no.136

ありがとう
きみの眠りのために月は沈む
焼けた空が傷を癒す間
優しさが形を変えていく

気づいていないふり
やめようかな
やめてしまおうかな
駆け引きだけが残っている

悲しませることは簡単だ
自分に嘘をつけばいい
起こらない事件のため
流されない血のため

いつかみんなに見放される
それまではまだ
涙は輝くものだと言って
それまでは、まだ

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no.135

天と地の結び目がない地点。産まれてすぐに新しく消える。知らない世界でまた産まれる。点滅の奇跡。言葉を取り上げられて途方にくれるかも知れないというのは杞憂だった。ぼくたちの伝達手段の総量は変わらない。いつか飲むはずの瓶の中身を絵の具に混ぜてわからなくした。得体の知れない存在にそれを手渡して絵を描かせた。崩壊する起承転結。迷子の文脈。語彙は舞って剥き出しの肌に染み渡る。ゆきとどいてゆく、かなたの方へ。誰もたどり着かないところへ。ゆきとどいてゆく。誰かの信じる永遠の方角へ。馳せる思いだけが触れられる場所へ。

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no.134

手段を選ばないくらい強くなりたい。そう思うけど手が汚れたらちゃんと眠れない。もしもインソムニアが形あるぬいぐるみだったら、僕を眠らせてくれなくてもしっかり抱いて夜を過ごすのに。原因は他のところにあるって、どうしてそれを認めないんだって、答えは簡単に出せたはず。原因を突き止めない間は、何も改善しないあいだは、きみは僕から目が離せないだろう。まるで自分ばかり正しいみたいに話すね。せっせと繕ってくれて、かわいいひとだな。僕の所作の中でとりわけ食事の作法には眉をひそめるね。戒めにもならない。目の前に並んだ食材すべてに名前をつけるんだ。それから切って口に運ぶ。たまには砕いて、潰して、刻んで、捻って。だから時間がかかるんだ。利き手の握力、よく切れるナイフと刺し易いフォークだって欠かせない。水槽越しの光が銀色を跳ね返す。壁一面の聖書。魚にはわからない言葉。どちらが狂ってるか。決まってる。そんな質問をしてくるやつのほうさ。

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no.133

ちいさな光を信じろ
頼りなく消えそうなほうを
あなたが目を留めた
きみの気をひいた
ちいさくて
頼りないほうを選べ
表面上は愛想笑い
生き抜くために
守り抜くために
すべてを費やし
すべてをなげうち
手抜きと最も無縁に
ひたむきに
健気に
いっそかわいそうになるくらい
スマートに
シニカルに
冷徹に
不器用に
持てるすべてを持って
放てるすべてを放って
みつけたものを守ること
気に留めたものを失わないこと
迷わないこと
気づかないふりをしないこと
認めること
受け入れること
愛しいと声に出すこと
重ねて伝えること
臆さないこと
逃げないこと
二度と
ちゃんと向き合って飲み込むんだ
そして逃がさないこと

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no.132

たくさんの蜜をとどけて。光なんか夢見させないで。きみが僕をだめにして。早くいちばんになって。それ以外に邪魔させないように。ほだされた眠りの中でつかむもの。残暑にきらめく水道の蛇口。とめどなく溢れる水。液体の中で歪む風景。溶けることのない氷にとじこめられた春。旋風を受けて顔を上げよう。知らない色を確かめに行こう。明けずの夜と呼ばれたルービックキューブ片手に。使い古したランプにまた火を点けて。

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no.131

朝を運んでくる夜になんか眠りを渡さない。まだ瞼は落ちない。悪癖を嗜んでいる、秒針をはずして。庭の池に落とした涙は百年後には宝石になってみつかる。リボンの髪の女の子に。その日の空を今晩はとりかえっこ。だからいつもと違う星座だね。博物館から逃亡してきた影絵たちが芝生の上を躍り狂う。音もないまま。僕も静かに息を吸って、世界の耳元で囁きたい。ほんとうは好きだって。きみだけを考えていたって。

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no.130

いつも影を追っていた
爛れても
変わっていても
好きでいられる
自分を信じたくて

誰のための眠り
誰のための祈り
誰のための微睡み
誰のための二人

答えのない問題を
花びらにして敷き詰めて
争いを避けながら
殺伐と平和を演じる

長く続かない楽園で
誰も幸せにしない、
僕たち以外の誰も幸せにしない、
廃園のような花盛りの下

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no.129

血を流す空を見上げた。初めてばかりが起こって、違う命を見ているみたいだった。僕が望まず手放したものは意志を持っているようで、引き止める努力もしなかった。言葉は排水溝に詰まり、不快感は黒々と溜まった。うずくまるとどの骨が動いてどんな形になるかってこと。何も問わずそれだけを描写するあなたがいた。信じなくても信じてもそこにあったもの。拒み続けた現実の中で、一日も。一瞬も色褪せなかった愛を知るんだ。

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no.128

知っておくといい
ひとは簡単に忘れることを
たちまちに過ぎ去ることを
長く覚えておけないことを
その痛みは一瞬でしかないことを

努力で繋ぎ止められるもの
そう多くない
僕達にできることの数
ほんとうは少ない
とても、すごく、少ない

幸せそうに振る舞うひと
何かを確かめたがっている
ちゃんと幸せに見えるかって
問いかけてきている

ふ幸せを滲ませるひと
探すことを委ねている
何かありませんかって
外側から見たがっている

眉をひそめる汚物の中に
宝物を見つけたら
手をのばす?手を汚す?
神さまを信じる?
愛や夢を語りながら?

誰の墓標もウエハース
雨が降って蛙が鳴いて
列挙するまでもない四季の賛歌の中
踏みにじられてものともせず
泣かされた相手を許す必要なんかない

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no.127

永遠を語った
あなたもいつか死んで
またひとりになるけれど
教えてもらった青の名前が
明日もぼくを生かすだろう
いいことだとも言わず
わるいことだとも言わず
とどまることなく流れながら
たまに少しのぬくもりと光
誰かを困らせないだけの愛と水
必ず終わるものを笑ったりしない
必ず置き去りにするものを憎まない
過ごした時間を後から悔いない
出会いと別れは星の数ほどあって
そのひとつひとつに灯火は宿るから

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