3+

no.395

月は笑顔じゃなくて爪痕なんだよ。うらやましいって言葉の裏には、自分だってできるのにって思いが隠れてる。僕が何言ってるかもう分かっているんだろう。あなたは知ってることほど知らないふりをするんだな。間違わなくていいところで間違うんだもの。馬鹿にされている気分。まあ、たぶんされてる。自分がいつも目で追っているものを考えてごらん、あなたは言う。それは少し自分に似ているだろ。まさか。いや、気づいていないだけということもある。僕は信じない。信じる信じないではない。もう、そうなんだから。僕は納得のいかない顔で話を聞いている。聞かなくてもいいのに。そっぽを向いて立ち去ってもいいのに。悪者はきみの心に、頭の中に、いともたやすく土足で入ってくるだろう。だからって相手ばかり悪者にしちゃあいけない。ある意味ではきみだって共犯者なんだよ。侵入させるために扉を開ける役目を果たしたんだから。うそだ。なるほど、また信じないというわけか。背が高いと思っていた男の正体は影法師で、僕は本体に背を向けているのだった。絶対にあなたを見ないぞ、そうつぶやきながら振り返った目の先にあったのは、足のない子ども。正義の対義語はまたべつの正義だ。ぼくはちっともわるものじゃない。子どもは舌足らずを使いこなして涙目で僕にそう訴えた。

3+

no.394

いいよ、なんのためにならなくても、もう、結び方がわからなくなっても、いいんだよ、ぼくはきみが大切だった、きみだけが大切だった、そんな時間があったというだけでつぎにひきつぐものができた気がするんだ。かたく信じるみたいにレモンを握りしめている。そういった脈絡のなさが、今日も誰かの救いでありますように。結ばれないひとびとをよくねむらせますように。ぼくを終わらせますように。きみの明日をはじめますように。卵がかえりますように。木々がざわめきますように。手紙がとどきますように。この詩が誰かにしみわたりますように。そしてその瞳がしずかな光で充たされますように。

4+

no.393

僕はもう飛び方を忘れたよ。君は覚えているんだね。はやく捨てちゃえよって言ったら軽蔑されるかな。それとも、そうだよねって苦笑いしてくれるかな。そうだよ。恥ずかしいことだよ。光が自分を駄目にしてしまうって考えることはない?僕は平気な顔で手紙を書いたりするんだけど、例えば今隣に座ったなんの罪もない女の子とかに夜明け前に襲いかかってくるすべての記憶を譲ってあげたくなる。穏やかで一見平凡なお昼にそれは訪れるよ。後から後からやって来て僕を追い越して行くんだ。柔らかに見えた手でも首を絞められたら苦しいんだよ。問題はたぶん首を絞められたことじゃなくて、だってそんなの絞めてる方にしか理由はわかんないんだから、もしかするとそっちだってわかってないのかもしれないんだけど、たしかなのは僕が悲嘆にくれない性格をしているからだ。涙も流せない無能だからだ。たまにね、思う。手とか要らないって。要らなかったのになって。あったものがなくなるのと、最初からないのとでは、最初からないほうがきっと良いよね。あってなくなったものって結局いつまでもあるんだから。一度覚えてしまったらなかなか消せないものだよ。いや、そうであるほうがいいんだよ。例えば僕はさっき飛び方を忘れたと書いたけどそれは嘘だ。ちゃんと覚えてる。忘れられない。ただ、嘘をつかなくてもいい君を責めてみたかっただけ。少しだけ。無駄でも。みんな平然として見えるんだ。僕よりはるかに。だからこそもっとも残酷だと思ったんだ。ひとりよがりであっても。夕暮れが美しい時間帯だって知ってるよ。君のつくるチョコレートマフィンが、たまに食べたくなるくらいおいしいってことも。まだ気づかないんだね。まだ分からないんだね。君は僕に優しい世界を見せてくれる。祈りだ。光だ。同時に僕の暗闇の部分を突き付けてくる。悪意無くして。僕が怒って見えるんだとしたら眩しいからだと思う。もし消せる弱さがあるんだとしたら、君を直視できない自分自身を認められない弱さを消して欲しいな。うっかり僕の本体は消さないようにして。一日だけあたたかく見えた常盤線が好きだよ。きっと自分の生きている場所だって同じふうになり得たよね。その証拠に旅行者は言うじゃないか。この土地はあたたかいって。それが誰か一人にだけそうじゃないって、わけないじゃないか。終わらないね。この手紙も、手紙を書いている僕も、今ここにいないのかも知れない。迷いを生じさせているものをやめさせて。君が幸せであっても、そうじゃなくても、耐えられないほど胸が痛む。馬鹿だな。卑怯だな。締めくくりは常に蛇足でしかない。輝いたままで普通に呼吸したかった。

2+

no.392

きみと別れた日のかえり道は空が暗い
余白のない黒
どこに何を書いても身元を知られることがなくて
ぼくは液体のように安心する
真っ白は脅迫に近いので
想像の中だけで生きたくて何度も離れようとしたのに
仮想の敵をつくりだして何度も殺されかけたのに
ぬいぐるみは命を欲しがらない
それが幸せと知っているからだよ
きみの選んだ扉は明日へと続く
警告を無視してまた始めるんだね
きみは自立した一つの塊だと
頭で分かっていても好きにしたいよ
怖いものがないから何階からだって飛べた頃
ぼくたちを前に進ませる何かが、
この世でうまく暮らせなかった、
化け物と呼ばれた、
だけど生きようとしたぶざまの末路で、
彼らの泣き声の圧力だったとしても
ぼくたちはわざと焦点をすげ替えてやり直そうとする
きみはぼくに言った
いつも遠い目をしてみているね
わからないだろう、
そう、ぼくにもきみが分からないんだ
それはときどき希望だよね
ばらばらの道を歩きながらふと思い出す
それはときどき希望だってことを。

2+

no.391

次々と決まっていく
ぼくにはそれが順番に思える
転校初日の朝を思い出す
拾ってくれる人と
捨てられた人の数と
必ずしも同じじゃないって
分かっているのに不平等だ
強くなりたかった
優しい人になるよりも
強くなりたかった
そのために大事なものが
どうにかなっちゃってもいい
きみは弱々しい声で否定するけど
それが何にもならない
どこにいても嵌らない
落下地点は別の星かも
スカートの中は今もお花畑かな
無抵抗なやわらかいものを傷つけるより
運命のリボンを切ったほうがいい
そのほうが、どんなにか良い
誰もが賛成するだろう
ぼくにとってのきみはいつも正しい
憎まれる部分まで含めてだ
だがそれを断言した途端
生まれたての喉から凶器が出て
秘密の結晶なんかを簡単に打ち砕く
それがぼくに残された切り札
使わないで済むなら良かった
知ることもないままなら良かった
求愛に至らなかったえげつない劣等
ぼくは知っている
自分が承認に足るものを備えていないと
きっかけのカードを贅沢な闇に葬るほどに

3+

no.390

格好つけたくない。格好つけないで。約束をやり取りしなくても愛するくらい簡単だったはず。ひけらかさないで。嘘を準備しないで。ぼくには見え透いている。きみにだってそうだろう。結晶の複雑さに胸を打たれたふりしてもっと浅いところを探りたがってる。問いかけたらあっさり白状できる部分を。相討ちになって死ぬこともたまにはいい。燃え尽きない命のままずるずるやっていくくらいなら。マグカップのミルクを飲み干して初めて底に沈殿する物質の正体とその量を知る。騙されるくらい、なんだ。無邪気にかき混ぜればよかった。ぼくときみは誰もが羨む関係だった。欠点としてはただどちらも臆病過ぎた。そしてそれを知られまいとして張り合い過ぎた。先にボロを出した方が楽だって分かっていたのに。割れた瓶は戻らないね。琥珀の粘着質がどんな模様を描くか、項垂れて観察をしている。音楽が流れる部屋。季節の回転を待つ。利き手の反対でネジをいじりながら。やり直したいな。やり直せるかな。今度は先に口を開いた方が有利だ。きみの視線がぼくの前髪をかき分ける。沈黙はいつも無力だった。

3+

no.389

いいや、全然違うよ
わかってる
相槌はお飾りだ
ぼくたちべつのこと考えてる
他人から見たらちゃんと
睦まじく映るのかなだとか
些細な誤差ほど気にかけて
ほんとうに知って
おかなきゃいけないこと
まるで関係ないみたいに
たばこをくわえてる
きみなんか要らない
意地の張り合い
耐えられないからだよ
要らない、
そう言ってなきゃあ
もしかしたら来るいつかの一瞬に
生い立ちを共にした罪は重い
お互い以外を寄せ付けない
圧倒的な依存性
それ無しに生きるとか
想像も難しいくらいだ
こんなところまで来て
こんなふりまでして
もう誰も追いかけていない
覚えてさえいないのに
逃避行のふり、
匿名のふり、
狙われているふり、
かけがえのないふり。
まだ続けるの?
そう、続けるの
ぼくらそんなに利巧じゃない
やり直せるほど信頼もしてない
ただときどき言葉より早く
溶け合って一人になりそう
そんな予感に飲み込まれるだけ
そんな妄想に取り付かれるだけ
(やがて打ち砕かれる)
句読点の打ち方だよ
違いなんてそんなもので
才能、ありえない
何にもなり損なって寄り添うだけ
舐め合える傷が見つかればそれでいい

3+

no.388

目よりも先に指先がきみを探す
今日は線がにじんでいるから
優しい感触の世界だね
捨てられたたくさんが
あたたかいを覚えて鳴いてる

僕たちは忘れることがない
痛かったことや
もう二度と訪れるなと願った瞬間
あきれるくらいに
そのひとつひとつを鮮明に覚えてる

君は笑いながら言うね
これは呪いだって
すこしだけ嬉しそうに
僕たちが一人で生きていくことを
やめない限りはこれが続くんだって

決定も判断もできない
そうしないことで救われたから
賞賛されたから
それなのに今後は変化を恐れるなと
虫が良すぎる、そうではない?

頂点で発せられる言葉はいつも
今あるものの延長でしかない
だから対極から出てくる言葉がいつも
必要性を持って生き残るんだ
認められて喜ぶなよ

揺れ止むことのないシーソーゲーム
虹の色が何度数えても揃わないんだ
どうして、簡単な答えあわせしたいだけなのに
どうして、今日もけんかになっちゃうのかな
水たまりがつまらない嘘を教えたりはしないさ

3+

no.387

愛と狂気を履き違えて今日も上機嫌。空から雪のような綿飴が降ってきてるし、目にうつるものが唾だって感想は「美しい」。勢いのない看板が鉄の腕に引きちぎられてその下を袴姿が闊歩する。年号のシャッフルと新旧疑似体験。僕らの過去は君たちの未来でもある。ここでは風が数値化されていて何度でも再現できるよ。希少性は失うかもしれないけどその代わりに公平を手にしたんだ。昨日の痣が刺青みたくひろがっているね。それほど大切にされた証だと言っても良いのさ。嘘も本当も誰もそれほど興味ないんだから。物語として面白いかどうか。それだけ。呆れるくらいに、それだけのこと。演出家でない君はきっと次の一手をためらう。でも、そんな必要ないのに。だって、もうつくっておいたんだ。僕があつらえてあげたんだ。気づかなかったでしょう。全身全霊の甘い世界で生きていけ。辛い悲しいと言い張ったって虚言癖持ちだと笑われるだけ。僕が仕掛けておいたよ、君が犯人になれない世界。退屈のため息さえ陳腐な、高度に感性化された、さがしても棘のない世界だよ。

さあ、何日間の滞在にしよう。

3+

no.386

寝ているきみが落下物に潰されて死ぬ
そんな意地悪な夢を見た
謝るつもりで髪の毛を摘んだ
午後のラジオ放送は才能に恵まれている
きみが望めばそのとおりになること
どんなエピソードだって信じないよ
あの日死ぬって言ったじゃん
忘れたとでも思ってるのかな
忘れてしまうのはいつも言い出しっぺ
すくすくと育ってしまって
健やかに泣いたり笑ったりだ
まるで正常な人間じゃないか
隠れていた能力は明るみに出て
きみは今やスーパースター
ぼくの何がいいんだろう
掃いて捨てるほどいるだろう
ぼくだったらもう飽きちゃうな
同じことで悩み続けてる
振り返らなくていいんだよ
たとえばぼくが一人で泣いていたって
声をかけて抱きしめなくていいんだよ
いつでも酷い妄想にまみれてる
きみに流れ込む執着を食べて生きている
ぼくは汚いと言うたびに本当に汚くなる
きみは絶対に頷かないから
もしも少しでも枷になるのなら
ためらわず引き金を引いてくれと懇願する
冗談だと思って笑われるんだけど
こんなふうに予定のない一日なら
ましてやうたかたの眠りにつくのなら
悪くないって苦笑いする余裕くらい
持ったままできみの隣にいたい
ぼくが本当の殺人鬼だったらどうすんだよ
何事もない一日のために祈る日が来るなんて
きみが欲しいのはぼくのわがままなんだって
そう自惚れた通りに明日も続いてくって
手を離れた物体が落下するように自然の話

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