no.285

簡単なたとえにたとえたくない
口にしたら軽くなってしまいそう
それを口にしたぼくの存在まで風船みたいに

だけどぼくは勉強をきらい
とりえなんて本当にないんだよ
そんな奴からも好かれてきみはえらい

こまかく砕いたクラッカーに蜂蜜を塗る
ああ、その作業だけは得意かも知れない
庭に来る鳥たちに慣れてほしかったからだよ
プレゼントみたいにかわいいんだ

ぼくだけがそうなんじゃないんだ
いいわけをするみたいだけど
ぼくのママとパパ
そのまたママとパパもあんまり賢くなかったって話

たまにぼくの弟みたいな秀才が産まれるんだ
不思議に思うだろう
だけど彼は正真正銘ぼくの弟なんだ
証拠はないけどぼく最初の日を覚えているんだ

ねえ、こうやって会話していても
瞼の裏におおきな車窓があって
ずっと景色を眺めていたいから眠ることがあるんだ
ごめんね、
ところでその汽車どこまで行けるときみは思う?

なんと、ぼくのいつか死ぬ庭先なんだよ!

むらさきのちいさな花
いいにおいの草がたくさん
きいろのちょうちょがひらひら
みんなベールをしている午後

知っているような知らないような顔が
ぼんやり半透明になっていて
とても優しいでひそひそ声で会話しているんだ
ひとが死ぬってこんなに優しいことなんだね

それを知っているから平気なんだよ
ぼくだけがベルベッドの目隠しだって
背中に羽のないことだって
他にも森でひとり迷子になることだって

だってぼくは知っているんだ
あのひそひそ話のくすぐったいような秘密性
ぜったいに聞くことのできない会話
ちがう国の言葉みたいだよ

空は曇ってもいつか青に戻るし
川は流れてもまた雨が降るだろう

かなしいことなんかひとつもない
あるんだったらノートに書いてくれ
ていねいにちぎって丸めたら
ぼくの山羊に食べさせてしまうから

1+

no.284

今のシーンもう一度と願っていいんだろうか
心の中まで見透かされている気がする
だから口数と愛想笑いが多くなる

もう分かっているいつものパターン
きみと別れた後で罪悪感に苛まれる絶対
目線逸らしたいけどその一瞬がもったいなくて

ぼくの考えって勝手にがんじがらめになるんだよ
どうして誰もいないみたいに振る舞えないんだろう
いくつになったってそれをできる気がしないのはどうして

そのままでいいのにときみは繰り返す
本気なのか慰めなのか訊ねること
今ぼくからしていいことなのかな

そのままでいいのになときみが繰り返す
顔を手で覆ってじわじわとこみあげてくるものと戦う
戦うべきでないかもしれない相手と無駄に戦う

たくさん許されてたくさん引き出される
たくさん失敗をしてたくさん後悔が生まれる
特別でいたいからって奇抜なことしてくれなくて良いんだよ

上手に笑えないほうがよっぽど好きだよ
なんて無責任なことを言うから
きみより他の誰かを好きになってやろうかと思う

何も知らないくせに
何も知らないくせに
何か一つでも知られたら困るぼくからは言われたくないだろうけど

2+

no.283

どんなにお金を稼いでも
美しいと信じるものに使いたい
それにお金を集める力がないのなら
だけどそれはそんなに要らないよと言う
僕は悔しくなってもっと稼ぐ
無理をしていると思われたと思ったから
だから僕はそんな心配をかけないよう
もっと頭をよくしてもっとたくさんを稼ぐ
それは僕にお金より大切なことについて話す
僕は笑いながら聞いているが
そのうちそれを殺してしまう
なんでわかってくれない
おまえなんか僕がいないといないのに
僕が消してしまったのでそれはもういない
同じ日の夜に僕もいなくなった
そして僕はもう一度蘇った
何かをし忘れた気がして
それが何かはまだ思い出せない
なんとか今までのことは思い出したんだけど
それと呼んでいるもののことは思い出せない
それに見られていると僕は緊張していた
ずっと前はそれに育てられた気もする
どうして僕はそれから離れてしまったんだろう
本を読んだせいだ
たくさんの話を知ってしまったせいだ
僕はそれと僕のいた頃に戻りたい
戻ってもう二度と何も知らなくていい
それは僕に優しかった
それは僕にとってすべてだった
そんなあり方は危険だよと教えてくれた
そしてそのとおりになった
僕は道を歩いている
閉ざされた家の扉の前を
蔦が這った城壁のまわりを
死んだものと生まれてくるもの
いつか数が釣り合う日は来るんだろうか
僕はそれを思い出せない
僕はそれを思い出したい
歩き疲れて倒れ込んだ石に
それの名前が彫られている

3+

no.282

神様が意地悪だなんて
思ったことはない
夕暮れ街を自転車が滑る
なだらかな二等辺三角形
空に光るためらい傷
瞼のような切れ込みから
僕の「生きたい」が降ってくる
この世の何も濡らすことができない
誰もが進行方向ばかり見てる
方向指示器の不協和音
だから余所見はよく目立つ
蛍光色の看板の前
何かを待って佇んでいる
君と、目があう
そこにまた別の「生きたい」が見える
僕たちは名前を言わない
お互い知り合うことはない
せつなと知って記憶にとどめようとする
こんな恋があったっていい
どうせ夜には忘れちゃっても

3+

no.281

いつもどこかは新しくなりたい
何度でも生まれ変わって君に出会いたい

いろんな声で話しかけてみたい
いろんな形の手でさわってみたい
いろんな身長で見たり見られたり
並んで一緒に歩きたい

癖をたしなめられたい
料理をふるまいたい
いつも違った生い立ちで
記憶がなくなったとして
一から始めたい

たまには拒絶も良いかも知れない
たまには殺人者になって襲いたい
たまには医療従事者になって助けたい

ヒーローになって悪魔になって
詐欺師になってペットになって

上司になって子分になって
教師になって教え子になって
いろんな角度で見ていたい

いつか飽きるまで夢中でいたい
嫌われたって嫌うまで
ひとつではないんなら
ひとつにはなれないんなら

4+

no.280

謎謎で、骨と癒着する物質について考えた。でたらめな回答でも出題者が満足すれば正解になるからその遊びは人間関係に似ていると思った。余裕を漂わせながらもやるべきことは真剣に。ひとつでも間違えばドミノが倒れて隠していた絵柄が明らかになる。ルールを二番目に破るくらいなら一番を狙え。結局は美醜の問題なのかなと思うこともあるし、いやいや細工が巧みかどうかだと感じることもある。難しい問題をさらりと解いてみせれば僻まれる。ただしそれによって誰かを救えばありがたがられる。影響力と実力は比例しないことがしばしばある。当てはめようとすれば例外が出てきててんてこ舞いだ。吹っ切れたつもりでも視界の端で何か察知している。本当の意味で投げやりになんかなれない。じゃあ今ここで息を止めろよ。できるものか。命令を待っている。君の崇高な独裁のために尽くしたい。思考の放棄。傲慢な怠惰。それがなければ誰も喜ばせることができないかも知れない。君は呆れたように鼻で笑う。可愛い猫にはなりたくない。今まで飲んだ中で一番不味いな。まるで糞だな。そうやって一瞬だけひどく顔をしかめられる茶葉がまるで一番幸せな存在に見える。判断の正常性に意味なんか求めない。ここまでにかかった時間、わずか三秒。出した答えはありきたりなセラミック。

0

no.279

手足が動かせなくなる
声が出なくなり
明日が減っていく
希望が去っていく

ありあまることの贅沢
過剰であるという才能
高架下にひろがる楽園
口の中に血の味がしたって

ぼくはきみの守りたいものを尊重する
ぼくに対してもそうしろなんて言わない
ただ尊重する
だって簡単に奪ってしまえるものだから

そんなもの、

砂でつくったお城のようだよ
暖炉の前の雪だるま
紅茶に落とされる角砂糖
と、並列

痛いことは怖くない
皮膚が裂けること
治癒に時間のかかることや
どれかの臓器が損傷することも

ぼくには能力があるからだ
きみが一生手に入れられないもの
ぶっちゃけそれがあるせいで
たまには不快感もあるけれど

減っていく明日
訪れない未来
死に向かう肉体
衰える精神

(なあ、きみはこんなことをしている場合なのか?本当に?)

2+

no.278

もしもが起きた時に
ぼくとわからなくても
そんな顔をしなくていい
初めてのように接していい

どこまで行っても途切れることがない
いばらの垣根は幻想を膨脹させる
垣間見える断片を繋ぎ合わせて
どんな夢だって何度だって見た

ガラスペンの先で描かれる創作
ぼくときみはこのまま出会わないだけでなく
終わりのないまま取りこぼされる
なくしたスケッチブックはちゃんと棚の中

何にでもレモンを添えたがる
きみの感性には共感できないけれど
好きなことを貫くきみが好きだよ
それを悪く思う人たちの陰口まで好きだよ

強く認識しているという点では
変わりがないからだ
きみのことを強く認識するものは鮮やかで
おぼろなぼくの世界を賑やかにしてくれる

3+

no.277

崖の上から海を見下ろしている
それは何かの口に見える
消化器官では生き物が生まれる

ここでは消えるものが少なくて
明日の今頃には飽和している
どんな進化を遂げるだろう

共喰いの繰り返されるビーカー

研究結果を活用できなくても君は美しい
残酷なまでに何の記憶もなくて
海岸線をなぞると世界の仕組みがわかる

そこでは連帯が信じられている
そこでは純潔は恥ずべきことだ
そこでは他人の血を舐めることができる
そこでは目を合わせないのが原則だ

懐かしいルール
いびつな規則
どれこれも大切に積み上げられた
僕や私のきまりごと

メーデー、また夜が明けた
変哲のない掟
メーデー、朝陽に異常はない
拘束されないという不自由

1+

no.276

その一族は夕焼けを窃盗する
早く夜を泳ぎたいんだ

集めた夕焼けから血をつくり
次の命に注ぎこむ
それだって大切な役割だ

当番制で週に三回まわってくる
手順は簡単

集めた夕焼けを
おおきなシャーレに薄く伸ばしたら
帰路についていた鳥を救出する
間違って紛れ込んだ生き物を

それからピンセットで雲を取り除く
取り除いた雲は怪我に塗る薬になる

鳥と雲がなくなったことを確かめたら
透明な四角い容器に移し
代々伝わる秘密の言葉を囁きかける

そうすれば色彩の濃度は一気に上がり
新しい血のできあがりだ

夕焼けには
ついに言葉にならなかった思いや
誰にも伝えられず消失した感情が
たくさん溶け込んでいるのだから

ふと寂しくならないわけがないよ
ふと懐かしくならないわけがないよ
君たちの体じゅうを流れているのだから

と、一族の一人が教えてくれた。
(僕の知っている誰かによく似ていた)。

1+