no.325

ぼくのために生きているきみのいる世界が今日もぼくを殺さない。優しくて残酷で少しだけ胸が苦しい。この冬は何を残して何を失うんだろう。みんなひとつになってあったまることはできないんだろうか。答えは、できない。小鳥の胸に巣食うその体温のような、口づけ、脚の数が他と違う昆虫の成れの果て、のような初恋の残影、きれいなばかりでなくて汚されることだって経験したかったけどたやすく許されなかった、それを羨む人の少なくないことはしばしばぼくを恐ろしい気分にさせた。ねえ、きみは怖くないの。ぼくを愛することが?わたしは平気、だってもう知らない頃には戻れないもの。だったら。いっそ。ろうそくの火を隠そうとしてかえって目立たせてしまう。そんな命で、そんな崩れやすさで、どうやってこれからをつなげていくんだろう。わからない、わかることなんてなにもない。だから人は人を信じる。わからないことの中に何かひとつ、自分の意思でどうにかなるものを通したくて。きみが好きなようにぼくは自分を好きになれない。だけどきみにだったら騙されてもいいと時々思うようになっている。抵抗するなんて馬鹿げてると言えるような。いま寝がえりをうてば光が差す。まだだ。この夜を追いやるにはまだ早いんだ。そうしてぼくはきみの背に耳をつける。明日の血潮が頬を撫でるように。喉元で文字が弾けて懐かしい花の香りでむせ返りそうなほど。わかりたい。いつかきみをわかりたい。そんなふうに言えばきみは笑うんだろう。もう届いているってことだよ。主語の要らない会話。だいすき、それから、あいしています。そう声に出したら、初めてぼくがぼくのものになった。きみはまだ夢の中。