no.310

新しい脱出ゲーム/きみを傷つけなくても生きていけるくらい強くなりたい/傷つくきみを見たくないから殺してしまいたい

濡れた線路の上を電車が走っていく

たくさんのものが共存していながらいずれ収まるべきところに収まっていく様子をもう見たくない/そのたびに僕は敏感になって魂は炎症を起こしていた/平気な顔も強気なふりも無理矢理だって分かってる

覗き込まれた液晶画面に何もないことを知られたくなくて隠し続ける

真珠のような声が叫ぶほどの強さではなく骨を静かに圧迫している/流れてもいない血を見せびらかすことはできない/だから黙って睨んでいた/虫が悶える大地の一角を

それがすべてだと主張する相手もいまだ見つけられずに

2+

no.309

きっと世間は冷たいだろう
君はこれからいくつも嫌な思いをして
人間不信にさえ陥るだろう
誰かを殺したいほど憎んだり
死んでしまいたいほどさみしかったり
自棄になって物を壊したり何かを奪ったり
それでも生きていかねばならなくて
激しい絶望そして憤りを覚えるだろう
神さまのいない国で生まれ育ったから
祟りを恐れず暴れるし
禁忌の意味はいくつになっても分からない
覚えておいてほしいのは
何も君を守り幸せにするために存在しないこと
ひとりで歩いて行かなきゃならないこと
そんなことないさと誰かが囁くだろう
だけど、ほんとうに?と疑うことを忘れないで
子ヤギを食べたいオオカミは何をした?
そう、優しい声で近づいたんだ
大切な何かを隠すとき他人は優しくなるよ
君は誰にも見守られていないし
その行いが誰かを苦しめはしないし
愛することをやめたからって困らないし
また新しい愛を見つけるだけだし
死亡記事だって誰かを輝かせるよ
たとえば、と話し出すこと
もしかしたら、から始めること
耳をふさぐことで命は始まりの音を聞く
君は君の良心からだって自由だ
居心地が悪いならいつだってその船を覆せるんだ

3+

no.308

インスタのために猫を飼った

そいつは自分が高貴な家柄の出でもあるように
おれを見下してくる
だから仕方なしに付き合う
素材のための命とそれにふりまわされる命は互角

今朝のフルーツグラノーラは妙に濃い味がする
昔の恋人が薬品を混ぜていったかと思った
誤解であっても二度と会うことはないのだから構わない
解かれない謎は見つけられていない謎に等しい
だからそのまま放置されて百年後に開封されたりする

猫はひなたぼっこもせず西向きの窓辺から民衆を見ている
百年前そこは本当におまえの領土だったかもしれない
おれはおまえの臣下だったかもしれない

新しい妄想は桃色の毛皮より楽しいから出歩く必要はない
また古くなるまでは一緒にいような
まるで生まれ変わることがあるみたいに来世を約束しような

戯言をぬかすなとでも言うようにしっぽが頬を往復でビンタする
テーブルの上の皿が割れて千年の呪いが秋の空にとけていった

2+

no.307

かわいそうって思っていたおとなたちも単に夢を見ていてこどもたちの攻撃なんてちっとも効いちゃいなかった。口を開くためにはくわえたカミソリを落とせばいいだけだって気づくひとは案外と少ない。あたらしい国は青くて何も疑わなければそれなりに平和だった。かがやきを集めれば有名にだってなれたし誰かを幸せにする方法は惜しげもなく共有されそこらじゅうに散らばっていた。どういうことかっていうとたぶん誰も幸せになりたくなかったんだ。いちばん分かりやすい自己紹介は抱えている絶望だからそれを手軽に名刺のように差し出したかったんだ。攻撃しないでください。敵ではありません。あなたはわたしをそっとしておいてください。どうぞお気になさらず。ひとりになりたくてほどほどの壁を立てるんだけどその模様にひかれた他人が勘違いして寄ってきて話しかけたりするから不機嫌な茶会なんかひらかなくてはいけなかった。童話の世界にあこがれるのはそこに終わりがないからで結末をつけられることが面倒だというのもあった。それっきりになれば良いのにずるずる続くし評価を受ける。気にしないくらいなら始めから繋がらなければいいのにって思うしわがままだって言われても綺麗だと感じるものをだけ取り込んで生きていきたかった。そんな無菌室みたいな空間がお望みなら死ぬしかないよって笑う君がまぶしくて本当にそうだよねって頷いてこの冬を一緒に暮らすことができればどんなにか再生可能な記憶になるんだろう。そう言うと気色悪いって言うから本当にそうだよねって頷く。ほんとそうだよ、分かってる。

1+

no.306

僕はこの国が気持ち悪い。
被害者になって賠償金で暮らしたいと思うとともに、加害者になって生い立ちに同情されたいとも思う。
臓器より美しい信念なんかどこにもないからミツバチの羽音がずっと僕を守ってくれたら良いのに誰かの口から流れ出た汚水が跳ねる。
心の伴わない笑顔でも好きだって言ってしまう奴がいて僕は国民的な人気者。
視線の代わりに爆弾を投げたい。
史上に残りたいわけではなくて密かに消えたい。
まるで生まれなかったみたいに。
まるで誰からも愛されなかったみたいに。
17枚目のアルバムのジャケットはそんな表情で写ったのにとあるインフルエンサーが「媚びないシニカル」って言ったからみんな何も気づかないんだ。
現象を逆手に取る遊び心はなくて見慣れたマネージャーの背中を蹴っているだけ。
鏡に映った僕はそれでも柔らかく微笑んでいた。
ねえ、何から食べる?

1+

no.305

出会わないことが当たり前
運命なんて忘れるほうが珍しい
君とはそんな遊びをよくした
緑にも色々あって百はくだらない

世界は意地悪だけれど
切り離されて生きていけない
僕にもちょっとの罪はある
だから大罪をシェアしあって生きる

タグもランキングも入れ替え可能で
明日にはもう読み替えられることがあるんだ
絶対って言葉の意味が変化したら
絶対なんて絶対にありえないってくらい

(わかんだろう?)

何も僕の気を引かない時
書棚のあいだを歩き回っても響いてこないとき
そのために作った闇の空間で迷子になってみる
この状況は案外と気が楽だと気付いている

牛乳パックにプリントされたキリスト
花は今日もどこかで咲いている
飛行船は落下し
それでも乗客は歌ってる、これが君の言った平和

1+

no.304

どこまで届くだろう
そんなこと考えずにボールを投げる
白い魂は吸い込まれるように高く上り
何か見つけた地点に無事落下する

虹のような偶発性はない
だけどほんとうは全部決まってるんだよね
赤いハンカチの縫い目に大人たちをみていた
まだまだ子どもの僕たちは

聞いたことがないのに汽笛だとわかる
誰かを置いていく人
誰かを見送る人
始まりと終わりはいつだって切ない

頬の下に木目がある
その匂いを体いっぱい吸い込む
満たされるのはせいぜい肺くらいだとしても
生まれ変わらなくていいように今呼吸をする

2+

no.303

テーブルマナーは上等
ほかの命を食べ残し
明日出かける海岸について
うわさ話を楽しんでいる

箱詰めされた子供たち
知らないということ
ここではもっとも尊くて
人々はたまに遠くを見た

捨ててきた故郷
残してきたクラスメイト
抗菌の徹底した空間で
孤独なウイルスに恋しながら

漂着だけが頼りです
名前も性別も知らないけれど
留まることはできません
これはいったい誰への言い訳

雑音が重なり過ぎて透明になる
風景に溶ける
違和感をたたえたままで
昔からそこにいたように実在する

指の間から落下する煙草
やっと辿り着いた答えが紫煙に消える
くぐってもくぐってもたどり着かない
あの波のむこうはもうこの世ではない

2+

【雑記】とおくのしま、とくのしま。

回顧雑記。

http://tokunoshima.today/

私の記憶がスタートしたころに住んでいた島です。
何気なく検索かけたら可愛いサイトが存在してておどろいた。

「遠くの島、徳之島。」

プロの仕事だろうな。
とおくのしま、と、とくのしま、か。
うまいなー。
やることと言ったら闘牛見に行くくらいでした。

ここに暮らしていた間の出来事で、ハサミムシが天井びっしり大量発生した日のことは忘れない。
十匹や百匹ってレベルじゃないんだ。もう、天井の白い壁紙が埋め尽くされるくらいびっしり。
あれ、なんだったんだろうな!?
南の島ってGも逞しいしデカいしその点ほんともう嫌だって思う…。全然免疫ついてない。

ハサミムシの件は今でも「あれは幼い頃に見た悪夢だったのかな?」って思うけど家族が同じ記憶を持っているので現実だったと認定せざるを得ない。

ただ、海はきれいだった。

色鮮やかな魚を追いかけたり、タカラガイをほじくって集めたり、波にもぐったり、潮の満ち引きってふしぎだなーって思ったり、漂流物を眺めたり、砂浜をどこまでも貝殻拾って歩いたり、あと海で磨かれたガラス、とか、灯台まで歩いて帰りで海中に落下して溺死しかけたり(実話)、ほんとうにいろんな思い出がある。なんで海からあがると小さな傷があちこちにできてるんだろう、とか。首の後ろばっか焼けるとか。

帰り道にはハイビスカスが咲いていて、その蜜は甘くて、野良犬がよく歩いてて、町のどこにいたって潮の匂いがして、いろんなことがあったなー。

回顧おわり。

私が詩の中で「海」を出す時は、ほとんどここの海や水中での感覚、そこで見たものだとか浮遊感などがベースになっていて原点み。

4+

no.302

計画はいらない
ふたりは海を山をこえる
この星から出たい時には
夢を見ることした深い夢を

つないだ手のあいだから
種がこぼれることがある
それは土に埋めると金を生む
だからふたりは旅ができた

ある人がふたりの手を欲しがった
ぼくたちのうちいつも左のほう
ぼくじゃないほうが右手を奪われ

ぼくたちのうちいつも右のほう
ぼくの左手が奪われ
遠く遠くへ行ってしまった

ふたりは初めてばらばらになった
行き先がまとまらなくなってきた

やがてひとりずつ行動するようになった
でも金曜日の夕方になるともうさみしくて
たまらなくさみしいからまたふたりで歩いた

ぼくたちは続けて旅をした
確かめ合うためだったかもしれない
お互い以上に安心する場所はないと

ある国で犯人を見かけた
そいつはふたりの手をつなぎ合わせて
富と名誉を獲得することに成功していた

その晩犯人が殺された
現場からはふたりの手が消えていた
だけど警察は気づかなかった

ぼくたちは手を取り戻した
だけどもうくっつかないから
洗濯物が流れてくる川へ捨てた

犯人には子どもがいた
まだ小さな子どもだ
双子の

ぼくたちは後戻りした
自分たちで双子を育てることにした
双子は無口だった

子どものいないぼくたち
親を殺された双子
川を流れていく二本の手

過剰でもなければ
不足もしていない
愛と幸運のクロニクル

2+