No.776

薄氷を重ねた時を経て墜落しながら生まれるのなら、人の腕の中へ落ちること。世界がきれいで生まれた途端にきっと消えたくなるのだとしても。求められても積み重ねてこなかった愛や初恋が花の陰に隠れてる。大丈夫だよ美しいよなんて、嘘をつけるほどぼくは大人じゃなかった。もう行かなきゃ。わかってる。真昼に君と訪れた駅、運良く通過した車両を見送り、やけくそみたいにはしゃいでた。二人の笑い声が線路に落ちて、きんと澄んでいきながら跳ね返った。誰のことも好きになれない。不安と不満の根底にある事実、ぼくの特徴。知られませぬように、見抜かれませぬように。何かが悲しいわけではなく、観察が性に合っただけ。液晶画面が月を隠している。音のない線路に、夜、いいわけを覆い尽くす、あの満天の星が落ちてくるのが見えるようだよ。今夜にも。いまにも。

5+

小説『フォークを捨てたぼくらを待つもの』

影響を受けていると悟られたくなくて別のメニューを頼む。見透かされている気がして落ち着かない。思えば一緒にご飯を食べる義理なんか無かった。だって、こいつが。でも、こいつが。

ほら、きいろ。みどり。あお。あか。しろ。くろ。ひとつひとつ丁寧に教えられたくなくて色とりどりの食べ物から視線をそらせば、テーブルの上に手の甲があった。当たり前のこととして、おおきい。骨が見えるようだよ。

何もかもをしてきたこいつと、何もしてこなかったぼく。正反対だから一緒にいるのだと言い聞かされれば三度目にはもう疑わないだろう。「食べて」。消えていた音がそこから再開し、はっとした。食べる?何を?「料理。きみが何かを食べているところが見たい。つまり、きみの生きているところが」。

相変わらず意味不明だと思いながらフォークでサラダを口に運んだ。これでどうだ、と無言で問いかけると「助かった。ありがとう」と微笑んで見せる。やはり意味がわからないが、意味がわからないと思えるだけぼくは意味をわかっているのかも知れなかった。もう。

何かするだけでありがとうと感謝されたり、ぼうっと空を眺めているだけで大丈夫かと心配をされる。今ふと考えたんだがこいつはぼくを好きでは?ありえそうだ。そして、ぼくもこいつを好きでは?考えたこともなかったがありえないことでもなさそう。

お互いを好きかもしれない二人が同じ場所にいるとなると、もしかしたら彼らは幸せになれるのかもしれない。

咄嗟にフォークを皿の上に放ったぼくをこいつは不思議そうに見た。驚かないの。何を。ぼくが、今、がしゃんと大きな音を立てたこと。驚かないよ。見てたからわかる。見てたんだから。ただ、不思議だなって思って。わからないんだ。

きみ、いま、何に気づいたの。

色という色が配置を変えて世界が目前に迫っていた。こいつは、ぼくを。ぼくは、こいつを。フォークは、緑を。風は、鳥を。季節は、肌を。予感は、熱を。たずさえてぼくにまだ見ておけと語りかける。今に平気になる。今に慣れてしまう。そうしたらまたべつの絶望がぼくを襲うんだ。それでもいいかなんて思ってしまうから、妨げるものは何もなかった。掃いて捨てたいほどありふれた日常は、ぼくの知らないうちに愛に満ちてた。口にできない希望が待ってた。

6+

【雑記】さしのべる

あまり人と話さない生活をしてて郵便局で局員さんに雑談ふられたときにカオナシくらいの対応しかできなかったので「あかんやつ」と思いコミュニケーションが活発な場に出かけるもすべてが騒音にしかならずまた普段の生活に戻る。ちゃんといちばんいいとこにいたんだと知るためにも動いてみるのは大事である。ぼーっとしてても意外と他人が話しかけてくれてそのたびにカオナシくらいしか反応できなくて申し訳ないと思いながら「大人ってすごい、見ず知らずの人に雑談ふれるのが大人なんだ、おとなってすごい!」となるなど。横断歩道で信号変わるの待ってたら女性がしきりに話しかけてくるので「やばい勧誘」と思ってエア耳栓してたら虹が出ているのを教えてくれていたのだった。それだけなのだった。その虹はすごく綺麗だった。くそ、私め!ばかばか!そのほかにも毎朝のウォーキングですれ違う人や、エレベーターで乗り合わせた人や、そのへんのひとが割とみんなカオナシに普通に接してくれるので浄化されていくような、恐るるに足らないと思えてくるような、ったく自分め、いつまで気持ちが十四歳なんだよ。しかし先日、十四で起業した人に会う機会がありコミュ力の高さにびびる。自分が十四の時など液晶画面に食い入りながら死について考えていて人はみんな信用できず外は恐ろしい仮面舞踏会で自分に生きる価値はなくそもそも価値というものはなく価値がどうとか考える時点でうわーんとなるので、十四でほがらかな人格になるということは到底理解できない。矛盾甚だしい。これは、あれか、月並みな言い方になってしまうが、多様な生き方があっていいんだと、それでも許されると、稼げて、生きていけて、仲間を見つけられると、分かってきたからだね、個人も社会も。しかしそうなるとまたべつの懸念があってだな、好きなことや生きがいを持てないやつはつらいと思うんだ。キラキラした人が、夢中な人が台頭して存在感を増してくるので本気で好きなものがないと辛くなるかもしれない、そんな時代が来るのでは。来てるのでは。でも大丈夫だ!私の書くものを好きになるといい。10月に入ったのでマンスリーエメラルドvol.2の製作に取り掛かるんだ。完成したらここで告知するので近所のコンビニへ行きプリントアウトすればいいんだ。そうすると私が嬉しいのできみは善行を積めるということだ、いいね!話が逸れたことに気づいたきみは大丈夫、だまされず生きていける。しかし時にはあえてだまされてみることも大切である。

6+

No.775

朝焼けが遠くて、終わりってこんなもんなのかなと思った。制服の時期を指折り数えて、無駄だと感じ途中でやめる。ぼくたちは背中に色を背負っている。自分では分からないから、誰かと話すほかない。話して、笑って、泣いて、今こうだよと教えてもらう、ほか。教えてあげる、ほか。水たまりに映った空に、薄い皮膚みたいな桃色が浮かんでいる。きみが、恋をしている。ぼくに、恋をしている。手をのばしてくれたんだ、終わりの見えなかった夢のなかへ。水たまりが消える前に、ぼくに向けられた一瞬の衝動を捕まえに行く。向かい風も追い風も妨げられない、これはぼくが選んだ行く手だ。触れ合わない距離で、ふたり並んで、手始めにキャラメルカプチーノを。それからぼくたちが過ごした長い、今やっと終わりに近づいている長い夜にまつわる話を。しずかに。

4+

No.774

月は空砲で撃ち落とされ、愛より重い夜が来る。明けることのない、信じたい、育って欲しくない、朝ではない夜が。黒と青が幻覚を飲み込むんだ。殺さずにとっておくの。ページをめくる手がさっきから進まなくて、ああ、またあの人を考えている。あなたにとっての星はひとつきりで、見えなくなったら何もないんだ。空気を読みながら語りかける。読めているかは分からないけれど、経験からくる確率としては、きっと正解であるはず。これが正解なら美しいはず。思うんだ。祈るんだ。願うんだ。乞うんだ。あなたは僕を見て「かわいそうに」それだけを言うと、自分の言葉が本当になるよう、ちゃんと僕を壊した。鉄屑になったぼくは無数のあなたを抱えて星になるかも知れない。無数のあなたの中のどれかひとつくらいは、くらい夜から脱出できたかも知れない。

3+

【雑記】メッセージありがとうございます

マンスリーエメラルドにメッセージくれた人ありがとうございます。

私の作品が印刷してもらえて、物体として誰かの生活や風景の一部となってるのはすごいことだと思います。どこでもドアとか透明マントがあればそんな風景を覗きに行きたいくらいです。まじか・・・!ってくらい嬉しいんだと思う。

自己満足でたんたんとやってるつもりでも、全然そんなことないなと思う瞬間です。感想すげーうれしいので手っ取り早く誰かを幸せにしたければ創作者に感想とか送るべき。いいか、これは真実だ。

マンスリーエメラルドのお知らせのためだけのTwitterアカウントつくりました。万一サイトが消去されても(どういう事態かはわからないが)ここで何かがわかるかもしれません。

@eme_natsu
https://twitter.com/eme_natsu

3+

No.773

こんな夜があるんだよ。きみはまだ信じられないかもしれない。信じようとしなかったから。誰も殴らない、誰も慰めない、誰にも拭えない、誰も裏切らなくてもいい、こんな夜があと何回もあるんだ。冷たく切れ味の良いものにだけ心を許そうとしたね。死にそうで死ねない猫にだけ語りかけたね。夜空に低くたゆたう月に、好きな歌を口ずさむ少年に、いつの間にか聞こえなくなった蝉の声に、キャスターによって演じられた緊迫感に、ダッシュボードで溶けてしまって粘り気のある飴を噛み砕くあの子に。ぼくは伝えたい。ぼくは、いたい。もう少しこの世界にいたい。約束が嫌いなきみに、ひとりごとみたいな誓いを立てる。明日が来る保証はない。それでも本にしおりを挟む。明後日もぼくらがいる保証はない。それでも名前を書いたデザートを冷蔵庫の奥に隠す。口にしたら大袈裟になる気がして言わなかった永遠は、大袈裟どころかいつもあった、ここに、ふたりの呼吸の重なるところに、月もナイフもそれを知ってた。

4+

小説『九月のタイトロープ』

心のこもらない「死にたい」が野ざらしになっており、そのことできみは深く傷つき、本当に死んでやろうかと思う。お気に入りもしてくれない冷たさの中で生きていくには心許ないので。しかしそれを誰にも打ち明けられないので。通販サイトでロープを探していたきみはオススメ商品に好きな作家の新刊予約を見つけ死期を遅らせる。そうして一日一日を過ごすうちに九月は終わり十月に入る。鮮やかだった死にたいがペットボトルの炭酸とともに薄れる。気づかないきみはきみの大好きな渋皮栗のタッパーを冷蔵庫から引っ張り出し、フォークで上品に口へ運びながら、海外の俳優がおかっぱ頭の少女にするキスを見ている。ばたばたばたと強い風に洗濯物が吹かれるような音がして、しかしそれは涙なのだった。涙がこんなに大きな音を立てるとは知らずにきみは狼狽える。グラニュー糖を吸い込んだ茶色がほろほろほどけてきみは呟く。知らない。まだ何も知らない。誰にも平等に流れる音楽の訴えるままに元気づけられてしまう自分が嫌だった。フィクションの中で語られる言葉に軽率に救いを見出す自分が嫌だった。そうだろう、でも、生きて。何も考えなくても生きてみたら分かる。欲しかったものがあったこと。自分が名前をつけて呼んだこと。自分以外のすべての人が何事もなく無事の心で生きているなんて思ってはいけない。かけ合う言葉もなくなってしまう。もしも上手く喋れなければ、ただ泣いて見せると良かった。満月の下では許されよう。運命がどれほどか。奇跡がどれほどか。昔きみがたったひとりで泣きながら頬張っていた食べ物だというだけで今ではぼくの好物だよ。

5+

No.772

柔らかい闇を吹く風が湿っている。天井に映った影が言った、「おまえを押しつぶすのは容易い。放っておくだけで良いから」。ほこりまみれで捨てられないものがあるんだ。何とかなると信じてばかりいるんだ。あなたが身にまとう死は濃厚で、メリーゴーランドを眺めていた子どもの頃のように引きつけられる。入園料が精一杯で、アトラクションは乗れなかった。握りしめた硬貨は不安症のぼくを、満足させてはくれなかった。柔らかい闇から降る声は「平気なのに」と笑っていたあの人の声に似ていた。そのものだった。押しつぶすのは容易い。放っておくだけで良いから。その声が、言葉が、僕にいま立てと命じる。立ち上がりさえすれば変わって見えるから。視界が、表情が、環境が、おまえを取り巻くすべてが。立ち上がるだけで。立ち上がるたびに。分かっていた。暗がりへ行きたくなるのは、出てきた時の眩しさを感じたいからだって。不安を遠ざけることに命を割かなくても、そのことを覚えたまま笑いながらやってきたじゃないか。立ち上がったなら解に向かい歩く。正しさや間違いを見つけるためじゃなく、救いの求めかたを知らない、闇にひとりきりのあなたのため。

4+

印刷ありがとうございました

マンスリーエメラルド創刊号、プリントアウトしてくれた人、ありがとうございます。わざわざコンビニへ行き、コピー機を操作して、100円いれて、持ち帰ってくれて、切り込み入れて折りたたんで、それを読んでくれて本当にありがとうございました。奇跡です。次回は月半ばくらいに出す予定です。出た時はまたよろしくお願いします。

7+