新しいものはいつも
忘れたと思っていた
ふるい記憶を呼び起こす
僕はまだ何からも
抜け出せていなくて
同じ雨に打たれている
浮かれて買った雨傘が
今の唯一の持ち物
練習を重ねれば
ますます下手に
うまくやろうとすれば
ますますぎこちなく
曇り空の真ん中で笑っている
君の名前をいつも思い出せない
誰も傷つけないなんて無理だよ
信じていないんだよ
そうやって傷つけられたことも忘れる
なりたいものがまだわからない
決定を極端に恐れている
それは他の選択肢の放棄だから
綺麗になりたいと思いながら
一方で蹴落としかたを考えている
まるごと好きだなんて言えない
通りは知った顔ばかり
違和感のないものが見当たらない
早く馴染んで埋もれたい
だけど見つけてもらいたい
潔癖症の支離滅裂
明滅するオレンジ、
何の合図にもなっていない
カテゴリー: 詩
no.274
こちらで勝手に夢を見た
あなたは関係がない
僕の感情に
感受性に
気持ちは重ならない
視界は平行線
書きかけの手紙
落ちた雛鳥
新しい美術館
窓辺のケーキ
顔のない白い手
行方が知れない傑作
許されたい
罰されたい
欲望が行き交う
僕を素通りして
器用になれない
なりたくない
本当はそうじゃない
違うと言い張って
まだ変わらないことの
言い訳にしている
一度きりの蛹は
もう夢を見終えたのに
緩やかな坂道
体温みたいなぬるい風
まどろっこしさの贅沢に気づかない
世界はそうであって欲しい
まだ必要だからここにいる
僕もそうであって欲しい
no.273
わかってもらえなくても
わかりたいと思う
でもきみに言わせたら
そんな不自然なことは不健康
なのだそうだ
不可能じゃなくて不健康ってさ
どうなの?
ぼくはレモン味の
乳酸菌飲料を
定価の半額で買ってきて
きみと飲んだりするんだけど
それでも超えられない壁があるんだよ
だんだん楽しそうになるきみ
正しいか正しくないか
叶うか叶わないか
そういうのってあんまり関係ないんだ
広げた傘の内側から
くす玉の中味がひらひら降って
本当にとんでもない悪戯だと思わない?
いつか好きじゃなくなっても
思い出はいっぱいだね
その日のために貯めてるんじゃないかって
考え出すと頭が痛くなるくらい
でもね
いつかわからなくなったらその時は
もうわからないまんまでいいや
全部欲しいなんて二度と言わないや
no.272
傷ついたかも知れない
数えたら同じだけの針を飲む
どこかに刺さって
機能停止してしまいそうでも
誰も気づいてくれないから
どうするわけにもいかなかった
約束をどうしたかも覚えていない
だからこれは自分だけのゲーム
あなたの涙はほんとうは
僕のために流されるべきではない
それはもっと優しい
誰かの犠牲となった者のために
太陽も月も照らしてはいけないんだ
知らない子が裸で死んでいても
誰も見ていないなら素通りできてしまう
僕ってそういうやつなんだ
憐れむふりならできないことはない
それを回避するためにどうしたらいいか
ありったけの知恵を絞って策を出すことも
だけど回答として求められた時だけ
僕はここにいてはいけないのかもね
胡乱なひとりごとに返信はこない
そのことがかろうじて僕をここにとどめる
もしかしたらって期待とかしてんだ
例外はない
早朝に見る昔の映像
冷蔵庫に隠した水晶体
耳の奥で鳴ってる届かない足音
暗い道で振り返る時に
雑踏の中でふと呼ばれた気がした時に
あなただって悪かったんじゃないか
僕は何度も逃げ損ねてそう言い訳をしている
no.271
苺をほおぼっていた
飲み込むことはせず
吐き出していた
それを繰り返していた
あなたはぼくを記憶する
唯一の生き物だから
知らずどこかへ行ったり
消えてなくなったり
しないで欲しいんだ
想いを伝えるには不器用で
喋らない口実が必要だった
だから苺をほおぼっていた
食べたくもないから
飲み下したりもしないけど
たとえばそれは爆弾で
たとえばそれは卵で
たとえばそれはあなた、
いなくならないはずの
あなただったとしても。
苺をほおぼっていた
それはアリバイになる
ただ苺をほおぼっていた
あなたより後は嫌だよ
no.270
時計の針は同じ場所を滑るから
ぼくたち勘違いをしているよ
ひとつの円の上だからって
それはもはや繰り返しじゃない
きみが真似するぼくの方言
それを耳にした時にああ孤独と思った
かわいそうと言われるほどに
しあわせ者と言われるほどに
何を言われても
どんな目で見られても
きみを選べるぼくでいたかったな
決意は儚い
溶けるとわかって手を伸ばした
夏の氷のよう
早く息の根を止めてあげないと
それはぼくに対しても言えることだった
知らずに済まされる幼さなら良かった
誰か傷つけても平気なら良かった
願うことも欲しがることも疲れる
輝きは無数の粒子だから
名前がわからない
いつか描いた絵の中にいるのに
意図が見えなくなったんだ
製作者は確かにぼくであるのに
no.269
夏が去って秋が訪れる頃
ぼくはひとり転校生だった
初めての校舎はなんだか
木綿豆腐みたいな外観をして
これからやってくるひとりぼっちの気持ちを
誰よりちゃんと分かっているみたいだった
慣れない廊下
机と椅子の配置
みんなと違う灰色の制服
誰も知らないということは
注目を集めるに充分だった
山では栗がとれる季節だ
川はお淑やかにきらきら流れ
光の照りかたの優しい昼間
性別を超えて
何かを大切に産みたくなるような
そんな時期に
ぼくはひとりの転校生だった
あだ名をつけれていない
ランクもつけられていない
ぼくは誰にとっても親友でなかった
そのかけがえのない自由な気持ちを
忘れるくらいなら大人になりたくない
染まることで安心するようになったら
誰かの一番になりたいなんて願うなら
それがどんなにくだらないことか
答えられなくなった時にはもう、
no.268
剥がすよりも生むほうが痛い
大勢の喜びを伴うことのほうが
そこには未来の悪意が
含まれているかもしれず
潔癖なままでは難しい
取っておいた甘い蜜や
枯れてしまった草花や
人から放たれた言葉を遡っても
鑑定士のように吟味して
ガードマンのように用心して
そうやって何人もの自分を
ひそかに作り上げて安心したいけど
捨てようとした性質だけ残ってる
昼も夜も気にかけているせいだ
だからそれに惑わされない誰かが
羨ましくてずるく見えてやつあたりした
夏が終わるころいつも誓うのに
背中を追いかけることはしない
何度も言い聞かせるのに
一瞬も永遠も間違うくらいよく似ているよ
no.267
分かっているんだ
本当の渦中からは僕なんて見えていないって
どんな言葉も、差し出した体の一部さえ
君を現実に救うことはできない
肉ほど確かなものはない
骨ほど熱いものはない
いま繋がっているこの組織も
いつか離れ離れで要素になってしまうなら
僕たちは分かり合えたよね
僕たちは信じ合えたよね
僕たちはもう満足したから
僕たちは二度と生まれ変わらないよね
約束のひとつひとつ
抜け駆けのひとりひとり
隠し事のひとつひとつ
騙し合いのいっていって
何もかも裏返したらもうさみしくない
いつか言ったよな
さみしいって理由なんかで泣きたくないんだ
次の瞬間にはナイフみたいに笑おうぜ
殺し合った仲じゃないか、僕たちは
no.266
こんなこと、めずらしくもない
言い聞かせて引っ込めた涙が
後になって馬鹿みたいにこぼれてくる
道行くうちの何人か
怪訝そうに、または心配そうに
気にかける眼差しを送ってくる
共同体なんて何の力も持たない
それを育ててこなかった僕の感性にとって
愛も友情も何の救いにもならない
これまで邪険にしてきた罰だろうなあ
夜の街はフルーツポンチみたい
白玉だんごとパイナップルのあいだを
回遊するのは尾びれのおおきな熱帯魚
僕は不便な体しか持たないで道を歩く
虚しさが全部をリセットする
たとえどんなに美しくても
たとえどんなに健やかでも
それが何になる
欲しがらなければ無駄なこと
たとえば僕が貪欲で
おまえが人生に一度きりの
最初で最後の登場人物だったら
こうまではならなかったろうに
僕は豊かで
僕は飽きやすく
僕は持たされて
僕は他人を羨むことがなかった
こんなこと、何でもない
そう言い聞かせて笑おうとしても
あったものをなかったことにできない
ピンクの寒天
茶色のみつ豆
ぷりぷりの蜜柑
白玉だんごはたぶん小さな頭蓋骨
こんなこと珍しくもない
なんてことはない
小説にもならない
僕が抱えて行くしかない
別れようなんて、
おまえから僕に言うからだよ