【小説】野良猫の詩

この人、きっとぼくを拾うだろうなあ。

ひとりに飽き足りた目をしているもの。着こなしたスーツ。ひとつひとつの仕草がさまになってる。嫌悪感を抱かせない顔つき、表情。かっこよくて優秀で誰からも指図されたことがなくて憧れられるばっかりで。そしてそのことを一度も責められもしないで生きてきたんだろうなあ。いるよね、持っちゃってるの。産まれながらに備わってるの。そういう人種の最大の悲劇は共感者のいないこと。優しさも思いやりも裏があると思われちゃうんだよね。うん、うん。じゃあ未知だよ、未知。ぼくが新しい扉ひらいちゃうかもね。自分の血とかちゃんと見たことある?まあ、こんな完璧な人間を傷つけようとする輩はいないか。たとえばさ、差し出した料理を皿ごとひっくり返されるとか、おまえだけは許せないとか理不尽に除外されるとか、自分の持てるすべての資産能力なげうっても満足してくれないやつがいるとか、そんな経験ある?ないよね。それ全部全部叶えてあげるよ、これからは。手加減なしだよ。邪魔のない世界には飽きたんだよね。そんな顔だよ。簡単に許されることに、何をしてもしなくても受け入れられることに、疑問を抱いてもらえもしないで、そこにいるだけでいいと言われ続けた暮らしも、今日で終わるね。明日から引っかき傷だらけの毎日が始まるんだ。そうでしょ。それしかないでしょ。生きていくために必要なんだよ。誰にも言えなかったよね。罵倒されたかったし裏切られたかったよね。みんなのじゃなくて誰かの特別になりたかったよね。なんなら足蹴にされたかったし顎で使われたかったよね。濡れた毛を乾かしてあげたかったし傅きたい日もあるでしょ。そうでしょ。それ全部全部叶えてあげるよ。初めて満たされるよ。かわいいって、いとしいって、そんな気持ちで毎日はりさけそうになるんだよ。

うん。
この人はきっとぼくを拾う。
きっとじゃない、絶対。