no.255

生まれてくるより前に
どこかの国の
誰かと誰かで
酷くさみしい別れを
したんじゃないのか

あなたが目を覚まして
顔を洗うときに
シャツの下
肩甲骨の出っ張り
鏡に映る
ドラマチックでない朝

驚いた顔をして
なんで泣いているのって
振り返っても同じ顔があって
これは夢じゃなかった
あなたはいつも自然だ

長い坂をどこまでも
陽炎に揺られて
行き着く先がどこででも
転がって良いんだと
何も後悔しないような毎日

何度でも出会いたい
あなたが本当は
僕を殺す人であっても
その瞬間に
一時も躊躇わなくても

受け容れるのだろう
文句はないのだろう
もう一度出会いたい
形容詞のない運命
壊れてでも試されたい

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no.254

僕が忘れていたもの
忘れたくないと願う
そばから忘れていったもの
フィルムカメラに残っていた
ラストの一コマ
分かたれた道と結末
一度の視線の行き違いで
叶えないことで閉じ込めようと思った
笑っちゃうくらいバカだったな
ブーゲンビリアの色だけが飛んでいて
歌わないでも全身から音楽がこぼれてた
いつかだれかのキラーチューン
いつかあなたのキラーチューン
夢に見るくらいなら偶然だって
恋い焦がれるほどなら奇跡だって
起こせたんだ、起こせたんだ、起こせたんだ
百年前にも後にももはや起こらない
誰が誂えたのでもない交錯を
味わってみるなら絶対にこの今なんだ
ラムネ越しに見た特大の打ち上げ花火
逸らした目線がほらまた結ばれた
怯むな、淀むな、無いことにするな
何を言う、離すな、この恋からは逃げるな

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no.253

爽やかな色使いの油絵や、書きたいものに気づけない詩人、もうこの世にいないアーティストの作品、それに触れ自分の欲望を見つけた少年。新しいものは死に、古いものから何か生まれる。明日はきっともっといい日だと目を逸らしたい今日、カレンダーを塗りつぶしていく紺碧のフェルトペン、誰か殺してくんないかなあとぼやきながら真反対のことを考える少女の顎にあるほくろ、明後日手術を迎える、老夫婦の繋いだ手、天空、一瞬のマジックアワー、雑多なものであふれたカメラロールにおさめる純真、気づかれない青春、食卓に配布される訃報、間違われたリチウム電池、初めて飲んだ微炭酸、静かになる蝉、燃え上がる線香花火。間に合わない、追いつけない、満たされない、届かない。走り出して、追いかけて、乾きを知って、また手を伸ばす。美しい保証はない、安全な保証も、幸せになる保証もない。同じ場所にずっといられないだけ。おまえは無謀だってきみから笑われるのが好き。仕方ないなと隣にいてくれるきみのことはもっと好き。

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no.252

信じるよりも確かなこと。
手を伸ばせば握り返されたこと。
遊ぶようにさみしくなかったこと。
金物屋で凶器を物色していた放課後。
あの子たちみたいにきれいに翻らなかった制服のプリーツ。
未来なんかどこにもなかった。
赤信号で踏み出した月曜日の夕暮れ。
泣きながらアルバムをめくっていた金曜日の朝。
どんな時も、見えなくてもそこにあることでここまでを生きてこられた。
夜の虹のように。
踏みにじったコラージュ。
笑われた名前。
滅びろって思ってた。
だけど難しいから変えちゃおっか。
って、思ってた。
金物屋の跡地には新しく郵便局ができた。
切手を貼ってあの日に届けよう。
手紙の書き出しはこうだ。
親愛なる十年前の死にぞこないへ。
そんなに悪くないですよ。
破られるかな。
だけど知ってほしい。
踏み出すんだろう、そして死に損なうんだ。
だけどどうせ踏み出すんだろう。
その一歩で行けた場所を捨てて。
だけど死に損なう。
一度も信じられなかった未来からのささやかな贈り物だ。

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no.251

思い出せる日々は
青いクリームソーダの底に沈めて
もう生きていたくなかった
あのよるあのよるあのよるを、沈めて

生き延びた理由はなんでもいい
死ぬのが怖かったから、それだっていい
始まらなかったかも知れない
だけど終わるものもなかった

夢にまで見た屋上は
そこから見える景色は真夏なのに
何故だか静かな雪が降っていて
山みたいだねと懐かしい声がする

腐ることのできなかった三年間
誰も知らないあの人が保健室を抜け出して
お互い手首をとって探し合いをした
他になんにも遊び方を思いつけずに

あの頃は知らなかった
そんな過去があるんだ
あの頃は知らなかった
こんな未来へたどり着くんだ

きみは優しい
ほんとうに、やさしい
ぼくの脈を見つけてくれたあの時から
そこだけはずっと変わらないんだね

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no.250

心のどっかで馬鹿にしてたとこあるよ、絶対。でもそれって実は自分を侵食して来るかも知れないものへの拒絶反応だったり焦らしだったりするので、馬鹿にする反面、ちょっと期待して待ってみてもいいかも知れない。なんなら待つだけじゃなくて一歩でも良いから自分から歩み寄って迎えに行ってもいいかも知れない。そしたらそれはあっけに取られて「お、おう」みたいな反応が期待できるかも知れなくて楽しく優位に立てるかも知れない。僕達私達は未来をコントロールすることはできない。それも含めてまだ実存し得ないものだから。あたりまえに来ると思ってる明日はその確率と同じくらいもしかすると来ないかも知れなくて、明後日もあると思ってる世界、会えると思ってる人、それらも同じ。全部未来のものだから。僕達私達、なんて無数の「都合のいい」期待のもとで生きてるんだろう?じゅうぶんに前向きで呆れるくらい楽観的だから安心して昼寝ぐらい取るといいのだ。おやすみなんか要らない。もう目覚めないかも知れないと心の片隅で思いながらあなただけの思い出で作られた夏の夢を見てください。神様にだって会えるよ。そしたら冗談めかして笑い話にでもしてください。そんなこんなを死ぬまで繰り返すだけです。生きること。

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【小説】野良猫の詩

この人、きっとぼくを拾うだろうなあ。

ひとりに飽き足りた目をしているもの。着こなしたスーツ。ひとつひとつの仕草がさまになってる。嫌悪感を抱かせない顔つき、表情。かっこよくて優秀で誰からも指図されたことがなくて憧れられるばっかりで。そしてそのことを一度も責められもしないで生きてきたんだろうなあ。いるよね、持っちゃってるの。産まれながらに備わってるの。そういう人種の最大の悲劇は共感者のいないこと。優しさも思いやりも裏があると思われちゃうんだよね。うん、うん。じゃあ未知だよ、未知。ぼくが新しい扉ひらいちゃうかもね。自分の血とかちゃんと見たことある?まあ、こんな完璧な人間を傷つけようとする輩はいないか。たとえばさ、差し出した料理を皿ごとひっくり返されるとか、おまえだけは許せないとか理不尽に除外されるとか、自分の持てるすべての資産能力なげうっても満足してくれないやつがいるとか、そんな経験ある?ないよね。それ全部全部叶えてあげるよ、これからは。手加減なしだよ。邪魔のない世界には飽きたんだよね。そんな顔だよ。簡単に許されることに、何をしてもしなくても受け入れられることに、疑問を抱いてもらえもしないで、そこにいるだけでいいと言われ続けた暮らしも、今日で終わるね。明日から引っかき傷だらけの毎日が始まるんだ。そうでしょ。それしかないでしょ。生きていくために必要なんだよ。誰にも言えなかったよね。罵倒されたかったし裏切られたかったよね。みんなのじゃなくて誰かの特別になりたかったよね。なんなら足蹴にされたかったし顎で使われたかったよね。濡れた毛を乾かしてあげたかったし傅きたい日もあるでしょ。そうでしょ。それ全部全部叶えてあげるよ。初めて満たされるよ。かわいいって、いとしいって、そんな気持ちで毎日はりさけそうになるんだよ。

うん。
この人はきっとぼくを拾う。
きっとじゃない、絶対。

1+

no.249

いろんなライトの色にくるまって眠るのが好き。匿名じゃなくなるのって安心する。秘密を奪われるのって。何か話して相手が眉をひそめるとぼくは正しいんだなって思う。ピンク色が一箇所に集まって誰のもとにも戻らなくなっちゃったからこんなに高く売れるんだよ。わかる、あの子がくわえていたカミソリの味、プールの水面の色したラムネ、虚構の純喫茶でティータイム、流れる血とは無関係のセラミック、それを青春だの呼ぶこと、欲しくて欲しくて、憧れて憧れて、それでも手に入らなかった時にそれを本当には望んでなかったからだと気付いた。田舎も都会も星の数はおんなじ。使い古された言い回しが道端に捨てられていてその栄光をかじってまた捨てた。拾ってまた捨てた人になりたくて。それだけ。ふと前方に現れたのは女学生の後ろ姿。追い越して見ればむかし僕の男だったやつ。やっぱり。意地悪じゃなくてまだみんなに内緒だった頃の合図。舌を見せよう、そこにはもう小さな刃物のないことを証明しよう。お互い晒した赤い舌は着色料に染まってたけど、ああ、そうだ、これが欲しくて眠らない夜もあった。僕たち今は話せる。空のこと。先生のこと。握っていたペットボトルの味についてや、履き倒したスニーカーのこと。張り詰めてて何も話さなかったあの頃。変わったねと言った。まだまだ変わるよと答えがあった。変わらないほうが危険なんだよ、そのほうが。ピアスの穴、とじたんだ。合わなかったから。でもわかるよ。ここにあったの。消えないのかな。消えないよ。この傷はなに。今の男。彼氏。何歳。七歳年上。上司。そう。まじで。うん、まじで。その格好は。彼氏の趣味。いや、おれの趣味だけど。そう。おまえは。女の子だよ。目が覚めたか。男はもう良い、忘れらんなかっただけ。またまた。もう一度始めてみる。それいいね、と、言うとでも思ったかバーカ。ざんねん。本気でそう思ってんなら言え。お。お?お。出直していい?そうしろ。こんな田舎もうこないと思ってた。なんで。嫌な思い出しかないだろ。そうでもないけど、おまえもいるし、桃はおいしいし。未練。は、ない。笑笑笑。何も消せてなかった。それって最高じゃん。潜伏してただけ。生き延びていた。殺されなかったし死ななかった。最高じゃん。一番じゃなくても大切にするよ。お気持ちだけいただきます。そう。てか、足を閉じろ、おまえいまスカートだぞ。あらやだ、うっかりうっかり。うわ、かわいくねえ。釘づけだったくせに。冗談。笑笑笑。

幸せになれよ。
笑顔でそう言うことが自分への罰で、いつかのおまえへの復讐。
忘れない、忘れさせない、何度でも言うよ。
どうかずっと幸せに。
そのあとで叩きのめされてまたおいで。

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no.248

真夜中がきたらぼくの中できみの失脚に対する願いが強くなる。悪魔にしたんだ。誰がってことわざわざ訊かないで。夕焼けを見ながら夜は全部隠すって嘆いていたあの子がかわいかったよ。そんなふうに考えたことなかったから。ぼくを映さなくてもその目はいろんなものを見ていて黒いんだね。誰かが訴追してくれないかと思う。手を下せずに。乾かない血だまりが完成しないかなと思う。秘密の血だまり。よどんでしまって取り返しのつかない気持ちでも初恋にできるなんてすごい魔法だ。ひとつも信じられない。ひとりになりたい。そんな言葉を鵜呑みにするなんて思わなかった。だからくたばれ失脚しろ。凶暴な悪役で倒されてやるから、手を抜くな、ヒーロー。心を痛めるなんてきみらしくない。闘え。相手が誰であってもだ。ずっとそうやってきたんだろう?

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no.247

気づいているか、それが命綱になっている。あなたが知らずに踏み続けてちぎれかけているもの。強くなろうとしても意思のないもの。いつでもあなたを守ることから逃げ出せて誰にも責められないもの。追われる身にはなりえないもの。ぼくはそれを切断してしまった者をたくさん見た。いっときは気が楽なんだ。それから自由になった気もする。十年と百年が過ぎる頃には何が起こったか忘れてしまってるんだけど、感覚だけ覚えてんだよ。生きていくことを決意しなくてもいい朝に、夜に、真昼でさえ、その声を聞かされるんだ。すべきことをしなかった。すべきではないことをしてしまった。それでも。いつかの悪態ひとつ違っていたら、この愛は生まれなかった。あなたなど地獄へ落ちるがよい。春の雪を、夏の花を、秋の海を、冬の星を、かぶせてあげよう。目覚めないで夢を。二度と、誰のためにも生まれ変われないように。

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