No.710

つかまえたかった一行が
ぼくを飛び越え海へ行く
遊び場だった海へ行く
人を飲み込んだ海へ行く

ぼくはたくさんわがままを言う
それは誰かを足止めする
ぼくの痛みが誰かを守って
誰かの痛みがあなたを幸福にした夜

ルールで夢が踏み潰される
死なない世界なんて欲しくない
子どもだったと笑っていれば
定型通りの朝が来る

パッと顔を上げて光を見つけないで
泣いた場所から立ち上がって
乗り越えて行かないで
揺るぎないものにならないで

ぼくはたくさんわがままを言う
あなたが言わなくなったから
一生のうちに食べられるりんごの数と
叶えられる駄々の量は決まってるんだ

怖がりたくなんてなかったな
平気だよって胸を張りたかったな
それでもあなたは微笑んで
ぼくの手を離したかも知れないけれど

1+

No.709

お足元に気をつけて
この先はきみを惑わす
石や光や手や詩があって
つまづくかもしれない

わかりたいとおもう
傲慢でありたいとおもう
ぼくと出会う前あなたは
どんな生き物であったの

夕日が反射する川面に
追いやりたい記憶を乗せる
流れ着いた海で藻屑か泡になれ
なのに目を開けたら掌にある

そうだ抱えるしかないんだ
あきらめて飲み込むしか
そうすることでしか記憶は
幸せに向かうぼくを許さない

約束を守りたいわけじゃない
あなたが殺したあなたに
いちど向き合ってみたい
だいじょうぶだよと伝えたい

ひとつやふたつの色彩が
こぼれていくのは仕方がない
それでもなるだけ多くの花を
降らせたらあなたは笑ってくれるかな

1+

小説『提言者』

年下会社員✕カフェ店主まとめ

残業があり夜ごはんを一緒に取れなかった日、あなたはすでに寝ついていた。
物音を立てないようベッド脇に寄り添って、ローテーブルにお酒の瓶をみつける。
もしやぼくの帰りが遅くてさみしい思いをしていたな、と自惚れながら跪くと、シーツの中から蔦のようにするすると腕が伸びてきた。
そのまま首に絡みつく。
されるがままに身を任せていると、掠れた声がぼくの知らない名前を呼んだ。

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1+

No.708

きみの言ってることなんかいっこもわかんない人生がよかった。思うのに、きみの言ってることしかわかんないんだ。ざらざらした雑音のなかで、それだけは間違えずに聞き取ることができる。異国の朝に聞く母国語みたいに。寄り添ってきた生き物の背中をなでて、なぜぼくはこれとして生まれなかったかを悔いる。これならばきみに寄り添うくらい朝飯前。試みては失敗して、もうあんなことしないと固く決意したり、でもやっぱするかも、と決意をかんたんに揺らがせてしまったり。耳をとじて、おでこくっつけて、交互にまばたきをする。知ってる、こうやってタイミングを合わせていけば、わかりあえるんだよ、文字でもなくて言葉でもなくて、そのまま自分の中へやってくるんだ。寒い冬の夜、気づいたら猫が布団の中へ入ってきたことに気づいても、まるく灯った体温の何割が自分のものか、なんてもうわからないだろう。ああいう感じに、混ざって溶けてしまうんだよ。すこしこわいね。すこしかなしいね。きみの言うこと。きみの話すこと。きみのせいじゃないのに。きみのせいじゃないよ。優しい思いが体に流れ込んできた。血に乗って全身をめぐっていく。きみが思っている人をぼくは傷つけたりできなくて、背中に隠した手からおもちゃみたいなピストルを滑らせた。

3+

No.707

水の底から見上げてる
盗んだ折り紙が光るのを
かわいいねと言えなかった
それが欲しいと言えなかった

回想の順序は決まってる
たどりつく結末もわかってる
また水の底から見上げるんだ
手にできなかった光を見るんだ

帰り道がわからない
そんな嘘をついて道をそれた
視線の先であなたが立って
待っていたよとこちらへ告げる

星のにおいがしていた
迷子のあいだずっとだよ
ぼくの言葉すべてが
ほんとうではないけれど

ぼくの言葉すべてが
うそだというわけでもないんだ
嘘をつく人には守りたいものがある
失いたくないものが

黄色い花が咲いていたと思うんです
曲がり角のごみ捨て場に
それをあまり愛さないようにしよう
ぼくが触れたら花は枯れるので

自由の効かない手袋に
問題ばかりの手を詰め込んだ
もう来ないで
誰ももう近づかないでと

百年後の昼下がり
寝ているぼくのところへあなたがやって来て
なんなく手袋を取り去ってしまう
魔法なんて解けてただろうと笑いながら

3+

No.706

ぼくは変わるかも知れない
それを誰かへ謝りたい
歩道橋から叫びたい
できないままで道を渡る

記憶が書き換わることはない
忘れたりはするかも
そしてべつのことを言い出す
前からそうだったという顔で

捨てたかった
変わりたかった
何を恐れるんだろう
ぼくが嫌いなぼくから離れられるのに

予感があったんだ
光へ引きずり出される
縛られているというのは幻想、
幻想であり期待でもあった

ぼくの痛みが
あなたを人間にしていたのだ
あなたが人間でいられたのは
ぼくに痛みがあったからだ

封筒からはみ出した記念写真
捨ててしまったらきっと忘れる
セラミックのコップで氷が傾いて
ぼくはやるべきことをやったよ

2+