no.463

壊れたら戻らない
それくらい知らないわけじゃない
本当のところなんて、
嘘をつかないだけでは不十分だ

澄み切った青紫のゼリーを
スプーンが舌に運ぶ
あなたは美しい横顔をして
誰よりもひどくぼくを糾弾する

良くないよ、
なんにも思い出さないことは、
そうやって正気を、
保つのかもしれないけど?

(思い出さないのではない、
思い出せないんだ、
いくらなじられても、
いや、違いなんて、曖昧、か)

あの花が押し出したような
ちいさな涙をこぼすので
ぼくはとんでもない悪人で
あなたはただ純粋な狂気である

追及と忘却はどこまでも平行線
あれが秘密の毒ならいいのに
ぼくの子どもじみた幻想が
音楽となって空白を満たしていく

経験したこともない沈黙のあと
スプーンが次の禁忌をすくって
甘い声でぼくに差し出す
さあ心ゆくまで召し上がれ

1+

no.462

つめたい魔法がとけるとき
ぼくはこの目をつむっていよう
平気なほど強くないから
きっとこぼれてしまうから

つながらない言葉を口にする
でたらめだと怒られもする
いちばん遠いけど真向かいで
敵でも味方でもないきみが笑った

たぶん、それでいいんだろう
きみはぼくを見ているだけで
何でもないようで大変なんだ
この距離を保つことは

湾曲したガラスの面が
手首の痣を隠してくれる
ここをいつまでも動かないことで
明るみに出ないものなんてないのに

誰も例外ではない事実
知らないまま明日を迎えたかったな
きみはもう翼を隠しきれなくて
泣きながら真実を告白するんだけど

聞きたくなかった
嫌いにもなれないのなら
人になどならなかった
否定が疑惑を肯定する

演技だから平気だった
劇場だから踊ることができた
もうすこし傷ついてみたかった
終わりのつづきを聴きたかった

3+

no.461

飛び散った色彩を集めていく
無謀だと笑われるほど信じていく
図書室で借りた本と違って
血は錆びついてなんかいなかった

きみが救われない世界が好きだ
怒った顔や泣いた顔で
きみが生きているんだと分かるから
何が欲しくて何が幸せか分かるから

わかるから、
夏日が収斂されていく夜が
どうしてあんなに深いのか
崩壊する決まりごとの下で

傘もささない頬に手に
尖った活字が降り注ぐ
損傷を与えるほどでなくても
次の安眠を妨げるくらいには棘がある

何かを好きになることは自傷だと
きみの手探りが呪いをかける
ほどけないことじゃない
ほどけるのにほどかないことを自覚させて

奇跡だと言われて腑に落ちないよ
だからたまに手放して観察する
もう一度出会ったら何と言うだろう
はじめましてと言えるだろうか

かき集めた時には変色していて
記憶のふたりが邪魔をした
これまでとここからは違うんだ
知っているぼくらだけで始めるということ

3+

【らくがき】アサガオが咲いても。

かんたんな人物紹介
「おれ」=ギン。研究者。
「リー」=ギンが小学生の頃から同居してる吸血鬼。

✳︎

徹夜明けの弱い頭でおれなりに考えた。そもそもこういう考えをすること自体おかしいのだが、どうにか振り向かせられないかと考えたのだ。考えは論理的でなく、本心から実現を望んでないのじゃないかとさえ思われた。 いつかのことを考えればおれが有利であることには変わりない。

おれが小さいころから同居している吸血鬼も、

「そんな目で見ないでくれる?おれのこと好きで好きでたまらないって顔してる」。

こんなくだらない暗示にかかることがあるんだろうか?

正直に生きなきゃならないのは、有限であるおれのほうなのに。人間は、たぶん、有限だから終わりを意識して立ち止まったりするんだろう。足踏みしたり、うずくまっては、差し出される手の数をむなしく数えたりするんだろう。競うべきじゃないものを、他人と競ったり、するんだろう。

「む、何か言ったか」。
手元の書物に落とされていた視線が、訝しそうにおれを見る。山形県産佐藤錦かな?って目が。
「なにも」。
「そうか」。
納得したようにふたたび視線を落としたリーが、やがて落ち着かない様子で顔を上げた。
「私いま、何か大切なことを聞き逃した気がする」。
「いや、どうだろ。気のせいじゃないかな」。
「ギン、私をだましているか?」。
「何のためだよ」。
「たとえば私を自分の思い通りにするためなど」。
飛沫が上がる音がして、おれは飲みかけのお酒を噴き出していたことに気づく。飲んでたのかよ。
「いやあ、びっくりした。自分の本心に気づいた時の次くらいにびっくりしたね」。
「何だと?」。
「ちょっとおいで、リー」。
「取って食う気か?」。
「めっそうもない。来い」。
リーは読みかけの本にやたらゆっくりしおりを挟んで、さらにゆっくり閉じたあとでおれのところまで歩いて来た。のろのろ動いているのでこっちから腕を引いて座らせると、ばふっともたれかかった。
「ドキッとした」。
「またまた。そんな心臓ねえくせに」。
指も首もどこもかしこも冷たいんだなあ。
酔い覚まし、とか意味もなく言い訳じみたことを呟きながら、ここで死にたいなあ、とか受け答えに困るようなこともあわせて呟いてみる。困らせて困る相手でもないからあとはこっちのプライドの問題。だけどそれも寝不足と酔いでリミットなしという状態。まぶたを上げるとベランダのプランターが視界に入って来た。
「あっ」。
朝顔が、咲いている。
何かを育ててみたいと言いだしたリーと一緒に、週末ホームセンターで種を買って来たんだった。
なるほど、こんな色だったのか。
「どうしたのだ?」。
でも今教えたら、ほんとうか?とか言って立ち上がって見に行っちゃうんだろうなあ。
容易に想像がつくので、言わない。
「どうもしない」。
「夢でも見たのか」。
「そうかもな」。
「そうかもなとは何事だ。自分のことだろう」。
ごちゃごちゃうるさいなあ、と額をこすりつけているとやがてリーはおとなしくなった。
いま、どんな顔でおれを受け止めてるんだろう。
硬い胸に耳を寄せてみるけど、ずっと前に止まった鼓動はもう聞こえない。
「あっ」。
リーの口から小さくこぼれる。嬉しいと驚きの混ざった声。
さて、どうするか。
…。
…うん。よし。えらい。
あんなに咲くのを楽しみにしていた朝顔に気づいても立ち上がらなかったこいつに今日は、うん、今日という今日こそは、好きなだけ好きなものを飲ませてやろう。

1+

no.460

手をつなぐのは誰
いつまで経ってもさびしがりは?
つまづく小石は取り払われても
どこへも誰も行かせまいとする

世界はときどき
ぼくの存在を忘れる
血は古い友人なので
きみを眠らせることができる

ぼくが間違ったふりをして手を出すと
いつでも連れて行けると脅しにかかる

肌を寄せても人形の恋
セラミックの迷宮で体温を探る
清流は甘い粘度を持ち始めて
ぼくを過去に縛りつけようとする

いちばん最初にみつけた恋
それがもっとも良かったでしょうと
泣くこともない瞳で訴えてくる

前向きという暴力で
希望という殺傷で

生きるために生きるのではない、
愛を知るためにここへ来たのだ、
穏やかな声もむなしく遠ざかる
それは悲鳴と大差がない

やさしい雪に埋めようか
うまれ変われる春が来るなら
これは変わらぬ異形の恋
きみのからだは朝の味がする

2+

no.459

空がきれいで明日はお休み
ベランダに出てきた
きみの手にすみれの液体
もしかして毒だったりして

それはどういたしまして
だって夢があるじゃない
血が何色してたって同じだよ
旋律が逃げないよう耳を切った

トロイメライ
クレッシェンド
セレナーデ
フォルテシモ

鼓動は世界最小
沈黙にさえ溶け込んで生きられるようにだ
そこにしか灯らない明かりがあるから
きみを救うくらいわけないんだ

海のにおいがする
行ったこともないのに
ネオンの輝きが見える
歩いたこともないのに

知覚はかんたんに騙される
不平等なんて信じる人だけのもの
絶望を分かち合うことが希望でしょ
違った?

分けられるはずのない
不幸を分かち合うことが幸福だ
いいや違わない、
きみが間違うところをぼくは知らないんだ

2+

【らくがき】食わず嫌いと性癖

坂の上の雑貨店の窓辺に飾られていたものを「どうしても欲しい」とリーが言うので購入してやったものだった。売り物ではなかったのに。色のついた液体を入れるとかわいいんですよ。オレンジジュースだと、黄昏時みたいになります。アトリエの店主(たぶん)はそう言って、グラスの絵柄のひとつを指さした。その先に小舟が浮いている。「トマトジュースもいいですね。夕暮れをうつす水面を、この船が、すーっとすべるので」。へえ、と言いながらおれは早速べつのことを考えようとして、視界に入ったリーに驚愕する。なんとキラキラした眼差しで見るんだ。まぶしいほどだった。おれは考えようとしていたことを忘れて店主の語りに意識を戻す。

「でも、一番いいのは牛乳ですね」「牛乳?」「夢のようなミルキーウェイ!この船に乗って星空を旅しちゃってください」「あいわかった、旅しちゃう」「素敵だと思います」「まったくだ。早く帰ろう、ギン。旅しちゃいたい」。

何がツボにはまったのかリーは、帰り道もずっと「あいわかった」と言いながらグラスの入った紙袋をぶんぶん回し続けていた。

帰宅後、牛乳をなみなみ注いだグラスを前に、リーの眉間にシワが寄っていた。
おれは笑いを噛み殺して、「きれいなお顔が台無しですよ」。などと皮肉を言う。
「ギン。私、今になって思い出したんだが」。
「うん」。
「牛乳、きらいだった。あんな、大きな生き物が出す乳など」。
「血とか飲むくせに。いけるって、ぐいっと、ね、ぐいーっと」。
「でもちょっと生臭い」。
「え、血とかイケるのに」。
「うん、むり」。

その夜、リーは雑貨店からの帰り道とは別人のように落ち込んでいた。
「まあ、そう落ち込むなって」。
「私は牛乳が飲めない」。
「いや、そんなことくらいで」。
「そんなこと」。
「うん。飲めないものがあるやつなんていっぱいいるよ?」。
おれとしては慰めたつもりだったがリーは長いため息をついた。
「ギンは分かっていない。私が、ただ、牛乳を飲めないことを悲しんでいると思っているのだろう?」。
「違うの?」。
「私は牛乳を飲めなかったんじゃない。飲むことを楽しみにしていた夢のミルキーウェイを飲めなかったんだ」。
「いや、牛乳」。
「いいや、ミルキーウェイだ。もうこの話はしたくない。寝る」。
そう言うとリーはベッドにぽすっと倒れ込んで本当にそのまま眠ってしまった。
「かわい、…くないねえ」。
おっと、あぶない。つい本音と建前が混在するところだった。

おれはベッドに腰をおろしてしばらくその寝顔をつついたり、銀色の髪を束ねてつくった筆で円を描いたりしていたけれど、飽きて、そのまま一緒に眠ることにした。

なにが夢のミルキーウェイだ、そうつぶやきながらおれだけがさわれるプラチナブロンドで首を絞められて遊んだりした。

2+

no.458

ミモザが揺れていた
きみの髪でワンピースで
一足先に三角関係を抜けてった
ぼくたちの優しい幼なじみのように

約束はかんたんだったね
守らなくてもいいのなら
ちいさな嘘が少しずつ増えたね
じゃあ約束なんかしなければいいのに

戻れるかのように振る舞う
いつだって取り戻せるかのように
周囲がみんな子どもであるように
そして誰よりも幼く笑うんだ

きみも気づかないきみのことを
ぼくだけが知っている世界ならいいのに
奪われたり盗まれたりのない世界
鮮やかさを失ってもまだそれだけはある

いいかい、ぼくは弱いんだ
自覚のあるだけタチが悪いんだ
だけど気持ちが追いつかない恋もある
この夏もあいつの幻に出し抜かれる

(終わるといいのに)

汚れたりせずにまとめて
せーので終わればもう誰も泣かないのに
淡々とつぶやくぼくのかたわらで
ずいんぶん生き急ぐねときみが笑う

ずっと終わってるじゃないか
何かがさりげなく始まるたびに
終わらないものなんてないじゃないか
だったらもう、べつのことを願えよ

見え透いたいいわけに使ったミモザ
ひとつずつあの夜の森の蛍に変わる
誰が誰を思う気持ちもとめてはならない
ぼくたちは許しなんか求めてはならない

3+

no.457

ぼくの夜をなぞるのは誰
南に降る星のような爪の持ち主
なんの印も持たないことを笑って
今からでも遅くないと唆かすのは

嫌いなものを教えてください
歪むところが好きなので
割れない静寂などないと分かる
あなたも生きているんだと分かる

ぼくの理解は期待より遅いかも知れない
少し物足りなくて新しいかも知れない
あなたの目でぼくを見ることができたなら
ただの好きではやや弱くて怖いけれど

きっと傷になりたいのだ
時間とともに薄れていくのなら
優しいだけでは忘れられるなら
たまには裏切って悲しませたい

ひとつずつ聞いて欲しいんだ
ぼくに住むちいさな魔物の声を
朝が来るとたちまち姿を消してしまう
誰よりもあなたを知りたいと思う

こいつはたまにひとりで泣くんだ
平気じゃないことを悟られたくなくて
こいつはたまにひとりで怒るんだ
ちっとも幸せでなんかないやって

包まれるように温かいはずでは?
(あの人の台詞とだいぶ違う)
何もかもが輝いて見えるはずでは?
(あの人の約束はてんであてにならない)

行間から解き放たれてあなたは
産まれたての目でぼくを見る
匿ってもらえないぼくは脆くて
ずるくなる以外の方法を持たなかった

3+

no.456

きみに降る雨
夜を薄く溶かしておいたんだ
もしも痛みがないとしたら
何をいちばんよくするだろう

じゃまをされたくない
誰であっても
どんなものであっても
もう純粋でなくても

百年後に泣くのかもしれない
傷のひとつやふたつ
もらっておくのだった
さいしょの恋であるなら

団地が虹をかくす
だけどぼくはいう
きれいだ、と
見えなくすることはできないから

聴覚は従順だよ
本物をまちがえない
どうしてひとが迷うのか
不思議そうに七色は踊っている

きみは持っている
まぶたの裏にきみだけのスクリーン
ぼくは持っている
きみを少しだけ悲しませることのできる
ねずみ色したちいさな雲を

5+