no.295

これは取扱説明書。

浴びるように愛されることを恐れない。裏切りに期待しない。雨の降るところは見えないと言わない。風の強い日は鳥を探すこと。青信号のかがやきを宝石より美しいと認める。他人の傷について見ぬふりをしない。ヒーローになることを避けない。あれは手に入らないものだと二度と口にしないこと。それから、こんな僕を信じないこと。君は君の見た世界を生きること。

5+

no.294

「テスター」

暖かい場所を
求めて海を渡るんなら
冷たい海を
越えようとするんなら
たとえばこうするのは
どうだろう
僕はどうだろう
嵐で命を奪ったりしない
牙と棘はそのままでいい
かわいいなんて
いちいち言わない
そのかわり少し甘やかすかも
知らないことを知っているから
だから君は
君の知っていることを教えてくれよ
世界のことなんかじゃなくていい
君自身についてでもいい
何色が好きで
どんな歌が歌えるのかとか
我慢できない他人の癖や
平熱の温度
便利な道具だな
くらいに思ってくれればいい
最初のほうは
そしたらだんだん
それ無しじゃいられなくなって、
もしかすると好きになってくれる
あ、ごめん今のは無し
撤回する
だからナイフをしまって
これから一日だけ
お試しでいいんだよ

2+

no.293

見張りのない窓を抜け出し
夜に虹を刻みに行った
まだ色彩を覚えているうちに
どこかに残しておきたくて

坂を転がるオレンジ
沈む夕陽に帰って行った
いとしの内出血
まだここにいるメッセージ

足りないものはない
そう気づいた
欲しいものはない
それが分かった

砕かれた氷に春を詰め
とどかない一日を飲み込む
まだ夢見心地だ
こんなにも指先はかじんで

2+

no.292

君が迷子になって
困るのは僕

行き場をなくして
途方にくれるのは

あてもない旅を恐れるのは
道なき道に怖気づくのは

遠くなった時間が
また間近で驚かされる

もう終わったと思っていた
もう始まらないと思っていたのに

シンメトリーとループ
似通った光景に何度も遭遇

いつからだったか
君はもう僕を見ないね

2+

no.291

落ちていく
どこまでも
真綿のクズと一緒に

突き飛ばされたのか
足を滑らせたのか
それとも自分で飛んだのか

落ちていく
そう怖くはない
もしかすると地面は来ない

こうなること
ずっと知っていた
ようにも思う

丘から見下ろすように
人の作り出した
橙の営みを見ていた

登るように
落ちていたって
涙がこぼれそうだった

ひとつひとつの窓に
これまでの僕が見える

笑っている怒っている
悩んでいる眠っている
疲れている回復している
疑っている信じている

しんじて、いる

いつか終わること
これからも続くこと
報いられること
裏切られること

それでも
それを
しんじてる

ちぎられた手紙が
花びらに変わる
この世のものとは思えない

それを表す言葉はない
君に伝えることはないだろう
体感することでしか知ることはない

そうだった
僕たちはひとりひとり
ひとつひとつの入れ物だった

それを忘れて
それに抗って
それから逃れようとした

ガラスが破裂する
活字が散乱する
手が伸ばされる

ありもしない声が聞こえた
遠ざかる日々の中から

3+

no.290

火と雪ならいいのに
近づかないことの理由になるでしょう
言い訳を考えなくても済むでしょう
つまり平和ってことだった

僕は文節を脱臼させて遊ぶ
君は星空の下で眠るだけ
残念で心細い
いつまでもはそばにおれないこと

正気に戻ると狂ってしまいそう
だからティースプーン一杯の毒を
狂気は羽毛より柔らかく包むから
誰にも文句は言わせないよ

いつか後悔するんだろう
今その手を離したこと
弁解の一つもしなかったこと
幸せになれるなんて嘘をついたこと

絶望がなければ童話は要らない
最後の日を終えたらまたベールを被り
死者の吐き出す言葉の列に加わる
そして僕たちはまだ誰も知らない歌をうたおう

3+

no.289

僕を蔑ろにした奴が
もっと早く消えればいい

例えば君については
とりわけそう思っている

いつか同じ目に遭って
似たように傷つくくらいなら

君のことは憎いと思うのに
だけどそれと同じくらい
そのままでいてほしいと思っている

罰なんかの観念は持たずに
いつだって慈悲と遠くにいてほしい

僕の存在をおびやかす
非常識であってほしい

フォークがさすもの
スプーンにのるもの
初めての光景ばかりを見せて

プラスチックより脆い世界のために
簡単に笑い飛ばせる妄想
なけなしのイマジネーション

永遠なんていらないんだ
君を壊してもいいと考えている
もしも新しい仮面に手を伸ばすんなら

2+

no.288

地獄に行きたかった
悪党と友達になりたかった
血の海で溺れた話
他人のする命乞いのことを聴きたかった

だけど取り囲むのは白い花だった
つくられた純潔でも
それで満足する人が多かった
または満足したふりをできる人

蜘蛛の巣で髪飾りを作ったり
黒猫に名前をつけてあげたかった
あなたたちは知らないだろう
あれがどんなに寂しがりやであるか

鍵のかかる棚の本が読みたかった
口にすることを禁じられた歌を歌いたかった
ロープの張り巡らされた森の入り口をくぐって
致命傷を負った脱走兵に会いたかった

待っていた
棺の中で待っていた
腐らない体は退屈でしかない
涙の一粒も拭えないくせに

2+

no.287

その部屋のドアから漏れ香ってくる
今朝方ガラスの割れる音がしたから
海での一日を詰めた瓶を
おそらく落として割ったんだろう

証言から確信を得ること
あくまで自己満足でしかなくて
ぼくはたぶん怖いんだ
きみがあっけなく肯定すること

季節は間違いなく移り変わっていた
繰り返しに見えるから気づきにくいけど
生まれたなら死んでいた
誰もそのことを悲しみはしなかった

古い本の中で
忘れられる草花のしおり
また明日ねと閉ざされたページ
それは何百年でも待つだろう

迷宮でした指切り
相手が誰だったか
やっと思い出したよ
ぼくはずっと酷かったね

2+

no.286

くるぶしまでの水が続いている
映っている星を拾って食べる
空の模様が一つ消える
舌の上で転がしながら判定を待つ

こんどもだいじょうぶだった、
誰にも見られることはなかった
食道をゆっくり開いたら
半分柔らかくなったそれを流し込む

また歩き出すとしよう
指先についた蛍光塗料が
少しずつ存在を知らしめる
発見の確率がかすかに上がる

近づいてくる球体
でたらめな比率
肌に感じる視線の正体
君からのメッセージ

詰られたくない
まだ誰も信じることができないのかって
その感性で僕を駄目にしないで
同情は甘くて優しいことを知っているんだ

指の股にこの夜のビー玉を転がしたら
霧を吸って膨張した蜘蛛の巣が
新たな血管となって僕を火照らせる
君の冷たい溜息が聞こえる

生き物はあっけない
せいぜい百年か二百年
チャートで進む一生は慎ましやか
約束を守り抜くことなど難しくはない

破りたいのは暇つぶしをしたいからだ
一つの名前と顔をもらいながら
誰かの反応が知りたくて馬鹿をする
昨日までの僕だってそうだった

飲み下された星が胃に落ちた
と同時に思い出がひとつ消えた
それはどんな内容だったんだろう
一分前よりちょっと身軽になる

病床から見えていた景色
変わることはないって思っていた
君が持ってきた物は絶望じゃなかった
それだけで充分だよ

2+