3+

No.648

あまい。甘い、乾いた匂いのする棚から一枚のレースを引っ張り出して、ごっこあそびに使おうと思う。無限の明日の滅亡ごっこ。ぼくらは罪悪感にさいなまれる子羊で、だけど一番の願いを知っていて背かなかった。周囲を傷つけることに鈍感で、自分たちが壊されそうになることに敏感で。てんごく。天国へつながるアパートの踊り場。蜜蜂に集めさせた他人の不幸を、孤独な少女がティースプーンで舌へのせている。回数を重ねて血がかよう。綺麗なことと残酷なことは紙一重で、認めたくないひとから燃え上がっていった。雪の日のマッチみたいに。つめたい。冷たいドアを開けることができなくて、妄想は砂場の砂にからまっていた。そと。外は、銃弾のような雨だね。憎む相手もいなくなって、ひたすら地面に打ち付けるだけ。逃げていく陽だまり。なみだ。溶け合う地上の涙。あの棚から持ち出した、たった一枚のレースじゃすくえない。こぼれ落ちて嫌な思いをするだけ。だから離さない。だから誰にも渡さない。ぼくらのごっこあそびにしか使えない。正常なら、落ちてこぼれた。正しさを説くひとのいない、ここでしかぼくら生きたくないんだ。

3+

No.647

赤い点滅
聖なる領域が飲み込んでいく
ノートも花壇も棺桶も
解読を望まない暗号も

有識者が扇動する
ぼくらの未来を左右する
今だって正論に侵食されてる
祈りはしない、だって叶わないだろ

進みたいと思うんだ
目をつぶる言い訳が祈りなら
取り戻したいと思うんだ
昼も夜も忘れないなら

立ち上がるために挟んだしおり
明日があるという無邪気な期待
もし裏切られるんだとしても
予感だけでうずくまりたくない

ぼくらは嘘を見抜くことができた
ぼくらは暗号を解読することができた
ぼくらは遺伝子の組み替えができて
ぼくらは新天地を創造できた

その一方で

ぼくらは花の色が分からなかった
ぼくらは雨に濡れないために傘が必要だった
ぼくらは眠らないと疲れてしまうし
ぼくらはぼくとぼくでは生きられなかった

大切にしたいわがままと
大切にされたいエゴを売って
飲み込まれていくものを羨んでもいる
連れ去られるものを軽蔑してもいる

(脈動なのよ、警笛じゃなくて、
あなたに見えている赤の点滅は、
あなたが生まれる少し前に、
私が感じた温もりなのよ)。

5+

No.646

守ってあげたい。と思っていた、守ってあげられる。と思っていた。きみの何気ない言葉がぼくに、あやふやじゃない現実を突きつけるまでは。いつでも優しくて強かった。知ってるのはもうぼくだけじゃなかった。巻き戻せたらなんて言おう。巻き戻せたらどう振る舞おう。そんなこと考えるんだ。そんなことしか考えられないでいるんだ。素直になんかなれない。本音は永遠に語らない。知らないんだ。要求するなんて、知らないんだね。本音がどれだけ汚いかってことを。消えればいいって思ってる。きみを好きなあの子も、ぼくを好きじゃなかったきみも。日常を送るこの街も、そこそこ平和な何もかも。無関係なものだって今じゃ観衆に見えるんだ。笑ってるんだ。安心してるんだ。今回も異物は排除されそうね。そうだろ、残って欲しくないなって思ってる。だからカラーセロハンを重ねてく。照りつける太陽をにらんでる。境界がぼやけるまで。涙が蒸発してしまうまで。逃げて、逃げて、今のうちにぼくから逃げて。きみを好きでいられる魔法がとける前に。ぼくがかけた魔法がとける前に。魔法よ、魔法よ、ぼくを化け物へもどさないで。きみはあの子を連れて逃げて。

4+

No.645

また風が吹くんですね。花を散らす風が吹くんだ。砂が舞い上がるのは嫌いだ、だけどあなたの姿を浮かび上がらせてくれることがある。

ぼくはベッドの上にいながら世界中を旅した。凍りついた町、色とりどりの港、潮の香りがする通り、そこかしこにこぼれ落ちた悲しみを、拾い集めて歩いたんだ。

そんなこと、やめたら。あなたは言う。そんなこと、しないでいたら。あなたは言うが、変わらない。あなたがぼくにしていること、決まった時刻にこの部屋を訪れ、ひとつのりんごを剥いてくれることと、本質は変わらないんだ。

ぼくはたまに寝たふりをする。それくらいしか驚かせる方法がないから。朝が来ればあなたが訪れるという、この部屋は、世界中どこを探しても一番の部屋だよ。

どんな景色を見たって、美味しいものを味わったって、すべてはここへ帰るため。ただいまって言うためのさよならなんだ。

だから今回のもきっとそう。ぼくはしばらく目覚めないけれど、またここへ帰ってくるよ。あなたは気づかないかも知れないけれど。

風を吹かせて花を散らそう。立ち止まりたがる時間を、次の季節へ連れて行こう。

あなたはたくさん泣くだろう。曇りが晴れて世界が見えたら、どこまでも歩けるあなたになるだろう。ぼくが旅したかったこの星の上を、どこまでも歩けるあなたになるだろう。

4+

No.644

欲しくない。伝わってるよと言って欲しくない。僕が嘘を言わなくても。正しく伝わった、そう感じた瞬間に、取り返しがつかないほど、僕らの時間は巻き戻される。そのくせ全部覚えてる。上書きされて真っ暗なキャンバス、どんな色がどれだけ積み上げられて、何が隠されたかも覚えてる。ときどき思うんだ。ずっと夢だと思ってる、だけどここが現実なんじゃないかって。もう少しで届きそう。もう少しで見つかりそう。自惚れた途端、空から星が落ちてきて、また真っ暗になるんだ。やむなく次の光を待ってるんだ。足元で砕けた破片は皮膚を切り裂いたかも知れない。血は赤いんだろうか。命は尊いものだろうか。それだって確かめることができない。できないでいる、解けない謎くらい、ここに残したいから。叫ばないでも、君には気づいて欲しいから。

3+

No.643

青い星座になり永遠へのぼってった。初めて行く場所なのに怖がらないで。群青の下、僕は人間だ、どうしようもなく。一度掴んだものを離すときに強く感じるんだ。昨日と明日がまるで違って見える。きっとうまくいかない、忘れたふりはうまくいかない。手先は器用でも思いは消せない。もしも思いが消えてしまえば、それは僕じゃない。優しくなかったあなたを忘れて、あれは優しい人だったと言い聞かせるようになったら、僕はもう僕じゃない。好きだった。どうしようもなく、好きだった。良いところなんかふたつもない、ひとつしかない。あの目、僕を見る目が好きだった。眼差しを忘れそうになったら、月の隠れた夜空を見上げよう。名前のない星座が瞬くから。手を伸ばしても届かない遠くで。どれだけ距離が離れていても、僕は平気。この光は銀河を貫きここへ来た。項垂れる僕を、嘲笑って、心のどこかに灯ってる。これ以上のわがまま、僕はきっと、死ぬまで知らない。死ぬまで待てない。

4+

No.642

書いては消して書いては消して。この世でもっともちいさな殺しは推敲である。生き別れた剥製が、臆病によってまた解き放たれる。嫌われるのが怖かった。好かれてもいないのに。傷つけるのが怖かった。深く刺さる爪もないのに。何もなびかせず、誰の視界や人生も邪魔することなく、死にもせずに生きていきたかった。たくさん恥をかいた日には棺桶で眠った。生花をたくさん敷き詰めて。干し草にしなかったのは、数少ないわがまま。すべては禁じられており笑っていい一日なんかないんだ。気づかれずに消えたい。霧は狡い。明るくなって目をあけて、いっそ自分以外の手が伸びてくるのを待ってる。瞼なのか、首なのか。手と手であるのか、引っ込められるのか。待ってる、蕾がすべて咲く前に。奇跡はぼくが起こすんだ。言い聞かせるばかりで、予感ひとつに託してる。消しては生んで、消しては生んで。

7+

No.641

キュービックがきらきらひかる。もしもそのなかに地球があって、一億人のひとがあっても、色をそろえるためだけにためらいもなく回せるだろう?君ってそういうやつ。僕が君に期待するのはそういうことなんだ。毒に負けない体でりんごをかじって、きれいな歯型のついた食べかけを病人へ握らせるんだ。おいしい果実、万病に効きます、こわがらなくていい、さっき僕も飲み込んだじゃないですか。天使みたいな笑顔。なめらかなる二枚舌、耳たぶの突起、制服の下に隠れる女優や俳優。君の、のぞき込んでもどこまでもからっぽの目が、僕を正常に連れ戻す。寄り添わずには生きてはいけない。わかって。分裂したままでは飛び降りることさえできやしない。わかってる。渾身の力で君は屋上からキュービックを放り投げる。それは七色の放物線を描いて、僕の青春は、この星は、君のちいさな絶望は、届きかけてた光をみずから打ち消す。

4+

No.640

レースを隔てた雨の音
ぼくたちが信じなかったら
窓にあたるのは星屑かも知れない
固まることのない血の雫かも、あるいは

言葉を持つものの中に
嘘をつかないものはいないから
確かめたければ
のこされた方法は一つ

一度きりの
ただ一度きりの
静かな尋問だけ
あなたは告げる、おまえは間違っている

いつしか砂浜に流れ出す赤
波がさらって海に溶けたら
水平線のあたりで夕陽になって
今はもう会えない、百年後にしかまた会えない

ぼくはあなたを知らないでいる
あなたはぼくを忘れないでいる
そんな夢や妄想が途切れないよう
他の何にも惑わされないで

これは呪いの始まり
これは物語の始まり
誰も知らない、誰も救わない
忘れられてもいい、優しくあれば良かった

絶望しなくていい、誰も救えないくらいで
だって分かりきっていたことだろう
手の中にあったすべてを手放した雨の夜に
ぼくが生まれ変わったあなたを知った夜に

4+

No.639

さようなら、また来ようね。コンビニのあかりは小説に閉じ込められて、まだ誰も知らない文明が開花する。連続した凶行も語られなかった美談もいっしょくたにされて、一節は流れ込む、さらに大きな流れの中へ、だけどたしかにここにいたよ、ぼくたち、生きている体から血を流して、死んだ体から流れる血を眺めて、うつろう景色に目を細めて、愛する代わりに呪って、名前も忘れて褒め合ったんだ、先に死なれないように、だってずるいから。正しいものがないことだけが絶対なんだよ、疑わなくていいことなんだよ。そうささやいたあなたの声も、残念ながら紛い物。だとしても、不都合は見当たらない。あなたを傷つける奴はこれからも現れるだろう、優しい声をして、ありふれた善意を見せて。ぼくは自分を大切にできないから、決めたんだ、あなたを守るって、そばにいよう、見えない銃弾がここで止まるように。狙撃手の落胆する顔が見たいな。夢でもいい、夢のほうがいい、みんなに愛されるあなたなんか、ぼくに愛される価値はないんだ。無理矢理に笑顔など浮かべなくても大丈夫、生まれ変われないものはないから。ぼくは次回は言葉を持たないものとして存在がしたい。あなたが安心して暗闇を打ち明けられるよう、夜よりもっと深い青で包みたい。人の知らない沈黙のとなりで、誰も知らない文明のはざまで、あたかもあなたが望んだ世界の最低辺で。

4+