No.800

揺れるカーテンを見ていた。
揺れるカーテンの陰に隠れた何かを見ていた。
揺れるカーテンの陰に隠れた何かはいつか僕を愛したものだった。
近づきたかった。
ふれて確かめたかった。
腕はおろか指先さえ動かせなかった。
乾いた喉からはかすれ声も出てこなかった。
目の前で出来事は起こっていた。
僕だけがそれを見ていた。
僕だけが助けることができたのにそれをどうすることもできなかった。
僕は自分の無力を知っていた。
だけどただ知っていただけだった。
それがどんな惨劇を生むかは知らなかった。
そしてある日それは起こった。
カーテンを見ていた。
揺れるカーテンを見ていた。
露呈し隠蔽し。
なめらかなドレープに反射していた。
純真無垢な何かのように。
絵画のように。
一瞬の幻のように。
だけど消えない。
はためくカーテンの向こうを見ていた。
バルコニーに立って。
外にあって。
いつか僕を愛した生きものだったものを。
閉幕のブザーはまだか。

(これは何度目の再生だろう。)