離すために掴んだ。何もしなければ景色の一部だった星の砂。これからたくさんのわからないものに出会うだろう。傷がつくだろうし涙はながれるだろう。そのときになって疑うようなことがあってはいけないから、真実をここに記す。君を愛して失ったものは何もない。毎日は薔薇色だったと。
カテゴリー: 詩
no.145
おとなにならない。ぼくだけは。わたしだけは。みんなそればっか魔法みたいに呟きながら新しい服を、今日も脱ぎ散らす。内側じゅう蛍光色でいっぱいにして。死体のふりをしながらそれが何にもならないこと、目をそむけたためにかえって強く意識してしまうこと、知る必要のなかった色までくわわって世界が鮮やかに全身を満たすこと。もともとどこにあって誰を食べて生きてきたのか、なにひとつ難しくなくても今はまだ知りたくないんだ。頭の上にある明るい月には蓋をして、夜の果てまで手を繋ぎたいよ。
no.144
落ちて行くのは一瞬なのに浮上するのは難しいこと。何故ってきいても答えは深い谷の底。底があるのかもわからないのに。放り込んだ声は星の裏側から出ていって今ごろ宇宙を泳いでいる。仮定をすべて本当にして。きみは新しい星に着床する。その頃には植えつけられた概念も消え去って。ただなんとなく、ただなんとなくだけが残っている。僕が告げたこと。僕が注いだもの。僕が植えた種。僕が寄せた頬。総量が決まっていて平等に分散された。明日あたらしいきみに届くといいな。またあたらしいあなたへ届くといいな。おはようって言って。置き忘れたおやすみを取り戻すんだ。
no.143
きみが血を流すのは形を見たいからなのかもしれない。外に取り出してたしかめたい、たしかめてほしい。って、無名のエビデンス。でもそこにある。って、証明。名前だけじゃ足りないんだ。ぼくが鉛筆を動かすあいだ、きみはカッターをさわっている。なにか新しいことに挑むのではなくて。方法をみつけたんだ。怖いことではない。屋上から飛び降りるとはわけが違う。ただかなしいだけのこと。伝わらないものを伝えることは、こんなにも切実で稚拙なんだと教えてくれる。マフラーを忘れてしまった夜を思います。去った電車はもうちっちゃくて。好きだよって簡単に言えない。嘘をつかないよう生きようとすれば窮屈だ。溶け合うのがいちばん手っ取り早いんだろう。残りの夏が一縷の光になったとして、それさえきみの心臓を貫かず歳月とともに流れてしまうこと。その事実だけでも酷薄だとわかるのに。こんな世界のせいにして。通じないままでも手は繋げる。赤い蜜だらけのこの部屋で。いま何も愛していない。それだけで安心してこんなにも柔らかくきみを抱けるよ。言葉はからっぽになっていく。それを待っていたみたいに。お互いの熱が交流を始める。どこをとっても縛られないままで。いま何も愛していない。いま何も、愛していない。こんな自由のなかできみに触れていること。そして触れられていること。奇跡じゃないなら呼びようがない行為。ほどけた文字が血だまりに降る。視界の端でそれは灰か花びらになる。きらいじゃないよ、せめてなにか言うんなら。
no.142
きらきらを捨てて行ってしまいたくなる。いろんなものを天秤にかけてきたから次は僕の番だ。グリッター前夜、名前の由来を考えて後戻りのお祈りをする。すぐに笑い出してしまって続かなかったんだけど。あと少し、たったいま、誰の顔も思い出せない。それが僕の人生。だったらまた、何も知らないで初恋に落ちよう。魂が遠くに行ってしまわないうちに。熱どころか、声や、視線さえたどり着かないほど遠くに。記憶のかけらさえ残らなくなるほど、遠くに。行ってしまう前に。もう一度。また。はじめまして、こんにちは。あなたのおなまえを、おしえてください。
no.141
痛いことしたもん勝ち
さらけ出して笑われてもさ
笑った後に虚しいだけだろう
僕は何かを得たけれど
新しい謎謎と暗号だよ
それを毛布みたいに巻きつけて寝る
安眠は妨害されない
そのかわり悪夢からも逃れられない
言葉が通じないものは優しい
それは勝手な解釈ができるから
ただそれだけなんだけど
唇を縫い合わせるに値する
みんなが幸せって言ったら嘘だよ
僕は望んでない
僕だけは望まない
丸いものをみつけたらかじるの
衝動なんだよ、わかるでしょう?
no.140
もう全部投げ出して助けてって言いたい
雨粒が弾ける地面を裸足で駆け抜ける
見えない最果てを終わりだと信じて
新しい始まりに繋がることは二度と無いと泣いて
おいてきぼりにしてきたものを思い出したくないんだ
僕がどれだけ自分のことばかりか君は知らない
嫌いなものが無いなんて嘘だよそうじゃない
嫌いになるまで踏み込めなかった無関心だ
他のもののためにどうにかなることが
たとえばそれは悲劇だったり喜劇だったりするけど
そんなことが到底理解できそうにもなくて
いつかふたり手を繋いでのぼったお城が
いまは草木に埋もれて見えなくなってること
ひとりで知らなきゃいけなかった
道の先に何もないことが救いだっただけ
やわらかいものを求めて良い理由なんか僕には無い
no.139
横切るものを見ていた
誤る手元
意味のないものへの憧憬
飛ばない鳥が死なない理由
投函したのは青いポスト
この世のものではないと
誰に言えるだろう
誰が信じるだろう
確率の問題のようで
信じかたの違い
比較の話のようで
塩梅が課題
とまらない歩行
やまない談話
たどり着かない庭
終わりのない時間
何も席を立たない
どの場所も妥当ではない
許されることを待つ限り
空に星なんか見えない
no.138
習慣と飢え。あるいは、習慣「もしくは」飢え。答えはきっとそれでしょう。浮かぶままに述べたことがたまには救いにだってなる。人の世界は変えられない。はためくカーテンの裾に隠れて。言って。もう一度何も知らなかった頃に行けるよ。って。胸の前で閉じていた蕾。見るからにやわらかな薄紅色の蕾。言えない言葉は全部そこに押し込んだ。花弁は今にも張り裂けそうだった。拷問みたいに。同じことばかり繰り返していることは分かっている。きみのその顔を見たいだけだよ。
no.137
やましい影
黒の猫がしのび足
あざだらけの体
何かの目印なんだ
永遠のきらめきが
一瞬に値する
ぼくは何も知らない
いまだ何も持たない
親の声
友達の眼差し
冷たい手首
いつまでも離せないのは
流れる川
咲き遅れた花
停滞した感情
やがて来る濁流
穏やかに笑いたい
滑らかに愛したい
知らずに惹かれあい
妬まれながら好き合いたい
そんなことを
そんなことを
考えなかった日は一日もない
夢にまで息遣いが届く