No.742

でたらめにしか見えなかったものさえ
なんらかの思いがあって流れている
信念や記憶や約束によって流れている
だからもしきみがナイフを突き立てても
ぼくは「そうだったかも」と思う

ピンク色に染まっていく公園
滑り台だけいつまでも水色をしていた
脱ぎ捨てた白いスニーカーは飲み込まれて
帰る場所のない生き物ばかり浮き彫りになる
ただいまを言えずに、

砂場を掘ると髪に触れたよ
手のひらを指に変えても
探していたものかなぜ見つからなかったか?
答えはひとつ
それがどこにあるか本当は知っていたんだ。

宝物ってこういうものかもね
隠しておきたい、忘れたくない。
だけど誰にも、知られたくない。
砂の中から生まれた秘密のあなたと
ぼくは初めてまっすぐ向き合う

1+

No.741

すみれ色したお菓子を食べて
嫌ってほど正解に惑わされる
頭のどこかが叫んでいて
心のどこかが軋んでいた

いま立ち上がったらどうなるだろう
教師の声を遮って告白したなら
黒板に書かれた丁寧な文字より
きみの記憶にちゃんと残るだろうか

手放しで欄干を歩く
その勇気さえないのにスマホの中は
死にたいでいっぱい
宛先が無いならもういいか

敷かれたレールの何が悪い
誰もぼくを一人にしてくれない
まるで望んだみたいに
太陽だけ見て眠りたいのに

後先を考える悪賢さに
打ち勝つものは無謀な衝動
繰り返した妄想より鮮やかに
ぼくは学校を駆け抜けた

もしかしたらここまでが夢なのかも
もしかしたらもう生きてないのかも

駅のホームで踏みとどまったりしなくて
屋上の扉に鍵なんかかかってなくて

どうする?
そうだとしたらどうする?

椅子を蹴った時にロープが切れなくて
服用した薬の半分も吐き出せないで
浴槽に垂れ流す赤にハッとしないで
今見るすべてが直前の妄想だとしたら?

この困惑がすでに矛盾だ
一途に失望すべきなのに
良かったと思ってしまったばかりか
口に出してさえいたんだ

恐る恐る振り返った先で
きみは泣き笑いしていて
言葉を失ったぼくは
握った手をもう一度つよく握り直した。

2+

No.740

病み上がりの体に
黄緑色の卵を産んで
蝶は最後の旅へ出た
置いていかれた肉声の跡

変わり者じゃないあなたへ
夢の幕引きを願います
枕の中に隠しておいて
由来を知らないおまじない

見つけようとして
それはウエハースの扉だ
手に入らないことを呪って
あなたがそうも非力なせいだ

もうすぐ新しい命
記名のない迷子の命が
真夏に降る雪のように
あなたの視界を覆えば良いのに

相手さえ忘れた約束を
まだ守るつもりでいるんだね
一番の仮面で甘やかしたい
きっと二度と報われないあなたを

1+

No.739

なかなか沈まない夕陽を見ながら果実酒を飲んでいたあなたは。

もういっかな、
ふと言ったんだ。
もう、そろそろ、いいかなあ。

(降参。だから、落ちてあげよう。)

星に言わせたようなものだった
駆け引きに勝利したというそのことが
ぼくの完全なる敗北で

恒星はつねに大きい
勝てない。
と、そう思ったけれど

振り返ったあなたがぼくだけを柔らかく見て
今までどれだけつらかっただろうかと思って
あんなに欲しかった唇は冷たくて
陰る視界に慄きながら口移しで星を受け取る

星は濡れており滑らかに食道を下り
おなかの中でしばらく脈動し
せり上がる望みと涙目のままにあなたを見る

仕方がないよ、ずっと好きだったんだ。

あなたはたぶん仕方なさそうに優しく笑った
あなたの目に映るぼくもそうなら良いのに
そうであるならどんなにか良いのに
これからはふたりだどこまでも落ちていこうね

2+

No.738

きみの愛に途方にくれる
自分の体はばらばらになって
指先にも嫉妬する
触れているのに触れたいよ

遮光性の低いレースが
ふたりの素肌に烙印をおしていた
これから悪いことをします
いままで良い子すぎました

もっと愚かになろうね
ずっと幸せでいようね、のように
きみはそれを言うんだ
ちゃんと愚かになって落ちていこうね

飲み残したペットボトルの炭酸水が
内側から文学を押し出した
押し出された感受性のプールで
ここからさらに落ちていくんだ

見ているのに見ていない
きみが見ているのはぼくの目に映る自分
大切にできなかったものがなぜ泣いたのか
鈍いぼくにもようやく分かった

2+

No.737

蜘蛛の巣、星座、ひたいの印
在か不在かに苛まれている
おまえの背中に見えた羽が
恋は異形だと丁寧に教える

落ちてはいけない
足元は宝石でできている
選ばれてぼくはここに立っている
だから簡単に落ちてはいけない

禁じれば禁じるほど
忘れようとすればするほど
鮮やかになり匂い立つ
よほど現実のほうが生温い

選ばれた?それは、誰に?
ひたいに手をあて印を隠す
目の前には平凡な人間が映る鏡が立つ
昏い瞳に光が灯るのを待ちぼくは立つ

選ばれたいんじゃない
選びたいんだ、いつも
間違いかも?そうかな?
運命じゃないかも?そうかもな

終わらない始まりは飽和したんだ
不燃性もろとも屑になってしまうだろう
ぼくは終わるものとして生まれたい
流れる星とぶつかってでも

雨粒のかわりに宝石が降る
後世に語り継がれる一日となったその日
誰もがこぞって天へ向け手を伸ばしたその時
ひとり俯いていたおまえだけがぼくを見つける

『天使の失墜』

2+

No.736

喪失後の青白い森
森を流れる赤い血から霧が立つ
湿った土に植物が種子を落とした
大事に抱えていた卵が割れた

置き去りにされたのは目を引く黒い棺だ
黄色い花に半分埋もれながら
手がかりのネームプレートは削られている
日の目を見なかったおとぎ話の墓場で

夢や希望や愛や誠や
嘘をひとつも吐かずに暗号を解くんだ
騙したらただじゃおかない
騙したら無傷でここを出さない

安らぎはこじれてしまった
太陽から逃げた瞳で
生きているのが不思議なくらい
小さな棘にも傷つくんだね

約束をしようか
裏切らないことの証明に
そうだ約束をしようか
明日には別の命であることの証明に

今夜ぼくは眠る
浮上できない荊のベッドで
今夜ぼくは眠る
ぼくを傷つけるかもしれないものと一緒に眠る

1+

No.735

繰り返してばっかりだね
ぼくたちはそっくりの顔で笑う
少しも抜け駆けすることのないように
だけど生まれ変わってしまったんだ

今夜みたいな黒、あと百年は会えない
さもなければ墨汁を垂らしてさ
空気に触れたことのない臓器に
尖った耳をじかにあてて行く末を尋ねるんだ

ぼくたち今からどこへ向かうの?
ここに来る前本当はどこにいたの?
回転を止めるにはどうしたらいいの?
きみはこの先もそうしていたいの?

否定を集めて透明の瓶に詰めた
肯定に変わるまで出してあげないよ
変わらないならそのままだよ
やがて垂らし込む毒に侵されるが良い

羽には手をつけないよう言ってある
羨望が注がれる標本箱の充実に一役買う
取り出して眺めることはあまり無いんだ
交渉の道具に使うことがあるだけ

満たされないのは分かっている
ぼくじゃないことは分かっている
きみの寝不足を疎ましく思う
殺せないぼくを疎ましく思う

引きちぎれば良いんだ
噛み砕けば楽になるんだ
何度もしてきたこととそう変わらないのに
不在の存在が地獄だとぼくはもう気づいている

『魔王の初恋』

2+

No.734

御都合主義でいたい。なるべく視界を狭く、新しいものを取り入れず、憧れず、卑下せず、自分を大切にするほかないものと生きていくしかないんだ。自由になる少しのお金と、引き剝がしようのない愛(またの名を執着)、鏡とばかり向き合って、たまに追いかけ合う天体を見られればじゅうぶん。誰かの涙の結晶を傷口にはめ込んで、誰かの薄っぺらな言葉で目隠しをして、誰かの錆びついた過去で未来を塞いで、誰かの甘ったるい絶望で今日もぼくたちは清く美しく生きていこう。汚れた街を闊歩して、汚されもしない領域のために声を上げる。ぼくの発信はとうの昔に発信されたもので、みんなが何かのレプリカなんだ。まっすぐな水平線を眺めていたら、輪郭から血が滲んできた。カミソリの切り口によく似ている。きれいだ。始まりを求めすぎたあまり、始まっていた終わりにも気づけない。互いの対象を帰結するに、ぼくたちあまりにも脆すぎるよ。手ぶらでも死はここにある、影のようについて回る。ぼくたちは見せつけ合う、それでも今は生きているってことを。死んでないってだけじゃないってことを。個々の意思なんか関係ない、顔の見えないあの人の采配と気まぐれは、凡人の思い描く御都合主義さらにその一段上を行く。

『神様の失恋』

3+

No.733

裏切りの反対は信頼ではない
知りながら何を求めたんだ
やってしまった後悔を
やらなかった後悔が初めて上回った

海になれなかった青を飲み込んであげる
頭のなかにいつもあるのに
映像以前のあなたを呼んでいた
悲しい予感で誤魔化すのはやめてくれ

明日には持ち越せない微熱を
ぼくを拒むあなたに注ぐ
ずっと平気だなんてつまらない嘘
夜更けに違う名前を呼んでもいいから

簡単に断てる望みでも
簡単に絶てる命でもなくてぼくら
終わりを用意することは誰の役割?
未熟な天国で粗悪な夢が分配されただけ

口移しで誰かが幸せを忍ばせて
思いがけず甘みを知ってしまったら
もたつく舌であなたを呼んでもいい?
永遠に似て淡い幻に水を差しても

2+