no.456

きみに降る雨
夜を薄く溶かしておいたんだ
もしも痛みがないとしたら
何をいちばんよくするだろう

じゃまをされたくない
誰であっても
どんなものであっても
もう純粋でなくても

百年後に泣くのかもしれない
傷のひとつやふたつ
もらっておくのだった
さいしょの恋であるなら

団地が虹をかくす
だけどぼくはいう
きれいだ、と
見えなくすることはできないから

聴覚は従順だよ
本物をまちがえない
どうしてひとが迷うのか
不思議そうに七色は踊っている

きみは持っている
まぶたの裏にきみだけのスクリーン
ぼくは持っている
きみを少しだけ悲しませることのできる
ねずみ色したちいさな雲を

5+

no.455

夜をかじると八朔のかおりがした
朝になって贓物に変わるんだろう
それでもほおばっていいと思えた
二番目の恋でひどくされたかった

月をかじると青が体に溶けてきた
大人と子どもを微分して回答した
春と夏のあいだに奈落があったよ
行き先は手首に刻んでても消えた

命をかじると病みつきだったろう
目も舌もほしかったし骨もほしい
ぼくでもいい土にくれてやるなら
だから命にだけは歯を立てないの

2+

no.454

一色だけ混ぜていく
もとに戻らないものを味方にしたい
夜はぜんぶきみのもの
ぼくだけが知っていたらいいな

指先と瞳の色だけで覚えているよ
生まれ変わっても見つけだすよ
こんな約束だってむすべるよ
だって生まれ変わったりしないから

花で編まれた橋を渡る
三日月をひっかけば猫の鳴き声
棚にしまいこんだティーカップが消えた
ぼくもきみも存在しない日のことだ

どこにも届かない文字が
切手に頼ることなく海を渡る
誰にも影響しない日々が
いくつも積み重なって甘くなる

天国はまだ遠い
それはとほうもない幻想だ
ぼくが寝過ごした屋根裏にそれはある
ぼくが愛しそこねた軒下にそれは立つ

4+

no.453

おれが多くを見捨てるのは
それらを無残に噛み殺さないためであった
しばらく手元に置いておけば
いつか粗が目について
耐えられなくなって
愛着で太刀打ちできなくなって
粉々にしてしまうだろうから
いきものを大切にしないのは
生まれつきでどうしようもない
今日、
おれはお前にもさよならを言う
お前がおれを忘れる日にも
お前のためにおいのりをすると誓う
今はまだ信じたくないかも知れないが
正味、
おれは優しくないしためにもならない
いずれ分かるだろう
分かりたくないと思っているうちは
分かることはないだろうが
今までおれが捨てたものたちが
おれを忘れてしまっていることを願う
自分はいつか化け物に育てられたと
今がとてもあたたかくて心地が良いと
まあ、
夕暮れ時までは立ち入れないので
お前たちは少しだけ泣くかも知れないが
自分でもなぜ涙が出るのか
説明などできないままに

1+

no.452

ぼくはきみよりかしこいので
あとからでも
物語を書き換えることができる
それを自然に信じ込ませることも

なかったことをあったふうに言ったり
真っ赤なうそをほんとうにしてみたり
そして白昼にさらしても平気なほど
巧妙にいつわることだってできる

きみは海を見ている
ときどきは遠くの山を
窓の外を行き交うかもめを
入り組んだ港の往来を

その景色の中にぼくがいる
きみの時間を少しだけ分けてもらって
きみはぼくよりかしこくないけれど
そのことでぼくは劣等を感じることもある

勉強の出来不出来は関係ないのよ、
どの口がそれを言う?
(どの口でも)。
成績が良いことは魅力ではないのよ、
(どの口でも、ああ、どの口でも)。

みんなきみの何もないところに
光のようなものを信じている
努力で手に入れられるものは下等だと
どうせいつかは間違えるんだと

きみは素手でマーマレードを頬張る
汚れた頬が午後のひかりを浴びている
ぼくが睨んでいても爪を立てても
眠りたいと眠り食べたいと食べる

肯定と否定しかないのか
人間はそんなにつまらないのか
疑問はその人の質を決めるものだけど
きみはそれらからもそもそも自由だ

しんでしまえばいいのに

だけどそうしたら永遠になるだろう
伝説のようになるだろう
きみはいつまでも若くて綺麗なままだろう
どうやらぼくはかなり嫉妬深いようだ

花をたずさえたまには歩み寄る
何も返ってこなくて不正だと思う
数字のカードをばらばらにする
人体の基礎も知らないくせに

きみがこの部屋を出る日はないだろう
眺めているあの海で泳ぐことや
緑の山頂からこちらを見下ろしたり
往来でかもめの鳴き声を聞くことも

ぼくはきみよりかしこいので
そう言い聞かせることができる
だけどいずれ無効になることもわかる
きみはたまにぼくを向いて微笑む

ねえ、マーマレードって知っている?
ヨットの上で受ける風のつよさ?
テントの立て方なんかどう?
天国や地獄について聞いたことは?

どうしようもないのは
きみの世界のせまさ
もっとどうしようもないのは
それを拡張できないぼく

誰につけられたのでもない
傷口ばかりおおきくしていく

しゃべりたいだけしゃべると
きみは、すう、と眠りに落ちる
ぼくはその寝顔ばかりを見ている
海がどんなふうに色を変えても

1+

no.451

もっとかんたんでいいのに
永遠を信じているの
ぼくからみたらとても短い
きみたちが夏の昆虫に対して感じるように

何もしないで平気なの
川の底から笑い声をきいていた
生まれる前には知らなかったような
どこまでも透明な笑い声を

ありうるかもな
きっと、そう感じた
永遠だってありうるかも知れない
きみたちの思いに無理はない

夜にみる夢
真昼のまばゆさ
関係のないわけがない
血のようにつながっている

チープな展開
どんな奇跡にも気づくことのない
怖いもの知らず
きみたちは生きていられる

2+

no.450

光景が溶けて
そのとき初めて
時間が凍っていたことを知る

認めたくなかった
きっかけがないと
思い込もうとした

ひとりよがりの世界で
迷惑にならないと
細胞を死なせつづけて

もうひとりのきみに
たずねてみるんだ
どう、どこへ、流れたい?

悪くなかった
そう言うと思うんだ
たとえばこの道を選んだとしても

いいねと言うには
きみはまだすこし
やわ、だ

否定してきたものを
肯定するには
まだすこし、だけ

何十年
何百年
何千年

きみの孤独は
亡霊となってさまよう
もしもあたらしい時代にも

落日という閉幕があるのなら
ふと囚われた演者が泣くんだろう
混ざっても澄み切った血の海の上で

2+

no.449

ぼくを見捨てなかったあのひとが
今もどこかでしあわせでいるといい
ぼくのことなど覚えておらずに
だれかの横で笑えているのだったらいい

と、

そういうことを
願うことのできる
ぼくを願った
でももうやめた

ぼくはのみくだすことができない
こうもたくさんのぬかるみを
ジュースのように飲み干せない
臓器はあくまで生ものだから

綺麗になれない
花ではないから
歌ってばかりいられない
鳥ではないから
撫でるだけでみたされない
風ではないから
夜が来るまで待ったりできない
月ではないから

似てしまうのが嫌で
姿をあらわすことができなくて
毛皮に隠れて恥じてもいるんだ
両立してしまう感情のために

たまに平気なこともある
だけど反動で嵐がくる
どんなにあたたかいだろう
どんなに人に優しくなれるだろう

きみがきみだけのものならば
せめてきみだけのものならば

雪に溶けない陽に蒸発しない
そんなぼくのことも
ぼくも
すこしは好きになれただろうに

5+

no.448

ひとつの時代が終わるころ
ぼくたちは未成年だった
新しい元号が控えて
世界は勝手にあわただしかった

忘れ去られるのはかんたん
自分をうんと愛するか
その逆を徹すればいい
他人を傷つけても平気でいていい

出窓に天使がやってきて
いけすかないな
と、言うんだ
たしかに、そう、言ったんだ

青のような赤のような目は
ときどき色を変えながら
ぼくの記憶にあるすべての
これまで会った人々の顔つきで

お腹を切っても生めない
弛緩せず、埋められない
森に隠した種のよう
わかるひとにはわかってしまう

無責任だよ
何も奪わないなんて
成就しないまま
最後の夏がまた始まる

会いたい
会えない
会ってはいけない
愛するよりほかにないから

朝顔のひとつひとつ
夜霧のひとつぶひとつぶに
ぼくの悔恨が宿ってひかる
繰り返しではなく蘇生なのだ

そのたびに殺りくなんだ
破滅し呪詛を撒き散らす
無秩序に白い花を並べられて
泣きながら産まれたんだ

3+

no.447

おねがい世界を暗くして
もっともっと暗くして
うんと不安になったなら
星がポツリと見えてくる

草の上に寝転んで
きみとぽつぽつ話していると
宇宙と会話しているような
星に気づいてもらえたような

気持ちになる
おいしい、
たのしい、
きもちがいいこと

ぜんぶ教えてくれる
ぜんぶ失って
大丈夫だと思える
どうせまた巡ってくるから

とるにたらないこと
無理矢理に笑い飛ばしたり
泣き暮れる必要のないこと
だけど手を握るとあたたかくて

いま初めて出会ったように
奈落につながる瞳をのぞきこむ
生きていると知らないみたいに
これはなんだろうと慈しむ

指先で点と点を結んだら
切り取られて落ちてくる
破片はひんやりつめたくて
口に含むと橙の香りがする

雨の日の教室
シャープペンシルの芯
身を隠した紫陽花の葉脈
きみが隠さない秘密の香りがする

いったん手にすると
それはとたんに弱々しくなる
奇跡を起こせるからだ
魔法なんていらないからだ

5+