no.323

破壊されなかった塔
神格化されて不本意は籠の中
鍵は王様ごと国外追放
年号の変換
ルビーの瞳
反射する海のように豊かな髪
待ちわびて充血の瞳
誤字の反乱
愛しい、かなしい
ぼくがきみを産みたいのに
なぜあのひとから産まれたの
名もない草に音楽を与えよう
夕日に色を与えよう
そうすることで支配しよう
誰も騙されやしなくとも
時計の上でひなが孵る
それにはあってはならない器官がある
驚いて鏡の中に逃げ込んだ
あの日からずっと出られないんだ

2+

no.322

階段の先にドアがある
かかとを追いかけてここまで来た
何度目かで掴み損ねて
正体を教えたくなる
雪は夜半に降り始めた
ほら、またあの日だ
ぼくはまだ繰り返すのか
なぞり過ぎた順序は空で言えるほどだ
あなたが振り返る
逆光で見えない
ぱたぱたと涙の粒が降ってくる
スローモーションで七色にきらめく
ぼく一人のものだろうか
そう疑わずにはいられない
そんなさみしさが流れ込んでくる
握り返そうと思った手が
好きだよと言って突き放す
すがりつこうと思った背中が
凍えたコートを置き去りにする
あきらめられない
幻だとしても消え切らないせい
かんたんに捨てられない
他人が呆れれば呆れるほどに
ぼくの始まりを見ていた
そして終わりを見届けた
あなただから
星になるわけがない
海に溶けるわけがない
ましてや魔法に姿を変えたりしない
ぼくは誰よりも知っているんだ
その歪んだ唇が本当は笑っていたこと
野生の動物みたいな目がぼくを肯定していたこと
あなたの不在を認めたくないだけのぼくが
作り出したまやかしだったとしても
きっとそう振り返るだろう
きっとそう告げるだろう
それを知っているから眠ったりはできない
好きだよと言って突き放す
ああ、回想はまた振り出しに戻る。

2+

no.321

熱がさがらない日々に退屈して
ひとりでサーカスをみた
知っている顔を見つける
チケットには羽が生えて飛びまわり
ここがどこかも分からなくなる
一歩踏み入れたらぼくは異人
かなしい空中ブランコ
裏切りのナイフ投げ
気高く孤独な金色のライオン
彼らからはみんなの笑顔が見えている
あとは少しの恐ろしい期待と
だけど予定通り着地しておじぎする
観客は自分の中に芽生えかけた
おぞましい気持ちに気づかず
それを抱いてもとの生活に戻る
ぼくもそうなのか
ぼくもきっとそうなんだ
蛇でも飲んだみたいだ
ビルの清掃員
初心者マークの運転者
ベビーカーに眠る赤ちゃん
蛇でも飲んだみたいだ
眠れば元どおりになるんだろうか
眠ればサーカス会場に戻ってしまいそう
蛇でも飲んだみたい
蛇でも飲んだみたい
そうだ、蛇を、飲んだんだ
もう行かない
サーカスなんて行かない
違う、二度と行けない。

1+

no.320

ノウゼンカズラのことはきみの鼻歌で知った
ぼくはそれを繰り返し過ぎて笑いものになっていたんだってね
気づかなかった
この白い部屋がとてもやさしいのは色を拒まないせい
たとえば赤が飛び散れば赤を吸いこんだし
青が反射して光るならその作用と光ごと飲みこんだ
そしてもう一度目を覚ましたら白に戻っているんだ
(魔法のよう、だろう?)
魔法と言えばきみの存在も似たようなものかも知れなかった
道理で誰にも話が通じなかったわけだと今なら理解ができるけど
(本当のことを言えば、そう、ぼくは、誰にも理解されたくなかったんだ)
毎日飽きなかったよ
ノウゼンカズラは毎年同じ花を咲かせた
そこに種子を落として
あの爆破事件があった後にも何事もなく咲いた
いったい何人がどれだけ勇気づけられただろう
それは花弁に埋もれて笑っていた
それはきっと長い昼寝だ
それは一緒に歩いていても同じくらい遠くへは行けなかった
それは言葉を尽くしたり道具を使うことでは叶えられないことだった
今ぼくはこうして自分の生い立ちを振り返っていられる
その時間が与えられたことに意味があると考えるなら確かにあるんだろう
目をつむってもひときわ鮮やかな残像になるのは穏やかな幼年時代
(来世はどんな命になろう?)
ソーダ水の向こうからきみが鼻歌と同じ調子で語りかけてくる
平気だった、謎謎をそのままにしておくこと、それがぼくに与えられた才能だった
蔦の茂みを無理矢理に通過したせいで付いたかすり傷
きみが一つも年をとらない理由なんてさがさないさ
出会ったころと変わらぬ姿でぼくのさいごを見届けてくれれば

3+

no.319

きみの存在が数値化される。ぼくの仕込んだたくさんのひみつが目に見えるようになる。味気ないけどそれで救われる人がいるのなら遮らないでおこう。予測変換が世界をつくっていく。この病院の中庭には四季がない。あらゆる季節の草花が咲くから。それはここから出られない人を思って手向けられた花束から繁殖したもの。きみの命だからきみのものだよ。そう言えば良かったのか。言語になれない溜息が漏れていった。でもそれを誰も望んでいないとしたら。隙間のないよう手を揃えても水が漏れていくんだとしたらそれはもうぼくたちが透明なのかもしれない。満たされないと不平をひとつこぼすごとに色が死んでいったんだ。抱きしめるにはちょうどいいといいわけをしながら。おたがいの濃度が下がった頃に再会を果たして、おそるおそる指先を伸ばした。百年ぶりの肌は始めは測定できず、後から浸透してきた。口をひらかなくても、目を閉じていても、きみが何を言いたいかが分かる。見てきたもの、食べてきたもの、会ってきたひと、ひとりのときに考えていたこと、とめどなく注ぎ込まれてくる。体の中に居場所のなくなった涙が、押し出されるようにこぼれてきた。ひとつ落っこちればふたつめはわけなかった。ぼくは目を開けた。視界は潤んでぼやけていた。そのまま球体になった。次に瞬きをしたらもう人間だ。誰かの声がする。忘れたくない、でももう一度思い出してみたい。それはぼくがつくったの。それはぼくが育てたの。知りたくない、でも分かってしまう。それはぼくに愛想尽きて、もう大丈夫だよと突き放す。いつか夢に見た花盛りの棺。

4+

no.318

きっと巡るだろう。灯台のあかりのように。だけど海に眠る者たちにはそれはきらめき過ぎているだろう。やすらかに反するだろう。それでも帰りたい者を優先させるのかとなじられて、使わなくなった右腕を差し出す。新たな血が刃をあたためるとき、鳥は波に降下する。ここにはいくつもの記憶があり、だいたい同じ数の忘却がある。うねりはそれを混ぜて白昼は何もない顔をしている。夜はいろんな声がする。いろんなものが光る。ぼくはそれが怖くてたまらない。だけどあなたはそうではない。これも同じだったのだと言って骨のひとつを拾い上げる。砂浜に打ち寄せられたものはみな寂しかったのだろう。小指だけになっても約束を果たしにきたのだから。知り過ぎたあなたの背中はあまり語りたがらないが、ぼくまで無口にならないようにと時折は重い口をひらく。旅人のカンテラだよ。向こう島の縁に沿って火の粒が移動をしているだろう。彼らはああして生活するんだよ。日々の営み以外に守らなければならないものはない。信念、戒律、道徳心。じゃああなたは反しているね、ぼくの言葉に久しぶりの笑みを見せる。さあ行こう、おれたちはおれたちの道を。これが安全なピクニックならいいのに。ぼくはそんな夢を見る。しかしすぐに飽きてしまう。見知った花を踏みにじる勇気。愛玩していた小鳥のけなげな骨格を砕く無慈悲。ぼくしかいないあなたのいる世界の心地よさ。この儚さが失われるんなら退路なんか要らない。一度だけ繋いだ手の感触を二度と忘れることはない。

2+

no.318

そんなちかくで見ないで
もうどこへも行かないで

優しくしてくれなくていいんだ
無視だけはしてほしくないけれど

ほかの誰かに夢中にならないで
ぼくにばかり愛想良くしてるなよ

絶対って言わないで
もしもって切り出さないで

幸せで締めくくらないこと
合図に怯える毎日はきつくて嫌だ

平気なふりなんかしないで
たまには死のうかって冗談でもいい、笑って

3+

no.317

七色に反射する光の中できみが誰かを裏切るところを見ていた。きらめきは花畑のように辺りを満たしていて、まるで悲しいことなんてひとつも起こらないような雰囲気だったのに。きみの内股を血が流れていて、耳朶は聞き飽きたフレーズを繰り返していた。聖書は人を必ずしも救わないが振り下ろせば凶器になるだろう。雨音。生き延びた雛が続々と飛び立っていくのに。幻を信じないと虹さえ目にできなかった。それじゃあ話はどんどん遠くなってしまう。走り出した列車の窓の切り取る景色が禁じられたフィルムに変換されていく。いつかぼくも裏切られる。きみを裏切ったからだ。繋がっていくストーリーから目を離せない。固く握り締めた手がふと何かに覆われる。目隠しに似て、世界に対するすべてを諦めさせる力がある。ここは花畑の真ん中。ぼくが見ていたのは理想でも現実でもなかった。これから訪れる未来の一幕、完全な予兆と祝福されえない顛末。夢を、愛を、素直に、貪欲に、だけど数には限りがあって欲望に対する富は即座に分配されるかに見えるから喜劇が終わらない。月が割れる。内側からあんなに苦手だった卵が産まれる。もう一度丸呑みになんてできやしない。

1+

no.316

はやくはやくって
にじんだ橙がぼくを呼ぶ
だけどわからないから
ずっと立ち止まっている

景色が変わっているのか
ぼくが歩き出したのか
どっちでもいいけど
答え合わせがしたくて足元を見た

黒い目がぼくを見る
踏みにじったかつての自分
恨めしそうだ
だけどまぶしそうだ

ぼくもそうだった
きっとそんな目をして
きみのことを見ていた
疎ましくて羨ましくて

どうしてその容れ物に
入るのがぼくじゃなかったか
ぼくだったら大切にするのに
ぼくだったら絶対に捨てないのに

きみの不満と
ぼくの羨望
きみの欠乏と
ぼくの飽和

どこまでも平行線
交じり合うことはルール違反
いつかまた出会いたいね
どれほど素晴らしいかを教えてあげたい

ぼくのために生きてって言えばよかった
それがきみの不本意だとしても
屋上であんなこと言わなければよかった
百の手紙を出したってもういいわけはできないのに

2+

no.315

きみの差し出すものを受け取れなかったのは、それがなくては生きていけないのがぼくじゃないからだよ。きみは運命なんか信じないって言うんだろうけど、彼にとってはよっぽど大切なことだ。ぼくは微熱を食べなくても生きていくことができるし、ちょっと傷をつけられたくらいで動かなくなったりしない。熱湯をかけられても変質することはないし、氷水に浸されてもそこそこ正常に作動する。だけど彼に関して言えば必ずしもそうではないだろう。茨をにぎったら痛いだろうし、形のない言葉にだってたやすく打ちのめされるだろう。ぼくは自分の優位性をひけらかしているわけではなくて、彼だけじゃない、君たちがそうだろうと言っているんだ。やわらかい心臓、いつもはあたたかいのに死んだらかんたんにつめたくなる血液、そういう裏切りやすい体を持って生まれたのなら、同じようなものと生きた方がいいのではないかとぼくは言っているんだ。わかるかい?この質問に頷いたらきみはぼくを忘れる。わかったね。ワン、ツー、スリー

1+