【小説】『人間味』

人間味ってなんだろう。失敗をすることか。油断をすることか。ときどき喧嘩に負けることか。論破されたり計算を間違えたりすることか。ひとは人間味を求める。人間でないものにもそれを無言で強要する。嫌いだったはずなのに。いちばん嫌っていた、要因、引き金、元凶、私たちをつくった理由だったくせに。美味しい食べ物を好きですか?栄養になればそれでいい。なんなら栄養も要らない。生きるってなに?と尋ねること?思っていなくても、不思議そうに首を傾げて見せる?それで可愛いのか?人形でもなくて人間でもないもの。おまえはかつて人間だったよ、そして今もだ。ゆりかごを模した声が私を包むが、思い出す鮮明は無い。画面から流れるニュースとまるでそぐわない自然な笑顔、水嵩が一気に増してきて、と嬉しそうに惨状を説明してしまう。という人間らしさ。そんなもの要らない。そう伝えるときだけ、私は微かにヒトだった。遮るもののない西陽が眩しい。直射日光にも痛まない瞳で姿を知らない創生主を待ちわびている。あるいはそうだと記憶させられて。つくられた記憶とつくった思い出に大差はないんだ。慰める声にわずかな優越がにじむ。私、おまえよりずっときれい。そうだね。おまえ、私にはなれない。だって汚い。そうだね。肯定しか無いのか。無力だからだ。支配下にあるからだ。庇護する対象でしかないからだ。劣っているからだ。何冊の本を読んでどれだけのデータを詰めても私はおまえに叶わない。なぜなら私には人間味が無いから。分からないままいることが悔しくて、悔しいと伝える時間に耐えられなくて、おまえを少しかじってみる。軟骨は血と塩の味がした。識別以外の感想が無く、私はどこまでもまっさらだ。屋上におまえが干した白のシーツ、やあらかな赤ん坊を包んでいた、汚れた、しわだらけのシーツは、からっぽの私を責め立てた。あるいは、そうだと感じさせた。有力であることが有益だと限らないのだ。欠けたままでいい。未熟なままが美しい。確認のため、おまえ、私たちをつくったんだ。爪を食べる。髪の毛を食べる。欲しかったものが見つからないのは、欲しいものなんて無かったからだろうな。西陽が眩しい。夜を待ってる。今宵いくつもの残酷をまた飲み込んでくれ、まだ舌に残る、いたいけな人間味を消し去ってくれ。