no.219

君と出会った時ぼくは知らなかったよ。君がぼくの時間や考え方や生き方を動かすことになるなんて。みんな笑うからぼくだって笑いたかった。何でもないさって。だけどそれはどんどん引きつって嘘になった。嘘は凝固して染みになった。それでもみんなは言う。たいしたことないさって。だからぼくはみんなの前ではそういうふりをするようになった。ひとりきりになると必死でかさぶたを剥がそうとして深く傷ついた。いま君はいない。君のことを知らない人はぼくの周りにたくさんいる。君なんていなかったことにしたいぼくはいつか本当に忘れてゆくのかも知れない。だけどぼくが何かするたびに君は関係しているだろう。たとえば何か食べる時に。人混みの中で誰かに呼ばれた気がしてふと立ち止まった時に。重大な決断をする時に。ちいさな約束を結ぶ時に。ぼくは自分ではどうにもできない気配を感じ、だけどそれを懐かしく思い、苦笑さえ浮かべるだろう。誰も知らない。誰にも言わない。自分の秘密。結晶みたいに体の中で大きくなる。どんどん大きくなって音を立てて割れたら、その時は。その時はまたその時だ。