始まりに手紙が届かなかったから、もう終わったと思っていい?もう忘れたと思っていい?ぼくら絵に描いたように幸せだった。水に映った月を食べようとした頃。映画のワンシーンみたいに星を蹴散らして笑った。モーター音とページをちぎる音。規則的な回転と羽ばたき。ふたりで作った不規則が、これから十年でも百年でも続いていくようだった。いま一つずつ蓋を閉じて、迷ったんだ、ここを発つ時が今ではないのかと。人知れず上昇する数字。気配はするけど、それも幻かもな。抱きしめるもののいない世界で、手紙を書くよ。宛先のない手紙だ。きみへの、きみたちへの思いは尽きることがない。白い束を海に放ったら一斉に羽ばたき出す。それを、それだけを、その妄想だけを頼りに、紺碧に筆先を浸す。蹴散らかされた星が、食べられた月が、そこにはもう戻っている。
カテゴリー: 詩
No.814
星を見上げ「こわい。」とつぶやいたきみは、横顔で街の光を遮っている。ぼくは夢から出られなくて、なんの証明にもならないであろう手をつないだ。呼吸や体温さえ生成できるいま、信じる気持ちさえあやふやなまま、自然に溶け込もうとして弾かれる。宇宙に抱かれようとして拒まれる。こんな思いを知ってるか。こんな思いをしてたんだ。寝ている間に流れた星が、ぼくの願いだけ叶えないわけはない。奇跡は当然のように起こり、ぼくは何度も頬をつねるだろう。ばかばかしくなって止めるまで。幸せは降り注いで余りある。恐れることはない。だけど捨てなくて良い。硬貨と引き換えにしたペンダントが何よりの宝物。弱いまま前を向け。傷のある顔を上げろ。きみがいらないと言い消しかけたきみを、ぼくが心ゆくまで愛したいんだ。
No.812
春はたくさんの音がする。つぼみがひらく音、寝てるあの子の頬を風が撫でる音、光と水が笑う、今がいちばん好きだとあなたは笑う。新しいスニーカーのつま先がもう汚れている、どこへ行ったんだろう、そこで何をしたんだろう。嘘や秘密があったとしても、あなたは僕に対して愚直に思えるほどこれからも優しさだけを向けてくんだろう。僕はそれを愛と呼んであなたを安心させるんだろう。手をつなげないんだ。言葉を交わせないんだ。何度も思い出すうちに記憶は形を変える。今のあなたと一年後のあなたはもう違う。上手な嘘をつきたくて永遠を使った。一瞬一瞬が舞い散って視界を白く染める。どんな奇跡も追いつけない今、報われない純粋で胸がいっぱいだ。
No.811
笑い話であればいいのに
鏡のなかの誰かに笑いかけた
他に誰もいないので
ぼくがぼくを殺していた
ひとつ嘘をついた
嘘をつかれてだまされていた
と思っていたあの人は
ぼくにも嘘をついていた
花になれたらいいね
枯れて落ちても責められない
かと言って誰も誰をも責めていない
どこまでもひとりよがりの世界
やさしくなりたかった
強くないとできなかった
子どものまま放置された柔らかさが
あなたを許したり追い詰めたりした
潔癖な恋をしているあいだ
いつもいつでも不安だったよ
どこか汚れてしまったのではないか
どこか千切れてしまったのではないかと
汚れてたよ
もう汚れていないところのないくらい
千切れていいよ
千切って大切なものをまた集める
きいろいあぜ道あおい空
答えのない謎謎を持って
あなたに会うため歩いてる
あなたを知るため生きている
No.810
液晶画面の中で
男が笑いかける
妖しげに儚げに
そのどれも見たことがない
待ち合わせ場所にあらわれた
あなたまるで一般人だよ
そうなればいいのに
そうなればいいのかな
意外と気づかれないもんだよ
自分にいっぱいいっぱいで
それぞれの愛しいものにせいいっぱいで
おなじ夢を見るのにせいいっぱいで
いつも人間でときどき獣
野良猫みたいな日もあれば
徳を積んだ人格者のような日もある
みんなそうだよ
言ってあげたいことを言ってあげる
思ったことを言うついでに
優しさと呼ばれることもある
あなただって差し出しているのに
受け取るという言葉に
受動と能動を見た
完璧なものに未熟を探す
寄り添うよすがに
ふたりでいる証明
バッドエンドに安らいで
逆説の延長を予感する
画面を消して、手の届くぬくもりを盲信する
No.808
きみに好きだと告げたとき
光景を見下ろしている感じがした
菜の花畑を縫って走る赤い電車
膨れた挙句の桜の嵐とちぎれた白い雲
美味しそう、
思わずつぶやいて笑われた
神様がいるとしたら
そんな人であって欲しい
(きっと世界は変わるのに)
ぼくたちは暮らした
百年ずっと一緒だったように
ぼくたちは交わした
百年ずっと待ち焦がれたように
辞書で白夜を引きながら
眠りに落ちた夜
おなじ夢を見たんだ
運命の人とはみんなそう
菜の花畑を抜けてった
赤い電車の終着駅をどちらも知らない
いつか歩いて行こうね
幸せって気づくものなんだね
視界に映るあるものがあって
川が流れて光を反射する
乱れた粒子を映す横顔に
無数の感情が浮かんでは消え
ぼくを、好きである。
というひとつに収斂する
そのさまを見たよ
青い春の中で幸せがふたりを護る
No.807
どうして一人の人間の、幸せを願ったり不幸を願ったりするんだろう。ぼくの思考は忙しないんだろう。多重人格かも知れない。きみが関わってなければ。飲みかけの炭酸水に、いったいどれくらいの砂糖が含まれているか。ほどけた靴紐を結ぶ、後頭部にどれだけの期待を込めたか。他力本願。傷つかないためならなんだってする。その情熱をべつのところに注げたなら。無理だって分かってるんだ。来ない終わりは無いって。出会わない始まりは無いって。希望とか絶望はサンドイッチでしかなくて、毒がはさまってたとしてもぼくはそれを口に入れる。きみがさみしそうに笑うより早く。
No.806
腕は檻ではない、分かってる、でももう、離れらんないな。他人事のように思った。こんなに花が降る日は、世界の終わりを考えてしまう。聞いたこともない歌を歌ってしまう。風に過去の面影を見つけてしまう。妄想に光が挿し、没頭さえ上手くできなかったと自己嫌悪。ゆううつ。という顔を見せたいだけ。(いつか素直に)。飽きさせない方法を他に知らない。ずっとの拘束力を信用してない。車は相変わらず茎を敷くし、花は頭を落とすんだ。降る花が呪いなら、ぼくは安心して眠ってしまうのに。包む腕が鉄の檻なら、思い残すこともないのに。もう大丈夫。だから行くね。自分からそう告げて、嘘の国へ行くんだ。単純なきみに呪いをかけて。泣きそうな理由を、三月のせいにして。
No.805
それはすごいことだよ
誰も言わないから気づかないだろうけど
奇跡と呼んで差し支えないものだよ
そうでなきゃ嘘だよ、ウソなんだ。
山間の暮らしを淡々と流すドキュメンタリー
都会から帰った息子が言うんだ
「やっぱりここに帰ってくると安心しますね」
腕に目元がそっくりの子どもを抱いて
あ、これ、知ってるひと。
思わずそう声に出してしまう。
「何を?」
「ぼくは、この人を知ってるんだよ」
「いまテレビに映ってるこの男?」
「そう」
「おっさんだな」
「優しかったよ」
「ふーん」
あなたは関係を追及しないで「こんな偶然があるもんだね」と言い「偶然しか無いよ」とぼくは答える、心の底から。
愛は、形を変えるところまで含めて愛だね
誓った永遠はいま他の命に注がれて
ぼくはあなたとごはんを食べる
明日ぼくは誰と過ごすんだろう
あさってあなたは誰に懐くんだろう
奇跡と奇跡が寄り添って
想いをひとつもこぼさない
それは強さでも思いやりでもなくて
単なるふたりの臆病だった
チャンネルはクイズ番組に切り替わり
小学生レベルの問題を間違えるあなたを笑う
ぼくの腕はがら空きだったよ
あなたに似た人ばかり探してたんだよ
「おまえ、さみしい顔をしている」
「あなたはそれを指摘するだけ?」
「いいや。慰めることができる」
「頼んでないのに」
「ずるいんだな」
「知らなかった?」
「忘れてた」
星になったら降り注ごう
ぼくが愛したものたちへ
夢のなかまで連れて行きたい
こんにちはもさようならも無いこの今
(忘れてろ)。
No.804
雪の結晶は肉眼でも見えるよ。いや見えないよ。そんなやり取りを繰り返していた。視力が違うんだ。とらえ方ではなくて。結論にたどり着いてすぐ別の話題にうつった。お互いのわだかまりをひとつ消して。話のとっかかりをひとつ消して。あなたをインストールしてぼくの未来が変わるといいな。不幸だと思いたがるずるい自分が生まれ変わることはできなくても、この先ちょっと変わるといい。言えなかった過去、告発すれば認められただろう。しなかったこともルーレットだとしたら、今だけを見ていればいいな。雪は解けて景色が変わる。てのひらにのせても結晶だった奇跡が、花びらに変わっても、ぼくはぼく。あなたはあなた。めぐると言えば安らぎ、あたらしいと言えば慈しむ。ああ、どんなふたりもぼくたちだ。春が来る。