重ねた言葉を
嘘だねと一蹴される
誰がつきたくてつくもんか
近づこうとして遠ざかっただけ
あなたはいい
ぼくとは分離できる生き物だから
ばらばらで遠ざかってもいい
もっともらしい真実は装飾
知らなければよかった
なんて言うのは
惨めを通り越すほど
足掻いた後でもいい
まっすぐにとか
ひたむきにとか
そんな修飾のいらないくらい
今日と隔たる昨日と明日のはざま
no.31
きみが、永遠に消えられない存在であることが僕にとって、何より嬉しくて、何より楽しいことなんだよ。天国と地獄と名付けた二匹の野良猫が、大事にしていた蝶々を食べてしまったこと、悪びれずに話しているあいだ、僕はとても幸せだった。産まれてすぐに死ぬみたいに。見慣れたコンビニの看板を、新しい惑星でも見ることができるよ。傷に重力はない、だからこの星から外へ持ち出すことはできない、誰も。傷の深さでしか結ばれ得なかったふたりは、あっというまに他人同士だ。いいね。きみには愛するものがいないことを、笑っていた誰かも、信じるものがないきみのことを、いつまでも見張っていた誰かも、みんな、みんな平等に退屈な星になる。見上げる者のいなくなった地球に、ときどきその影を落とすだけの。そして言ったりするのかな、見上げていた頃に戻りたいって。あんなにむげにしていた隣人はその時、何億光年も遥かなのに。悪じゃなかったさ、街灯に照らされながら、落ちぶれていくことは、ちっとも。それを知って流した涙は、もう、あっというまに塵になるけど。
no.30
透明のドームに祈っている
きみがぼくに嫌われないよう
いつまでも嫌われませんよう
永遠と思ったのに
色褪せた人魚の涙のせいだ
流さなければよかったのに
その程度でしかないなら
ひとはぼくをして冷たいと言う
それは感じかたによるから
あなたは熱いねと言い返すか
聞こえなかったふりでやり過ごす
たったひとりのきみは特別
ぼくに不自由な概念を植え付け
そして知らないふりでやり過ごす
ずるい確信犯だ、ずるい
新しいぼくを待って
きみのきらいかたがまだ
どこをさがしても見当たらない
きっと探しかたが足りないんだ
嫌いになるために優しくしてみる
嫌いになるために嘘をついてみる
嫌いになるため、嫌いになるため
言い聞かせて今日もまた隣で見張る
わかるよね
きみもぼくもひとり
どこまでもひとり
唯一無二のひとり同士だということ
no.29
背骨にビー玉をころがす
ネクタイの結びかたを教わり
犬の死に方について教えた
この部屋で
ぼくはきみについてたくさんの
まだ知らないことがあってまだ飽きない
もしもすべて知ったら退屈になって
まだ何も知らない相手をさがすのかな
それとも退屈の先になにかあるかしら
なにもないけど平気でいられるかしら
ぼくの知るたくさんの
いわゆる愛しあうひとびとが
そうであるように
あるいは少なくともそう見えるように
誰へ対するマナーなの
誰のためのショウなの
傷つきやすくて傷つけてばかりの
かけらばかりで出来上がった命に
きみはいつでもふれていいよ
そのせいでぼくの気はふれていいよ
こんな朝になら
こんな夜になら
no.28
きみはぼくにのみこまれて
ぼくは狼にのみこまれて
狼はおばあさんにのみこまれて
おばあさんは毛布にのみこまれて
毛布はアップルパイのにおいにのみこまれて
アップルパイのにおいはアパートメントにのみこまれて
アパートメントはくじらにのみこまれて
くじらは街にのみこまれて
街は森にのみこまれて
森は夜にのみこまれて
夜は静けさにのみこまれて
静けさはどこまでも深い色に飲み込まれて
夢の中できみがひとりそれに青色と名づける
きみだけがそれに名前をつけられる
no.27
君に伝える
たったひとつの気持ちのために
たくさんの言葉がうまれた
書いては捨てた
勘付かれまいと
たくさんの言葉が
伝えるものがほんとうは何かを
勘付かれまいと
そんなことを続けていたら
雨が降った
長くて激しい雨だ
これが地球最後の雨なんじゃないかと
心配になるような降りかたをした
素直になると虹がかかった
なんだそんなものかと呆気なかった
地球最後を望んでいたわけでもないくせに
桜が散るのを切ないと言うね
夏の終わりは切ないと言うね
秋は空が高くて切ないと聞く
冬が切なくない理由を考えていた
夏の次に来るものであり
後には春が来るからだ
僕は余計なことのために時間をかける
余計だけれど必要なこと
余計なことをしているという感覚を忘れたくないんだ
君を好きだった
no.26
あなたが
意味したものがわからなくて
ぼくはまだ
波止場から動けないでいる
約束をしたんだ
思い出せないくらい昔に
忘れられないくらい優しい
優しい約束をしたんだ
そのために致死量未満の血が流れ
そのために発狂未満の負荷がかかり
もういいじゃないかと何人もに言われた
愛を騙った礫を幾つもくぐってきた
破られていないことは確かだ
灯台からあかりが漏れている
あれは誰にも奪えなかった
あの日の青空が放つに違いない
no.25
正体を消せば
風の音がよく聞こえる
正体を知られれば
視線はもうかわせない
真夏日に見下ろすアスファルト
壊れた傘が捨てられている
跨いで地面に伸びる影が
ぼくのより少しだけ薄いんだね
きみがだれでも
ぼくがだれでも
変わらない世界の
それを優しさだと仮定する
緑色に爛れる脳味噌
紫陽花のなれのはて
消えかかる首輪の跡
どこへ行かないでも許されるということ。
no.24
愛なんか信じるから裏切られるんだ
それはいつのまにか染まっていくもの
空は空のまま夕焼けにも帳にもなる
夜明け前の甘い不服をも抱き込んで
見えない目がほんとうの光をつくる
これまで誰にも象られることの
なかったものを日々確かに象ることができる
きみの幼稚な不安がぼくを永遠に生かす
場所を知らない公園
名前のついていない海岸
行けないところはない
繋がってさえいれば眠っていても
夢は抱かない
希望は持たない
それはいつか染まっていくもの
いつのまにかに染みて流れ始めるもの
no.23
綺麗で短いものが好き
ナイフも時間も
すり抜けた不条理
屋上から降るスパンコール
デコレーションできる領域の有限性
生まれた場所を捨ててきたあなたが
いまもその土地の訛りで喋っている
ガラスについた雨粒が描く模様を
眺めていると有限性なんか幻だと思う
綺麗で短いものなんかこの世にありませんと言われる
粒は景色を包み込んで転がり落ちる
虹の出ない雨上がりに白い傷痕
青い空の下で薔薇という文字の練習ばかり
あなただって何をしたっていい
絵を描けない歌も歌えないぼくの隣でなら