No.841

何物にも縛られなかったとしたら、どうなりたかったんだろう。何もぼくらを束ねないんだとしたら、どう。自由にならないこと前提で、今より甘い話をした。悪いのは他にあって、ぼくらいたいけなのに痛めつけられて。吹聴して回るけどそろそろ耳を貸してくれる生き物はいなくなって、お互いを見張るような毎日に平和と名づけた。ぼくには昔から癖があって、なるべく実態と裏腹な名前をつけることにしてんだ。滑稽さが加わるように。純度の高い悲劇に陥らないように。意のままにならない感じを愛でるように。だってほんとさ、何一つ意のままにできないんだ、ぼく、非力でしょう、庇護が要るんだ、愛が要るんだ。銀の網目をくぐれる気がして、罠かもしれない予感を無視した。きみが食べ物を探しているだけだと分かっていたけれど、必然に見えるなら良かったんだ。まわりから見て運命に見えるなら、それで良かったんだ。孤独を演じていたつもりだったけど、少しもそうでないものを演じることは誰にもできないね。ぼくは食べられていき血肉になっていき初めて、誰かを好きになる人の気持ちがわかった気がする。忘れられない理由がわかった気になる。きみは忘れるね。一日の食事。明日にはまたべつのぼくが、銀の網目をくぐることに失敗する。