちゃんは自分の言葉に照れた風にフニャフニャ笑うと元の位置に姿勢を戻した。

モテてて良かった。

心底、これほど、自分が自分であることをめでたく感じたことはなかった。今まで女子の声とか呼び出されんとか正直うぜえって、思うこともあったし、思いの丈をぶつけて勝手に悦に入ってんじゃねえよって思うこともあったけど、本当にご馳走様でした。シバちゃんのこんな顔を見られるなら俺はこの先何年でもモテていたいしたくさん告白とかされて女の子泣かせていきたいなって思いました。正直。

「シバは好きな女子いないの?」。

うっかりそんな質問を漏らしてしまった。確かに頭では常々思ってたことだけど、まさか口に出すとは夢にも思わなかった。だから、シバちゃんが「えっ?」て驚いて少し顔を赤くした時に「はっ?」って声を上げてたし、気づいたらがっしりと両肩を掴んで今にも揺さぶらんとしていた。

「なに?いんの?!」。
「……ご、ごめん」。

つい謝っちゃうシバちゃん激かわ。天然かよ。
じゃなくて。

「何年何組?名前は?はあ?いつから?信じらんねえんだけど!」。
「……え、キラに言わなきゃダメ…?」。

頬っぺた赤らめウルウル上目遣いで「ダメ?」ごちです!じゃ、なくて。

一呼吸。
まず落ち着こう、俺、な?リアクションあやしいって。

「シバって、そういうの興味ないかと……」。
「あー、うん、自分でも不思議」。
「不思議とは?」。
「その人のこと見てたら、もう、いいかなってなる」。
「なに、もういいかなって、どういうこと?」。
「色んなことが、どうでも良くなるんだ。たとえば、明日の天気とか。試験の結果とか。運動音痴なこととか。進路のこととか。嫌な目にあっても、嫌なニュース聞いても、その人がいるなら、世界がチャラになるっていうか」。
「悔しいけどすごい分かる」。
「ほんとかよ?キラと共有できる感情あるとか思わなかった」。

シバちゃんはどんだけ俺を高みに置いときたいんだ。はあ尊い。

「……シバ、それって俺も知ってる子?」。

訊いてどうすんだろ。
考えてないけど、まあ、とりあえず?

「うーん、うん」。
「何それ、どっち?俺も知ってる?知らない?」。
「……キラも知ってる」。

その回答で俺の体と頭がスッと冴えた。
まったく知らない相手なら難しいけど、もし知ってる相手なら、なんとかなるかも。シバちゃんの恋が実らないよう、手回しできる、かも。

「ねえ、シバ」。
「え?」。
「俺、毎日宿題持ってくるよな?」。
「あ、うん、ありがとう」。
「授業の内容も教えてるよな?」。
「えっと、うん、でももし苦痛ならやめてくれてもい、」。
「じゃ、誰か教えて」。

強気で攻めるとシバちゃんの目が左右に揺れる。
やばい、かわいそう。困ってる。俺のせいで。ああ、かわいそう。かわいそうでかわいい。
なんで俺シバちゃんの存在に気づいちゃったんだろ。

「イニシャルで良い?」。
「は?いくない。フルネーム。当然」。

墓穴。墓穴。墓穴。
俺の頭の中で呪詛がエコーする。

「……ミヤジさん」。

俺の頭上で空爆が起こった。
ずるい。ずるい。ずるい。
シバちゃんにこんな顔させるって何様だ?
空爆は一瞬で、すぐに恐怖に似た寒気が押し寄せてきた。
ありえる、と思ってしまったから。
たとえば、学年一番のかわいい子とか、一個上の美人な先輩だとか、言うならまだ分かる。シバちゃん、女性経験なさそうだし、そういうわかりやすいほうに惹かれるってんなら、まだ分かる。だけど、ミヤジは、あかんやつ。まるで本気やないかーい。俺は少し錯乱している。

「ミヤジ。どんなとこが良いんだ?」。
「え、あー……」。
「なんかあんだろ。顔とか、声とか、性格とか。何もねえってことはねえよな?」。

つい詰問口調になってしまう。

「えっと……優しいとこ……?」。

優しいとこ?って、疑問系かわいいかよ。俺は真顔を保つのに必死だ。

「地味なだけじゃね?」。
「そうかな」。
「じゃさ、ミヤジが一回でもこの家に来ましたか?シバが休むようになってからいっぺんでも宿題運んだり授業遅れないよう計らってくれました?」。
「ないけど」。
「でしょ、じゃ俺のほうが優しい!」。

決めつけるように言い切ってから、しまったと思った。俺、動揺した。俺、取り乱した。
シバちゃんが、プハって、笑ってくれたから良いけど。
「なんか、キラって、王子様みたいなやつかと思ってたら、犬みてえ」。
「……いぬ」。
「嬉しそうになったり、なんかいきなりワタワタしたり。いろんな表情あるんだな。おれが持ってたキラのイメージと少し違う」。
「……それは悪かったな」。
「ううん、いいと思う」。

いいとおもう。
iitoomou.

つまり、シバちゃんは、俺の事が好き。と。なるほどー。

は、無いにしても?概ねそういうことでよろしいんじゃないでしょうか?!

ってくらい、はあ骨抜き。

好き。むり。しんど。ちょう好き。

シバちゃんといると、新しい自分が発見できる。しかし、ミヤジ。ミヤジかあ。うーん、ミヤジ、俺みたいなの嫌いそうだからな。そうじゃなければ早々に手を出して「ごめん、シバ。実はこないだミヤジに告白されて……いや、こんなのわざわざ言うことじゃないかなって思ったんだけど、シバの気持ち聞いてたし、黙ってんのも気持ち悪くて……だから、ミヤジは、諦めろよ」(意訳:俺にしとけ。)なんて手は使えそうにないし、どうすっかなーあ。まあおいおい考えましょう。ミヤジにシバちゃん。幸いにもお互いに行動力は無さそうだし、万一の確率も限りなくゼロに近いだろう。その点は安心しといていいかな、と。

俺に秘密を告白したシバちゃん、まだ少し頬っぺたが赤い気がする。いつか俺のことを考えてる時にこんな顔するようになってくれたらいいなって思う。心から、ほんと、心の底から、そう思う。

邪魔するやつとかみんな消したい。

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【小説】『箱と毒』

1つ前の話のちょっと前の話。気まぐれに続いた。けど、これ以降は続かない。独占欲強め病み美形人気者→自己評価低め庶民派無自覚地味メン。性癖です。BL風味?展開(といえるかな微妙?)。

額に書いてあったらいいのにな。自分とその子がうまくいく確率が。そうしたら誰も間違わないだろ。おれを好きになる女の子みんなかわいくてかわいそうだよ。だっておれはその子たちを絶対好きになんないから。だから、分かればいいのになって思う。そしたら誰も傷つかないし、誰も傷つかない世界を望んでる自分なんてものに罪悪感を覚えることもないだろうに。不可能性の高さで恋愛対象に選んでるなんて思われたくない。おれの好きな子は絶対におれを好きになることはなくて、でもそれが分かるからおれはその子を好きなんじゃない。できることなら好きになって欲しいと思う、でも、そうなったらそうなったで手を取り合ってさあ、次はどこに行く?って光景も想像できなくて、それはまだおれが臆病で自尊心を大事に持ってるってことの証明になるのかな。

みんなと一人ずつ愛し合えたらって思う。ほら、体育祭のフォークダンスみたいに。一人ずつね、平等にね、音楽が鳴り止むまで。

好きです。ずっと、好きでした。って、そう言われておれがどんな気持ちになると思う?腹が立って仕方がないんだ。だって気持ちを伝えたんだろう。おれはできないのに。おれには、できないのに。だから返事はそっけない。ありがとうとも言わない。ごめんねとも言わない。ただ、ふうん、って言う。だって、他に言いようがないから。おまえたち、ほんとずるいよ。好きな相手に好きだって言って、これだけ好きだったって言って、時々黒目をうるうるってさせる、そういうの、ほんとずるい。おれがどんなにひどい言葉を投げつけてふったって事情を知ってる友達が慰めてくれて時間がかかっても次の相手を好きになれるんだろ?切羽詰まってないんだ。にこにこ笑ってる顔に肉片ぶん投げてやりてえとか全部秘密にしたいからありったけの目を潰してやりてえとか錯乱する夜はあった?せいぜい裸とか制服以外の格好とか体温とか想像して勝手に幸せになれたんだろ。

内面がどれだけどろどろでもすべて封印してにこってできるのが小さい頃からのおれの数少ない得意技であって、でも汎用性があるからすごく多くのひとが錯覚してくれるんだ。おれがほんとはどろどろだって最初に気づいたのがシバだった。

「なんか、おまえに、殺されそうな気がする」。

さいしょ、シバちゃん、おれにそう言った。まだ会話らしい会話もしてないのに。目が合っただけなのに。なんで?なんでなんでなんで?正直焦った。なんで気づいた?でも、いや、落ち着け。待て。シバちゃんは「おまえに、殺されそう」って言ったんだ。おれの気持ちはちっとも見抜かれちゃいない。ていうか、逆。殺されそうとか言っておきながらシバちゃんはおれと一緒にいてくれることが多かった。シバちゃんの目はいっつもきらきらしてて雨の日の子犬みたいで捨てていきたいような拾いたいような気持ちにさせる。だけどシバちゃんは普段メガネをかけてるから誰もそんなこと知らない。だってシバちゃんはあのクラスでは透明人間だもんね。正直おれにも見えてなかった。おれのまわりには常に、いいにおいのする女の子や、声のおっきい友達がいたから。シバちゃんは無味無臭。いじめられてるわけじゃない。だあれも気づいていないだけ。だけどおれが気づいたんだ。おれが気づくってことは周囲がじょじょに意識し始めるってことを意味する。

案の定、教室で、シバちゃんの存在が少しずつ色を帯びていった。女子も男子もシバちゃんをおもしろがりはじめた。「シバくん、いつも何読んでるの?」「シバ、サッカーする?あ、やんねえの」「バイト先に遊びに来てよ」「シバ、宿題見せて」「シバって、どこに住んでんの?」たしかに、色を、帯びていった。「あ。なんか、シバの目って、なんかきらきらしてんなあ」。

やばい限界むり。

教室が静まり返っていた。一瞬何事かと思ったけど、どうやら俺の行動に起因する静寂だったらしい。「びっくりした、おまえいきなり椅子蹴るから。びびったんすけど?」。一緒にいることの多い男子の一人がそう教えてくれなければ、おれは自分のしたことさえ思い出せなかった。

翌日からおれは明確な意図を持ってクラスで立ち回った。高校入学依頼始めてあれほどやりがいのある「目標」を見つけた。ほどなくしてシバは学校に来なくなった。いや、来られなくなった。おれがそうなるように仕向けたんだ。

「あいつ、小動物を解剖するの、趣味なんだって」。

それだけ。ほんとそれだけなんだ。

シバが学校へ来なくなって数日経った放課後、おれはシバの家の玄関前に立っていた。表札を眺めながら立ち尽くしていると、シバの母親が買い物から帰ってきて家へ招き入れてくれた。シバと違っておしゃべり好きで、よく笑う人で、なんだか申し訳なかった。

「あの子にこんなかっこいいお友達がいたなんてねえ」
「……あの、シバくんって友達いますか」

言ってから、しまった、と思った。
だけど、シバの母親は明るい人だった。

「小学校低学年くらいまでは調子良かったんだけどねえ。……あ、あの子には内緒ね」

内緒も何もねーだろ。ってくらいの声量だった。

「シバ、入るよ」

まさかこんな展開に。ってくらい、予想はしていなかった。郵便受けに宿題プリント突っ込んだら帰るつもりだったのに、こんなところまで。
シバの母親に後押しされるような格好でおれはシバの部屋に入った。

数日。たった、数日か。ほんとに?数週間でも、数年間でもなくて?本当に?

シバの姿が目に入った瞬間、大袈裟でなくおれは泣きそうになった。ごめん、って、一言漏れる。贖罪にもならないのに。だけどシバは意味を取り違えて「……あー、いいよ。だいじょぶ。本読んでただけだし」。

「ごめんな、母ちゃんがはしゃいでたろ」
「あ、いや。歓迎してもらって、嬉しかった。てか、すごい明るい人だな」
「うん、面食いだから」

ん。てことはシバはおれをイケメンだと思ってくれてるのか?単純なことに気分が高揚した。

「シバ、学校来ないの?」
「なんか行きづらくなって。何がってわけじゃないんだけどな」
「そっか。無理するなよ」
「うん」
「勉強とか、おれが、教えるし」
「え。マジ。助かる」
「シバが迷惑じゃねーなら」
「いや、おまえこそおれの家なんか来てて大丈夫?ハブられたりとか」
「気にしない」
「あー、でもありがたいけど、行けたら行くようにする、学校」
「ゆっくりでいいと思う」

この事態を招いた張本人を前にシバは無防備だった。そしておれも無防備だった。すらすらと善意の言葉が出てきた。そのうち、シバがこうなったのはおれのせいじゃない。と確信できるまでに至った。だって、あいつらがおれなんかに乗せられるのが悪いんだ。自分の意志もなく、おれが言ったことに同調して。どうしてシバを信じてやらないんだ。シバが、おれの言ったような残酷なこと、するわけない、だろ。それくらい、わかれよ。

「てか、シバ、家ではメガネしないんだ」
「あー、うん。あれ伊達。自分の世界に没頭しやすいから」
「なんかわかる」
「え、そう?おまえには理解できないはずだけどな」

自分の言葉にシバは、へらっと笑った。

あの日教室で椅子を蹴った時より強い衝動が自分を襲った、と思った。あの日と違うのは、自覚があったこと。そして、それを、自制できたこと。

「おれ、シバが好き」
「そう?ありがと」
「ほんと好き」
「え?なにそれ。感性おかしいの?」

こんな話を聞いたことがある。実話か小説か。本で読んだのか、ネットで見かけたのか。
病弱な妻を看病する夫は、妻の食事に毎回少量の毒を混ぜる。愛する妻が、決して回復しないように。それでいて死なないように、ただ弱らせて、家に留めるんだ。
この話はどんな結末だったろう。それとも、この話自体が、おれの、空想かな。

「ゆっくりでいい。ほんと、無理だけはするなよ」
「べつに、病人じゃあるまいし」
「そっか、そうだよな」
「そうだよ。おまえがおれなんかに過保護になんの、なんかもったいねえよ」

ここでシバを押し倒してみる?いやいや、絶対にありあえない。今このタイミングで、もっともしてはいけない行為だ。おれはふと、これまで自分に告白してきた女の子たちの顔つきや表情を思い出す。不安そうだった。思いつめていた。それでいて、ようやく感情を発露できて、恍惚としていた。のろい、かもしれない。少し、そう思う。誰に対しても、共感を示さず、冷徹に、振り払ってきた報いだって。でも仕方がないよな。同情で回答するものでもないし。ほら、平等なフォークダンスだよ。言っただろう?おれの前にシバが来たんだ。それだけだ。音楽が続くうちはローテーションが止まらないなら、おれは停止ボタンを押してやる。そして二度と音楽が流れないよう、致死量未満の毒を、少しずつ少しずつ、逆光でいっぱいのこの部屋に住むこの体に流し込んでく。

2+

【小説】『平成のシバちゃん』

夜空に大輪の花が咲く。
無数に、あたかも無数であるみたいに。
燃え尽きなかった火の粉が空からパラパラ降ってきて木とか建物が燃え上がってそのうち大火事になって世界まるごと燃え尽きちゃわないかなって妄想が頭をぐるぐるする。

「シバちゃんと見られて良かったよ、今宵、平成最後の打ち上げ花火を」

どうせ聞こえないだろうと思って呟いたのに「そうか?」なんて情緒のない返答がある。言ったこっちが恥ずかしくなって「つまんなかった?」。

「べつにつまんなくはないけど」
「けど?」
「なんかしっくりこないなと思って」
「どういう意味?」

だってさ、とシバはおれに向き直って言う。教鞭のように突き出されたじゃがりこをぽりぽり食い始めると一瞬だけ嫌な顔をされたけど取り上げられることはなかった。

「だってさ、おまえは彼女と別れて仕方なくここにいるんじゃん?」
「そうだっけ」
「そうだったろうが」

ぺちっ。シバちゃんがおれの頭を叩くためには少し背伸びしないといけない。律儀に頭を叩いてくるのだから可愛い。

「おれは最初からシバちゃんとここに来たかった気がするんだけどなあ」

褒められることは数多あれど貶されることはほとんどないスマイルを浮かべると「都合のいいやつ」「二枚舌め」「たらしが」などと散々中傷された挙げ句「ま、いいけどよ」。許してもらえた。

今年ももう終わるね。
いや気が早いし。
夏が終わると一気に坂を駆け下りてくようだったじゃん?毎年?
おまえの時間感覚なんて知らねえけど。
もう年の瀬か。
うーん、頷きかねる。

舌の上ではじける炭酸みたくパチパチ瞬いてた花火を人差し指と親指の間につかまえてプチッと潰したちょうどその時、ふっと世界中から光と音が消えた。ふたり以外の。

「99.9%」。

おれの言葉に、シバは「何が?」とこちらを振り仰いだ。

「おれとシバちゃんがうまくいく確率」。

シバは心底不可解そうに視線をさまよわせた。何言ってんだこいつ?って顔に書いてある。子犬みたいに黒い目がきらきら光ってる。光なんてないのに。きらきらって。
ああ、いいな。
見上げてくるシバちゃんの目にも、シバちゃんを見下ろすおれの目が、少しでもきらきらって光って映っていればいいな。
シバちゃんは見たことないんだろうな。シバちゃん自身の目が、こんなふうにきらきらって輝くところを。
シバちゃんも知らないのに、おれだけが知っている。おれだけが許されている。おれだけが、おれだけが。なんて贅沢。なんて至福。なんて恩寵。なんて、なんて。

「シバちゃん、あいわらず鈍いんだから」
「悪かったな」
「それとも、わざと?」
「何がだよ」
「な、わけないか」
「いやだから何がだよ?」

クライマックスは絶好のチャンスだって、子供の頃、いとこの兄ちゃんに聞いたことがあるんだ。もう地元にいないけど。みんなが空ばっか見てるだろ。だから、絶好のチャンスなんだよ、って。

「ねえ、シバちゃん。来年も一緒に見ようね」
「どうだろ。それはお前次第だな」
「じゃあ100%だ」

忘れかけてた音が始まる。
空は防弾ガラスのように強固だ。
でも、たまに、不安になる。
思いがけず割れて宇宙の外側がどろっとこちらの世界へこぼれてきてしまったら?
しかも、一瞬のことじゃなくて。
時速5キロの速さで、のろのろのろのろと。むこうの世界が流れ込んできたら?
術はないのに時間が中途半端に与えられて。
その時おれは何ができるんだろう。その時おれは何を救えるんだろう。
少なくとも、せめて、できることなら、シバちゃんに軽蔑されたくないな。
できるんだろうか。
わからない。
でもそれって考えても仕方がないから、1秒でも多くシバちゃんを構う。

「じゃあ100%」。
「いや聞こえてたから。なんで2回言ったの」。
「大事なことだから」。
「わけわかんね。きもちわる」。

だけど、こうまで鈍いシバちゃんも、それはそれで捨てがたいや。

1+

【小説】よくある話

新しく無邪気な朝陽が
あなたの睫毛に影を作るより早く
この手紙をぼくは書いています
約束どおり左手で

キッチンに豆のスープと
パンケーキがあるので食べてください
今日だけは好きなだけシロップをかけて
焦ってはいけませんよ、少しずつです

いつかあなたに言いましたね
建物の外は灰色で
毒と鉄骨だけ残る汚染された世界だと
いつから嘘に気づきましたか?

自分以外がみんな器用で優秀に
思えたんです、どこか真実で
ぼくは存在していい
類の生き物でなかったんです

それだけのこと

最初は食べるつもりでいたんです
あなたは弱くて簡単そうだ
非力で知恵のないぼくにも
仕留めることができるだろう

できただろう
だけどぼくはしなかった
あなたが笑いかけたので
ぼくの素性や才能と無関係に

それで今まで暮らしたんです
絵本で文字を覚えましたね
角度を固定した望遠鏡からたまに見える
夜空の星で、わかる、あなたは賢い

ぼくの嘘に耐えられない
そんな時がいつか来るだろう
来なかったとしても
いつも予感に怯えるだろう

その目に写したくなかったんだ
ぼくはあまり美しくないので
計画は一年ほど前に立てました
あなたがここにある本をすべて暗唱できた頃

いいですか、外の世界は美しいです
ぼくが目を背けるほどに
あなたにはきっとふさわしい
ここで過ごした日々も忘れられる

これを謝罪文だと思わないでください
手紙で謝罪されるようなことが
あなたの身に起こったんだと
ゆめゆめ思わないよう用心をして

あなたが随分と賢くなってから
唐突にこの世界へ放り出すことが
馴染めなかったぼくからのプレゼントです
ひとつくらい良いことをしたいです

最後にひとつ
この部屋には色がありませんでした
あなたがここを出たら最初に
色の洪水に侵されるでしょう

怖く感じるかも知れません
しかしすぐに涙が出てきます
こんなに美しい景色があったのだ
もしあなたがそう涙を流すのならば

それだけでぼくが閉じ込めて
嘘をつき続けた挙句に
放り出した意味も分かるでしょう
しばらく涙は乾かないでしょう

読み終えた手紙は食べてください
証拠は少ないほうがいい
あなたは被害者でぼくは加害者だ
よくある話を人間は大好きだから

4+

【小説】神様失格

まだわからないな
せっかく涙に色をつけたのに
まだわかってあげられないな
ぼくは神様失格だ

山をなぞる夕陽の輪郭
ひと、それ、すきだろう?
ぼくはそれを見ている人がすき
わるくないなと思うんだ

人も、そんなに、悪くないなって
天使たちはやめとけって言う
口の悪い彼らは嘘はつかない
だけどぼくは試してみたいな

だっておかしいじゃないか
知らないもののために為すのは
いいとかわるいとか言えないじゃないか
なんにもわからないままでは

そう思ったんで、ぼく、涙に色をつけた
恥ずかしくないように、ぼくにだけわかるように
かなしいの?つらいの?うれしいの?
なつかしいの?おまえ、いま、しあわせ?

色がわかったところで理由はわからない
どうして?ねえ、どうして?
質問ばかりのぼくはある日地上に放られる
天使になりたての悪魔から

おまえがいたんだよ
ぼくの降った街に
すみっこに
ぼろぼろで

こんな話信じる?
こんな話信じたの?
おまえ、初めて
それって、神様みたいだ、ほんとすごいよ。

2+

【小説】mars

誰もぼくに気づかない夜、誰も傷つけなくて済むからあなたに会いに行こうと思った。

わかってる、どうかしてるぜ、空気は澄んでもシュノーケル。口の中でゴムを噛み続ける。そうしていればいつか消えてなくなるみたいに。ほんとは信じていないんだけど。信じたふりをしてあなたを油断させたいだけ。

ぼくが好きになったものがいつまでも輝いて見えるのは、ぼくが今も好きでいるって証かな。認めたくない。だってそれはもうぼくのものじゃない。分かるんだ、傷なんてつけられてなかったって。

ノック・ノック・ノック。

ふざけているわけじゃない。あなたが水中を泳ぐ時そうであるように、ぼくには今これが必要なんだ。

ノック・ノック・ノック。

出ないでいい。出ないでくれよ。委ねるぼくは昔から弱い。目の前のドアが内側から開けられるのを恐れてる。夢に見たのに。涙が流れたのに。プラスチックの恋。チープじゃなければ大切にできたのかな。嘘だよ。どうかしてる。分かっているんだ。しあわせじゃない。そう言われても。連れ出せないことくらい。分かっている。

これが最後だ。

ノック・ノック・ノック。

3度目の音が外れる。

左目の下を腫らしたあなたが出てくる。ぼくたちは鏡で自分を見るように無遠慮に互いを見つめた。

「えっと、ぼくのほうが、まだマシかも」。先に口を開いたのはぼくだった。どうだろうね。あなたは小さく首をかしげた。「どうしようか」。まず、その、馬鹿げた格好をやめろよ。「わかった」。だからってここで脱ぐな。「わかった」。なんでここが分かった?ストーカー?「まあ、そうだね。……あのひと、殴るの?」。たまに。「いやに、なんない?」。すぐに忘れるんだ、おれって、バカでさ。「知ってる」。おい。

「……ぜんぶ、消して、やろっか」。

は?怖い怖い。勘弁なんですけど。「いや、その、傷」。はぁ?「ぼく、実は、魔法とか使えて」。やめろ、そういうの。キモイんですけど。「ごめん、笑って、くれるかなって」。ぜんぜん笑えないから。

そう言ってあなたはちゃんと笑うんだ。よかった、理性の、言いなりにならなくて。あなたが、笑ってくれて。

よかった。ほんとうに、よかった、わすれなくて、よかった。

よかった、あなたが、今、ちっとも幸せじゃなくて。

ベランダのむこう、火星が、きれいだった。きっと、あなたの肩越しに見るからだな。ぜんぶ、消してやろっか。

2+