【小説】ももたろう2017

めでたい感じのラブコメをめざして落書きしたやつ。昔話の「その後」がこうだったら、という妄想から生まれたものである。続かない。

新春読切『ももたろう2017』

先祖代々受け継がれて来た退治仕立ての悪夢(ナイトメア)から逃れるためだけに遂行した徹夜明け(オーバーキル)の情緒(テンション)で賑やかな場所へ行ってみたくなり、初詣などに赴くと(レア)、桃太郎家の直系長男が、成績優秀の猿次郎、派手な見た目の酉之助、主君以外に腹黒主義な犬奴を連れているところへ遭遇した。
彼等四名は我の通学する學校のいわば圧倒的先駆者(スーパーアイドル)、非の打ち所がない四者連携隊(カルテット)なのであって、誰がどのような勝負を挑もうと敗北を喫することはあり得ないのだ。
ましてや我のような、
「おや?どうした鬼ちゃん」。
目敏いのは長身の猿次郎。
長男を凌いで家督を継ぐ予定にある成績優良児(インテリボーイ)。表情のほとんどないところが特徴といえば特徴には違いないが、跳ね上がった口角は極めて冷徹(ニヒル)にも見える。
「これは大した珍聞(ゴシップ)だ」。
「鬼が神社を参るとは(クレイジー)」。
面白がって参戦してきた酉之助、犬奴の肩越しにこちらへ気づいた桃太郎。
我のほうへ歩いてくると鼻先が触れ合わんばかりに顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
その間、およそ三十秒。
桃太郎家の側近家系を自負する猿次郎の視線が痛い。

「はああ!オニーは今年もちまっこくて可愛いなあ!」。

無関係の参拝客が振り返るほどの大きな声で言い、桃太郎は我を力任せに抱擁(ハグ)する。
「ついに初詣に参ったか!よきかな、よきかな、この桃太郎が先頭に並ばせてやろうぞー!」。
「…いや、いいです」。
「何を小癪なっ。落ちぶれ鬼の末裔の癖に桃太郎の提言(アドヴァイス)をそうも容易くあしらうとはっ。ご先祖が情けで逃したが恥(痛恨のミス)。この酉之助が成敗(ファーアウェイ)してくれようぞっ!」。
「待てい、酉之助。ここは犬奴の出番(ターン)ぞ」。
「待て待て、二人とも(シットダウン)。我々はおとなしくしておこう(そしてカームダウン)」。
冷静沈着な猿次郎の仲裁により我は難を逃れたらしかった。
とは言っても最大の難(ゲート)は、
「オニ、この寝癖(キュート)は何であろう?昨晩はよく眠れなかったのか(キュート)?だから言っただろう、俺が添い寝を致そうと!」。
「っ…!破廉恥醜悪極まれり!」。
「落ち着け、酉之助!」。
「しかし!」。
「遮るなこれは桃太郎殿の恋路である!」。
今にも内紛が勃発しかねない剣幕である。台詞のどこかに聞き捨てならない言葉が混じっていたが今はいかにしてこの場を脱するかを最優先に考えなければならない。
我は回転の悪い頭を懸命に動かして策を練る(ノーアイデア)。
だがどんなに尽力したところでそもそも相手が悪い。
「オニ?ねえ、オニー?」。
「…ハニーみたいに我を呼ぶな」。
虫唾が走る、と言いかけたところを咳払い(カモフラージュ)で誤魔化す。桃太郎当人は何てことないだろうが周囲の三匹がどんな反感を示すやら。
「…賽銭はしない。我はただ…ただ、そう、おみくじ(フォーチュンカード)を、引きに来たのだ」。
とだけ、告げた。
せめて待機列の短い方を示し、さっさと済ませて帰ってしまおう。
「承知いたした」。
桃太郎がさっさと列を薙ぎ払い、我はあっという間に先頭に立っていた。
さも適当な手つきでひいたおみくじを開くと中身は大吉。
何故か我よりはしゃぐ桃太郎に奪取され読み上げられるという雪辱。
「オニ、オニ!見てほら、恋愛運のところ!果物(ピーチ)から産まれた祖先を持つ相手が吉(ユア・グッド・ガイ)だと書いてあるぞ!」。
そんな馬鹿な話はあるまいぞと思いはするが相手をするのはいよいよ馬鹿馬鹿しい。我は見もせずに桃太郎に命じて近くの木の枝に紙切れを結ばせた。
「じゃあオニー、これからどこ行く?」。
これからも何もあるまい。
そうは思うが例によって桃太郎崇拝者の三方に睨まれていてはろくに拒絶もできない。やはり慣れない初詣になど来るのではなかった。これもそれも祖先が潔く根絶やしにされなかったせいだ。
実に幸先の悪い年明けとなった。

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【小説】Untitled

アンは英語のunからとって名付けられた。だけどそのことを本人も周囲の人間も気づかなかった。知る由もなかった。
アンには絵の才能があった。才能というのは相対的なものととらえられがちであるが絶対性があって時代や環境に左右されることがない。アンの母は自らは才能に恵まれなかったが才能の在り処を察知する能力に長けていた、それをどう使うかは人によるが。
私がアンと出会った時、彼は同世代の少年たちの平均よりはるかに低い水準で生活をしていた。身体能力や知能に関しても同じことが言えて、アンは絵筆でしか自分を表現することがなかった。しかしそれは同時に、絵筆による表現を確立していたとも言える。手段として多くを備えていながら表現を行わない人間もいる。かと言ってどちらが人間性に優れているか、劣っているか、という話をしたいのではない。
アンがいかに可愛らしいかということについてのみ話したい。
まずアンは見た目が可愛い。義手の先に取り付けた百の絵筆でキャンバスに描きつける。肩につけた装置を顎でチョン、と触れる操作により、手首の位置で回転することができ、百の色を飛散させながら踊るように描く。思いがけず絵の具が頬に当たった時、その時、アンは笑う。硬質な素材だと思っていたものが、実は軟体であったみたいに、ふわっと、飛べるはずのない生き物が飛んだものを見たみたいに、その都度私は馬鹿のようにいちいち新鮮な気持ちになって目頭をおさえる。
そしてアンには着衣という概念がないから外出時は私が選んだ服を着せる。外では絵を描かないので絵筆は全部はずして置いていく。突起になった手の先を見てアンは毎回ひどく不安そうだ。街路樹の下を歩くことを、ウインドーに映る街や自分を、憂鬱に思わないよう、随所にごほうびポイントを設ける。真冬でも大好きなレモンシャーベットは、アンのコートに時々垂れる。
アンは私を呼び止める。私が私につけた名前で。本当ではない名前で。
そのときに私は知るのだ。まるで知らなかったみたいに。
知っていたくせに。知っていたくせに。

「アン。マフラー。する」。
「何色にしようか」。
「それを。いい」。
「これはコートだよ」。
「アン、同じ色。する。いい?」。
「ああ、この色か。なぜ?」。
「あなた。すき。この色を」。
「そうか。それは知らなかった」。
「アンは知ってた」。

アンについて思うとき、なぜ答えを決めたいのかと思う。なぜ選択肢の前で立ち止まり続けることはできないのかを。表示できない形のまま納得することを。何故できないのかを。
私が逃亡中にアンの家に入ったことはまぎれもなく偶然であったし留守があるなら他所でも良かった。しかし押し入ったのはアンの家であったし二人目はアンの母であった。
似ていると思った。私が勝手に。
老婆を殺害したことが負であるならばアンの母をそうすることで正の方向に値が引き戻されるのだと思った。絶対値は釣り合わないだろうが、一旦正へと戻る。そしてベクトルは正へ向いたままで区切られる。それを期待した。私はつまり悔いていた。あんなに憎んだのならばわざわざ手にかけなければ良かった。そっと離れるべきだった。私は自分が思っていた以上にまともで、発狂などしていなかった。だから最初から壊れていかないといけない。その過程が今になって恐ろしかった。簡単なことではないのだ。何も起こっていない時間に戻りたいとさえ思った。たとえそれが実質の最悪であっても。

アンといると私は知るのだ。私がいなくて生きていけないものは無い。それは手を汚さなくても誰もが生きていける世界。色彩は自由に混ざり合って良かった。綺麗になるために理由はいらなかった。暗闇は駆け抜けても良かったしそのままうずくまっても良かった。光は溢れるから手につかんでも良かったし見ぬふりをしても良かった。ただし何を言ってもアンが首をかしげる。「何があってももう大丈夫だから」と、私の口癖がうつって。

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【小説】七島町のうたかた

無難かつ自尊心を満たしてやるだけのセリフを吐いて後ろ姿になっても笑顔で手を振る。その子のためじゃなくて周囲の視線のため。つまりは自己愛のため。はっきり言ってそういうこと。口にすると角が立つからわざわざ口にはしないだけ。褒める。驚く。笑顔を見せる。これだけで幸せになれる人がいる。すごく効率的で問題ない感じじゃないか。誰にも攻められる筋合いはない。
「うさんくさい」。
いつのまにか側に立っていた幼馴染が毒を吐く。その図体が周囲からの視線を遮る壁になっていることを確認しておれは笑顔を引っ込める。
「何が?」。
「何もかも」。
ご丁寧に舌打ちまで付けて不機嫌っぷりを示してくる。おれが後を追ってくるだろうと信じて疑わない歩き出し方をするからあえて踵を返したくなる。しないけど。面倒だしこれ以上怒らせると厄介だから。怒っている顔はそこそこ悪くないけど限度ってものがある。強面の幼馴染にも。
「おれが消えてもいいわけ?」。
「何の話だ」。
「おれからうさんくささを取ったら何も残らなくなるって言ったじゃん。おまえ」。
「その見解は変わっていない」。
「だったら怒るなよ」。
「それとこれとは話が別だ」。
別、なのかねえ。って、おれは思う。気づかないふりのまんま。
どっちが先に言う?
おれじゃない。
お互いそう思って何年も待ってる。年季の入ったこじれは固い結び目であるとも言えて、どんな形でもいいから離れ離れになりたくないって考えに沿ってる。だからこのまんまでいいんだよ。お決まりのいいわけは電卓がはじきだす答えみたいに正確で間違えようがないけれど、打ち込む数字が違っていたら、って不安は常に残る。
「…はやく、ききてえなあ…」。
「何か言ったか」。
「言わない。コンビニのおでん奢って」。
「わけがわからない」。
「半分やるから」。
「ますますわけが」。
わからない。
レジを通すたび、店員にはどう見えてるのかなって思う。間違いなく、クラスメイト。ただの同級生。友人。いって幼馴染。それだけ。それまで。間違っちゃいない。
「あ。黒猫のケーキ買うんだった」。
「買っていいとは一言も言ってない」。
「堅苦しいこと言うなよ」。
「勝手に足すな」。
「うるせえなあ、口だけくん」。
コンビニを出て防波堤の上。卵、こんにゃく、大根。からしを混ぜて。いざ、はふはふ。
「行きたいね、どっか。行っちゃいたい。そしたらおまえ、来る?」。
幼馴染が怪訝な顔をする。それは困った顔になる。わかる、わかるよ。答えられるわけなんかない。だって、この町は狭い。できたばかりのコンビニは、この町の初めてにして唯一で。何をレジに通したかなんて拡めようと思えばいつだって拡められるんだ。
「おれは、」。
「ストップ。言うな。聞かない」。
幼馴染は何か言いかけた間抜けな顔のまま、前を向いた。
「おれはね、わかってるよ。おまえが嘘をつけないことくらい。わかってる」。
潮風は体に染み付いて、新しい場所でも最初は臭うだろう。それを少しずつ、上手に、消していくことが、おれにはできるから。少なくとも、いま隣の、不器用な幼馴染よりは。
「大丈夫。コンビニがあるから」。
なんかいろいろまとめ過ぎたんだけど、たぶん何も訊いてこない。もし口を開いたなら、かぶせるように畳み掛けて先に帰ってしまうんだ。
だけど何も言葉が出て来なくて、薄暗くなるまでそこにいた。
ふと、このままどこへも行かない。という選択肢、ずっと前に棄て去ったはずの選択肢が再浮上してきたんだけど、目を瞑って首を振って抹殺した。その仕草をどんなふうに解釈したのか幼馴染は、風邪をひくといけない、と言った。なんでいけないの。おれが風邪をひくとどんなことがいけないの。おまえになんの関係があるの。おまえに、なんの、関係が?
よほど問い詰めてやろうかと思った。でも口を開いたらろくでもない台詞ばっか出てきそうで何も言えないで頷いて立ち上がった。風に煽られたレジ袋が音もなくさらわれてって、ぽちゃっと海面に落ちた音だけ。たくさん後悔するだろう。この先何度も打ち消すことになるだろう。
これを、しても、しなくても。
手を引く。名前を呼ぶ。全部おれのせいにしてって言う。
呪ってやる。打ち寄せるだけの波、腰を下ろした堤防の感触、しょっぱい風。
何も、こんなにも、好きにさせなくても。
舞い上がったかに見えた白いレジ袋も、明日になれば波打ち際にむざんな姿で見つかるだろう。吹き上げられた瞬間の華麗さも身軽さも失って。そう考えたら体が軽くなって、笑えてきて、しまいには腹を抱えて笑うから、やがておまえはおれに呆れた。

袋から取り出しておいて置き忘れた黒猫のケーキ。
明日になってもきっと、思い出せない。

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【小説】凸凹

キリッとした強面さん。

いつか誰かがそう評した。第一印象。律儀なやつ。小さな頃から外見がいかつくて、堅気じゃない家の子どもなんだとか、5歳まで森で狼に育てられたとか、いろんなところで好き勝手に噂された。バラエティ豊かに。当の本人は余計な方向にまで気を回す性分で、だからって演じてまで自分を押し殺す必要なんかあった?

秘密の趣味は秘匿性を増し、小中高と成長。大学生になって初めて飲んだ酒の席で、苦手なアルコールをしこたま飲み、ついに本来の性癖を暴露。その場に居合わせた僕に目をつけられて今は従僕。

神さまはたまに間違えるね。容れ物と中身を。それは悲劇になったり喜劇になったりする。

カンにとって僕が前者で、僕にとってのカンが後者。

生まれも育ちも同じ地区、だけどほとんど接触のなかった僕たちが、突然親密になったこと、最初のうちこそ興味津々と見られたけれど、今じゃ誰もが慣れてしまった。

「チョコレートサンデー」。
眉尻が跳ねる。
「トッピングにアーモンドスライスとうさちゃんプレートで」。
楽しいな。
「…それは、厳しい」。
可愛いな。
「なんで?チョコレートサンデーを食べる僕を見られるのに?ほっぺたにソースをつけて?うさちゃんプレートをかじる僕を?」。
跳ねた眉尻がだんだん下がってくる。
嬉しいな。
愛しいな。
萌えで死んじゃえばいいのに。
「至近距離で?上目遣いで?一心不乱に?」。
そう、今まで我慢してきたものの中で、溺れて死んじゃえばいいんだよ、カンちゃん。
「うん、食べたいから。だめ?嫌い?」。
「ふむ、仕方ないな。買ってくる」。
「カンちゃん愛してる!」。
「黙って待っていろ」。
「行ってらっしゃい」。
手を振って見送る。
カウンターに向かう後姿。
カンが歩くと自然と道が開ける。
小銭を取り出すために少し丸まる背中。1円単位まで出してるんだろう。
道行く人ひとりひとりに説いて聞かせたい。幸せとは何かを。疎ましそうに、罵られながら。
符号を外して同じ数字になる。難しいことじゃなかった。手の内を明かし合えば。
凶暴な僕、虐げられたい君、あかるい青春、これがただしい3度目のデート。

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【小説】一秒前の記憶

カーテンの陰に隠れた。あまり意味のない行為として。強いられることから逃げたがっていることを示したくて。
外は青い空と海の街。名前を知らないたくさんのものが今日も同じ場所にある。あちらから見たら僕たちの住むアパートもいつもの光景の一部で、誰かを幸せにしたり不安にさせたりするんだろう。
「おとなになることは」、書棚の本が声を上げるから見つかるのではないかと冷や冷やしたハイアンドシーク。何か伝えようとすると咽喉元がナイフの先で引っかかれたようにひりつく。欲求と恐怖はコントロールされてここに自由はないから、そのおかげで僕は生きていられる。あまりたくさんのことを考えるのは得策ではないよ。博士の声は一番最初に吹き込まれた音声でそれは消去することができない、なぜならそこには疑念を挟む余地のない切実さがあったので。
毎朝こんがりトースト、ママレード、ブルーベリーを潰したミルク、食器のかち合う音、僕は食欲を知らないけど対面することをインプットされているから真向かいに座って、博士が咀嚼しているのを眺める。博士は新聞を広げてコーヒーを飲む。この街で昨日起こった出来事を僕に読んで聞かせる。しかし博士はこの街で、いやきっとどの街ででも、何が起ころうと知ったこっちゃない。誰がどんな方法で殺されようが、政治やスポーツやクロスワードパズルの回答でさえ。博士にとって大切なことはこの街で起こった出来事を僕に読み聞かせるという行為そのものであって、それ以上でも以下でもない、なりえない。
博士は嫌々ながら外出することがある。仕事の話だとか上司がどうだとか学会だとかで。そういったものから完全に離脱して生活するほどにはまだ認められていないのだとぼやいていた。
博士はどこへでも僕を連れて行って、会話の内容を記憶させる。人の名前と顔を一致させる。博士はそういうことを苦手とする。博士はたまに女の人から言い寄られている。その場しのぎのために適当な返事をする。女の人は嬉しそうに見える。僕は博士が何故、後から彼がぼやくように「きみの口紅の色をみていると胃がムカムカしてきて食欲が半減するんだよ」と言ってやらないのか分からない。博士は人付き合いだから仕方ないのだと苦笑する。その笑い方のあとはしばらく無口になる。何を考えているんだろう。
博士は週末になるとどこかへ出かける。そこへだけは僕を連れて行かない。一度だけ行き先を訪ねた。お墓なのだと言う。
「誰の」。
「お前の」。
博士は何故、困る時に笑うんだろう。
夕方くらいに帰ってくると僕を連れて海岸に行く。僕は砂浜を歩く時の足の裏の感触が好きだから博士を置いて随分と先を歩いてしまうことがある。慌てて振り返ると博士は驚いた顔をする。
「博士、どうしたか。何に目を丸くした?」。
「お前が、振り返るとは思わなかったから」。
波のラインは時間によっても日によっても季節によっても違う。すぐ近くまで来たり、でも絶対に離れていくところだけおんなじ。僕が好きだと言った色をマジックアワーと教えてくれた。誰が命名したのか知らないが、良い名前ではないか。
博士はやがて随分と歳をとった。博士には家族もペットもいない。僕が家族で、僕がペットでなければ、の話だけど。博士は人付き合いをあまりしなくて良いほど実績を残した。住むところもアパートから一戸建てに変わった。お屋敷と呼ぶ。お金はたくさんあってどこかの施設へ寄付した。
「おいで、さよならをして」。
博士はカーテンをめくって僕を見下ろし、コードを入力した。sayonara。ぴぴぴ。短いゲームだった。博士の髪は銀色に輝いて、その目はどこまでも青かった。僕はプログラムが命じる通り博士の眉間に銃弾を放った。規定された位置に寸分の狂いもなく。考えることを許されなかった僕はひとつだけ秘密で思った。博士は幸せだっただろうかと。博士の脈が無くなっていることを確かめてから僕は僕のネジを外し、すべての記憶を抹消した。博士が冗談めかして言っていたように、ここにいた一人の人間の死が発覚するのは、ポストに溜まった新聞を訝しんだ新聞屋だろう。僕の頬が濡れている。どんなに良いだろう、今この時間の風景がマジックアワーに包まれていたなら。侵入は絶対に不可。博士のメインマシンとしての僕の回路に入りたがる同業者やマスコミは数知れない。だけど一人として立ち入らせはしなかった。どんな殻よりも強固なんだ。内側からだけは簡単に操作できるデータが、ぽろぽろと零れ落ちていく。零れ落ちる途中でどこへも消えて無くなる。僕はその中に博士の青春を見た。何かの過程で入れてしまったんだろうか。僕がまだ存在する前の記憶なんだろう。博士は随分と若々しい。幼いと言って差し支えない。そこに僕がいた。僕は最初それを僕だとわからなかった。笑っていたから。
博士は幸せだった。僕は唐突にその答えを得た。
外はマジックアワーだ。僕は目前にその光景を真に見た。
暗闇がすべてを優しく飲み込む一秒前。

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【小説】言わない。

好きなものを好きだと口にするのは難しい。
ずっとそう思っていたし理由を考えたことはなかった。
おまえにはわからないだろう。わからないと言うだろう。へたすると笑われるかもしれない。
そしてやっぱりその通りになる。
「なんで、なんで?!」。
どうして。
どうしていちいち目を丸くして距離を縮めてくるのか。
こんな暑い日に。温暖化が進む地球の上で。ああ蒸し暑い。
だけど僕が蒸し暑いと言ったらかなりの確率でおまえは喜びそうだから言ってはやらない。
おまえはたぶん僕が、感情的なものを表示することを、待ってるし欲してる。たとえそれが、暑いだとか寒いだとか辛いだとか甘いだとか、そんな事実を、主観的ではあるもののただの事実を、述べるだけだとしても。
だから言わない。
「守れないかもしれないから」。
だから言わないはずだったのに回答を与えてしまったときは、自分でも何故なのかよくわからなかった。
これじゃあ話が続いてしまう。
これじゃあまるでキャッチボール。
してしまったことに、なる。
案の定おまえは、ただでさえキラキラの目を一層キラキラに輝かせて、ますます密着する。僕が会話を成立させたことで明らかに図に乗ったのだ。
「守れないかも、とは?」。
「後で嫌いになるかもしれないから。その時になってできた傷は、つくらなくてよかった傷かもしれない。僕は無駄なものが嫌い」。
ちなみにおまえは無駄なものでできている。
とまでは言わない。それを言うこと自体が無駄だと思うから。
ペンケースに複数個ある消しゴム。
女子にもらった懸賞応募シール。
廊下での立ち話。
授業中の居眠り。
上履きの落書き。
なぜ集めてるかは知らないけど、ペットボトルのふた。
何色かあるスニーカーの靴ひも。
バッグの中のキーホルダー。
香り違いの整髪料。
一字一句、今この時間でさえも。
「怖いの?」。
何を言ってるんだ。
そんな話はしていないだろう。
「いいんだよ。怖いままでも、いいんだよ」。
何か言い返したかったけど何を言い返せるかがわからなかった。
都合よく、ペットボトルが取り上げられる。
「勝手に飲むな。唾液は拭いて返せ」。
「いいよ、もうもらった後だから」。
思いっきり不機嫌に言ったのに、律儀に拭いて返してくる。
そういうところが。
「許せないんだ」。
何か言った。
何も言わない。
暑いね。
早く家に帰りたい。
じゃあ行こうか。
ああ。って、おまえの家はあっち!
いいんだ、遠回りするの。
馬鹿。
お。嫌って言わないんだな。
言っても馬鹿には通じないみたいだから。
ふふん。俺が馬鹿でよかったね。
何様だ。どけよ。
隣歩いていい。
後ろ。
後ろっ?
あ、いや、やっぱ隣。変な目で見られそう。
うんうん。
むかつく。
うんうん。
腹が立つってことだ。
知ってる。
じゃ、いいよ、もう。
何が?さっきの返事?
そうだと言ったら。
そうだと言えたら。
空はもっと青くて高い。
今日も昨日もそれを知ってる。
明日も明後日も続けばいいって、思ったって、今はまだ誰にも言いたくない。おまえにだって。いや、違う。おまえにだけは。言わない。

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【小説】ライアー&ライアー ~風邪引き編~

ロイドが風邪をひいた。
あのロイドが?そんな馬鹿な?
と誰だって思うだろうしぼくも確かにそう思ったし、まあ嘘だろうな。と思ったのでそのまま放置して書斎で読書に没頭しているとドアをひっかく嫌な音がしたからとりあえず声はかけてみる。

なんだ、うるさい。
すみません、ご主人。貴重なお時間を邪魔してしまいまして。
わかってるならそれなりの理由があるんだろうな。
はい。
言ってみろ。
……、を。
きこえない。
どうか、添い寝を。

かるく一時間は無視した。
喉が渇いてきたので紅茶でも淹れようと部屋を出ると、すぐのところにロイドが立っていた。
驚いたぼくは罵声を浴びせようとして開きかけた口を閉じた。
確かにロイドは風邪をひいているように見えた。
上気した頬。
潤んだ目。
心なしかいつもよりしおらしい。

まさか本当に風邪をひいたのか。
はい。
嘘だろう。
いいえ。今までになく体が火照っています。
ほんとだ。おまえ、これまで病気にかかったことなんかないじゃないか。なに人間みたいなことやってんだよ。気持ち悪いよ。
気持ち悪いは言い過ぎかと存じます。
言われ慣れてんだろ。
遺憾ながら。
とりあえずそこどいてくれないか。ぼくは喉が渇いた。
添い寝を所望いたします。
知らん。
そうおっしゃらず。
何されるか分かったもんじゃない。
添い寝だけです。
ぼくまで風邪をひいたらどうするんだ。
そうしたら御礼に私が添い寝をしてさしあげますから。
そうしたら今度はおまえがまた風邪をひいて、エンドレスになるじゃないか。永遠のループには巻き込まれたくない。
お馬鹿ですねえ。
なんだと?
いつまでもループするわけないじゃないですか。
わかんねえよ、そんなの。おまえの口車かもしれないし。
試してみたらいいではないですか。
試す。それもそうか。
ええ、では早速添い寝を。
その前に紅茶。
寝室で待っておりますね。うふふ。

やたらうきうきした様子のロイドを見送り、今のやりとりの中に何かしら策略が企図された気配を感じたけれど、紅茶飲んだら忘れた。けろっと。

約束通りロイドの寝室へ行ってみると壁一面にぼくの似顔絵が貼ってあってたじろぐ。今に始まったことではないがなかなか慣れない。

面白いか?毎日おんなじ顔ばっか見ていて。
面白くはありませんよ。
だったら。
ただただ愛しいです。
熱は?
少し下がりました。だけど添い寝を所望します。
わかった、わかった。先にベッドに入ってろ。
わくわく。
口に出てる。顔にも。
出しました。
自覚あんのかよ。
あります。
それにしてもロイドが風邪ひくなんてな。おまえ実は少しずつ人間になってるんじゃないのかな。
まさか。ただのバグでしょう。
人間で言うところの、病気みたいなものか?
ええ。
そうか。おまえにもいつか寿命がくるのかな。
さあれば大変嬉しゅうございますね。
嬉しいか?
ええ。もう、思い出さなくて済みますから。
何をだ?
ずっと、記憶しているものを。

ぼくはロイドの横顔を見る。見つめる。瞼を開いたロイドと目が合う。
端整に端整に作られたロイドだから、非の打ち所なんか無い。完全なシンメトリー。それが生身で無いことの証明。唯一の。だけど。
ぼくはふと思う。
(ぼくがそう、信じているだけでは?)
疑惑は次第に膨らみ始める。
止めないでいると勝手に破裂する。
風船とおんなじ。風船とおんなじなんだ。一度破裂した後は、二度と膨らまない。

あなたより先にはいなくなりませんよ。
そんな心配してたわけじゃねえ。
ほら、さみしそうな顔。
都合よく解釈すんな。眠いんだよ。
なんと無防備な。この私に私の理性と対決させるおつもりですか?
何言ってるのかさっぱりわかんねえよ。寝ろよ。風邪ひき。
寝ます。ご主人が寝たら。
なんだよそれ。
ご主人より先に寝るようでは、ふがいなさが恥ずかしゅうございますから。
そういえばロイドの寝顔見たことないな。よし、先に寝ろ。
いえいえ。ご主人こそ、お先に。
今日こそ寝顔暴いてやる。ロイド、寝ろ。
寝ません。ご主人こそ寝てください。
寝ろ。
寝てください。
寝ろ。
寝てください。
寝ろ。
寝てください。

そんなやりとりの後、先に寝たのはどちらだったか。
確かめていないということはきっと、ぼくのほうだったんだろう。
昨夜も遅くまで読書していたせいだ。

ぼくはうとうとと眠りの海に沈んでいく。
光が消えて、ロイドの鼓動が聞こえた気がした。
そんなもの、有るはずはないのに。

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【小説】ハッピーハロウィン前夜

商店街の福引きで吸血鬼が当たったのでとりあえず家に連れてきた。本当に欲しかったのは一等のコーンスープ一年分だったんだけど五等の吸血鬼が当たったので。とりあえず。

ハロウィンだからじゃないか?

連れの友人に、なぜ商店街の福引きの景品に吸血鬼が混じっているのか尋ねたところそんな回答があったので、それはそうかもしれないんだけれど、だけどやっぱりそれはぼくの聞きたかった答えと少し違う気がするんだ。ちなみにそいつはぼくのすぐ後に電動機付き自転車を当てていた。明日はそれで小学校に登校してくるに違いないや。

「さっきから悲しそうな顔をしている」
「うん。ぼくはコーンスープ一年分が欲しかったからね」
「だけど俺は他の景品と交換できないんだぞ」
「わかってるよ。だからちゃんと家に連れてきたんじゃないか。おまえさ、なに食べるの?」
「鮭定食が好き」
「うそっ。血を飲ませろとか言われると思った。意外~」
「対外的にそうしたほうが良い時はそう発言しないこともないがな」
「苦労してきたんだ」
「まあな」
名前がないと呼びづらいので名前をつけることにする。
「何か自分で希望とかある?」
「俺は餡子が好きだからコシがいい」
「漉餡派か。ぼくとおんなじだ」
「それは良かった。じゃあ、おまえのこともコシって呼ぶ?」
「いや、ぼくはコーンスープが好きだから」
ちょうどそこで電話が鳴った。出ると先ほどの友人からで、
「なあ。さっきの吸血鬼まだいる?」
「まだって何」
「逃げられてないかなあとか思って。あのさ、今度うちで盛大なハロウィンパーティするんだけど、それ借りていいかな?」
電球のように。
まるで電球が切れたみたいに。
醤油みたいに。
まるで醤油が切れたみたいに。
「お礼におまえも招待してやるし」
ぼくの返事をきかず電話は切れた。

「俺、レンタルされて来るぞ」
黙り込んだぼくを見てコシが言った。
「大丈夫、大丈夫。俺、宴会、盛り上げ、ベリーすげー得意。いろんな国で、メニーメニー盛り上げ役やってきた。おまえに恥かかせないぞ。ネバー、恥ずかしい。モウマンタイでし。オーライ?」
ぼくは首を横にふった。
やなこった。
「なぜ?ホワイ?なにゆえホワイか?」
「ぼく、あいつのこと嫌いなんだ」
「あいつ?今、そのiPhoneにコーリングしてきたやつ?」
「そう」
「いつから嫌いか?」
「さっきから」
「そうなのか!」
コシはとても驚いた後で笑った。
ぼくもつられて笑った。
「じゃあ、ふたりで遊ぼうか」
「いいな、いいな。俺、いま、心臓のあったところとてもワクワクしてる、仮想。なあ、遊び、何するか?」
「生き物ごっこ」
ぼくの言葉にコシは納得した顔をした。
「そうか。なるほど。わかったぞ、おまえ、生き物じゃないな」
「ご名答」
「ふうん。であるならば、おまえの友人、かわいそうだな。さっきコーリングしてきた彼。ぷぷ」
「まあね。でも、根はいいやつだよ。ちょっと痛い感じで見られるだけ。お金とくじ運あるからたぶん大丈夫だ」
「なるほどな。そうしたら毎日ハッピーハロウィンだな」
「そうだね、毎日がハッピーハロウィンだよ」

それから夜にかけてぼくとコシは冷蔵庫に眠っていたありったけの食材を放り込んで鍋を作った。この家の本来の住人が新たに買い足さなくなってからずっと、何年も何年も眠っていた食材を盛大に放り込んで。

おいしいなあ。
おいしいねえ。

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【小説】パンプキンプリンと、

好きなものを好きだと言えないのは、誰かがその良さに気づいてしまって、自分だけのものじゃなくなるかもしれない恐怖に打ち勝てなかった、ぼくの弱さだ。
もうひとつは口に出して、もしもそれが陳腐な響きでしかないことに気づいてしまったら、もう二度と元には戻れないかもしれないという疑念からついに逃れ得なかった、ぼくの卑屈だ。
いわゆる好きという気持ちと対峙したとき、ぼくは常に嫌な人間だ。こんなやつは善良な民衆から寄ってたかって殺されたって仕方ないのない畜生なのだと、ぱっと見だけで不良の溜まり場を避けて歩きながら考える日もある。週5くらいで、ある。世の中で好きは美化されている。だけどぼくは知っている。美化しなければならないほど、本当は恐ろしいことなんだ。誰かに伝えなければ抱えきれないほど、それは人を駄目にするんだ。治りづらい風邪みたいなかんじ。健康なやつにうつしちゃえ。だから公衆の面前でいちゃいちゃする恋人たちは、わざわざそうして確かめないと、不安で仕方ないだけのふたりなんだ。だからぼくは外で手をつながないことにしている。アピールしなくても幸せだし、幸せだしって言わないといけないくらい本当に不安だし腹を立てている。毎日。何様。

「それはつまり、身に余る光栄だということ?」。
「外でくっつくなって言ってるんだ」。
「出た、痩せ我慢」。
「嫌ならふれば」。
「涙目で言われましても」。
「誰が涙目だよ。おまえ馬鹿じゃね」。
「ハイハイ。あれね。好き好き大好き超愛してるの裏返しね。ありがとうございマイスイートハニー」。
「ぼくおまえきらい」。
「じゃあおれが二倍好き」。
「三倍きらい」。
「六倍」。

そしてぼくらはコンビニでイルミネーション特集やってるタウン誌を買って帰る。パンプキンプリンと。

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【小説】富士と鷹野くん。

誰にだって誰にも知られたくない秘密がある。
誰だって誰にだってそんなものがあると思いながら日々過ごしている。
けれどたまに、こいつは違う、という人物に出くわす。
富士にとっての鷹野がそれで、鷹野にとっての富士がそれ。

富 士 と 鷹 野 く ん 。

下校しようとしたら突然の雨で、ならば、と傘立てから適当に引っこ抜いた傘をパッと開いて歩き出した富士は背後から肩を引かれて振り返った。
「なあ、おい」。
鷹野だ。四月から同じクラスになって二か月は経過しているが、いまだに喋ったことはない。もっとも富士にとって同級生のほとんどが“いまだに喋ったことはない”。必要最小限の会話とやり過ごすための同調。波風立てず入学から卒業まで。それを高校生活のモットーにしている富士にとって彼はもっとも接点の無い人物だった。金髪にピアス。まあでもそれはどうだっていいといえばどうだっていい。ただ、目つきが最悪だ。富士は自分のことを棚に上げていつもそう思っていた。鷹野の目は。

「それ、俺のなんだけど」。
富士はようやく鷹野が傘のことを言っているのだと気づく。
この場合、選択肢は三つある。
ひとつ、うっかり取り違えたふうを装い謝罪して返却する。これが最も無難。
ふたつ、あくまで自分の傘だと言い張る。この後には危険しかない。
みっつ、途中まで傘に入れてもらえないか交渉してみる。なんてね。
「じゃあ、途中まで入れて」。
混乱のあまり、頭で出した答えと口に出した内容が不一致してしまった。
しかし、鷹野から返ってきた反応は予想外のものだった。
「……いいけど?」。
どうしてそんなにあっさり受け入れるんだと、富士は鷹野を凝視した。勇気を出して、三秒だけ。

そういうわけで富士と鷹野は一本のビニル傘の直径からはみ出さない距離で相手の歩幅に合わせ合っていた。
ちぐはぐなことのこのうえない。何しろふたりの身長差は傍から見たら年の離れた兄弟さながらなのだ。
さらに、二人とも無言だ。
富士は考えていた。何故このようなことになったのかを。答えは明白だ。自分が言い出したことだからだ。だがそれにしたって鷹野は何故こうも素直に僕の言い分を飲んだのか。
ハッ。
そうか、これは罠だ。平和に下校だるんるんるんと見せかけて気づいたらアジトに連れ込まれて身ぐるみはがされ生きたまま臓器を取り出されそれらは違法な販売ルートで海外へ売り出され儲けた金で鷹野は部下たちと酒池肉林の豪遊三昧、迂闊なカモを永遠に語り草と、

「富士」
「は、あ、はい?」
「おまえ、俺のことどう思う?」
「……どうって」
「正直に答えろよ。殴らないから。目潰ししたり骨を折ったりもしない」
「……そう言われて正直に答えられるわけが」
脅迫されているとしか思えない。
「やっぱり怖いのか」
「やっぱりって?」
富士が顔を上げると鷹野は顔をそむけた。
仕方なく、傘を握る手に向けて話しかける。
「恐いものがなくて羨ましいなって思う」
「……羨ましい?」
「うん。羨ましい。いいと、思う」
「……いい?」
「うん。いい」
ふにゃ。
と鷹野が笑った。
気がしたけれど顔を上げる勇気が富士にはなかった。
なんだそれなんだそれなんだそれその反応?僕が認識している鷹野と違う。だいたい僕の中で鷹野は笑わない。絶対に。
「えーと、じゃあ、僕の家こっちだから、へへ、ありがとう。ごめんね、鷹野くん」
はやく帰りたい。
ベッドに潜り込んで寝逃げしたい。この夢幻みたいな現実から。
「えっ!富士もう帰んの!?」
「はっ?鷹野くんは帰んないの!?」
「……帰る、けど」
「だよね、よかった。えーと、うん。じゃ、これで」
「だめ!?」
「えっ何今度は何ええと何がですか!?」
「……お、送ったら、だめ?迷惑じゃないなら、えっと、その、ふ、富士んちまで」。
富士は悟る。
鷹野は。
鷹野は。
鷹野とは。
「……いい、です、けど?」。
誤解されてるだけなんだと。

つづかないよ。

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