no.91

恨みごとが
星になる世界があったなら
どんなにか
夜は明るいだろうと思う
どこまでも

幼かった夏の一日にそそがれた
たくさんの柔らかいものを返す相手
それは
もらった相手以外でないといけない
でないとそのうち枯渇するから

まだ信じられないんだ
あなたもそうだろう
そうだといいなって
思っていてごめんね
願ってしまってごめんね

たまに囁くんだ
誰ということもない
しかし誰でもある声が
いろんな音が重なった声が
まだ生きていたのって

何回か捨てたはずだった
消えていたはずだった
視線をそらすように簡単に
だけどそれは違う過去における未来
今ではなかったということ

何を防ごうとするの
愛しかたも知らないくせに
何から逃げようとするの
入り口さえくぐっていないのに

垣根のまわりを彷徨っただけ
誰かが誰かを呼んでいたときも
そんなものはないって
そんなことはありえないって
耳をふさいで
目を見開いて
こんなことは起こってはいないって

何を破ろうとしたの
向き合ってもいないのに
何が妨げたの
たいした命でないのに
誰も教えてくれなかった

指先ひとつで肯定も否定もできる
作り笑いは見破られる
美しいものはいつか消え失せる
そしてそれはあなたを置き去りにするだろう

知らないふりをしたから
優しいふりをしたから
見てはいけないものを見たから
嘘をひとつもつけなったから

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no.90

名前のない集団を抜け出した。誰にも告げずに。境界線をまたぐと、あの日割れたコップ色の空。忘れていた。だれのせいでもなく、ある日それが割れてしまったこと。忘れていた。それを持っていたことさえも。そのくせ手にした時のことはよく覚えてる。案外そんなものなんだろう。かざした手に色が染み込んでいく。それを誰も見上げない幸福。そこかしこに見ず知らず、神様の影を見る。ぼくは誤解しているんだと知る。まだ認めたがらない自分も。遠回りは何よりの楽しみ。記憶は繰り返し再生されるたびに書き換えられて今じゃほとんど、そもそも起こらなかったことに等しい。うわべだけでも繕えないところはどうしたって変えられなかった。それも知っていた。魔物は必ずあらわれる。一日一回。耳たぶを撫でる風の中から囁く。か細い直線から滴った血の中から。ひとかけらカッターで切り取って新しい夜を連れてくるよ。ぼくが向き合うきみのなかに。朝しか知らない、かわいそうなきみ。

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no.89

目覚めると眠りに落ちるを繰り返す日々。少量の水と食べもの。どうして空腹感に左右されてしまうんだろう。考えていることはひとつだったはずなのに。新しいことを始めようとするときいつも吹いていた風が吹いていてそれが揺らす。そう古くないレースを。喪に服すとはこんなかんじかな。ぼやけて、薄っすら明るくて、なんだか甘ったるくて。傷を描くときだけは光がまぶしくなかったよ。いることの理由があった気がした。ここにいていい理由があった気がしたから。理由をつけたがるところが、思ってみれば根源だったのかもね。理由だったのかもね。いろんなわるいことの。ああまた使ってしまったな。どうしようもない。この一日を誰かへ渡せたらよかった。ほんとうの不幸はそれなんだ。ぼくたちはぼくたちの一日をどこへもやれない。すなわち、どこからももらえない。さみしい顔をしているからってたすけてほしいわけではないんだよ。どんなふうかな。名前のついたものひとつひとつが本当はその名前じゃないと知ったら。どんなふうなのかな。誰かの大切なものを、大切になるかもしれないものを、つま先で蹴ったら。泣かないために笑ってくれ。一度にふたつはできないだろう?きみって。だったら笑ってくれ。輪っかの下に作った椅子は受精しなかった卵白のお菓子でできていて、ただそれがための不幸だったと、きみが笑ってくれ。続きを願うことにもう飽きたんだ。最後は見えなくなるまで砕いてください。もう二度と誰によっても直せないように。魂はもったいない。誰のやさしさも、不安も、ここへ注がれてはならない。

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no.88

手っ取り早く受け入れてくれそうなところを見つけて手っ取り早くそこへ甘えに行く。自分がしたら嫌悪感で押しつぶされそうになるはずのそんな行為でもきみがしているとかえって気分がいいくらいだ。どこにでも売っているからって誰にでも手に入るものではないんだね。ぼくたちは主語を欠いた会話を好む。優しいから。ルールといったらそれくらい。ひとりひとりが約束を破って勝手に幸せになってったんだ。自分の失敗を他人事のように話して感触を確かめる。目隠しして舌触りを確かめるみたいに。丹念に。重なっても重なっても潤わないことを、捨てても捨ててもまだ余ることと同じくらい幸福だと考えた朝があった。夜があった。ジュースは手の窪みから溢れ、書き取る暇もないほどいろんな光が乱舞して。意味の与えられないものを愛することが成熟の証なんだと、衒いもなく表明した朝があった。夜があった。傍のひとは明るい眼差しで頷いた。変わらないことを望んだから、変わらなかったね。進まないことを望んだから、進まなかったね。すべてが思い通りになる世界で、結晶を編み続けた。吐いて捨てながら。嘘を抱え、秘密を安売りしながら。きみは羨ましいと言う。ぼくの何を知って。きっと、何かを知って。きみにはぼくが何かを持ったふうに見えるんだろうな。ぼくから見たすべてのものが、ことが、ひとが、きみが、そうであるように。色が尽きない。曇ったレンズの奥で星座を再構築する。他愛ない無知のひそかな特権として。愚かに。明日にも病まないために。忘れないために。意識をそらすんだ。誰にも、死んだって頷かれたくない。

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no.87

ぼくのやさしさは
うわべだけのものだ
意地悪より簡単に
それで切り離せるからだ

居心地のよさは
興味のなさを示してる
きみは知ってる
ぼくをずっと見ていた

待っていた
きみは
なにも言わず
一睡もせず

時間をかけて
ひとり去って
時間をかけて
そしてぼくがひとりになるのを

疑わなかった
確信を持っていた
そしてそのとおりになった
ぼくもどこかで理解していた

ここへ向かっていた
ひとりひとりのようで
ふたりで歩いてきたんだね
真心をたくさん蹴落としながら

死角を保って
清貧を徹して
疑心暗鬼をはねのけて
新旧の明滅のなか

いともたやすく
やむことのない乱反射を越えて
とげとげしい祝福に微笑み
あまったるい羨望に唾して

最初でさいごのただいま
凍えた舌が本心に怯える
二度と許されないと思った
たどり着いた最果てはこんなにも眩しい

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no.86

我にかえってはこの夢はさめる
指から力が抜けて全部床に落ちてもいい
計算できなくてもいい
なにも正しくないことをわかったままでいい

夢をみていた
夢をみていた
しあわせの意味を知ったとき
初めて口にしたとき

たったひとりだった
白い光でぬるくなった水
赤い脈と青い脈が規則正しくて
あなたはそれを乱したい

視界の端でモザイクタイル
懐かしい味がする
からっぽの口の中
乾いた風が瞬時に潤う

夢のなかで
遠いはるかなゆめのなかで

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no.85

ほらこんなに安く手に入る
代わりのあるものだった
分解して転がせば
もう元どおりにならないけれど

代替性のあることが
希望だって言いたい
ほんとうは
そうじゃなくても
そんなんじゃ絶対になくても

名前を知ることも
視線を交わすことも
諍いになることも
手を繋ぐこともない

太陽が隠れていても
深い森や昏い海の底でも
みつからない雑踏の只中でも

浴び続けた活字が
ひとをずっと沈黙させたの
まぎれこもうとして失敗して
余計に異物であることを知るの

今日笑うたび
明日に持ち越された償いを考えた
許される時には罪名を
その罪名をつねに思い出そうとした

積み上げられたもののなかに
探しているものを求めても
まだ埋まらない空虚を確認するだけだった
小石のひとつもない夜道

まだ知らない
落としもののどこにもないことが
どんな意味をもつかは
まだ誰も知らない、いらない

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no.84

まだ渇いているって言う
何一つないくせに
足りないものなんか何ひとつ
ありはしないくせに

困らせることが好き
そう思っている自分を続けたいだけ
何もわからないころではない
すべてを敏感に感じ取っているけれど

通り過ぎる子どもの手が
やわらかな花をむしって歩く
いま自分の手を引いているひとが
薄暗い部屋でどうなるか
あなただけは本当に知っているんだ

飢えた目だけ通して
きみを見ていたい
唯一からはずれないで
ぼくの信じるものでいてほしい

西から東にかけて乳白色がのびる
誰かにとっては残酷な一日の終わりに
嘆きを許さない肯定がある
絶望を見放す広さが繋がっている

見渡す限り無関係な天空の下
数え方がきっかけで
いつまでももつれ合うぼくたち

満たされない目だけを通して
ふたりだけを置いてきてほしい

ぼくにはつくれなかった世界に
きみだけでは成り立たなかった夜に
神さまを呼べなかった日々に
微笑みかたを間違えた最初のころに

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no.83

まだ愛着に満たない
机上のスピカ
止まないでいいのはただ
殻を叩く音だけ

きれいないちばん
いじらしい籠城にて散る食べかす
色彩は頬に宿る
花をのせるにこそ相応しい頬に

記憶の渦にのみこまれたところで
めまいしているのはもったいないな
乾ききるまで見開いてみつめてみて
見あたらないものをさがしてみて

懐かしい、
年老いたあなたがそう呟くまで
たとえ呟かないのだとしても
ぼくはずっとここにあったよ

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no.82

いちどだけさわって
忘れさせないまま
ぼくだけが消えたい
ひとりで死ぬんじゃなくて

ほんとうの夜を知っていた
月も星もないまっくらのこと
怖いことなんかひとつもなくて
どこよりも優しいもののこと

パステルカラーの水玉が
空にいくつも浮かんでた
ガラスのコップごしに
あの瞬間をいまも思い出す

なんども何度も
繰り返しくりかえし
始めては終わらせて
終わるたびにまた始めて

嫌いなままでよかったのに
いつかいなくなるならって
行き場のない声に埋もれてやがて
ぼくを後追いするきみを見ていたい

いつでも単純だった
たったひとつだった
目を閉じればいいんだった
きみの指先がいま届こうとする

血も流せないで
涙もぬぐえないで
引っ搔き方も知らないで
ぼくしか知らないきみの手がいま

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