no.320

ノウゼンカズラのことはきみの鼻歌で知った
ぼくはそれを繰り返し過ぎて笑いものになっていたんだってね
気づかなかった
この白い部屋がとてもやさしいのは色を拒まないせい
たとえば赤が飛び散れば赤を吸いこんだし
青が反射して光るならその作用と光ごと飲みこんだ
そしてもう一度目を覚ましたら白に戻っているんだ
(魔法のよう、だろう?)
魔法と言えばきみの存在も似たようなものかも知れなかった
道理で誰にも話が通じなかったわけだと今なら理解ができるけど
(本当のことを言えば、そう、ぼくは、誰にも理解されたくなかったんだ)
毎日飽きなかったよ
ノウゼンカズラは毎年同じ花を咲かせた
そこに種子を落として
あの爆破事件があった後にも何事もなく咲いた
いったい何人がどれだけ勇気づけられただろう
それは花弁に埋もれて笑っていた
それはきっと長い昼寝だ
それは一緒に歩いていても同じくらい遠くへは行けなかった
それは言葉を尽くしたり道具を使うことでは叶えられないことだった
今ぼくはこうして自分の生い立ちを振り返っていられる
その時間が与えられたことに意味があると考えるなら確かにあるんだろう
目をつむってもひときわ鮮やかな残像になるのは穏やかな幼年時代
(来世はどんな命になろう?)
ソーダ水の向こうからきみが鼻歌と同じ調子で語りかけてくる
平気だった、謎謎をそのままにしておくこと、それがぼくに与えられた才能だった
蔦の茂みを無理矢理に通過したせいで付いたかすり傷
きみが一つも年をとらない理由なんてさがさないさ
出会ったころと変わらぬ姿でぼくのさいごを見届けてくれれば