3+

No.658

まあまあ役立ちそう
そんな目でよかったのに
見てもらえたらうれしかったのに
だけどハサミ以下だったぼく


鍵盤
山茶花
また、波


樹氷
かたつむり
また、猫

椿
階段
フルネーム
また、椿

あなたの手はとても器用に
景色のパーツを切り取って行く
唇が少し乾いて涙がたまる
切り取られることのないぼくは取り残される

ほんとうを言うと切り刻むんだと思ったの
あなたは世界を切り刻むひとだと
だけど切り取ってみせるの
ひたすら器用なあなたはぼくにも優しいの

非の打ち所がないくらい輝いている
だけどその光は人を殺すこともある
ぼくはたぶん何だってする
あなたを泣かせるためならば

まどろむように生きていた
生きていけると思っていた
ぼくはたぶん何だってする
あなたに忘れられるくらいなら

3+

No.657

7年前の今日
出会ったんだそうだ
スマートフォンが教えてくれる
誰にも何も教えられないふたりに

みずうみに降っている
白と言えない花びらが
きみがぼくに向ける
その感情はずるいよ

生き物は新しい終わりを始める
ぼくには善悪を越えた夢がある
水の底でしか言えないこと
なのに咲きほこるサヨナラが

説明をしない
言葉ひとつで終わらせない
時間をかけてゆっくり生きよう
終わらない感情に名前をつけるために

4+

No.656

ふたりでつくった傷を見て途方にくれる
こんな終わりだれも予想していなかった
予想する価値も時間もなかったから
初恋は、それだけで、ひどく痛手だった

傷つけることを正当化するんじゃだめだ
わかってるつもり、ほんとに?
許す自分を許していくことなんだ
自分以外を愛するってことは

物分かりのいいあまのじゃく
今日は少し違う世界に見えるね
許したくない自分を受け入れることなんだ
致命傷を与えなくて良かった

一枚欠けたカードゲーム
人工甘味料で味付けた失敗作
棺の要らない毛玉の末裔
死ぬより甘い春の真昼

許す自分を許していくことなんだ
許せない自分を越えていくことなんだ
平坦な道を恐れないことなんだ
刺激の少ない幸福に耐えるということなんだ

暮らしということは
飲食するということは
生きるということは
死ぬことを忘れたふりをするんだ

眠るまぶたに光を集めて
夢の中でミラーボールがまわってる
毒々しい過去も未来も
ただ存在するだけの今には勝てない

4+

No.655

目をつむったほうがいい。たとえ眠らなくても。さもなくばきみは不幸を知るだろう。かけ違えたボタンが、それでも何の不自由もなく役目を果たすところを目撃する。

閉め忘れた窓からは花の香りばかり。

思いが時間なんか無視して、まばたきの後に白い天井を見上げてた。綿毛のように囁く声。淡いみどりに仕切られた聖域で。熱心にひとりごとを述べていた。

きみはぼくを殺すことをやめた。約束を破ることを選んだ。きみの幸せが不幸を上回ったんだ。窓枠に象られた空は馬鹿みたいに青かった。

冷蔵庫で寝かせたゼリーが、今だれの口に入ったかぼくは知らない。裏切りで平和は買えるのに、認めようとしないきみを嫌いだ。

ふと目を開けると窓枠は閉じられて、束ねた光が無造作に踊っていた。匂いを残せないシーツの上で。痕跡を残さないぼくの恋人。呼ぶことができない無名の神さま。

3+

No.654

桃色の水平線をすべる船。あれが、見えない境界線を行き来するもの。恐れるもののなかった僕たちが、いつも身軽に飛び越えたもの。逃げ切れたと思ったのは錯覚で、うたかたの自由を泳がされていた。僕と君はひとつのりんごを食べていた。半分に毒が注射されていて、もう半分には甘い蜜が入っているんだと聞かされて。本物や偽物にこだわっていた日々は幼い。幼くて、あまりにも幸せだった。失った時に絶望しかけるほどに。朝と夜が厳密には分けられないのと同じで、本物と偽物に境界はない。たしかだと思えることと、そうではないものの違いだけ。それだけ。目の見えない僕と耳の聞こえない君はお互いの手をぎゅっと握った、ひと気のない波打ち際で、白の貝殻みたいなくるぶしを濡らしながら。いま握っているものが僕たちを消したがる存在から生えている手じゃなくて、花畑に秘密基地をつくったお互いの手だと信じて。もう片方の手の指が引き金をひくことは決してないと愚直に信じて。

3+

No.653

君が愛した人になれなくて
消えてしまえばいいのにと思う
僕なんか消えてしまえばいい
でもあと少し見ていたいとも思う

たとえば助けられるかも
君がぼーっと道を歩いていて
側溝にはまってしまいそうな時に
あるいは毒をお菓子と間違えて
口に入れてしまう前に

そんなことないほうがいいのに
あればいいと思ってる
僕はもう気づいてる
君の不幸の中でしか生きられないこと

優しいねって
言われたくないよ
冷たいんだねって
言いながらもあの人を愛したでしょう

5+

No.652

頭上にグラデーションの花を見た
あたたかいはずの温室で
風が吹き抜けるのを感じていた
ビニールに包まれていた僕の死体

とどまっても何もないよ
こんなところ
雲雀がそう話す
天国なんかじゃないんだから

雲も水も同じ輪っかを行ったり来たり
見覚えのある風景
いつかどこかで流れていた音楽
みんな飽きて出て行くんだ

でもすぐに忘れちゃう
つまりどこにも行きたくないんだ
存在をしたくないんだ
私だってそうなんだ、

手のひらに何かがすっぽり収まる感触

僕は目を覚ました
いつか繋がるけど今はぼやける太陽
覗き込むグラデーションの花
名前も知らない小鳥の死骸、だれ?

輪っか
天国
存在
つまりどこにも、どこにも

記憶がみるみる溶けていく
紅茶に落とした角砂糖みたいに
今となっては夢かもわからない
僕はこの温室を出て歩かなきゃ。

3+

No.651

おまえと暮らしていると、自分が自分じゃなくなる感じがする。もっと言うと、自分がこの世からいなくなったあとの世界を見ている気がする。こんなに確かなのに。今ほど確かな日々はなかったのに。予行練習をしているみたいだ。単純な聞き間違いに、いつか来る別れを見た。おまえはやがてぼくに捨てられるだろう。だから優しくする必要はないのに。こんなにすべてを捧げる必要はないのに。「だいじょうぶ」「だいじにします」「だいすきです」。おまえの言葉は「だい」から始まることが多い。(だいきらいだ)。ぼくは大抵おまえのようになれないので、せめてショートケーキのいちごを嫌いなふりをする。「え?ほんとに?もったいないなあ。おいしいのに。ほんとにほんと?じゃあ、食べちゃいますね」。おまえがそれを好きなので、ぼくはそれを嫌いなふりをする。

3+

No.650

桜を見上げるひとに焦点を合わせる
すこしだけちらつく残像
ここは命あるものばかりでできている
発動していない死がこんなにもたくさん

はかないね。きみの言葉に頷く
はかないって、よくできたかんじだね。
きみの言葉にまた頷く
頷いたあとで、ああ漢字、と気づく

野原に命がこぼれている
川に命が流れている
菜の花の上を命がはばたいている
ぼくの頬を命がすり抜けていった

ずっと一緒にいられたら良いのにね
きみはたまに永遠に執着する
永遠のこと、ぼくはよく分からない
良いか悪いかも感じない
でも奇跡なら毎日見ている

ごはん、食べよう。
きみの言葉に頷く。

おにぎりとサンドイッチ。
梅おかかとシャケ。
卵ハムサンドとシーチキン。
緑茶とカフェオレ。

これはおどろいた。
どちらもつくってきたのか。
そうよ、あなたわがままだったから。
お互い不機嫌にはなりたくないでしょ。

きみの言葉に頷く。
頷いてばかり。
ぼくはもう話せないからだ。
永遠は知らない、奇跡なら毎日見ている。

4+

No.649

伝えたい言葉が尽きたんだ。言葉は君に敗北した。見えないものに宿るもののことを信じるか信じないかで、喧嘩にもなったね。月が膨張するんだよ。ほんの少しね。君が眠ると。月は、いま生きる人といつか死んだ人が曖昧になる空間なのじゃないかな。そう思うんだ。だって、ほら、眠りって死に近いだろう?月はそれを見てるんだ。世界中の眠りを。部屋の壁に飾るたくさんの写真が、時間はいずれなくなることを教えてる。僕らも例外ではない。朝に起きてふと気づくんだ、僕はどうしてこんなところに。とほうもなくて、取り返すすべもなくて、忘れたくて呪うよ。逆効果なのに。あの日、花に隠した本音。受け取って土に埋めた魂。悪くないと言い聞かせてここまで来たんだ。潔癖のまま、おとなになることを選んだんだ。だから言葉は尽きたんだ。言葉は尽きて今ここにないけれど、君に会いたい気持ちは消えない。耳をふさぐとたちまち満月の割れる音がする。耳をふさいだことを後悔させるために。おそれるな。目を開くと花吹雪の夜だ。カレンダーを振り返って「今年も」とつぶやく。今年も君を忘れられなかった。僕がてくてく帰った部屋で、君は花の夢を見ている。心許ない月明かりの下で、永遠に舞い散る花をきっと見ている。

4+