【小説】恋だと呼んだ愛だと呼んだ

暗い道を歩んできたから光を忘れてしまったんだ
白い畦道のうえ眩い車体を背景に赤い花が首を落とす
あの本を読みましたか、あなたが誰かに問いかける
問われた誰かは何も答えず空を見て、それでも愛想を尽かされない

平気、平気、平気と言い聞かせて生活をした
自分の声だったりあなたの声だったり知らない声だったりした
感情の無いもののように振る舞って人形に笑われた
残された時間は皆平等に少ないことを分かってはいた

光を忘れたと言い張る人の前にランプを掲げて
ほら明るいでしょうと言えるあなただった
覚えていたくて忘れたんだと思えるくらいに愚かな人だった
大抵の人は、少なくとも僕は忘れたくて忘れたんだ

旅が終わる頃に子どもだった僕がもう一度現れる
この度はどうでしたか、何かわかりましたかと問いかける
僕はうつろな目で何を答えられるだろう
だけどあなたは生まれると言ったよと諭されながら

赤い花が首を落とすとき白い畦道の上を走る車体が反射した
大きな刃物は残酷だけどきれいできれいだけど残酷で
ああ、あれはきれいな光ですねと言う相手を持たない
誰かへ伝える時間を持たない

僕はうつろなふりをしていた
僕は平気なふりをしていた
僕は弱く見せかけた強い人のふりをしていた
僕はあなたを好きな僕を演じた

何も欲しくなかったんだ
何にも意味を持たせられなかったんだ
何に価値を感じることもできなかったんだ
そしてみんなはそうじゃないと思い込んだんだ

まちがい探しが何になるの
ランプの灯が揺れてあなたの喜怒哀楽な曖昧だ
必死でまちがいを探して根拠にしたいんでしょう
馬鹿みたいです見ていてとても痛々しい

(寝言を言いましたか、)

僕はいま寝言を漏らしていましたか
あなたはいいえ漏らしていませんよと頷く
確かめる術は無いことを知っている猫の目で
言っても覚えていませんよと念を押す

赤い首が落ちていてね、
そうですか
白い車体が反射していたんです、
コントラストが強烈だったでしょう

そうなんです
僕は間違いを見つけられなかった
べつに問題はなかった
諾と答えそうになる、助けてほしい

あなたは僕の独白をただ聞いている
ただただ聞いた後で瞬きをして生きていることを伝える
花が赤くて車体は刃物のように美しかったんでしょう?
きみはそれを見て残酷なことは美しいと気づいた

私なら嘘ではないと思いますよ
そう感じたことも、そう感じてしまった自分のことも
きみは判定をし過ぎるんです
光を過信しすぎるんですだから騙される

しかし私にとってそれは都合の良いことだった
安物のランプを掲げて見せればきみは光だと言う
きみの見ていた光はそんなにチープではありませんでした
だけど私は安物のランプを掲げ続けた絶やさぬように

一人では生きられないことを分かってもらうためです
きみの瞳は暗がりに慣れており光をよく察知した
かつてと同じ光源では網膜が駄目になってしまうだろう
だから私は弱い光を与え続けたのですよ

きみに生きてほしいので

美化された記憶の中で美しく死んで欲しくない
絶望を知らないまま感情のない世界へ溶けて欲しくない
汚れたこともないくせに汚れたふりをして欲しくない
僕にはあなたの隣で生きる他無いと、きみに過信して欲しかったんです

僕たちは少しだけ眠る
少しだけ食べて少しだけ憎み合う
少しだけシンプルに暮らして少しだけ愛し合う
それを人は恋だと呼んだ愛だと呼んだ永遠にな