no.12

遠くから見ている
何かに包まれて見ている
光と音が不鮮明な中で
きみに照準が合っている

耳元で誰か囁く
棘をはらんで風みたい
言われなくても
わかっていたこと

ふいにおかしくなる
かんたんで微笑ましい誤解だ
ぼくは
ぼくはきみを分からないでもいい

ぼくの見る世界で
きみはいつもぼくといない
ぼくが見る世界は
いつもぼくが欠落していて

でもきみは見える
ぼくの目に見える
ぼくと出会う前と
変わらずぼくには見えている

好きだった
そのことがとても好きだった
いつかぼくのものじゃなくなっても
それが変わらなければいいと思う

あっちへ行って
他の人に笑って
あまねく溶けて
薄まらず満たして
ぼくだけを見ないで
きみをしか見ない
見ないで
汚れやすいこのぼくばかりをそんなに

0

no.11

おびただしい数の丸が集まって液体になる
その中で溺れて死んでいく感覚を妄想すること
止められても忘れないでいたいと思う
いつまでもいつまでも
硝子瓶の底にも蜘蛛は巣を張る
逃したくないと思っていたいんだ
懐かしさを共有できるひとが少しずつ別の場所へ行って
まるで真新しいもののように迎え入れる世界へ踏み込んだとしても
胸や頭の中で鳴り続ける例の音のように
笑われたってしようのない痙攣のように
奪われたら発狂するくらいかけがえをなくしていきたい
昼の彼方で静まり返ってすべてを内包するあの夜や
そこからわずか零れ落ちてこの掌に落ちるしかなかったきみの不幸も

1+

no.10

青い丘陵を踏みしめながらぼくは
最初で最後の言葉を探している

手紙に書いて封をして
検閲の無いポストへ入れようと思う
白い手袋が汚れるまで何度でも

あなたはぼくにふれない
ぼくはあなたを傷つけたくない

どちらも火薬みたいにおとなしい祈りだ

雛が空から落ちて行く
夜からは星が
地からは呪いが
ぼくからは文字が

微熱いまだ冷めやらぬまま
滲んだ雲のしたで
夢のように繰り広げられると感じる
あなたは今日も誰かを好きになる

1+

【小説】富士と鷹野くん。

誰にだって誰にも知られたくない秘密がある。
誰だって誰にだってそんなものがあると思いながら日々過ごしている。
けれどたまに、こいつは違う、という人物に出くわす。
富士にとっての鷹野がそれで、鷹野にとっての富士がそれ。

富 士 と 鷹 野 く ん 。

下校しようとしたら突然の雨で、ならば、と傘立てから適当に引っこ抜いた傘をパッと開いて歩き出した富士は背後から肩を引かれて振り返った。
「なあ、おい」。
鷹野だ。四月から同じクラスになって二か月は経過しているが、いまだに喋ったことはない。もっとも富士にとって同級生のほとんどが“いまだに喋ったことはない”。必要最小限の会話とやり過ごすための同調。波風立てず入学から卒業まで。それを高校生活のモットーにしている富士にとって彼はもっとも接点の無い人物だった。金髪にピアス。まあでもそれはどうだっていいといえばどうだっていい。ただ、目つきが最悪だ。富士は自分のことを棚に上げていつもそう思っていた。鷹野の目は。

「それ、俺のなんだけど」。
富士はようやく鷹野が傘のことを言っているのだと気づく。
この場合、選択肢は三つある。
ひとつ、うっかり取り違えたふうを装い謝罪して返却する。これが最も無難。
ふたつ、あくまで自分の傘だと言い張る。この後には危険しかない。
みっつ、途中まで傘に入れてもらえないか交渉してみる。なんてね。
「じゃあ、途中まで入れて」。
混乱のあまり、頭で出した答えと口に出した内容が不一致してしまった。
しかし、鷹野から返ってきた反応は予想外のものだった。
「……いいけど?」。
どうしてそんなにあっさり受け入れるんだと、富士は鷹野を凝視した。勇気を出して、三秒だけ。

そういうわけで富士と鷹野は一本のビニル傘の直径からはみ出さない距離で相手の歩幅に合わせ合っていた。
ちぐはぐなことのこのうえない。何しろふたりの身長差は傍から見たら年の離れた兄弟さながらなのだ。
さらに、二人とも無言だ。
富士は考えていた。何故このようなことになったのかを。答えは明白だ。自分が言い出したことだからだ。だがそれにしたって鷹野は何故こうも素直に僕の言い分を飲んだのか。
ハッ。
そうか、これは罠だ。平和に下校だるんるんるんと見せかけて気づいたらアジトに連れ込まれて身ぐるみはがされ生きたまま臓器を取り出されそれらは違法な販売ルートで海外へ売り出され儲けた金で鷹野は部下たちと酒池肉林の豪遊三昧、迂闊なカモを永遠に語り草と、

「富士」
「は、あ、はい?」
「おまえ、俺のことどう思う?」
「……どうって」
「正直に答えろよ。殴らないから。目潰ししたり骨を折ったりもしない」
「……そう言われて正直に答えられるわけが」
脅迫されているとしか思えない。
「やっぱり怖いのか」
「やっぱりって?」
富士が顔を上げると鷹野は顔をそむけた。
仕方なく、傘を握る手に向けて話しかける。
「恐いものがなくて羨ましいなって思う」
「……羨ましい?」
「うん。羨ましい。いいと、思う」
「……いい?」
「うん。いい」
ふにゃ。
と鷹野が笑った。
気がしたけれど顔を上げる勇気が富士にはなかった。
なんだそれなんだそれなんだそれその反応?僕が認識している鷹野と違う。だいたい僕の中で鷹野は笑わない。絶対に。
「えーと、じゃあ、僕の家こっちだから、へへ、ありがとう。ごめんね、鷹野くん」
はやく帰りたい。
ベッドに潜り込んで寝逃げしたい。この夢幻みたいな現実から。
「えっ!富士もう帰んの!?」
「はっ?鷹野くんは帰んないの!?」
「……帰る、けど」
「だよね、よかった。えーと、うん。じゃ、これで」
「だめ!?」
「えっ何今度は何ええと何がですか!?」
「……お、送ったら、だめ?迷惑じゃないなら、えっと、その、ふ、富士んちまで」。
富士は悟る。
鷹野は。
鷹野は。
鷹野とは。
「……いい、です、けど?」。
誤解されてるだけなんだと。

つづかないよ。

0

no.9

白い腿
熟れた嘘
黒い影
爛れた秘密

美しくなんないように
美しくなんないように

そうやって息するの簡単じゃないんだね

死んでいって欲しい
殺されていて欲しい
生きていって欲しくない
きみに生き延びてなんていて欲しくないんだ

だって、
かわいそう。

これが優しさで愛です
これが純粋です究極です

知らないはずはない
おんなじものをきみに
語られたことがあるんだ

夜が割れた宇宙の一コマ
怯えた瞳に鮮血のドレープ
意味不明のまま愛を語られていた
流星はためらいながら肌に光植えつけてた

1+

no.8

午後六時の黄金色
多肉植物の影がのびる

不揃いな前髪の
まぶしそうに僕を見ている子ども

修正済みの標識が
明日のありかをおしえる

盗まれなかった
攫われなかった

危険をおかして
奪われることの歓び

それがないならもう
見る夢がないよ

1+

no.7

比喩の魔法は消えて
柔らかな皮膚は消えて
魂が転がり落ちる
先の見えない坂道を
おそろしく長く
見通しの悪い坂道を
安寧は停滞と等しいこと
美醜は問題でなかったこと
輝けないからくすぶること
甘えだと呼ばれたくない
速度を増して光になる
剥き出しの敵意と自我で
もう誰も振り向けない
ぼくは遍く満ちている
きみの読みかけの本のなか
あなたが切りつけた刃物のほうに

1+

no.6

好きなもの同士がつながる
どうしてもそれを祝福できない
やさしくなりたい

雪につけた足跡は春になって洗い流せるね
さらけ出していいのは本心がきれいな場合に限るだろう
目から舌から暗雲が零れだす

ぼくの庭園には霊廟が並ぶ
色とりどりの虫や植物にも隠し切れない
そもそも彼らは無意識なんだ

やさしくなんかならない
なれない
そんなものを願ったり祈ったり
しているあいだは

3+

no.5

消える幻に見慣れない僕の背中を見た
遠ざかりながら近づいてくる季節
青と白の曲線を境界線と呼んだ十四歳
死ねないものが笑い世界ははじけ続けた

壊したいのでなくて確かめたかっただけだと
それが傲慢だと分かったうえで分かってもらおうと
まっすぐな道を斜めに見据えた
矛盾を内包して音は水面に反射し続けた

どこかで何かが終わったりはしなかった
いつか見えなくなって抜け出しただけ
大量の流血に見立てた絵の具は赤色ではなくて
雲の無い青空を贅沢に照らし続けた

1+

no.4

ちっぽけな嘘だった
暗号じがけの悪戯だった
謎はあまりに簡単で
目配せしないでおくほうが不自然だった

それからそれから
時と雲は夥しく流れ何度目かの花が咲き
あれからあれから
繰り返しを見せつけられて変化は起こった

拒まない光景はぼくを追いやり
有り余るやさしさでもって最果てに霊廟を築いた

手脚を損ないぼくはうちやられた
希望が絶滅して答えは持ち出せないまま
故意に時の数え方を忘れても
空隙を埋める補充は与えられないまま

転げる涙は透明できっと価値がなく
乾いた旅人の手を濡らしてもまだ
終わりには遠いと頑なに信じさせる

ぼくは気づいている
殺したのは終わり
終わりをぼくは殺したんだ

二度と起きることはない
緑のやわらかな世界のうえで
光と不死に蹂躙されながら
未来の懲罰に酔い痴れて暗号を解読した

(ぼくは
いいえ、
ぼくたちは)。

1+