no.166

生きていけるの
きみは生きていけるの
赤が冷たく滲んであったかいよ
戻れない場所だけ輝くから何も見えない
存在する光の量は決まっていてきみがそれを奪うから
どんな夜道でも迷いはしない
きみからの逃げ道をみつけだすこと
両手を広げたその一瞬だけ、二人は本当に飛べた気がした

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no.165

プライドがある。ぼくには誰にも奪えないものがある。それについて誰かに褒めてもらいたいだとか認めてもらいたいだなんて考えはなかった。結局はぼくのもとにありつづけるものだし他者のどんな行為によっても辱めを受けない性質であることをずっと知っているから。寒い冬に氷を食べるきみがすきだよ。きみが、すきだ。あたらしい日になってもきみの背中に羽の生えないおかげでぼくは生きていける。きみの不自由で呪いたい世界で祝福を受けて。ときにひどく妬まれて。満開の花は雨より長く雪より儚い。埋もれないおかげでいつまでも柔らかな感触に叩かれつづけることができる。手首に巣食う縫合跡が叫びたがってまた真っ赤な傷口を開くけど、何も誰もまともでないという、その印象ばかりが光となって、永遠に、病んだ心の中でさえ淡く素直に照らし続けるんだよ。照らし続けるんだ。

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no.164

人を捨てることには慣れているんだと、まるで自分が捨てられたみたいな目をして君は言うんだね。色が変わる瞬間はいつまでも切ない。憧れの女の子が男の子を産んでいたこと。知らなかった。壊れた時計が直っていたこと。知らなかった。山の頂に月が隠れたこと。知らなかった。僕の知らないところで世界は平気で不穏だし幸福。何不自由なく過不足なく円になる。きっと僕でない誰が欠けてもそうなんだろうけど、それでも。握った手が、手を、強く信じたために失った、ともしび、消える、何もかもを置き去りにすることをためらわないまま。月の下で音楽もないまま踊る、君を産んだかも知れなかった。あの時踏み出したなら。あの時視線を逸らさなければ。断ち切ったすべて風によって戻される、浅い眠りの果ての柔らかな光の中、君を呼んで良いの。僕を呼んで良いの。

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no.163

きれいなものにふれていたいな。そう思うことはわがままなの。おもいどおりになれたらいいな。そう願うことは地に足がついていないの。たくさん夢を見たんだ。ピンクや青やオーロラ、お菓子のトリコロール、お金がなくては見ることも叶わなかった風景。その光景の一部になるためなら睡眠を削るくらいなんてことない。誰もが幸せな世界はとても昏くて怖いことだと考えたんだ。ずっと知ってたみたいに湧き上がってくる。あさを何回むかえてもリセットされなくて諦めたんだった。これは来るべくしてきた、遠い誰かの思いなのだと。理由のつかないことって大抵が、そう。誰かがどうしようもなくなって空に放り投げた。落下地点のいちばん近くにいる誰かにあたって、そのひとのものになる。初恋だってそうだと思うんだ。説明されることを嫌うものってのは。優しいことを邪魔だって言いたくないし好きだからって理由だけでたくさんのものを捨てたいし負かしたいし傷つけたい。順番や思いやりなんて言葉も知らなかった頃にかえってスカートの裾をひらひらさせたい。自分だけが味方だった、他の誰もが花に見えて仕方のなかった、あの頃だって悪くなかった。

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no.162

幸せになったら終わりそうで怖いんだ。だからいつまでもそうじゃないふりをして君を怖がらせないといけない。いろんな形があるんだとしても必ずしもすべてに頷いてもらえるだなんて思っていない。線路の上はあたたかいな、いつも人と電気の匂いがする。誰かが何かを届けたかった頃の。剥がれ落ちた瓦礫の匂いも。崩れるものは再生を予感させるからではなくて今その瞬間に何もないから安心させる。遠い空に祈っても目の前の瓶は割ることができない。そういうあたりまえがあるってことを。もっとあたりまえに飲み込めるようでなければ生きてはいけない。胸が痛いなら目を閉じろ。願ったことだけが起こるんだと言い聞かせて。そうすれば星がいくつも流出する。夜の闇のほころびが隠そうとしたのは僕、それとも。

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no.161

私がここにいること
無くなった手の
理由は香りに消える
逃げずに知ること
名前をつけもしなかった
愛とか
置かれた場所で失うのなら
光とか
神さまって呼ぶ暇もなくて
暗号の形でいつもそばにあった
夢とか希望とか
言葉に置き換えたときに
削ぎ落とされるもの
その責任を取りたくなくて
新しいひとりを選ぶの
何度だって
逃げ切れもしないで
雲より高い場所
感じたなら信じるんだよ
生きていることも
ここにいないことも
何に繋がらなくても
誰も知らなくても
ひとりになりきれはしない
悩んでも拒んでも
誰かにとっての私はどこかへ通ずる
どこへでも行けるのと同じくらいに
私にとってすべてはどこかへ繋がる
いま引きとめないのならもう会えないんだ

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no.160

ちいさな棘がかわいいならまだ抜かないで。青い血が流れたら君に星座って名前をつけるよ。へたくそなスピカ。往来に溶け込んで澄み渡っていく。それを聞いた後と前とで何かが違っているんだよ。ぜったいに。ぜったいに。新しい光。古い光。きみが愛したものを次へ回して。まだ誰もふれたことのない僕だけを見ていてよ。倒錯した言葉で意味のないことばかり囁いて。明日の朝はこれまでのどんな日より明るい朝だ。

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no.159

送れなかった手紙の束だけが僕のここにいることを教えてくれる。手に余る重みと切実な筆跡。どんな悪事も時と一緒に流れるなら何も考えずにしたいことをしたらよかった。誰も傷つけない生活にはゴールがない。簡単な言葉を差し出しながら理解をはねのけたい。緑のカーテンを透かして届いたもの。午後二時の空が本当に伝えたいことは僕が感じ取ったこととまったく違うかもしれないのに、同じだったと信じることができる。それが人の強さであり脆さの正体だった。あなたが大切にしているものは良い匂いがするね。今ここにあるよ。

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no.158

揺れる
ドレープのはざま
きみと出会いたいよ
一度迷子になってから

耳と視界をいっぱいにして
時を忘れるくらい
それだけでいい
それだけでいいから

簡単を恥じない
ありふれたものへ溶け込むこと
つけられた名前で呼ばれること
ありうる世界を生きることを

首を横に振ること
死ぬなよって台詞に
もったいぶってはにかめ
僕くらい救ってみせろよ

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no.157

どう生きなかったせいで、きみは何を呪うんだろう。明滅する人工的な青色の中で、どこへ沈もうとして挫けるんだろう。きみの抉られた深い傷ほど、ぼくに安らぎと深い眠りをあたえてくれるものはない。夢の中でもまだ追いかけたい。果てしない風景の中を何かに縋るふりしてどこまでも走りたい。笑われたって。奪われたって。搾取されるたび、いつまでも終わらないものの名前を知ることにつながるだけ、今だってそうだろう?

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