4+

No.616

悪い夢の中にいるんだ
そう思い込んだ春の一日
曲がり角の奇跡は起きなかった
あどけない夜がひらいていく

書き換えられた辞書を手に
空っぽの主張を繰り返した
鳥にだってできるよ
飛ぶ生き物にだってそれはできるよ

瓶詰めの赤い花びら
光と文字が浮遊して
ぼくの顔をゆがんで映す
あなたの声をゆがませ届ける

あの子がいいな
この子になりたい
べつの生き物がいいな
今の自分じゃいやだな

星がゆっくりと点滅する
速度に合わせて歩き出す
支離滅裂な仮面は器用で
だけど誰からも発見されない

あの子に似てるな
あの子にも似てるな
ぼくの求めるものじゃない
あなたの探すひとじゃない

なりたい
目的語も言えないくせに
なりたい
四文字ばかりを繰り返した

とまってくれない時間が怖い
変わってゆけない自分が憎い
置いてけぼりのあの子が笑う
何をそんなに夢中でいるの?

ぼくは駆け出していた
逃げるためでもいい
血を回せ
心臓を眠らせるな

いくつもの街を過ぎ
花畑を踏み荒らし
銃撃戦をくぐり抜け
冷たい川を泳いで渡った

人の姿を失いボロボロで
何もかもが毛布に見えた
優しいかどうかなんてもういいや
声をかけてくれた者に尽くそうと思った

おそるおそる歩み寄る足音
顔を上げると目と目が合った
持たざるぼくと持ち過ぎたあなたの出会い
永い夜が性懲りもなくまたひらいていく

4+

No.615

何回も言って
安心しないで
平和なんかない
絶対なんかない

いつまでもあるなんて思わないで
いま、いま、この一瞬を
焼き付けるように見つめておいて
よそ見してる暇なんかないだろう

帽子が飛んだ
鳥が撃ち落とされた
木の葉が擦れて音を立てた
赤ん坊が笑った

(いま、)

波しぶきが上がった
ページをめくった
髪に新芽が絡まった
卵焼きが上手に焼けた

(いま、いま、)

体温計が壊れた
切手を新しく買った
カレンダーを見た
昔の名前を忘れたふりした

(いま、いま、いま、)

退屈な駆け引きを捨てて
邪魔な秘密をほどいて
心臓にストローを突き立てて
僕に足りないものを流し込んで

(さあ、今)。

3+

No.614

君に
幸せをもたらさないんなら
青春なんて飛び越えていいよ
一度も笑わず無関心でいいよ

北のほうへ伸びていく鴇色
白があるからあんなに淡い
混じりけがないのではない
たまたま白が降っただけ

剥ぎ取られませんよう
君を匿う夜が
正体を明かすことができない
それでも二人でしかいられない二人が

滑稽なほど脆くて
かなしいほど愛おしい
ある日突然かき消されても
誰を泣かせることもない

些末で
矮小で
生きてたって退屈かい
死んだらもっと退屈だよ

だから嘘なの
わがままなの
生きるより他にない
これは、そんな命の戯言なの。

4+

No.613

見つめてはいけない
ソーダ水越しにしか
指先で弾く恋のありさま
音にならずに飛んでいけ

文字を飲み込んだからだ
砂に書かれた思いの丈を
波がときどき攫うのは
海がときどき鳴くのは

ゼロに戻れるはずはない
聞いてしまった
話してしまった
秘密ならここにあるから

うまくいかない
なんにもない
ここにはなんにも
壁を超えてぼくを覗き込んでも

名前は呼ばない
振り返らずただすれ違ってよ
花束で目隠ししてあげる
ぼくのいない道を進めよ

2+

No.612

救われるものはない
自分を大切にしない
あなたが手をのばしても
ぼくはあなたに生きて欲しい

許さないひとがいる
恐れるひとがいる
楽しむひとや喜ぶひと
すべてあなたの中にいるんだ

聞きたくない音には耳をふさぎ
涙を拭いてくれる手にだけすがる
当然のことだろう
いっぺんに大切にはしない

要らないものを置いていくこと
愛せないものを誰かへ譲ること
何がなくてはならないかを知る
あなたの血が何でできているかを

もう綺麗にできない昨日
思い通りにならない百年後
ぼくには描くことができる
それでもまっすぐに立つあなたの姿が

4+

No.611

金魚に酸素を与える
平穏に向かい投石する
あなたが呆れ返る
どうしようもない盗癖持ち

みんなの幸福を信頼しない
あなたにも信頼して欲しくない
おそらく長続きしないから
十五のぼくが笑うかな

綺麗事って優しさだった
きみにとってそうあるように、と
綺麗事って弱さだった
私に降らなかった光が降るように、と

おとなは臆病
子どもは危険
大層距離があったね
わかり合おうとするには

人知れず更けていく夜はない
ぼくの孤独もあなたの涙も
裏側の誰かの糧となり鼓動となる
気づかぬうちに境界なんて溶け切って

大丈夫、
打ち明けられない秘密も
だいじょうぶ、
一瞬でも空気を震わせたなら星になれる

新しい明日くらい迎えられるよ
なんてことない幸せが始まるだけ
今は怖かろうが嫌だろうが
黙ってぼくに愛されると良い

額をくっつけておいて
見つめ合わなくて済むように
やがて名前を思い出したら
見知らぬぼくにも愛をおしえて。

4+

No.610

無限じゃないのに
僕たちは隠したんだ
そして鍵を捨てたんだ
見つけたってもう触れないように

いろいろに空想できる
ようにさ、もちろんだよ
例えばこの初恋は酸っぱいとか
正解がないほうが幸せなんだ

遠回りして時間稼ぎ
水たまりの波紋ですぐ分かるのに
こじらさせて時間稼ぎ
余った命を意識しないという贅沢

仮にスープ
そう、カップいっぱいのスープになる
すべての細胞にお願いをして
あなたが死なないよう頼んだりしたい。

与えられて奪われたい
一欠片になって傷をつけたい
主人公なんてもうやめたい
白いあなたの目覚めを待ちたい。

4+

No.609

きみのルールで
手をにぎることは殺す
なのかも知れない
そしてぼくたちは手をにぎりあった

好奇心が誰かを傷つける
だったら知らなくていいよ
だったら知らないでいてよ
壁を超えてきても何者でもないんだ

ごめんね退屈で
せっかく近づいてくれたのに
ここまで期待してくれたのに
よくある大量生産でしかなくてごめん

人工的なもの
愛せなかったら生きづらいね
勇気を振り絞っても声はかすれて
まあいいかって自分を一人で慰めるんだ

かわいそうでありたい
弱いことも脆いことも隠したくない
卑怯でありたい
きみさえ手を伸ばせば簡単に届くんだよ

2+

No.608

咲かないで
花にならないで
蕾をむしった
こんなんじゃ幸せになれない

愛のために涙を流すこと
強要されて首を横に振った
レッテルとバッシング
可哀想ねの同情に食べさせてもらった

青空から住宅街へ墜落する
おぞましい夢を見て飛び起きた
動揺したくないのに
助かりたいなんて思いたくもないのに

新世界の一日は唱和から始まる
声をそろえていると朗らかな気分で
悪くないかなと思い始めた頃
きみと出会った

おまえはまだ真っ当なの?
ぼくはここでは静かに暮らしたい
うそばかり
嘘じゃない本心だよ

脱出は三日目の夜
満月がてらてら光る夜だった
きみは星に祝福されて
ぼくはきみに祝福されて

目を覚ました
長い夢だった
おそらく幸せな夢だったろう
覚えていないことが何よりの証拠だ

きみが本当にいたのか
同じ世界にいたのかは
ぼくにだって分からない
きみにだって分からないんだろう

どうせ気配を消せやしないさ
会いに来たら目を覚まして迎えるよ
きみが迷子になったら手がかりとなるよう
ぼくはもう、白い蕾をむしったりしない。

4+

No.607

涙より血を
何度も要求した
壁を正視できなくて
あふれる色を止めた

胃袋が鳴っている
愛を食べた
それは少し腐っていた
食べなきゃ良かった

冷蔵庫にそれしかなかった
お金もなくて
あとは冷えたスプーンと
動物の舌

一日中川を眺めている
いろんなものが流れている
広告やサンダルや骨
鉄骨や毒や三角巾

誰が住んでいますか
誰が何を失って
ああ、あれは
消失したリボンではないのですか

振り払った一瞬は
少しだけ優しかった
お互い期待していた
演技だとわかっていた

夢なら覚めるのにな
そう思うのは勝手だ
覚めない夢だってあるさ
終わらない現実があるように

妄信せずに生きられない
ぬくもりが牙を剥く
不釣り合いな信頼
川は、とどまる勇気をいまだ持てない。

2+