見ていたね
夢を見ていたね
卵白のような空を
ここではないどこかを
今ではないいつかを
あれが夢です
夢は希望です
繰り返しながら
馬鹿にされながら
呆れられながら
ぼくはぼくを抜け出せないので
そう言い訳をして
嫌いなものを好きになれず
フォークでよりわけ
好きなものをただ好きになって
スプーンでまるく撫でて
呼吸をやめなかったその先で
きみはぼくに出会ったんだ
大切に思わないわけがなかった
星は見ていた
音楽は奏でていた
正解や間違いに囚われず
人は生きていけることを教えてくれた
カテゴリー: 詩
No.802
額縁に置いた手に傷がない。そのことを責められる。作品にしようと思ったのに。花弁と血痕とレプリカの月を、収めて取っておきたかったのに。僕の言葉や行動、考えることどこにだって、あなたの存在が影を落とさないことはない。すれ違う人々のように笑いたかった。でもそれは想像力の欠如でしかない。誰もが何かを抱えて何かを押し殺して何かを切り離して何かのために心を痛めてる。鈍感になりたかった。あなたは透明のビニール傘についた水滴を数えている。無謀だ。雨はまた降るのに。睨みつけながら言う僕を見ずにあなたが笑う。どうにもならないことばかりだよ。どうかにしたいものでもない。何が叶って何が叶わないと、線引きしたってすることをするよ。僕は小さく震えた。知らない。これは、知らない。名前のない感情だ。後から振り返って特別な瞬間になるかも知れない、ならないかも知れない。だけどもっと知りたいと思った。続きを聞きたい。水滴を数える目で僕を見て。聞けない。癒えない。額縁に置いた手にもう一度、傷をつくるつもり。この地に花弁が舞降る前に。
No.801
猫は気まぐれで愛をつぶやく
咲かなかった花を柔らかく踏んで
きみの歌声はよく馴染む
残酷であたたかいこの光景には特に
そう感じているということなんだろう
そう覚えているということなんだろう
誰もいないなら生きられないよ誰も
軽く言い切ったきみを睨んでいたぼくの春
今も歌っていて欲しい
今もひとりで歌っていて欲しい
自分に向けられなかったものに
引き寄せられる人がこの星にいるから
サイダーは線路に流れ出した
炭酸と星に大差はないんだって
あの日ぼくはきみから愛を教わった
伝えなかったけど初めて満たされたんだ
今もきみがどこかで歌っていて
あの日のぼくを救い続けてくれますように
今もきみはギターを弾いていて
隣にいる誰かをあたためているだろう
踏まれた花は何食わぬ顔で明日咲くよ
遠くのきみに光が降るよ
ぼくがそれを見ている
濃密な平和が公園のブランコに溶け込んでいく時
No.800
揺れるカーテンを見ていた。
揺れるカーテンの陰に隠れた何かを見ていた。
揺れるカーテンの陰に隠れた何かはいつか僕を愛したものだった。
近づきたかった。
ふれて確かめたかった。
腕はおろか指先さえ動かせなかった。
乾いた喉からはかすれ声も出てこなかった。
目の前で出来事は起こっていた。
僕だけがそれを見ていた。
僕だけが助けることができたのにそれをどうすることもできなかった。
僕は自分の無力を知っていた。
だけどただ知っていただけだった。
それがどんな惨劇を生むかは知らなかった。
そしてある日それは起こった。
カーテンを見ていた。
揺れるカーテンを見ていた。
露呈し隠蔽し。
なめらかなドレープに反射していた。
純真無垢な何かのように。
絵画のように。
一瞬の幻のように。
だけど消えない。
はためくカーテンの向こうを見ていた。
バルコニーに立って。
外にあって。
いつか僕を愛した生きものだったものを。
閉幕のブザーはまだか。
(これは何度目の再生だろう。)
No.799
嫌いになりたくなかったのに変わってしまう。変わってしまった。変えてしまう。変えられてしまった。きらいになんかなりたくなかった。このままでいいと思える瞬間だけがバグのように続いて、病的だと指摘されても浸っていたかった。ぼくたちの冬に射す茜色は、おたがいが知ってる幼馴染みの頬。みんなが飛び越えていった川面に映る近くて遠い恒星の姿。隠れたい。隠されたい。見つけたい。見つけられたい。貝殻で傷ついた足と、足を傷つけた貝殻と。再びがもらえなくて永遠を選んだ。ふたたびがもらえなくて、えいえんをえらんだ。泣かせてしまう人の多いほうを。自分たちが選びたかったほうを。
No.798
ぼくはぼくでしか生きられない。あなたはそれで大丈夫だと言う。ダンボールに描いた星空が本物に変わるころ、時代もひとつ変わっていた。時間が過ぎなければ分からない秘密は誰の悪戯なんだろう。耳を傾けていれば伝わってきたのだろうか。あなたはそれを待っていただろうか。ぼくは本当はそうしたかっただろうか。気づかないままだから生きてこられたのかも知れない。みずうみの表面に無数の祈りが瞬いて、あなたはそれを祈りとは呼ばない。ただの星だと言い、きみは地上へ目を向けろと優しく諭す。嘘を閉じ込めたアクリルのルームキーで、潔癖の部屋へ帰る。百年なんてすぐだよと自分に何度でも言い聞かせて。
No.797
たんたんと降る雨の音がする。集合から離れ、まっすぐ歩いて帰った自分を恥じる。不器用なせいではない。何も受け止められなかっただけ。夜を越えるために必要なものは、取り出した心臓に似た月明かり。飼い猫だった獣がはこんできた小鳥の骨。あなたの小指。「得体の知れないもの」と言うときその正体を、ほんとうの意味で知らないひとはない。ぼくにも分かっている。適応できないもののない世界で、居心地の悪さに無自覚になれない。あたらしい朝がきてぼくは、きのうの夜のことをわすれ、机に載せた小指を飴と間違えて口に含む。小指だったものはいま舌の上であまく、夜のほうが幻だったと言い聞かせることに成功する。いいわけを生きている。いいわけしたい何も、誰も、いなくなった時、ぼくは人間をやめるだろう。きみに会いたい。ぼくを平凡だと笑うきみに会い、よくあることだよぜんぜん特別じゃないよと笑って欲しい。その言葉になら素直にうなずける。絶望はいつもきみに劣っていた。飽き性の僕はそれをいつまでも見ていられた。
No.796
あまさず受け止めたかった。こぼさず食べたかった。逃がさずつかまえたかった。きみは、怖いひとだね。優しい手がそう拒むのを待った。僕はずるい。知ってる。あなたに追いつくために、ずるくなる以外に思いつかなかったんだ。こども、死を美しいと信じているね。ありふれた出来事だよ。いまも、ほら、誰にも。会いたいひとがいる。と同時に会いたくないひとでもある。僕が生まれる前のあなたと、生まれた後のあなたにほとんど差はない。あなたはあなたの時間を生きて、僕は僕の時間を生きる。少し併走するかもしれない。どこかで交わるかもしれない。間違いをおしえて、この気持ちを恋だと誤解する前に。ほどいて。
No.795
夜が消えていく
きみの瞳から
朝も昼も
やがて好きだったものも
始まりを見ていた終わりがあったよ
色褪せない夏があったよ
終業式の帰り道
八月の終わりに引っ越すことを告げた
きみは知っていたよと言った
いつ教えてくれるのかと思った
ぼくの口から
最後まで言ってくれないんじゃないかと
数年ぶりにきみと再会したとき
言った覚えが無いと言われる
突然で悲しかった本当に寂しかった
だからおまえは私を一生かけて甘やかすべき
電車の窓から橙が手を伸ばしても
絶対に触らせなかった
永遠に価値はないと思うから
いつかちゃんと消えたかったから
ちいさな時差の組み合わせ
またいつか会えるよ
あのひ会えたみたいにさ
そう言いきみは八月の向こうへ行ってしまう
今こそ満たせ
車両いっぱいに橙を
呼んでも取り戻せはしなくて
ふたり何度も見た星々が閉じた目蓋で増殖した
No.794
カレンダーの日付をもう塗りつぶさなくて良いんだよ
ぼくは語りかける
ひとりごとより少しだけはっきりと
自信がないんだ、伝えられる自信が
きみが落とした視線を上げる時ぼくの胸に太陽が昇る
それは光と熱と命をもたらす
あたたかいものは生きている命
きみはそれをまだ知らないと言う
ぼくを前にして知らないと言い
もはや冷たくもないぼくの手がきみの頬をすり抜ける
あの日が最後だと分かっていたならぼくは
きみの幸せを願ったりしていないのに
月が訪れて離れ離れのふたりは
つながることのない世に淡い夜を夢見ている