no.226

薄まらない夕陽は僕たちの怠惰
ありふれた言葉で愛を掴み合うことの
夢のようなシーンはいつまでも循環する
付かず離れずのまるで遊戯めいているからだろう
君が一人しかいないということは怖いよとても怖いよ
ひとつになった時に初めてふたつもあったと知るよ
それを失くしたらもう元に戻ることはないのだということも
追いかけた虹のふもとに辿り着いたら真っ先に何をする?
笑いながら答えを言うんならそんなところへは向かわないよ
ずっと叶わないままで何かを祈っていたいだけ
僕がそう言ったら君がひそかに幻滅するんだとしても。

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no.225

季節外れの花の香り。さまよう視線。吐かなかったことにしたい嘘。いつも誰かが羨ましかった。羨まないから。妬まないから。眠れなくなったり恥ずかしくてたまらなくなることがある?知っておいてほしいことほど何も言えない。言えなくなる。始めたら終わるから。口にしてしまえばそれがすべてだと思われてしまうかも知れないから。足りないのに。全然足りないのに。余すところなく、なんて不可能だ。きみは拡がる。逃げながら跡を残す。そこに、ここに。そうやって深く浅く傷つけられながらぼくは悲しいほどに知るよ。ああ、今でもきみはちゃんとあのひとを好きなんだって。ぼくが気付いた時にはもうそんな目をしていたよね。

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no.224

白目が青く火照っている。八月の水曜日。買ったばかりのガイドブックを貪るように読んだら夢も希望もなくなって、ただ死なないように死なないように息をしていた。隣の工場が音を立てているのも隣人の好きな音楽も同じくらいうるさくてどうしようもない。心の狭いやつと思われたくなくて平然と挨拶とかする。ベランダから指の先ほどの面積で海が見えるんだけど見たらかえってむなしくなる気がして寝そべっている。溶けそうに。いつかまた冬が来るなんて信じられないで一日を過ごす。一年を過ごす。やがて一生が過ぎて、それでも蝉だけは鳴いている。このアパートが朽ち果てて僕の知ってる誰も残っていなくても。

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no.223

僕たちのあいだで分かり合えないことは確かだったが、そのことをお互いどの程度わきまえていたかは不明だった。よほど第三者のほうが理解をしたかもしれなかった。予感をあやふやなままもてあそぶため、時間と距離は密になった。誰にも測定されないことだけを共同作業にしたがったせいだ。目に見えない光が見えていなかったものをあぶり出す時、とても美しいと述べる人がいる一方で生きる世界はかたくなに残酷だ。非道だ。無知なものだけが何からも穢されることはないのだ。君は少し皮膚が薄いのだろうか。血のようなものが透けている。これから何年と何百年と言葉を交わしても近づき合うものはないだろう。その点においては僕たちも例外でなかったのだろう。

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no.222

好きな人に好きと言わないと決めて百年。壁に飾った遠い風景からは今でも止まない波の音がする。君とあの人はやがて死ぬけど僕は終わらない。そのことを幸せとも不幸せとも言わない。後ろを振り返れば透明の糸は七色に輝いて僕の脊髄に結ばれている。悪いことじゃない。たどり着かなかった場所のあることは。果たせない夢のあったことや、会えない人のいたこと。君が眠る時にすべて叶えてあげる。まぶたに手のひらをのせたら、誰でも微笑みながら涙を流す。自分を産んだ人が初めて見つめた瞳のように。説明はいらないことだよ。ただ繰り返される。君にとっての一が僕にとっての百になる。橙と黄色。その上に青。いつまでも変わらないものだけが、変わらないものなどないって教えてくれる。

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no.221

これは僕たちをあたためなかった光。まつげに宿った呪いを溶かし切らなかった熱。今になって差し込んだってすべてはもう手遅れなのだ。誰もが羨むほど遠くだ。遠浅の青。透き通る濃淡さまざまの砂粒が踏む者もいないのにしゃくしゃくと鳴る。あの夏の蝉の鳴き声に近い距離。秘密の書棚の陰で新緑に霞むあまい声。

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no.220

みんなこれをしていたんだ。これを普通にしていたんだ。眠っている間に心臓がどくどく言うのと同じくらい当たり前にしていたんだ。そのたんびに血の気が引くような思いは知らないんだ。これができるなら死んだって構わないというようなおかしな順序を望むことはないんだ。人を傷つけたってそれは誰にもできることなんだ。おしのけたって、ひきずりおろしたって、分け隔てはないんだ。それはただ、できた。だから、していた。寝不足だろうが泣きながらだろうがほとんど心配なくそれはできた。きっと知らないだろう。考えもしないだろう。それができなくて全部捨てたくなる気持ちなんて。笑うだろう、時には励ますだろう。そんなこと気にしていたのか。そんなこと大した問題じゃないさ。そんなこと。そんなこと。そんなこと。そう呼びたかった。だってその通りだから。そんなもの。そう表現したかった。だって僕の目からでさえそうなんだもの。分離して行く気持ち。まるで他人の一部を眺めるような気持ち。それは変わらずそのままだった。だけど間違いなく僕の一部だった。うらやましい。うらやましい。うらやましい。あんまりそれが手に入らないから目を背けることもあった。そのせいで他のものが見えなくなったって構わない、聞こえなくたって構わないよって。時は静かに訪れた。魔法みたいに。ふいに日が差す瞬間みたいに。僕はずっとこれをしたかった。本当に本当に、したかったんだ。

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no.219

君と出会った時ぼくは知らなかったよ。君がぼくの時間や考え方や生き方を動かすことになるなんて。みんな笑うからぼくだって笑いたかった。何でもないさって。だけどそれはどんどん引きつって嘘になった。嘘は凝固して染みになった。それでもみんなは言う。たいしたことないさって。だからぼくはみんなの前ではそういうふりをするようになった。ひとりきりになると必死でかさぶたを剥がそうとして深く傷ついた。いま君はいない。君のことを知らない人はぼくの周りにたくさんいる。君なんていなかったことにしたいぼくはいつか本当に忘れてゆくのかも知れない。だけどぼくが何かするたびに君は関係しているだろう。たとえば何か食べる時に。人混みの中で誰かに呼ばれた気がしてふと立ち止まった時に。重大な決断をする時に。ちいさな約束を結ぶ時に。ぼくは自分ではどうにもできない気配を感じ、だけどそれを懐かしく思い、苦笑さえ浮かべるだろう。誰も知らない。誰にも言わない。自分の秘密。結晶みたいに体の中で大きくなる。どんどん大きくなって音を立てて割れたら、その時は。その時はまたその時だ。

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no.218

信じているから殺させて
新しくなるって
僕に初めて触れた波みたいに
また昇る太陽が世界を塗り替える

過ぎていったものと目が合う
巻き取られる青の中
正しくない呼吸法
君は何も好きにならない

人間はあたたかかった
球体は大きく平らだった
ひとりでいると
思い出を静かに手放しながら

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no.217

自分に関わるものについてはすごくよく調べる。好きなもの。苦手なもの。怖いもの。苦しめるもの。だけどその情報は確かなものとは限らないし保証もないので何度か間違う。情報自体は確かであってもそれが自分の求めているものなのか、自分に必要なものなのか、そこもまた確かではなく保証もない。だけど、それでもそれで事が足りてしまうことはある。自分の中で、当初の疑問や悩みが回答に合わせて形を変えたのだ。その他、必要でないものでも、見つめているうちに面白くなってきたりして無我夢中になるのだ。人のやっていることはワンツースリーのスシンプルテップじゃなくて、行ったり来たりのねちねちぐるぐる。本人も気づかないうちに思いがけない場所を彷徨っていたり、見知らぬものを口にしていたりする。すべてをコントロールすることはできないけど可能な限りそうしたいのならば、まずは出発点を間違えないこと。あるいは、間違ってもいいという覚悟でいること。だけどどれだけ見越しても自分は変わるし他人は関わるし周囲も影響してくる。何も何も思い通りにならないこともある。駄目だと思ったら篭るのも良い。閉じることで開ける世界もあるから。他の意見が聞けない時は徹底的にシャットアウトしてビバ独断。暗い場所でしか見つからない石もある。何重にも茨の枝がはりめぐったような道をみんな歩いているのだ。柔らかなものに触れて怯える。そろそろともう一度伸ばしてみる。向こうも震えている。なるほどと思わずつぶやく。同じだったのだ。その掌にそっと書いてみる。自分の名前。すると返答がある。棘を覆い尽くすほどの花が咲き乱れて地面にこぼれ落ちる。まるで水面の張力。不気味に歪んで取り返しがつかないほどおかしくなった場所でしか、繋がらないものもあるんだった。そのことを懐かしく思い出す。

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