元旦の詩

なぜきみはそこで生きられないのだろう。なぜぼくはここで生きてこられたんだろう。苦手をしないと言うなら今こんなところにいないはず。呼吸の罪悪感。優しいものに「生きて」とささやくぼくの手に、一度も使えなかった紐の両端が握られている。自分に使えないから自分で使おうと思った。あたたかいものや柔らかなものが形や色を変えても、見つけられますように。さよならの向こうにある景色を見られますように。そしてそれを信じられますように。あの太陽にとってはぼくらの昨日も今日も大差がない。太陽のようにならなくても大丈夫だと、だけどそうなりたいと願ったりそのように振舞ったりすることを、人間と呼んでもいい。癒えない傷があってもいい。何がきみを光らせているか分からないから。何がぼくの救いになるか分からないから。エンディングまであっという間。ちいさなオープニングを集めたきみがあたらしく呼吸する、いま。

6+

No.793

そばにいて欲しい時にあなたはもういない。命なんて短いんだよ。あなたの言葉は嘘だった。ぼくにとっては。あなたがいないまま終わることもない時間は、なんて永遠なんだろう。似た感覚を知ってる。夕方と夜がうまく繋がらなかったあの日、ぼくはモノクロの街を見ていた。色のあることになんて気づかずに。すれ違った臆病者、ベビーカーの双子、カラスの群れ、捨てられた容器につめられた死にぞこない、その破片。体からこぼれる無意味を持て余し、色は一つずつ消え、ぼくは昔を思い出せずにいた。あなたは道の先に現れた。ぼくより多くの色を手離して、軽そうな体で笑っていた。モノクロとモノクロが出会ったって、溶け合ったって、取り戻せるものなんて何も無いよ。そう語るぼくにあなたは頷きながら、ぼくのまちがいを教えた。しずかに目覚める朝、朝が夢の続きではないことに涙がにじむ。今ぼくの知る中で最もたくさんの色を含んだ一滴が、あなたのいない街へこぼれる。

4+

No.792

泥濘みからぼくを立ち上がらせたものがいまも歌っている。唯一無二のキラーチューン。生きておいで。それだけでぼくはこの世界に未練を持つんだ。ぼくを虐げる誰を見ていても、あの日きみの選んだ手がぼくだったということで。遠い光が今にも届いて存在をさせている。ある人は呪縛だと笑う。呪縛も無いなら生きられないよ。始まって終わる。それだけ。昇って沈む。それだけなのに。出会うために朽ち、拾われるために捨てられる。あなたの手が空っぽだったのは、あの日のぼくを味方につけるためだよ。有利な命知らず、条件を教えて。

3+

No.791

忘れないと思っていたことを忘れる。忘れるはずはないのに忘れた。何かを。という記憶だけ残り人はどんどん寂しくなり、知らない人と結ばれる。人間のようだろう。ぼくもときどき人間のようだろう。見様見真似でここまできた。いまだにわからないことの多い。あなたはぼくを人間だという。ときどき好きだと伝えさえする。手も繋がないのにキスをすることがある。名前も知らないのに並んで寝ることがある。きみは人間。きみは人間だよ。言い聞かされるうちになんだか本当の気がしてくる。もしぼくがあなたの信じるものでなくても、あなたは平気でぼくを呼ぶ。ぼくがあなたを傷つけてもぼくは傷つかないんだ。そう打ち明けた時も笑っていて、あるはずのない心臓がコートの下で脈を打った。

3+

No.790

夜につかまらないよう夕闇を駆ける
それは朝と直接リンクするから
べつのところで温もりを教わった
光からいちばん遠い夕闇で

あやとりで遊んでいたら
オリオン座が指のあいだへ降って
「もうこんな時間だ」とつぶやく
きみがもう会えない人に見えた

冬の空気は気持ちを伝えてしまう
ぼくの抱いた不安の種を
きみはたやすく取り出し飲み込む
子宮のかわりに胃の中で溶けていく

奇跡を数えたことがあるよ
始まることのないものや
終わることを知らないものを
きみを簡単に忘れられるようにだ

記憶は邪魔をすることがある
強くなることを
立ち上がることや
ぼくがぼくであろうとすることを

言葉は偽りと判定する口々
ならばぼくは偽りにしか興味がない
自分のひいた風邪くらい認めなよ
きみはそう笑いぼくの額に手を当てた

オリオン座
満天をほうきで掃いて
ふたりだけの寝床をつくる
ぼくの知るあやとりは一人ではできない

2+

No.789

笑えるようになった
きみを軽蔑しない
どれだけ上手でも
月の綺麗な夜だった

片足のピエロが
ブランコ乗りだった頃の話をする
みんなが私を見ていたんだ
遠くの星や羽ばたく鳥を見るように

それで体が持ち上がって
今でも浮いてる気持ちになるんだ
同情を寄せてくれる人もあるが
正直私は幸福なままだよ生憎ね

差し出した本を
私に必要なものではないと返された
誰にも必要ないものだと思え
ライターで火をつけた

焚き火を眺めていたらきみが来て
ぼくのとなりへ腰かける
きっと顔を見られたくないんだろう
でも気になって盗み見てしまう

きみは泣いていた
傷つくことを期待していたのに
どうしてこんなに悲しいのだろう
ぼくは自分がわからなくなる

昇る太陽
開幕のカウントダウン
ぼくたちは目覚める
終わりを殺しながら

始まりに飲み込まれる
言葉は無力だった、でも
無力なものを行使しようとするとき
ぼくたちはもっとも分かり合えてた

2+

No.788

あなたは優しいねときみは言う。大丈夫か。きみは、だいじょうぶか。そんなに人を見る力がなくてこれからも生きていけるのか。

変わらずに。曲げられずに。傷つかずに。傷つけずに。

ぼくの言動がぼくの本心から出ているものだと考えてはいけない。見張っているのだから。どう猛な獣が牙を剥かないよう。見張っているのだ。我を忘れないよう。もう二度と。

ちょうちょを好きか。晴れた日の雲ひとつない空や、新品のノートブックが。好きだと言う、きみもぼくには等しいんだ。等しい。それらと。新しくて消えやすいもの。

疑って欲しくないなときみは怒る。そうか、きみは、怒ることもできる。ぼくは静かに感動をする。

ちょうちょ?ずっといるよ。
雲のない空?ずっとあるよ。
あなたがいるなら。
ノートブックに書き留めなくても言葉はあるよ。
あなたが聴くなら。

きみは言う。呪いのように甘いセリフだ。いや、どんな呪いだってここまで甘くはない。じゃあこれはなんだろう。そうやってきみはぼくの心に住み着くことに成功し続ける。今日も。昨日も。あさっても。ちょうちょも空もノートブックも使わずに。ぼくに生きる理由が何かを教える。

「月も星も遠すぎたね、あなたには私がいるよ、もう大丈夫」。

死なない理由が何かを教える。

3+

No.787

ぼくに好きだよと告げるくらい、きみって孤独なんだろうか。きっとそうなんだろう。ぼくしか伝える相手のいないくらい。毎朝おなじベッドで眠りに落ちておなじ朝に目を覚ます。ぼくは申し訳ないのではじっこで眠る。きみは笑って近寄ってくる。ぼくはますますはじっこへ行こうとして床に落ちる。何回も。そのうち階下から苦情がとどくだろう。軒下にちいさなつららがぶら下がる季節、それで誰かを傷つける妄想をしていたばかりの頃を思い出す。活字しかぼくの話を聞かず、ぼくも、活字にしか話しかけなかった。ずっとそうだと思っていた。きみは春のように現れた。当然だという顔をして。花が咲いたから来ましたけど。そんな顔をして。ぼくはきみに光のようなものを見たけどきみは、ぼくにそれを見たんだと言う。お互いの中に光を見つけてしまうのは、ぼくたちがどちらもまだ夜の中にいるからだね。好きだよ。きみがぼくに言うときそれは、謝罪に聞こえるんだ。誰に謝るの。何を。どうして。許されているのに。目をつむって歌声だけを流し込む。思い描いた季節がめぐるころ、ぼくはまだきみの教えてくれた魔法を覚えている。きみの歌ってくれた旋律を覚えておく。

5+

No.786

季節が過ぎ、つなぎのための風が吹く。防波堤にたたずむ人影を見て、私があれだったら良いのにと思った。あの男だったら。今にも踏み出そうとしている。打ち砕かれる波に自分を投影している。そんな光景に焦がれなくても同じようにいつかなるのに。貝殻をひとつ拾った時にぜんぶ見えるんだ。何がってぜんぶだよ。貝殻が誕生してから漂流してきた海中の景色。砂浜にやってきてはしゃいでいた幸福な子ども。その中に男がいる。数十年前に子どもだった男だ。曇りのない瞳を、無防備に世界へ晒している。はらはらするような、無垢の笑顔で。私がなりたかった。あなたになりたかった。だけどなれなかったから、あなたに、あなたは間違えていると伝えに行こう。あなたは正しくないと。取り違えていると。捨てるのは貝殻のほう。死ななくていいと伝え、固く握り締めた拳をひらいてやる。ひらくと分かる。何も握っていなかったこと、だから何でも握れることを。

3+