【小説】渚の神さま

何かを手に入れると
また別のものが欲しくなる
そんな毎日だった
追いかけながら追われていた

満ちていて不満はない
ただ終えたくて海の街を選んだ
幼い頃に家族で訪れたんだ
外国ってこんなところかな
言ったらみんなが笑った

方法は考えていない
ただ海の近くで終わること
僕にとって大切なことだった
帰り道を忘れたくなかったんだ
またまちがえたくなかったんだ

ここまで書いて
罫線の無いノートから顔を上げる
あ、また、あのひと。
渚へ歩いていく
頼りない後ろ姿を追いかけた

人を見かけて追いかける
気になるから後を追う
それがずっとできなかった
追わないほうが安全で
僕は傷つかずに済んだので

「ほら、夕陽」。

僕に気づいたあなたは
それだけ言うとまた歩き出す

「まだ早朝ですよ」。

訂正し僕は隣を歩く
あなたの中で朝も夕も変わらない
僕もその他大勢と変わらないきっと
なんだか胸が痛む
おかしいな

「綿菓子」。
「雲です」。
「ゼリー」。
「海です」。
「スプーン」。
「貝殻です」。

おなか、すいてるんですか?
僕が顔を覗き込むとあなたは
ようやく今きづいたように
はっとした
見開かれた目に映る自分を見つける

「神さま」。
「は?」。
「おまえ、神さまだ」。
「えっと」。

訂正しようにもどうしたら
いいかわからず
もういっそ良いかもな
そう思った

「そう。僕は神さま」。
「来てくれたのか」。
「ずっとここにいたよ」。
「会いたかった」。
「僕もだ」。

待て待て待て。
これは甘過ぎるんじゃないか。
そんな、一人に独占される神さまなんて。
辻褄が合わせづらくなる。
つじつま。
ツジツマ。
…ここでは要らないのかもな。そんなもの。

「神さまはここが好きか」。
「そうだね」。
「同じだな」。
「うん」。
「わたしも、好きだ」。

見なければ良かった。
あなたの顔を。
嬉しそうに笑った顔を。

(終わらせられなくなる)。

急に焦点の定まった目は
またゆるゆるとほどけていく
海流に運ばれる漂流物が
ふたたび旅へ出るように

「外は明るい」。
「そうだな」。
「海は青い」。
「そうだな」。
「おまえ、ずっとここにいたら良い」。
「うん」。
「おまえ、優しいから、わたし許すよ」。
「うん」。
「ずっと、わたし許すよ」。

あなたのほうが。
よっぽど神さまだよ。

そう言いかけてやめる。
僕を優しいと言ってくれたその気持ちを
何かに例えたり
なぞらえるのは違う。
あなたはあなたの思考でそう言った。

独特な、取り止めもない、つじつま合わせも不要の。

「明日もここに来て」。
「うん」。
「絶対だ」。
「うんうん」。
「でないとわたし迷子になる」。
「迷子宣言するな」。
「約束だ」。
「わかった約束」。
「わたし、約束、うれしい」。
「それは良かった」。

一日は始まったばかり。
次の始まりがもう待ち遠しい。
海が輝く。
水平線が街を包み込む。
あなたの無垢が僕を一歩、知らない波から遠ざけた。