no.333

ぼくは一冊である
きみに読まれる
ひとつの詩
一冊の本

きみの時間を食べます
いのちを蝕みます
ぼくといるときみは
他のことを忘れてしまう

ぼくには血が通っていない
きみが読んだときに
ぼくは生きることを始める
きみの血になって
きみと生きていける

教室の隅で
まっくろな瞳で
さみしさを忘れて
西陽で少しまぶしそうだった

きみの手はぼくを支えた
熱い涙がこぼれていた
ぼくの内側からは決して出ることのない

それはどの本に書かれている
傑作より純粋な一つの結晶
きみがつくった初めの詩
死なないぼくには絶対にできないこと

4+

no.332

きみの言葉に傷ついたことを夜になっても認められなかったのは、もっと好きになりたいという気持ちの裏返しだった。過度な期待と無駄になるかもしれない思いやり。奪われるばかりで枯れてしまう気がしていた。どうせすべてが自分の感じ方次第だったとしても。思い出を頬張って涙がこぼれるのをこらえていた。誰も見ていない。誰も気にも留めない。分かってる、それくらい分かってる。解体されるぼくの感情。同じものを再現することはきっとできない。だから今がいちばんつらい。早く何もかも分からなくなりたい。失われたものを求めているころが一番幸せだったかもしれない。大人は教えてくれないけど。嫌いになれないものが離れていくのを眺めていることが一番の幸せだったかもしれない。子どもはそれでも目を逸らさないだろう。車窓の内側と外側で、どちらが残されているのか考えてみる。つなげなかった手と手はそのせいで永遠にあったかいんだ。忘れていいよとほほえみながら、忘れないでと呪いをかける。淡い紫色が差し込むホームで。時間をかけて編まれた名前が今、けむりのようにほどけていく。

4+

no.331

一度じゃない。何度もだ。思い出さないんじゃない。分かっているのに、だ。ぼくは繰り返し捨てるし捨てられる。傷つけられたことは記憶に残さない性分。だから成長しないんだよってきみは笑うだろうけどそんなのお互い様だろう。むきになったりしない。成熟することで失われる美、視界を過ぎる割れた窓の街、重ね塗りの夜、同じものに包まれていることは危険でしかない、変わりたくないの、だったらなおさら動かなきゃ、シェルターはいずれ突き止められる、甘やかしてくれるだけの毒なんかない、だったらあいつを甘やかすんだよ、ファニー、昔住んでた家が燃えている、ちいさなあの子の墓場、骨は白いままで砕けることも許されない、シット、机の上を片付けて、禁じられた遊びを順番にこなしていこう、見つめられるなら見つめ返せばいい、それが不安になるくらいに、赤が足りない、じゃあ青を買ってくるよ、相対的にね、この世界から青が減ったらきみの赤は増えるだろう、ねえ、スイート、今だってそうだろう。愛なんて語らないで。いちばん遠いあなたで。破片と花弁のベッドルーム。利き手を奪われた状態で、なんという狂気の沙汰。

2+

no.330

可哀想になることで息をするんだ
わかるよ、
生きてくって惨めだよね
そのために幸せを集めないといけない
良いか悪いかじゃない
でこぼこの列から外れることなんかない
答えを知っているのに知らんぷり
殴られるのは痛いから嫌だ
軽蔑されている方がマシだよ
少なくとも自然でしょう、血は大切だよ
あなたの中のいろんなものに反するだろうけど
交通マナーというルール
お金という信頼
朝干した洗濯物が乾いていてお腹は空く
ばかだ、
何書いててもまたお腹が空くんだから
愛なんてほんときもちわるい
黄昏のなかで遊んでいる小さな生き物が
そんなものと無関係だって騙されていたかった
用意されたものを手にすればこの痛みが
続かないならぼくだってそうしたさ
嘘をついてもいい、だけど嘘になるなよ。
銃口をつきつられておもちゃだろって笑うの、
あなたくらいだ、ばかだな。嘘にしないで。

3+

no.329

青の封筒で送られてくる手紙の差出人についてずっと気づかないふりをしていたけれど答え合わせの機会がきてしまっんだ。ぼくは遠いむかしに、または、それほど遠くない未来、あなたに会っていた、または、会うことになっていた。
運命は信じないけど繰り返しはある。そしてそれを運命と呼ぶのならあなたはたしかにそうだった。色のない世界を憐れむのはいつだって色ある世界しか見えていない奴らのすることでぼくはいたって自由だった。あふれているものを欲しがる精神は身についていなかったし、でもそれはこの基盤では多少厄介な性質で、管理者には目印が必要だった。ぼくの利き手は夜になると光った。だから何食わぬ顔をするために手袋で覆っていたんだけどあなたはそれにも気づいていたね。
爛れた内側が修復するまで否応なしに話さなければいけなかった。青い便箋はいつも何か訴えていたのにぼくにはもったいなくて気づかないふりをしていた。だから感覚は鈍くなってそのうち本当に気づかなくなりそうだったんだ。
あなたといると南の島の浜辺を歩いている気分だったよ。急かされもせず、切なくもない。あなたはぼくに何も足さないし欠けていることを感じさせない。あなたはいつかぼくを殺すだろうが珍しいことじゃない。抵抗も感じていない。そうじゃなきゃ明日吹く風にだって死ぬんだから。
誰もが嫌な顔をして陰口を言うんだとしてもぼくには降る花が見えるし、それはやっぱりあの青をしていた。少なくともぼくは信じている。適切な言葉が見当たらないんだ。あなたは、いらないよそんなものって言う。違う、ぼくのためだ。ぼくの放った言葉であなたの名前が決まるんだ。
これは欲求の芽生えだね。
正直に言おう、誰にも渡したくない。あなたを、誰にも、渡したくない。
認めることはみすみす呪いにかかるということ。ぼくはそのとおりの思いに苛まれるだろう。だけど誰も信じないのならぼくが口にするほかないんだ。あなただって信じないのなら。
青い封筒は増え続け、ある日いっせいに空に散る。ぼくのつたない輝きがその一瞬に溶けてしまうよう、祈っている。

3+

no.328

きみのあいしてるはいつだって
永遠のさよならにきこえた
これきりだっていうずるさがあって

まるで引き裂かれるみたいだね
本当は離れていくくせに
わがままを演じて記憶に残ればいいのかな
聞き分け良く応じたほうがよかったかな

そんなことないよ
ありがとう
これからもずっと
ずっとずっと一緒だね

ありえないから頷けた
好きだから喧嘩もできた
ひとりでいる時間
きみのことを考えてどんどん陳腐になる

満月が音を立てて溶け出す
おそろしい夜だ
あの雲の向こうに誰かがいて
それは基準のない悲劇をさがしてる

逃げて!
(どこからどこへ?)
つかまらないで!
(だれがだれに?)

金木犀の香りをたどったなら
出口がみつかるなんて保証はない
だけどそう信じて走り続けていれば
少なくとも手は離さないでいられる

愛情はいつも何かと引き換えで
だからこれは代償で
かなわなかった大切なひとを犠牲にして
何百粒という涙が朝焼けを薄めていく

さあ
もう一度目隠しの世界だ
邪魔が入ることはない
ぼくたちは名前を預けた

すっかり馴染んだ背中合わせの状態から
約束さえせずばらばらに歩き出す
途方もない賭けになったとしても
奇跡を信じるよりかは随分と正気だ

2+

no.327

この呼吸があなたを怯えさせる
淡くむらさきに発光するからだでは
きみが真夜中を待ち焦がれるとき
ぼくはその手をとって白日の下を歩いてみたかった
うまくいかないものだね
そうやって悲劇を楽しんでいるのかもって思えてくるほどに
人を死なせるには自らが手を下さなくたっていい
ただ見ているだけでも彼らは死んでしまえるんだ
言葉をかけないことでも、何もしないことでも
命がサイクルしているという保証はない
そのおかげで命はサイクルしていると言い張ることだってできる
明日は何になろう、そう声をかけながら正反対の神様になることだってできる
ぼくは、つらい、さみしい、うれしい、たのしい、
そんなことを繰り返していたらじょじょに体が色を持ち形を持つ
存在してしまった、これが幸か不幸かはまだ分からないけれど
ぼくのずっと見ていたきみは何度でも立ち上がったね

3+

no.326

あなたの血が骨がそして願いが、あなたにとってはもうすでに重たいのだ。雪を踏みしめるにも罪を感じ休まらなかった。種を詰めた縫合跡をなぞることは心やすらかになる数少ない方法のひとつで、そればかりに夢中になっている時間もあった。ぼくは奪取することが使命で嫌われることが多かったがあなたは褒めてくれた。きみの、これはなんでもないことだってカオが、さいごにひとをあんしんさせるんだろう。言っていることはちゃんと理解できていなかったと思うがぼくをあなたの見る目は優しかった。ときどき、もういいんじゃないか、って思うんだ。役割を放棄して、すべてに背を向けても。踏み出す一歩で奈落へ行って、青い業火に朽ちることもできず、呻き声すら苦痛になるような時間に身を投じたって。想像することはそれ自体、ぼくにとって擬似的な懲罰で、だからやっぱりどこまでも臆病で狡猾なんだ、たとえ誰に責められなくても。ぼくが、あなたにとって何よりの仇であること、知ってからだ。あなたのまなざしは、ぼくを通して、あの人に向けられていたんだ。復讐を被る理由なんてあまりあるのに、ぼくの向こうにはいつもあの人がいたからだ。後悔だけで終わることができたらよかった。落としたガラスのコップが思いがけない割れ方をするように、二人の行く末は神様だって知らない。嵐が遠い。静寂はさしあたっての咎、けなげな鼓動は見返りを求めたりしないのに。

2+

no.325

ぼくのために生きているきみのいる世界が今日もぼくを殺さない。優しくて残酷で少しだけ胸が苦しい。この冬は何を残して何を失うんだろう。みんなひとつになってあったまることはできないんだろうか。答えは、できない。小鳥の胸に巣食うその体温のような、口づけ、脚の数が他と違う昆虫の成れの果て、のような初恋の残影、きれいなばかりでなくて汚されることだって経験したかったけどたやすく許されなかった、それを羨む人の少なくないことはしばしばぼくを恐ろしい気分にさせた。ねえ、きみは怖くないの。ぼくを愛することが?わたしは平気、だってもう知らない頃には戻れないもの。だったら。いっそ。ろうそくの火を隠そうとしてかえって目立たせてしまう。そんな命で、そんな崩れやすさで、どうやってこれからをつなげていくんだろう。わからない、わかることなんてなにもない。だから人は人を信じる。わからないことの中に何かひとつ、自分の意思でどうにかなるものを通したくて。きみが好きなようにぼくは自分を好きになれない。だけどきみにだったら騙されてもいいと時々思うようになっている。抵抗するなんて馬鹿げてると言えるような。いま寝がえりをうてば光が差す。まだだ。この夜を追いやるにはまだ早いんだ。そうしてぼくはきみの背に耳をつける。明日の血潮が頬を撫でるように。喉元で文字が弾けて懐かしい花の香りでむせ返りそうなほど。わかりたい。いつかきみをわかりたい。そんなふうに言えばきみは笑うんだろう。もう届いているってことだよ。主語の要らない会話。だいすき、それから、あいしています。そう声に出したら、初めてぼくがぼくのものになった。きみはまだ夢の中。

2+

no.324

ぼくたちは互いの殺意を見せ合った
だからって変わる出来事はなかった
手を繋いだって体温まで移せないのと同じで

あの灯台はもう光らないね
掠れた声が感情もなく告げる
その横顔を盗み見る勇気はまだない

およそこの世に生きており
一度も愛する人を刺してみたいと
思わないやつなんているんだろうか

読めないラベルのマッチを擦る
そして後悔する
こんなにかなしい旅を始めてしまったことを

会うもの会うものこじれていた
大きな絶望を覚えた
だからといって飛び降りるまではなかった

強欲な風はすべてを持っていこうとする
今は遠くなってしまった誰かのマフラー
首元に結び直して弱い熱を集める

手品師のトランプのように
繰り返しシャッフルされても
限られた枚数だから必ず巡る

使わなかった切符
使えなかった切符
星を砕く時きっとあんな音がする

差し出せるものがないぼくたち
顔を覆う包帯をはずしていった
それは致命的とも言える譲歩だった

だってもう怖くないんだ
きみを信頼することの代償が
失うことでしか満たされないなら

奇跡に背を向けたつもりで
まだ許されたがっている、その役目を
きみに預けてみたいだけ
ぼくに委ねてほしいだけ

2+