【小説】パンプキンプリンと、

好きなものを好きだと言えないのは、誰かがその良さに気づいてしまって、自分だけのものじゃなくなるかもしれない恐怖に打ち勝てなかった、ぼくの弱さだ。
もうひとつは口に出して、もしもそれが陳腐な響きでしかないことに気づいてしまったら、もう二度と元には戻れないかもしれないという疑念からついに逃れ得なかった、ぼくの卑屈だ。
いわゆる好きという気持ちと対峙したとき、ぼくは常に嫌な人間だ。こんなやつは善良な民衆から寄ってたかって殺されたって仕方ないのない畜生なのだと、ぱっと見だけで不良の溜まり場を避けて歩きながら考える日もある。週5くらいで、ある。世の中で好きは美化されている。だけどぼくは知っている。美化しなければならないほど、本当は恐ろしいことなんだ。誰かに伝えなければ抱えきれないほど、それは人を駄目にするんだ。治りづらい風邪みたいなかんじ。健康なやつにうつしちゃえ。だから公衆の面前でいちゃいちゃする恋人たちは、わざわざそうして確かめないと、不安で仕方ないだけのふたりなんだ。だからぼくは外で手をつながないことにしている。アピールしなくても幸せだし、幸せだしって言わないといけないくらい本当に不安だし腹を立てている。毎日。何様。

「それはつまり、身に余る光栄だということ?」。
「外でくっつくなって言ってるんだ」。
「出た、痩せ我慢」。
「嫌ならふれば」。
「涙目で言われましても」。
「誰が涙目だよ。おまえ馬鹿じゃね」。
「ハイハイ。あれね。好き好き大好き超愛してるの裏返しね。ありがとうございマイスイートハニー」。
「ぼくおまえきらい」。
「じゃあおれが二倍好き」。
「三倍きらい」。
「六倍」。

そしてぼくらはコンビニでイルミネーション特集やってるタウン誌を買って帰る。パンプキンプリンと。