No.734

裏切りの反対は信頼ではない
知りながら何を求めたんだ
やってしまった後悔を
やらなかった後悔が初めて上回った

海になれなかった青を飲み込んであげる
頭のなかにいつもあるのに
映像以前のあなたを呼んでいた
悲しい予感で誤魔化すのはやめてくれ

明日には持ち越せない微熱を
ぼくを拒むあなたに注ぐ
ずっと平気だなんてつまらない嘘
夜更けに違う名前を呼んでもいいから

簡単に断てる望みでも
簡単に絶てる命でもなくてぼくら
終わりを用意することは誰の役割?
未熟な天国で粗悪な夢が分配されただけ

口移しで誰かが幸せを忍ばせて
思いがけず甘みを知ってしまったら
もたつく舌であなたを呼んでもいい?
永遠に似て淡い幻に水を差しても

1+

小説『ほしのこども』〜side星〜

ある朝、生まれてみたらお皿の上で
夜空のような瞳に見つめられていた
まさか生まれるところを間違えたとは
説明する能力も何もなくて新生活が始まった

そいつはまず緑色した薄いものをくれた
美味しかったからぴかぴか光って見せた
次に夕焼け色した硬いものをくれた
あまり好きでなくペッと吐き出した

おれたち星という存在は朝が苦手だ
言葉は少しずつ適応できる
くすぐられたことは初めてだけど嬉しかった
お腹がいっぱいになるとよく眠れた

間違えて生まれた地上で歳月が過ぎ
おれはすっかり人の形になった
って、星じゃなかったのかよ
我ながら悲しくなった

だけどそいつ、彼は、優しかった
おれにごはんをくれて一緒に寝てくれた
感情を高ぶらせてはいけないと言われた
言われたことをおれは守った

嬉しかったり悲しかったりすると
その思いが強いほど星はよく光る
だけど人間は光ったりしない
守れる?と聞かれたのでうんと答えた

おれと彼は喧嘩もせず仲良く過ごしたが
ある日彼がとても疲れた顔で帰ってきた

どうかしたか?
人を傷つけてしまった
おまえは優しい
優しいだけじゃだめだお金が必要なんだ

彼はちゃんと働いてお金を稼いでいたが
ぜんぜん足りないのだと言う
おれが力になれるのではないか
恩返しができるのではないか

そうだおれは星だ
だけどおまえと暮らすうち人の形になった
星は光るのが当たり前だけど
人は普通は光らない

だからおれが光ったら珍しいんじゃないか?
みんな楽しんでくれるんじゃないか?

実際どちらが言い出したかは忘れた
とにかくおれは感情を押し殺すのをやめた

嬉しかった
それだけで嬉しかった
だっておまえのことを考えれば良いんだから
楽しいも悲しいも苛立ちもおまえのこと

必要なお金はなんとか払い終えることができ
おれたちはまた元の生活に戻った
ときどきカメラを向けられることはあっても
もうやっていませんと足早に立ち去った

ある日おれがひとり留守番をしていると
スーツ姿の男がやってきて言った
もっときみが輝けるところへ行こう
彼に確認しないと行けないと答えた

連絡をしたら彼は飛んで帰ってきた
あっちの部屋へ行っててと言われた
彼はスーツと話し終えておれを呼び戻した
何かを決意した表情だった

だいじょうぶか?
逃げよう
なぜ?
なぜでも、ここを出よう

もとより反対する気持ちなんかない
彼がいないとおれは困るし
そもそも地上に用はなかった
街が寝静まった時刻ふたりで抜け出した

地上に来てからいちばんわくわくした
彼と出かけるのは初めてじゃない
光っても良いよと言われた時期もある
お金がたくさん必要だった時だ

でも今はお金は必要じゃない
ふたりで夜の中を駆け抜けていく
それがこんなに気持ちのいいことだとは!
おれは彼の手を強く握った

でも目立ってはいけないんだった
おまえの光は強すぎる、とくにぼくの手を握るときは
恥ずかしそうに注意されて
おれはしぶしぶ握っていた手を離す

やがて海沿いに出た
海そのものを見るのは初めてじゃない
だけど夜明けの海は初めてだ
水平線を走ったら空に届きそう

試してみようか、
そう言って振り向いた時
彼の肩が赤く染まっていた
あわてて岩陰に引きずり込んだ

どうしようどうしようどうしよう
シャツに染み込みきれず流れ出てくる
おれの一番深くから光が込み上げてくる
冷静になれと言われてももう聞けない

今までいくつ殺した?

たのしい
うれしい
かなしい
はらだたしい

押し殺されたたくさんの感情たちが
反旗を翻して襲いかかってきた
光るなってそれは無理だ
おまえの命令なんか二度と聞くもんか

殺したと思っていた
ただ眠っていただけだった
銃声が目覚めさせて溢れさせた
彼の体から流れて止まらない血のように

ほんとに行けるんじゃないかなと思った
思いはすぐ確信になった
いま水平線を走ったら遠ざかる夜に乗っかれそう
彼を抱えたままおれの体は光の塊になった

おれが間違って卵から生まれてしまったように
人間が空へ上ることもできるんじゃないか?
星になることはできるんじゃないか?
一縷の望みにかけておれは地面を強く蹴った

結論から言うと予想は当たった
影のない世界でおれたちは目覚めた
シャツを染めていた血も消えている
差し出された手を取って語りかけた

だいじょうぶだよ
だいじょうぶだよ
ここはもうだいじょうぶ
声によらない感情の発信手段だ

触れ合えばいい
感じればいい
伝われと願うだけだ
それを相手が受け取れば成立する

どうして鶏の卵になんか入っていたの?
それをいま質問するのかと思いつつ
適当にはぐらかした
そうだったら面白いでしょ?と

嘘をついたよ
おれはずっと見ていたんだ
年上の星たちにバカにされながら
もしかして地上は楽しいんじゃないかって

子供時代はよく泣かされていたな
大人になってからはよく人を苛立たせた
星であるおれから見ても彼の動作は緩慢として
何かを伝えるたびにつっかえていたから

だけど彼は記憶力がすごかった
無数にある星座の名前を余さず呼べるんだ
名前は人間がつけたもので勝手なもんだけど
おれもいつか見つけてもらって呼ばれてみたいと思ったんだ

笑われるに決まってる
見つめすぎて落っこちたなんて
うっかりさんだなあと彼は微笑んだ
恥ずかしかったけど隠さなくて良いんだ

いまおれたちは光ることを隠さない
沸き起こった感情のままに点滅する
時には輝きが持続し過ぎることもあって
そんな時は布をかぶるのがマナーだ、一応

おまえはおれによく光るようになったと言う
おれから言わせればおまえこそ
よくも今まで光らずにいられたな
おれたちの本質は変わらないんだ

ひとつに溶け合うこともできるし
ふたたびふたつに戻ることもできる
お互いの心を所有することで
もやもやが晴れたりもする

地上がよく見えるんだねここからは
あっちからはあんまり見えないよ
彼はおれの心に語りかける
直接入ってくるのでつっかえたりしない

それが心地よくもあり
すこし残念でもあった
つっかえてもつっかえても
伝えたい思いのあること、いいなと思っていたから

おれの気持ちをそのまま受けて
彼は淡く発光する
嬉しくて嬉しくて点滅を返す
彼はおれに布を被せて上から抱きしめた

殺してるわけじゃないんだ
守りかたがわからなくなるだけ
不安なときは見上げてもらえるよう
ぼくたちはここで輝いていようね

2+

小説『ほしのこども』

ある朝、卵を割ったら星が出て
一緒に暮らすことになった
レタスは気に入ったようだ
でも人参はきらい

人間とそんなに変わらないのかな
ぼくは星に関する記録と観察を始めた

朝は苦手
言葉はつたない
くすぐるとよく笑う
満腹になるとお昼寝をする

一年二年三年が過ぎ
星はすっかり人の形になった
感情が高ぶるとほんのり発光するので
怒ったり悲しんだりしてはいけないと教えた

星はぼくによく懐いていた
ぼくの言うことはよく聞いてくれた
ある時ぼくは人を傷つけてしまい
その人のためにたくさんのお金が必要になった

いろいろ迷ったあげく星で稼ぐことにした
感情を高ぶらせて発光するんだ
めずらしいからみんな楽しんでくれるはず
それならと星はまたよく笑うようになった

それからさらに一年が経って
ある人が星を買い取りたいと言ってきた
どうしてもできないと言うと
いともあっさりと引き下がってくれたが

嫌な予感がして星と逃げることを決めた
星は最初ぼくの手を引いていたけど
それだと発光してしまうので手を放した
正直とても心細かった

すっかり安心して海沿いを歩いていた時
近くで銃声が鳴った
それはぼくを狙うもので肩を負傷する
流れ出たぼくの血を見て星の体が発光した

おさえるんだ
ぼくはだいじょうぶ
ここで目立ってはいけない
おまえは今は冷静になって

何度も言い聞かせるうちに
星の体はどんどん薄くなっていった
やがて暗闇に同化して
ぼくも意識を手放した

まぶたを開けた時
ぼくは空の上にいた
星の名前を呼んで手を伸ばす
もう肩は痛まない

星が手を取って語りかける
だいじょうぶだよ
音ではない何かが
体の中へ流れ込んで満たされる

どうして鶏の卵になんか入っていたの?
ぼくは今さらながらの質問をぶつけた
星が出てきたら面白いかなあと思って
そんなことがあったら面白いかなあと思って

後から知ったところによると
ただの失敗だったようだ
うっかりさんだなあと星をからかう
そんなことはないと主張しながら星は光る

今ぼくたちは感情をどうすることもない
眠りたければ眠る
怒りたければ怒り
泣きたければ大声で泣く

笑いたければ笑い
食べたければ食べ
愛したければ愛をして
元いた場所を思い出すこともない

ここじゃ光らないほうが目立つんだ
どうしたのって心配をされる
たまにはそんな日もあるけれど
ぼくたちを遮っていた膜はもう見当たらない

4+

No.732

窓の外を景色が流れて
置いていっているのか
逆なのか分からなくなる
惑わされることを厭って瞼を閉じた

分かりづらいんだよ
伝える覚悟が足りないんだ
正しくあることを求めて
自爆してるんだ何度も

追い詰めてはいけない
ぼくはあなたにふさわしくない
一度きりの実感が湧かず
これから先も会うかのように突き放した

似ている人を探すうちに
本物の形を忘れた
救いなのか重苦なのか決めかねて
満月をストローで吸い込んだ

いい加減な神さま
いい加減な運命
いい加減な赤い糸
いい加減なシナリオ

あと何度生まれ変われば良いんだろう
これきりにしたらと声がする
その声のループから抜け出せない
あなたに似ているせいだ、嫌というほど

3+

No.731

到底理解できなければ演技は続いたのに
目を瞑ってたってわかることがある
きみに似ている人は少なくない
留まるものがあっても時間の問題

意地悪で片づけて良いんだろうか?
誰にも伝えたくない
誰にも気づいて欲しくない
きみが弱くて血の流れていること

まわりが勝手に脱落したんだ
天国はそっちじゃないよ
詐欺師のいい加減なインフォメーション
純粋が粉砂糖をまぶされて落ちていく

(もったいないよ、
死ぬことが綺麗なうちに生きるなんて)。

好きでも嫌いでもない
正しいという判断で分離してしまった
きみは邪推の餌食になった
六月のプールに沈められて

繰り返さなければいけない?
いいや、そんなことはない!
いつでも「これで最後」にできるし
そのためのトリガーだって与えたよ

なるべく素っ気なく優しくそれでいて
魅力的なことをぼくは教えてあげるのに
おまえの言いなりにはならない
そう言ってきみはまた始めちゃうんだから

ハサミを持つ手も疲れてきた
緞帳を開け閉めすることにも
だから下界に向けて背面跳びをかます
ここではその行為を自殺と呼ぶ

ぼくは落ちる
落ちたことのない六月のプールに
とうとうやってしまった、どうしようもない後悔が
驚愕に見開かれた目で吹き飛んだ

あの、はじめまして
は、はじめまして?
こっちへ来てみた
あ、ようこそ?
ぼくは空から落ちてきました
はあ
もし迷惑でなければきみを助けたいです

戸惑う二人をつなげたまま、意思のない水面はキラキラ光った。

2+

No.730

たぶんかけがえのない早朝
トラックだけが追い越していく
歩道の真ん中に三毛猫が硬直していた
廃棄されたコンビニのおにぎりみたいに

ぼくは知らない
きみが生きたことをぼくは知らない
きみも知らない
ぼくが生きていくことをきみは知らない

しゃがんで写真を撮ってしまうこと
それじゃなんの弔いにもならないこと
大事にしようと思うんだ
抱えて行ったりできないんだ

靴紐がほどけた、と思ったら
みるみるいっぴきの蝶々になった
絵の具みたいに正しい水色へ溶けて
それはもう戻ってこない

大事にする
ねえ大事にするよ
ときどきひらいて
ときどきとじて

呼吸に似せて
孤独に寄せて
硬直を避けて
孤独を避けて

感じたことを忘れないでおくね
忘れてもまた約束をするね
言葉が尽きずさみしいぼくは
部屋に戻るやきみの隣に潜り込んだ

ねぼすけさん、ねぼすけさん

ぼくらの街は死でいっぱいだったよ
今日は靴紐もなくしてしまったよ
だけど美しかった
きみの魂ってやわらかだね

2+

No.729

繊細な世界に存外丈夫なぼくがいて、ひずんでいくのを止められないでいる。読めない文字が書かれた旗が風のなかに揺れていて、どうかそれが救いを求める類でありませんように。祈りながら視線を逸らし、端的に言えば無視をした。撓みながら平均値へもどる途中、つまづいたふりをして群衆から離れた。泣き顔を見られたくないんだ、理由もなく笑ったように思わせていたいんだ。こちらの茨は鋭いな。だけど目隠しで両手がふさがる。真夜中の迎えがあんまり遅いので、ぼく一人の影なんかじゃ命一つも憩えない。

2+