君の歌を好きだって言ったらメンヘラだって笑われるんだ。引っ張って緞帳ごと世界消したいのにそれもステージの上の一人芝居なのかな。絶対安全、溺れることのないプールで誰を待とう。その時間、夕焼けが辺りを囲んでいく瞬間、まるで自分が透明になっていくような感覚、誰にも分かられたくない。分かるわけはない。何も刺し貫いたことなんてないのに。新しいケーキ屋さんで何を買おう。苺のミルフィーユ恐怖症。同じように潰れて擦れたものが隙間からはみ出していたんだ。君はそれを今日のおやつも美味しくいただく。時間を重ねてはいけないふたりなんだと思う。どちらかが無理をして心のどこかで不気味がるような関係はいつか破綻する。でも君に言わせれば破綻は避けて通るものではない。信じるものを決めたくなくて音楽は左へ抜ける。過去から吹く風に押されて。手を伸ばしたくない。時空や世代を超えなくても今ここにあるんだとしても。あと少しが縮められない。躊躇う先にある体がまさにこの時、血の通っていたとしても。憶病者。どういたしまして。君は僕を愛している。馬鹿だよねって問いかけに何と答えたらいいの。この手でつかまえられないものほど無責任なものはない。
カテゴリー: 詩
no.155
澄み切った朝
誰かの静脈みたいな始まり
神聖で触れがたい
だから会話もささやき声になる
撃ち落とせなかった青い鳥
日々を退屈そうに過ごす贅沢
階下でまた一人産まれて死んだ
悲しみも知らない透明のまま
冴え渡る視界
ぼくが忘れたとでも思った?
あの満月の夜
あなた森に何を隠そうとしたの
no.154
見違えるような新しい朝、疑いもなくおはようございます。を言う朝に、昨夜の二人はどこかへ消えて床に落とした絵本は跡形もない。通じない言葉、翻る掌、影絵の中でだけ縄をすり抜ける体の一部。神様と呼ぶのは可笑しい。そこにいるのならいちいち呼ばないだろう。何度別の角を曲がっても君の背中に辿り着いてしまう、坂の多い街。人の営みに関わる輝きのすべて空に昇って誰にも探されないありかを指し示している。透明ばかりで胸焼けしそう、野良猫の鳴き声も君のでたらめも分厚い辞書も等しくくだらなくてかけがえがない。窓から放り投げたら次は何に生まれ変わろう。あんなにも委ねた表情をしなければ今頃どこにいなくてもよかったのにね。首を絞めたときに。心臓を撃った時に。川へ沈めた時に。呼吸を塞いでおやすみなさいを言った朝に。
no.153
好きなものに好きって
言ったら終わる魔法
とじこめておかなくては
気づかれないようにしなくては
あのひとは夢の遠い街
夜がすみれ色に降る一日の終わり
覚えていられる言葉は減って
ほんのみっつになっていく
ぼくと
きみと
新しい真夜中
手さぐりで何を探すの
凶器
愛
名札
目隠し
砕けたステンドグラス
瞬きしたら元どおり
誰も信じはしないけど
ここも今も夢の中だよ
no.152
針の尻尾にリボンをつけて
傷とも呼べない傷
誰にもわからないよう
あのひとだけに見つかるよう
思慮深くはなれない
彼女たちみたいに
謙虚さなんて持ち合わせてない
彼らみたいには
あなたは垣根のむこう
すぐそばにいていばらのむこう
何度騙しても怒らないのは
いつか僕を置いていくからだね
行間の迷路
涙が怪物に変わるまで
だけど彷徨うことをやめてしまえば
いつもの悪夢にみつかってしまうの
no.151
きみについての悪口をきいて僕は深く眠れる
相対するもののなかはこんなにも柔らかくて優しいのか
繊細であることを悲劇だと思わない
愛されない余地しかないみたいに見えるから好きだ
みんなが目隠しをして夜を歩くんだ
繋いだ手からは何もわからないことをそこで初めて知るんだ
誰もが一度はめざして降ってきた雨ならば
傘を忘れたせいでずぶ濡れになったくらいで憂鬱になんてなりっこない
no.150
一日の終わりに朝から再生する。なかったかな。間違いはなかったかな。誰も困らせなかったかな。誰も悲しませなかったかな。自分だけだったかな。すべてひとりよがり。カーテンのむこうでタイヤが雨粒を弾く音が聞こえる。きれいなものが消えていく世界で、思い出ばかりいつまでも輝くと宣言する。つくられる傷の数や深さが決まっているんだとして。だから早めにやり過ごしたいんだとしても。一気につくってしまっては息絶えてしまうよ。食べられるごはんの量が決まってるんだとして。一度に食べてしまえば噎せてしまうよ。好意も、悪意も。ひとつずつ口に入れて噛み砕くこと。用法用量をよく守って健やかに生きること。けっして約束を破らないこと。黙ってどこへも行かないこと。何があってもひとりで死なないこと。きみが口を開くなら、僕は。ショートケーキに向かわせていた手だって止める。止められるんだよ。だからそんなふうに子ども扱いをしないで。
no.149
君が今もどこかにいるなんて信じたくない。
空と水平線の境目は透明になっていて、それは一見、青色に見えたとしてもまた別の世界から漏れた光かもしれない。
僕らが光にあたたまる時、誰かが凍えて口をつぐむんだ、見ず知らずの恋人たちの得体の知れない愛のために。
今はもう、どこかへ消えてよオクトーバー。
君のいない僕がいることで、昨日より心臓は少しだけ軽い。
no.148
どんなにか良いだろう。
いま僕がここで君の手を離したことが、百年後、誰かの命に繋がって、これまでにない光がお互いの瞳に宿ったことを誰かが知って励まされるのであれば。どんなにか美しいだろう。瓶の中の夕闇がいつか誰かの夢に現れて魔物から身を守るあたたかなマントに早変わりするならば。どんなにか尊いことだろう。誰もあずかり知らないところで、出会う予定もないひとびとが、ひとつの旋律に耳をすますとき、戦争は遥か遠いおとぎばなし、語り合うまでもなくそばにある平和、それぞれにとっての言語は第三者の耳に心地良く、毒は甘く、蜜は分け与えることができ、その身に宿した新しい何かは誰のものでもなくすべてのひとが触れていいのだとしたら。
どんなにか。それは、どんなにか。
no.147
体に悪そうな色のお菓子ばっかり食べているところ。きみは本当は死にたくなんかないんだろうね。一度もふれたことのないひとの考えかただもの。それが僕にとってはいつまでも眩しく微笑ましいよ。屋上から飛び降りるときどんな感じがしたかって?最高だったんだ。白い部屋で目を覚まして諦めたんだけど。わかってるって言ってやる。誰かが歌うみたいに簡単じゃない。僕にはわかるって言ってやる。言葉が嫌なら黙っていてやる。夜空を見上げると自分の存在がちっぽけに思えてくるなんて大嘘だね。どこまでも限りなく置き去りでどうしようもないんだ。みんな溶け合ってもう真っ暗なのに、僕にはほのかな白が残されている。それは君にも。支え合いたいわけじゃないけれど人によってはそういうことになるのかもしれない。僕が捨てなかったものすべてを思い切って放り投げても、空は拒んで頭上に流星を降らせるだけだろう。待っていてもすぐには来ないけどわざわざ行動しなくても期待外れのいつかはやって来る。いつか、かならず。