No.782

ひとつのモチーフを繰り返して良い。あなたはたくさんを抱えることができない。別の星では無数の腕があったが、それではなにが大切か分からないというので今の形になったのだ。ずっと前から人間であったようで、この先も人間であるように思っているだろう。空が昼と夜で切り替わるとき、まれに赤く輝く。そういうふうに、あなた気づくんだ。人間でないこともある、と。鍵のかかった窓辺に透明のグラスを置き、水を注ぐ。景色や通行人を歪めて笑った。歪んでなおあなたを惹きつけるものがあった。ぼくは宿っていたのだよ。色を変える樹々に、歩行者の影の中に、往来を眺めている、だけど決して出て行こうとしない、あなたの瞳にだって。伝わってこないものはなかった。証明のためぼくがあなたへそう告白しても、馬鹿なことをと、毎分毎秒生まれ変わっているあなたは言うかも知れない。なぜそんな眼差しを向けるのかと問われて、ぼくは答える。あなたが自分の儚さに気づかないからだ。車輪に轢かれそうになりながら道端に咲くちいさな花や、母親に抱えられて病院へ向かう子どもを見るときも同じ目をしている。同じなのだ。短いのだ。儚いのだ。聞いたあなたは腑に落ちたと言い、しばらく黙っている。どうしたの。儚いものたちにとって沈黙ほど贅沢なものはないので。ぼくはあなたのそういうところが好きなんだ。百年前にもこうやって、グラスの中から眺めていたよ。

1+

No.781

どうか腐らせないでください
誰の名前も呼べないで神様に祈った
これはぼくの大切なひと
神様どうか腐らせないで

祈りが通じたのかあなたは腐らない
雪の夜も花の朝も変わらず
眠っているかに見えた
ぼくは真実を忘れたがった

覚えておいで
覚えておいで
同情もまた加害であることを
手当という攻撃のあることを

ぼくはあなたを運び出すことにする
なかなか動かせなくて困っていると
あなたがこともなく起き上がり笑ったので
なんだ歩けるのかとぼくも笑った

青い鳥のうまれる島を歩いた
言葉を捨てて平和を取り戻した種族の村
隔離された部屋でつぶやく人
野菜と水だけで育った獣の国

どこへ行ってもいい
わたしたちどこへ行っても良いんだ
あなたは優しかった
まるでぼくを説得するように

心配しないで
心配しないで
あなたをちゃんと送り出すから
それからぼくも旅に出るよ

どこかで出会おうね(そうしよう)
あのひ出会ったように(なつかしいな)
どこかで話そうね(そうしよう)
離れていたあいだの出来事を(たくさん)

4+

小説『カリソメランプ』

空っぽの花瓶はランプになった。ぼくはそれを持って歩いた。それだけを持って暗い森の中を。秋の夜だ。深くさみしい。梟と魔女が品定めしている、人間の子どもを。ランプに灯した火のあるおかげで誰もぼくを食べることはできないのだ。

洞窟の前に来て空を見上げる。ぽっかりと月があって、どうしたって向こう側へ落ちたくないぼくは、何が息づいているとも知れない穴の中へ身をすべらせる。微かな痛みに次いで湿った鼻が手にふれ、間近にあるのは獣だと知る。これは森の王に違いない。間違いなく四肢の生き物は、しかしぼくに伝じる言語を使った。

死にたい死にたいという思いで張り裂けそうになってるやつの差し出す肉ほど不味いものはない。おまえに何があったか知らんが、吾輩は卑しい人間どもの処理役ではないのだ。夜明けが来る前に帰るといい。おまえのその仮初めのランプがまだランプであるうちに。

知らなかった。ぼくは知らなかった。黒い森のいちばん奥で暮らしているという森の王は、そんなポリシーを持っていたのか。

これは困った。何故ってぼくは帰らないつもりで出てきたのだ。それがおかげで弟たちや妹たちはほうぼうで預かってもらえるのだから。かと言ってぼくはべつに死にたい死にたいというわけでもない。もう一度考え直して欲しい、そしてわかって欲しい、あなたの心配するような役割をあなたに押し付けるつもりでは、決して無いってことを。

わからぬ。
そこをなんとか。
ぷい。
お慈悲を。

こんなやりとりが夜通し続き、ぼくは、朝の陽の光に照らされた王の姿を目の当たりにすることとなる。

荘厳なたてがみだった。見たことも、聞いたことも、想像したことさえもない。さわると存外ふんわりしている。たまらなく好きだと思って、なるほど今のこの気持ちに比べれば、たしかに昨夜のぼくは死にたかったかも知れないと思う。そう取られても仕方なかったかも知れないと。

今ぼくは生きてみたい。間違いなくそうだ。堂々たる王と、新緑のまばゆい双眸を持つ生き物と、もうしばらく生きてみたいと思い、そう伝えてみる。

ぼくが自分の心に浮かんだまぎれもない希望を、愚直なまでに淡々と伝えてみたところ、王もまんざらではないようだった。

おまえのように怖気付かない人間は初めてである。したがって吾輩はおまえの願いを叶えてやることに対してやぶさかではない。

ぼくたちはいくつも夜を越えられないだろう。永遠を知ることはないだろう。約束を破り、互いを傷つけ合うだろう。いつか後悔するだろう。だけど見知らぬ未来のために、安易な予感のしているがために、今を蔑ろにするつもりもなかった。

黒い森のさびしい最奥は、花瓶には収まりきらないほどおおくの花の咲く野であった。いつぼくを食うとも知れない生き物は、自覚のあるためつねに優しくぼくにふれた。

3+

【vol.2】2019年9月号できました。ネットプリントできます

マンスリーエメラルド2019年9月号

今月号も無事に発行できました。コンビニのコピー機から印刷できます。

ここに投稿した詩や小説から選んだものを折り本にしています。今回は、2019年9月投稿分からセレクトしました。書き下ろし作品はありませんが、あとがき1P書きました。読んでもらえると嬉しいです。

※コンビニによって予約番号違うのでお間違い無いように!

セブンイレブン】

  • プリント予約番号:22140264
  • ファイル名:201909_monthly_emerald
  • ファイルサイズ:A3
  • 枚数:1
  • 料金:100円(印刷代のみ。収益にはなりません)
  • 有効期限:2019/10/22 23:59
  • 店舗でのプリント方法

ファミマ・ローソン・セイコーマート】

  • ユーザー番号:QF7LFDHM4N
  • ファイル名:201909_monthly_emerald
  • ファイルサイズ:A3
  • 枚数:1
  • 料金:印刷代のみ。たぶん100円くらい。
  • 有効期限:2019年10月23日 06時まで
  • 店舗でのプリント方法

折本の作り方はこちらが参考になります。

画像出典:こはぎうた | ネットプリント(そして折本)の作り方

3+

No.780

置いてきたものがある
犬を飼っていると嘘をつき、盗んだチョコレートを頬張っていたトタン屋根の上に

置いてきたものがある
水たまりに泳ぐおたまじゃくしの、まだ生えそろわない足を見ていた頃に

置いてきたものがある
誰もいない礼拝堂で、ステンドグラスが落とす色彩の影の中で、優しい人は煙草を吸っていた

うまく泣けず煙を吐いていた

置いてきたものがある
置いてきたものがある
置いてきたものがある人ばかりが生きているから

ふと拾い上げたものが捨てられないで、ずっと前からそれだけを探していたような気持ちになるんだ。間違えてたったひとり半袖で登校したあの日、ぼくはひどく惨めだった。打ち明ける相手もなく石像のもとへ歩いて行って、落ちていた吸い殻をどこまでも細かく分解しようとした。置いてきたものを取り戻すことはもうできないと、だけどルールは足掻くことによって壊せるんだと、あなたに、知らせたかった。泣けたのに泣かなかった、あなたは弱い。もし強くありたければ神をもはばからず泣くとよかった。人以前のぼくが人になる口実になったのに。捨てられたものに哀愁を感じなかった。弱いあなたを好きだった。誰もあなたを見出さない世界で、ぼくだけが、本当に美しいものは矛盾に宿ると知っていた。あなたは今日こそ、空を仰ぐ。色彩の影を振り払って、聖域から一歩踏み出す、煙草の匂いはみじんもさせず、ぼくにきみの詩を朗読せよと言う。

4+

No.779

煙草の匂いが薄くなるのを待ち外に出る。あたりが明るくていま朝なのか夕なのかわからない。まっくらなら答えは一つなのに。(教えてくれないんだ)。海水がテトラポットを宥めている。伸ばした前髪が腫れた瞼を覆ってくれる。連絡先を消そうとして、そう、何度も消そうとして消せなかった。だけど消えるんだ。記憶から消さなくても、あなたきっと消えるんだ。一日のうちに何度も奇跡は起こるけど、矛盾がいくつも起こるんだ。それでもバランスは崩れず、朝が来て、夜が来て、人を疑い、疑うことに飽きてまた出会って、初めてのように恋に落ちるよ。消えゆく二人は最愛のように同じ夢を見るよ。どこにも溶け切らず、肌に宿った光の匂いと。果たされなかった祝福と。

5+

小説『風のいたずら』

頬杖をついたままうたた寝していると、誰かがやってきて肩にカーディガンを掛けていった。誰かなんてわかってる。だけどもしかしたら違うかもしれない。目を開けて確かめれば済むことを、ぼくはいつまでも済ませたくない。

カーディガンをかけたその人は代わりに膝掛けを奪っていった。分かるような分からないような不思議な気持ちになって、そうか夢かもしれないぞと思い直す。夢なら何もおかしくない。ならば。覚悟を決めたぼくが目を開けようとしたその時、まぶたに触れるか触れないかの距離が手のひらに覆われる。

知ってる、知ってるこの平熱。
「一般的ではないかもしれないけど、正しくないってこともないよ」。
知ってる、知ってるこの声。
「夕方」。「また」。「会いに来るね」。「もしもの話」。「コツがいるんだ」。「こっちへ来るのには」。
知ってる、こんなにきみを知ってるのに。

目を開けると誰もいなくて、あるべきところに膝掛けがある。窓の外ではちょうど太陽が建物の隙間に滑り落ちていくところで、ああ、教えてくれたんだと思う。一瞬だけど。

失望とともに読みかけの本に視線を落としたぼくは、ついさっきはさんだ栞がずいぶん前進していることに気づく。もとのページへ戻ろうとして、ふいに視界に入ってしまった真犯人の名前に、ぼくは仕方なく苦笑いした。

わかった、でも許す、退屈になった時間は、いたずら好きだったきみのために使おう。

分厚い本の、表紙をとじて。

4+

No.778

きみはきれいとあなたが言う。祈るように言い聞かせる。それを言われているのがぼくで、それを言っているのがあなただ。そんなことってあるだろうか?噴水の水は落ちたあとどこへ流れるの。鳥はなぜ飛ぶことをやめて車になんか轢かれたの。どんな絶滅が線路を輝かせて見せるの。何一つ分からないけれど、あなたが不憫ということはよく分かっている。あなたよりもだ、きっと。視野が狭く陶酔しやすく一途が取り柄のかわいいひと。新月で花束はつくれないから、正直になるというご褒美をあげる。目を閉じて開けたらたまに微笑むという夢をみせる。

5+

小説『バジルの告解』

ドアを開けた。開けても開けてもどこにもたどり着かず、ドアは消えなかった。一枚だけ色の違うドアがあってこれを最後と開放したら、その先にあったものは。

やけにすっきりとした気持ちで目覚めるとぼくは泣いていた。洗濯物と雲のない空、色を変えた樹々、窓辺のバジル。パスタを作った時に使おうと言っていたのに、いつも忘れてしまう。

見慣れた風景をぐるりと見渡して最後に傍らに目をやった。ぼくを見下ろして泣いている。つまりこの部屋には泣いてる人が二人いるということ。二人しか、いないということ。

おまえ、なに泣いてんの。
きみが泣いてるところを見て感動した。なぜ。
悪夢だよ。起こしてくれると助かったんだけど。
きみの感情があふれ出すことを邪魔する権利なんか俺に無いから。

ぼくは寝返りを打った後もう数分間目をつむったものの二度寝はできないと確信して起き上がった。

もう起きて良いの。
泣いたら治ったみたい。

ぼくが回復したというのにおまえはなぜか不満そうだ。気にしても仕方ない。廊下の向こうに玄関のドアが見えて、夢のなかの出来事に引きずり込まれそうになる。開けても開けても終わらないドア。存在しない出口。入り口は果たしてどこだったろう。

玄関から顔をそむけ、キッチンに目をやる。

パスタつくってやろっか。
きみが?
うん。
俺に?
うん。
死んでも良い。
バジルを使う。
ちぎって待機する。
軽く洗っといて。
うん、わかった。

たった2分で茹で上がる麺に味気なさを感じつつ、空腹だったのは確かでいそいそと皿に盛り付ける。パスタドレッシングをかけて少し混ぜ、仕上げにバジルをのせた。

完璧。
違いない。

フォークに巻きつけた麺を口に運びながら、ああ、と気づく。ぼくが作れば良かった。料理当番を、はやく変わっとけば良かった。そうしたらこいつも変な気を起こさなかっただろうに。

少量の毒を混ぜなくて済んだろうに。

ぼくを殺したかった?
まさか。生きて欲しかった。耐性をつけて欲しかった。
殺人未遂だからほんと。
怒ってる?
いいよ、もう。

適当にはぐらかすぼくもぼくだと思う。廊下の先に玄関があって、そこにぼくの靴はない。この部屋に連れて来られた時から一度も出ていないので、ドアの向こうの世界がどう変わったかも知らない。ベランダで育てていた朝顔や、キケンと書かれた用水路や、隣の家で飼われていた三毛猫や、ぼくが欲しかった一人部屋や、喧嘩の絶えなかった夫婦は、今どうなっているだろう。彼らもリセットできたかな。それぞれの道がちゃんと続いているといいな。ぼくは変わりないから。

美味しい。
まあまあ。

他愛もない会話。悲劇も喜劇も見当たらない。似たようで違う日々が淡々と流れるのだった。開けたことのないドアに鍵のかかっていないことを、ぼくはずっと前から知っていた。

4+

No.777

道の上に羽毛の塊が落ちている。かつて生き物だったもの。潰されもせず、食べられもせず。食滅連鎖の鎖から除外されて。赤い血が見えた気がする。臓器が足りないんだ。一番に大切なものが。耳元で鳩がささやいた。ぼくは歩みをゆるめてそれを目に焼き付けようとし、そうしようとした理由がわからなくなったためペースを戻す。人ではない。人ではないと言えるだろうか。見慣れた背景、いつもの朝。ミルクとバターが迎えてくれるだろう。ゆで卵の殻をむく鮮やかな手つきを見ながら、その手が額を撫でるためにこちらへ伸ばされるのを待っている。羽はアスファルトのささくれに引っかかり、往来が賑わえば亡骸はさらに得体の知れないものになるだろう。何ができるか、何もしない。何でもできるけど、たとえば鎖につなぎ直してあげることとか、でも何もしない。ぼくは前を向き、進みたい方向へ進んだ。家に帰ると住人は起き上がったばかりで、ぼくがいないことに気づいていなかったみたいだ。なんということか。朝の散歩かい?おかえりと全身が言っている。喉を鳴らして手の窪みに頬を擦り付ける。街は変わりなかったかい?ぼくは羽毛の生き物が死んでいたことを伝える。そうかい。あなたは寝ぼけたような目のままで頷いた。お前はそうならないからね。お前はそうならない。ぼくはべつにああなっても平気だと答える。めずらしいことではないよ、そんな目をしないで。あなたはキッチンに立ち水を張ったちいさな鍋に卵を二つ並べて火にかける。卵が二つ並べばいっぱいになってしまうちいささだ。あの子が好きだったんだよ。存在は知っている。姿を見たことはない。あなたはぼくの知らない話をする。それは今朝の羽毛のように空っぽになってしまったものかも知れない。何も無い、マクベス、自分には何も無いよ。あなたは呟く。コンロの火にくべてしまうように。安心安全装置があなたを守るから、ちょっと拗ねたくらいで大惨事は起こせない。ぼくは知っている。あなたの目の中にたくさんの悲しみや愛情が宿ることがあることを。何も無いどころではないことを。だけどぼくはそれを伝えられないので、出されたごはんをおいしく食べる。いつもと似ていて、いつもと違う、新しく始まった朝に。ひとりのあなたと。

4+