【小説】愚かの軌跡

手のひらを見た。ずっと一緒だったのにあまり見たことはなかった。そんなことが多い。そんなことばかりだ。

冬に向かう午前九時。壁にかけられたままの制服が笑ってる。

世界はたくさん開かれていて、開かれているから、居場所の無さに気づいてしまった。こんなにあるのに。こんなに幸せなのに。

あとはもう死ぬしかないんです。

理由を探られたくないから他殺がいいです。僕を殺した人に不幸になって欲しくありません。協力をします。

春に買った便箋に思ったままを書き連ねる。携えたままあちこちを彷徨い、ついには紙飛行機にして歩道橋から飛ばした。夕暮れ。

偶然を待ったのに、その羽根は生き物のように自ら羽ばたく。おまえも、おまえも、僕を連れて行かないんだな。

なにしてんの。
話しかけるのはもう君くらいだ。
やあ変人。
振り返ったら涙がこぼれる気がしてやめにした。

「やめにしたら」。君が言う。「なにを?」。つい顔を見てしまった。怪訝が勝り涙はこぼれなかった。「いや、もしそこから飛ぼうとかしてたら」。

君は全く見当違いだったが、そう見えたならそうなんだろう。

「ばか?痛いのは嫌だよ。不確実なのも」。

そうだろうね。

佇む君の右手には一日二人ぶんの食事。
君は、君は、かわいそうだ。
自分がいても報われない恋人を持って。
存在理由を探し続ける愚か者を繋いで。

「一緒にごはんを食べよう」。
「明日も生きるよ」。

紙飛行機が夜に向かって流れて行く。
無数の星を縫ってさらなる高みへ吸い込まれて行く。

そんな夢を見た。
こんな現実の底から。