no.466

シーツがこすれている
果てのない恐怖を覚える
ここにいたいと思っていたけど
もしかしてそうではないのかな

あなたも同じように溺れる?
空の鱗が語りかけてくる
名前のない色にときどき光って
憂鬱と感傷をあざ笑う

染まりたくなかったんだ
それなのに心細かったんだ
相容れないものが対立して
夜に隠れているしかなかったんだ

矛盾ではないよときみは言う
もし矛盾だとしても特別じゃない
電車が線路を通過するとき
大切な部分がかき消えてしまった

ふと、気のせいかもしれないと思う
見ているんじゃない
感じているだけだ
目覚めたときのように

望んだものは限りなくゼロ
ただ純白では心許なくて
すこしであれば歪んでいいと思えた
ただしいつでも戻ってこれるように

誰も矯正することができない
ぼくにだってできない
きみが秘密にする限り
語らずに伝わるものはない

聴いているのではない
見ているのでもない
ただ感じているんだ
きみが語るときには誰でも

少しは手をのばせ
ぼくはもう精一杯だ
あとはきみが動き出せ
シーツの裾なんかすぐに見つけられる

1+

no.465

ましろな雪に埋めようか
苗床にしてしまおうか
クラッカーにのせるジャム
それとも、それとも?

きみがあますところなく溶けて
その世界でぼくが生きたり
殺されたり蘇ったり
死んだり産んだりをする

絶体絶命のアドベンチャー
ひと針ずつ縫い止められて額縁の中
ぼくの純真を知らないでしょう
それが人を慰めることはもっと知らないでしょう?

何食わぬ顔で頷かないで
きみはただ知りたくないだけ
ぼくは何度も視界に存在した
そのたびに視線を逸らした

でもきみはその場所を動けない
なぜって弱点が眠っているから
埋める地点を誤ったね
湿った砂の下で心臓が再開する

きみは狼狽える
そろそろ新しい表情を見せて
だって生きているのでしょう
青ざめるだけじゃ芸がないさ

1+

no.464

いっぺんすべてを手放した
それはあまりに少なくて
過大評価と笑われたし
好意に似せて笑い返しもした

色あせてくれない
貶めようもなく貧相な青春
夜空の星座ごとき美しくもない
奇跡だなんてどういう了見、

落ちるところも見せておいて
幼さには始まりばかりあるようで
誰もが終わりから目をそらすようで
とても窮屈だとぼくは思ったんだ

あやとりのたどたどしい指が
象られた影絵の動きが
匿いきれない不自然を描写する
物語未満の日常が模写をする

いま?すごく、幸せ。

音のない風が強く吹いて
顔は見えなかったけど
きみが嘘をついてくれて
正直ぼくは救われたんだ

まだ傷が恥ずかしくて
まだ心を預けられなくて
まだ誰も信じられないで
あの校庭に立っているんだ

そういえば見たことがないな
きみは泣いたことがないね
後に引けない切り札を濡らして
変哲もない命のまま途方にくれるだけ

祝福されなくていい
強がりだって分かるだろう
たまには間違いを選びたい
当事者が見放した初恋の果てで

3+

no.463

壊れたら戻らない
それくらい知らないわけじゃない
本当のところなんて、
嘘をつかないだけでは不十分だ

澄み切った青紫のゼリーを
スプーンが舌に運ぶ
あなたは美しい横顔をして
誰よりもひどくぼくを糾弾する

良くないよ、
なんにも思い出さないことは、
そうやって正気を、
保つのかもしれないけど?

(思い出さないのではない、
思い出せないんだ、
いくらなじられても、
いや、違いなんて、曖昧、か)

あの花が押し出したような
ちいさな涙をこぼすので
ぼくはとんでもない悪人で
あなたはただ純粋な狂気である

追及と忘却はどこまでも平行線
あれが秘密の毒ならいいのに
ぼくの子どもじみた幻想が
音楽となって空白を満たしていく

経験したこともない沈黙のあと
スプーンが次の禁忌をすくって
甘い声でぼくに差し出す
さあ心ゆくまで召し上がれ

1+

no.462

つめたい魔法がとけるとき
ぼくはこの目をつむっていよう
平気なほど強くないから
きっとこぼれてしまうから

つながらない言葉を口にする
でたらめだと怒られもする
いちばん遠いけど真向かいで
敵でも味方でもないきみが笑った

たぶん、それでいいんだろう
きみはぼくを見ているだけで
何でもないようで大変なんだ
この距離を保つことは

湾曲したガラスの面が
手首の痣を隠してくれる
ここをいつまでも動かないことで
明るみに出ないものなんてないのに

誰も例外ではない事実
知らないまま明日を迎えたかったな
きみはもう翼を隠しきれなくて
泣きながら真実を告白するんだけど

聞きたくなかった
嫌いにもなれないのなら
人になどならなかった
否定が疑惑を肯定する

演技だから平気だった
劇場だから踊ることができた
もうすこし傷ついてみたかった
終わりのつづきを聴きたかった

3+

no.461

飛び散った色彩を集めていく
無謀だと笑われるほど信じていく
図書室で借りた本と違って
血は錆びついてなんかいなかった

きみが救われない世界が好きだ
怒った顔や泣いた顔で
きみが生きているんだと分かるから
何が欲しくて何が幸せか分かるから

わかるから、
夏日が収斂されていく夜が
どうしてあんなに深いのか
崩壊する決まりごとの下で

傘もささない頬に手に
尖った活字が降り注ぐ
損傷を与えるほどでなくても
次の安眠を妨げるくらいには棘がある

何かを好きになることは自傷だと
きみの手探りが呪いをかける
ほどけないことじゃない
ほどけるのにほどかないことを自覚させて

奇跡だと言われて腑に落ちないよ
だからたまに手放して観察する
もう一度出会ったら何と言うだろう
はじめましてと言えるだろうか

かき集めた時には変色していて
記憶のふたりが邪魔をした
これまでとここからは違うんだ
知っているぼくらだけで始めるということ

3+

no.460

手をつなぐのは誰
いつまで経ってもさびしがりは?
つまづく小石は取り払われても
どこへも誰も行かせまいとする

世界はときどき
ぼくの存在を忘れる
血は古い友人なので
きみを眠らせることができる

ぼくが間違ったふりをして手を出すと
いつでも連れて行けると脅しにかかる

肌を寄せても人形の恋
セラミックの迷宮で体温を探る
清流は甘い粘度を持ち始めて
ぼくを過去に縛りつけようとする

いちばん最初にみつけた恋
それがもっとも良かったでしょうと
泣くこともない瞳で訴えてくる

前向きという暴力で
希望という殺傷で

生きるために生きるのではない、
愛を知るためにここへ来たのだ、
穏やかな声もむなしく遠ざかる
それは悲鳴と大差がない

やさしい雪に埋めようか
うまれ変われる春が来るなら
これは変わらぬ異形の恋
きみのからだは朝の味がする

2+

no.459

空がきれいで明日はお休み
ベランダに出てきた
きみの手にすみれの液体
もしかして毒だったりして

それはどういたしまして
だって夢があるじゃない
血が何色してたって同じだよ
旋律が逃げないよう耳を切った

トロイメライ
クレッシェンド
セレナーデ
フォルテシモ

鼓動は世界最小
沈黙にさえ溶け込んで生きられるようにだ
そこにしか灯らない明かりがあるから
きみを救うくらいわけないんだ

海のにおいがする
行ったこともないのに
ネオンの輝きが見える
歩いたこともないのに

知覚はかんたんに騙される
不平等なんて信じる人だけのもの
絶望を分かち合うことが希望でしょ
違った?

分けられるはずのない
不幸を分かち合うことが幸福だ
いいや違わない、
きみが間違うところをぼくは知らないんだ

2+

no.458

ミモザが揺れていた
きみの髪でワンピースで
一足先に三角関係を抜けてった
ぼくたちの優しい幼なじみのように

約束はかんたんだったね
守らなくてもいいのなら
ちいさな嘘が少しずつ増えたね
じゃあ約束なんかしなければいいのに

戻れるかのように振る舞う
いつだって取り戻せるかのように
周囲がみんな子どもであるように
そして誰よりも幼く笑うんだ

きみも気づかないきみのことを
ぼくだけが知っている世界ならいいのに
奪われたり盗まれたりのない世界
鮮やかさを失ってもまだそれだけはある

いいかい、ぼくは弱いんだ
自覚のあるだけタチが悪いんだ
だけど気持ちが追いつかない恋もある
この夏もあいつの幻に出し抜かれる

(終わるといいのに)

汚れたりせずにまとめて
せーので終わればもう誰も泣かないのに
淡々とつぶやくぼくのかたわらで
ずいんぶん生き急ぐねときみが笑う

ずっと終わってるじゃないか
何かがさりげなく始まるたびに
終わらないものなんてないじゃないか
だったらもう、べつのことを願えよ

見え透いたいいわけに使ったミモザ
ひとつずつあの夜の森の蛍に変わる
誰が誰を思う気持ちもとめてはならない
ぼくたちは許しなんか求めてはならない

3+

no.457

ぼくの夜をなぞるのは誰
南に降る星のような爪の持ち主
なんの印も持たないことを笑って
今からでも遅くないと唆かすのは

嫌いなものを教えてください
歪むところが好きなので
割れない静寂などないと分かる
あなたも生きているんだと分かる

ぼくの理解は期待より遅いかも知れない
少し物足りなくて新しいかも知れない
あなたの目でぼくを見ることができたなら
ただの好きではやや弱くて怖いけれど

きっと傷になりたいのだ
時間とともに薄れていくのなら
優しいだけでは忘れられるなら
たまには裏切って悲しませたい

ひとつずつ聞いて欲しいんだ
ぼくに住むちいさな魔物の声を
朝が来るとたちまち姿を消してしまう
誰よりもあなたを知りたいと思う

こいつはたまにひとりで泣くんだ
平気じゃないことを悟られたくなくて
こいつはたまにひとりで怒るんだ
ちっとも幸せでなんかないやって

包まれるように温かいはずでは?
(あの人の台詞とだいぶ違う)
何もかもが輝いて見えるはずでは?
(あの人の約束はてんであてにならない)

行間から解き放たれてあなたは
産まれたての目でぼくを見る
匿ってもらえないぼくは脆くて
ずるくなる以外の方法を持たなかった

3+