No.589

眠りはうたかたの死で
布地に染みる雨は冷たくて
会いたいと錯覚した
恋しいと錯覚した

百年は待つつもりで離れて
飛行機雲が何本も空を切って
夕焼けはいくつもの命をもらって
美しいはこうだよと教えた

舌で丸めた幼い呪文
簡単に誰かの手に渡っていく
うさぎを追いかけて月まで行く
知っていて知らない世界できみを迎える

1+

No.588

ページのあいだに住む黒猫
目が合った三日月がウィンクする
手を伸ばさなかったことを叱って
自分の傷ばかりが痛かった

いつまでも真っ白なワンピースが
恥ずかしくなって汚したあの子
紛れ込むことが最優先で
自分なんかどこにもなかった

ひとつも笑えない
ぼくだっておんなじだから
みんなきっとおんなじだから
似てる、そう見えるよ

無数の色が混ざる場所
すきとおって呼吸が楽だ
優しいのは土の中だけ
誰のことも吐き出さない

2+

No.587

みんながさがしてる
クラスメイトは川の底
正直者が俯いて
夕陽がただれる
犯人を差し出せないまま

証言は透明な泡になって
どこかへふわふわ浮上する
ここが下だと教える
ここも下なんだと
どこかにとって、だれかにとって。

夢の中で聴こえる音楽
お土産にはできないの
だからあなたは知らないまんま
知らないまんまで生きていかなきゃ
死なないまんまで笑わなきゃ

恋だの愛だの押し付けあって
涙じゃ仮面は剥がせなくて
語れることは幼年時代ばかり
今も未来も秘密だらけで
スパークする、星とかけらが

知らないふり
尊いふり
つよがり、分かっているはず
ぼくたちってかけら
もともとひとつの残骸だよね

2+

No.586

安全な距離を保とうと努力して
互いの平温を忘れる
熱が上がっても気づけなくて
他の人にとられてしまう

ありがとうって
この部屋だけで呟いた
壁に染み込ませて踵を返す
何をしたって新しい住人は真っさらだ

終わりを迎えに行くふり
一歩ずつ踏み出した
向かい風が支えてくれる
前のめりに逃亡する僕を

意味がないの
みんな気づいてる
埋めたくて言葉を吐いて
ぺたんこのぼろぼろになって

だから大きく息を吸えるんだ
吐き出して空っぽだから
まったく新しくはなくても
そう見える人に拾われるだろう

繰り返されるどうでもいい奇跡を
くだらないと笑える日々を
被害者ぶるかさぶたにキスを
明日にはもう逆転する夢であっても

3+

No.585

星の割れる音がして
キラキラが目からこぼれた
まあいいかを積み重ねて
もういいかになっていく

ぼくたちきれいだったね
きれいなままいられなかった
突然消えて見損ねる
顔を上げなかったばっかりに

一人の夜を正しく歩こうとする
怯えているから間違える
美化するために否定する
まちがいだって言うのは逃げだ

今朝も一人で歩き出す
まだ暗いうちに
濃紺の緞帳に満月のカフス
はずす指を知っているよ

世界の終わりを疑似体験
終わりの次に来る始まり
再生する橙色に求めるもの
まだ大丈夫って言える自分に出会いたくて

3+

No.584

いつか好きだった
きみをぼくが好きだった
青と赤だけを使って
いくつも図形を切り抜いた

ぼくたちの隠れ家だよ
ほかに許されたのは
ぬるい風と野良猫
ミルクの匂いに月の光

眠りに落ちる前は甘い
これで最後かも
次はないかも
って、想像すんだ

そしたらほらね痛くない
悲しくもなくて
闇がきれいだなって
光がなくて優しいなって

どんどん忘れていくんだろう
波が浜辺を寝かしつける
夢のようだね
長くないよね

いつか好きだった
きみをぼくだけが好きだった
もう一度恋に落ちたら
運命くらい信じてあげる

つないだ手に血が走る
ナイフだって持つのに
文字だって書くのに
いつも誰にも伝わらないのに

4+

No.583

銃を捨てたスナイパー
毎晩いろんな月が落ちてきて
何を許せないかを知った
何を許さないでいるのかを

透明のティーカップ
採取された指紋だけ浮かぶ
もう来ない春に触れた蝶と
行き先がどこであってもいい

幸せでありますように
たまにでいい
ほんの少し思い出して
あの子はどうなったろうと

選んだ人と喧嘩をして
道に迷った時にでも
ぼくを思い出して自嘲して
つかえた棘を飲みくだしながら

今に教える
ぼくのまちがいは
一度も間違えなかったこと
怖がるばかりで踏み出さなかったこと

明日教える
あなたが輝かないはずがない
名前をもらって瞬いていいよ
その光が次の祈りをちゃんと救うよ

4+

No.582

積まれたがらくた
砕かれてどきどきする
あれはいつかのぼくだ
あるいは明日のぼくかもしれない

悪い想像ばかりするんだ
失望したくなくて
負けたくなくて
まだ誰か信じていたくて

結果を考えていないふうで
都合よく解釈してたんだ
これから新しいね
新しくて監視しやすい命だね

神さま、そんなもの役に立たない
体温計のほうがどれほど正確で
嘘が下手なぼくを守ってくれたことか
このまま死ぬのもありだよって

もう足止めされたくない
自分勝手に予測した結末で
手遅れになるのは嫌だ
あなたが笑えない世界は嫌だ

願わない人になりたかった
だけどなれなかった
それが答えだ
分かってたのにってあなたが笑う

生きていたんだ
息をしていたんだ
すみれ色に満ちた水槽
種の起源を呪いながら

あなたにとっては実験の過程
これで何か明らかになるのなら
また生まれてきてもいい?
また息をしてみても、いい?

3+

No.581

幼いきみの
背丈ほどある花畑
好き?って
ずるい質問だ

はいも
いいえも
答えたくない
好きかそうでないか

そんな生き物じゃない
そんな名前じゃない

ぼくにはかつて
名前がたくさんあった
ひとつなくしても
平気でいられるよう

迷子にならないよう
決まりなんてないでしょ
夢見るくらい自由でしょ
星に手が届きそう

月のない夜に恋人はずるい
質問されたぼくは答えない
あなたがひとりになるように
あなたがひとりでいられるように

確かめなくていいくらいの無防備
ふたりを包めるくらいのブランケット
星に手が届くくらいの孤独
角砂糖をほろほろ溶かすぼくらの永遠

3+

No.580

弱くなりたい
弱いあの子がうらやましい
ぼくの体は頑丈で
心臓はダイヤモンドだ

来るべき大戦に備えて
筐体を発明したんだそうだ
それが残るためのからだ
それが残るためのいのち

かわいそうって
言葉は少しはくすぐったい
でも何も残してくれない
残れるだけで充分でしょって言う

組み込まれた発育は操作可能
指先はディスプレイばかり滑って
ありあまる富も時間も
あなたが蔑ろにするせいで伝わらない

弱いあの子がうらやましい
握ると赤くなって
潰すと白が飛び出て
そんなだからかわいいんだろう

生き物はかわいい
弱いものはかわいい
かわいいとは死ぬものを指す
死なないぼくは羨望ばかりする

死なないものはかわいくない
愛しかたが分からないから
手間暇かけなくても平気で
瓦礫ばかりでも笑顔を見せて

4+
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