【小説】鈍感とサバイバー

サバイバーって呼ばれるらしいよ。生き残って大人になれたら。そんなの嬉しくてマジ泣きそう。望んでないのに光栄すぎん?

夏が過ぎて水を抜かれた学校のプールは大きなゼリーの型みたい。ざらざらの縁に腰掛けてスニーカーの爪先を交互に揺らした。

スニーカー。ふむ。

おまえの話がホントであるなら、じゃあ、それはいつ買ったんだろう。誰に買ってもらったのだろう。それほど汚れてもいないし、ボロボロでもない。嘘なのか?今のこいつの話は?おちょくられてる?

「ああ、人は足元を見られるから、って」。

こちらの考えを見抜いたようにおまえが言う。

「世間体は気にするんだ。息子から何と思われようがちっとも気にしないのに、形の無い世間体には甘い親だよ。だから靴は割と良いやつ。おれも気に入ってる」。

おとなになったらなにになる?

そんな話をしようと思ってた。こんな話を打ち明けられる前は。

おまえは大人になったら自動的にサバイバーになるのか。その一単語でくくられて、復活を余儀無くされる。次世代のサバイバーを救いなさい。サバイバーではない私達にそれはできないから。社会に言われる。時に悲しい目を向けられる。

困ったな、とも、大変だな、とも言えずぼくはただ苔に似た何かを睨んでいた。

静かな笑い。笑うことを許されなかったやつってこうなの?

あのさ、おまえ、いつもそう。
人の話を聞いてる時にさ。
痛いよ心が痛いよって顔をするだろ。
騙されるよ。
優しすぎるもん。
やわなの隠せてないんだもん。
仕方ない、騙されるぜ、それは、ちょっと賢いやつに。

おれみたいに。

「え。おまえ、騙されたの?誰に?」
「ただの願望」
「騙されるのが願望?」
「騙されるのって、いったん信用したからだよ」
「うん?」
「誰かを信用した証だろ。おれは誰も信用できない。だから願望。わかんない?ごめん忘れて分かり合えないや」
「騙そうか」
「おまえが?」
「うん」
「おれを?」
「うん、騙そうか」

あ、こいつこういう笑い方もするのかと思うくらい笑われた。

「傑作、いいねいいね、おれおまえ欲しい感じ」
「ぼくが思うに、おまえは人生が短いと思ってる」
「違う?」
「違う?ってここで訊き返す奴が思ってるよりは確実にな。個体差、一年だろうが百年だろうが人の一生ってそんな短くないよ、おまえ、退屈のあまり幸福になると思う」
「ひでえ預言」
「預言はだいたいにおいてひでえよ」

乾いたプールを屈託の無い笑いでいっぱいにして。

「じゃあさ、待ってる」
「うん」
「信じて待ってる」
「おいサバイバー、馬鹿みたいに死ぬんじゃねえぞ」
「言われなくても、生きるしか知らない、馬鹿だもん」

クッソ話し過ぎたあ〜誰かさんのせいで〜とため息ついておまえは立ち去る。

ぼくを残して。去り際、頬に唇をあてて。

チャイムの音ではっと我に帰ったぼくは、いったい、いつ、どこで、なぜそうするに至ったか意図を不明に感じつつ先行者の後を追う。

キスか?定かではないがキスというものに今のは近似しているな?

そうか、感謝の証か。ぼくが預言を実現しても反故にしても、おまえが不幸になることはない。ぼくだけが荷を背負ったんだ。は、結構じゃないか。何の勲章も保障されてないんだ。生きたって、生き残ったって、呼称は無いんだ。

(キス?しかし、なぜ?)。

首を傾げつつ踵を返せばぼくの背後で置き去りの青がプールをいっぱいに満たした。

誰も見たことのない景色がなみなみと湛えられてありきたりの日常を欺くまで。