no.318

きっと巡るだろう。灯台のあかりのように。だけど海に眠る者たちにはそれはきらめき過ぎているだろう。やすらかに反するだろう。それでも帰りたい者を優先させるのかとなじられて、使わなくなった右腕を差し出す。新たな血が刃をあたためるとき、鳥は波に降下する。ここにはいくつもの記憶があり、だいたい同じ数の忘却がある。うねりはそれを混ぜて白昼は何もない顔をしている。夜はいろんな声がする。いろんなものが光る。ぼくはそれが怖くてたまらない。だけどあなたはそうではない。これも同じだったのだと言って骨のひとつを拾い上げる。砂浜に打ち寄せられたものはみな寂しかったのだろう。小指だけになっても約束を果たしにきたのだから。知り過ぎたあなたの背中はあまり語りたがらないが、ぼくまで無口にならないようにと時折は重い口をひらく。旅人のカンテラだよ。向こう島の縁に沿って火の粒が移動をしているだろう。彼らはああして生活するんだよ。日々の営み以外に守らなければならないものはない。信念、戒律、道徳心。じゃああなたは反しているね、ぼくの言葉に久しぶりの笑みを見せる。さあ行こう、おれたちはおれたちの道を。これが安全なピクニックならいいのに。ぼくはそんな夢を見る。しかしすぐに飽きてしまう。見知った花を踏みにじる勇気。愛玩していた小鳥のけなげな骨格を砕く無慈悲。ぼくしかいないあなたのいる世界の心地よさ。この儚さが失われるんなら退路なんか要らない。一度だけ繋いだ手の感触を二度と忘れることはない。

2+

no.318

そんなちかくで見ないで
もうどこへも行かないで

優しくしてくれなくていいんだ
無視だけはしてほしくないけれど

ほかの誰かに夢中にならないで
ぼくにばかり愛想良くしてるなよ

絶対って言わないで
もしもって切り出さないで

幸せで締めくくらないこと
合図に怯える毎日はきつくて嫌だ

平気なふりなんかしないで
たまには死のうかって冗談でもいい、笑って

3+

no.317

七色に反射する光の中できみが誰かを裏切るところを見ていた。きらめきは花畑のように辺りを満たしていて、まるで悲しいことなんてひとつも起こらないような雰囲気だったのに。きみの内股を血が流れていて、耳朶は聞き飽きたフレーズを繰り返していた。聖書は人を必ずしも救わないが振り下ろせば凶器になるだろう。雨音。生き延びた雛が続々と飛び立っていくのに。幻を信じないと虹さえ目にできなかった。それじゃあ話はどんどん遠くなってしまう。走り出した列車の窓の切り取る景色が禁じられたフィルムに変換されていく。いつかぼくも裏切られる。きみを裏切ったからだ。繋がっていくストーリーから目を離せない。固く握り締めた手がふと何かに覆われる。目隠しに似て、世界に対するすべてを諦めさせる力がある。ここは花畑の真ん中。ぼくが見ていたのは理想でも現実でもなかった。これから訪れる未来の一幕、完全な予兆と祝福されえない顛末。夢を、愛を、素直に、貪欲に、だけど数には限りがあって欲望に対する富は即座に分配されるかに見えるから喜劇が終わらない。月が割れる。内側からあんなに苦手だった卵が産まれる。もう一度丸呑みになんてできやしない。

1+

no.316

はやくはやくって
にじんだ橙がぼくを呼ぶ
だけどわからないから
ずっと立ち止まっている

景色が変わっているのか
ぼくが歩き出したのか
どっちでもいいけど
答え合わせがしたくて足元を見た

黒い目がぼくを見る
踏みにじったかつての自分
恨めしそうだ
だけどまぶしそうだ

ぼくもそうだった
きっとそんな目をして
きみのことを見ていた
疎ましくて羨ましくて

どうしてその容れ物に
入るのがぼくじゃなかったか
ぼくだったら大切にするのに
ぼくだったら絶対に捨てないのに

きみの不満と
ぼくの羨望
きみの欠乏と
ぼくの飽和

どこまでも平行線
交じり合うことはルール違反
いつかまた出会いたいね
どれほど素晴らしいかを教えてあげたい

ぼくのために生きてって言えばよかった
それがきみの不本意だとしても
屋上であんなこと言わなければよかった
百の手紙を出したってもういいわけはできないのに

2+

no.315

きみの差し出すものを受け取れなかったのは、それがなくては生きていけないのがぼくじゃないからだよ。きみは運命なんか信じないって言うんだろうけど、彼にとってはよっぽど大切なことだ。ぼくは微熱を食べなくても生きていくことができるし、ちょっと傷をつけられたくらいで動かなくなったりしない。熱湯をかけられても変質することはないし、氷水に浸されてもそこそこ正常に作動する。だけど彼に関して言えば必ずしもそうではないだろう。茨をにぎったら痛いだろうし、形のない言葉にだってたやすく打ちのめされるだろう。ぼくは自分の優位性をひけらかしているわけではなくて、彼だけじゃない、君たちがそうだろうと言っているんだ。やわらかい心臓、いつもはあたたかいのに死んだらかんたんにつめたくなる血液、そういう裏切りやすい体を持って生まれたのなら、同じようなものと生きた方がいいのではないかとぼくは言っているんだ。わかるかい?この質問に頷いたらきみはぼくを忘れる。わかったね。ワン、ツー、スリー

1+

no.314

もしもあの角を曲がらなかったなら
もしもこの靴を選ばなかったなら
もしもストロベリーじゃなかったなら
もしもあの時フラフープが成功していたなら

もしも、もしも

僕たちはサーカスを渡り歩いて
まだもしもの遊びを続けていた
草は年中黄緑色をしていて
パレットと照らし合わせる必要はなかった

非難は羨望と受け止めた
勘違いは幸福の道しるべだった
みんながそれは間違ってると言った
だから正解にするために出かけた

片方ずつ耳にあてたイヤフォン
僕は右で聴くから君は左をよろしくね
痛みをはんぶんこすると一つに近づくね
切りそろえた前髪が少しずつ不ぞろいになった頃

氷の国に一本のろうそくを
紙の国にガラス製の水差しを
愛ばかり抜かす国に一丁の拳銃
そして風船を飛ばす国に一人のお針子

僕らの復讐の種は善意で受け入れられた
何年後かにそれは歴史を変えるだろう

宝石の国に模倣品の天才を
そして僕たちは邪魔されない死を

百年後にその種は芽吹く
その頃には誰が仕出かしたことか
どんな思惑があったのか
もうわからない誰にもわからない

今だってそうかも知れないのだ
この今だって気づいていないだけで
誰かの完全犯罪の顛末
僕たちは終わりを生きているんだ

1+

【雑記】聖域は持ち歩く時代

うどんやポテチを食べていても、なんかそんなことに負けないものを書きたかった。一駅で読めて、映画一本の感傷に価するものを。ゆっくりと、そのために割く時間がなくても、手を伸ばしたら触れる場所にあって、もうなんもかんも嫌になっちゃったなあって時に、フードをかぶる程度に逃げ込めるところ。ポータブル・サンクチュアリ。あ、詩の話ね。わけわからないままに「なんか好き」って、思ってもらえるような、向かい合うことはないかもしれないけど、「なんか、今日もここにあるな」って思ってもらえるような。そういうものを間に挟んだなら、正気を失わずに生きていける気がしたんだ。悪くない気がしたんだ。それが続いていけば。突然終わらないなら。時間が経ってもあり続けたなら。伝われと思った。それだけだって言いたかった。

5+

no.313

何の変哲も無い窓から見ている
世界の終わりと変わらない人間関係
灰色の雨が街の色を洗い流していく
横断歩道を待つ人がちぐはぐに眩しそうな顔をする

星は互い違いに流れてトタン屋根は光っている
今と昔が混在しながら空気に溶けていく
ふいにロリポップキャンディが気にかかる
いちご味なんだけどぼくはいちごを見たことがないから

たぶん誰も知らなかっただろう
予測できないのは独裁者が存在しなかったからだ
動くスピーカーが安全を唱えながら下校中の生徒を跳ねた
誰も泣かないと知って葬いは行われる

ぼくはそれでも好きだった
参列者の視線が戸惑うように動いて急に落ち着くところや
ふと思い出したように溢れてくる涙
時差があっていつの、誰のために出たものか分からなくても

命の大切さを思いながら昨日殺された命を食べる
濃い色のソースはどんな料理にもよく合って
(いちご味はいつのまにか消えていた)
ぼくは身分をわきまえずシェフを手招いた
みんなが眉をひそめる前でそいつの舌に料理を移した

1+

no.312

君がどうして幸せになる道を選ばなかったのか僕には理解ができない。わざわざ茨の生い茂る道に分け入って、微かだけど鋭い棘にやわらかな皮膚を裂かれて、それでちっともめげることなく平気でいるのは。君にとっての使命はもしかしたら違うところにあるのかも知れないのに。草叢に落とされたハートのエースを拾い上げて、もとどおりにつなぎ合わせるでもなく、このままでも悪くないねとまで言えるのに。水脈のありかなんて誰にもわからない、だとしたってここにはこれだけの緑が生息しているのだから他でも良いだろうに。夜になればカンテラひとつあるだけの心細い庭園。少しだけ勇気を出したなら君の横顔をスクリーンに映写されたもののように見つめてみる。どうしてだろう。なぜ僕だったんだろう。そんなことを繰り返し考えていたら形を失う心地がする。僕が僕でなくなっていくような。そうすると決まって、なんだ泣いたりなんかして、って、君の指がじかに触れる。サーチライトの輝きはない、この淡い発光を守るために闇があった。どんな前触れにも汚せない時間が、標本箱に守られずとも、いつまでもここにあった。

4+

no.311

きれいなものは
ぜんぶ
ぜんぶ、あなたにあげる

よごれていないところは
あかるいところは
つぎがあるところは

それをつかったあなたが
もしもぼくいがいを
だいじにするのだとしても

おとぎばなしにならなくても
どこにものこらなくても
あなたがぼくをわすれても

あしたもきっとのぼるたいよう
ねこのようにきまぐれでいいのに
りちぎなやつ、ほんとうにあきれる

2+