no.32

重ねた言葉を
嘘だねと一蹴される
誰がつきたくてつくもんか
近づこうとして遠ざかっただけ
あなたはいい
ぼくとは分離できる生き物だから
ばらばらで遠ざかってもいい
もっともらしい真実は装飾
知らなければよかった
なんて言うのは
惨めを通り越すほど
足掻いた後でもいい
まっすぐにとか
ひたむきにとか
そんな修飾のいらないくらい
今日と隔たる昨日と明日のはざま

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no.31

きみが、永遠に消えられない存在であることが僕にとって、何より嬉しくて、何より楽しいことなんだよ。天国と地獄と名付けた二匹の野良猫が、大事にしていた蝶々を食べてしまったこと、悪びれずに話しているあいだ、僕はとても幸せだった。産まれてすぐに死ぬみたいに。見慣れたコンビニの看板を、新しい惑星でも見ることができるよ。傷に重力はない、だからこの星から外へ持ち出すことはできない、誰も。傷の深さでしか結ばれ得なかったふたりは、あっというまに他人同士だ。いいね。きみには愛するものがいないことを、笑っていた誰かも、信じるものがないきみのことを、いつまでも見張っていた誰かも、みんな、みんな平等に退屈な星になる。見上げる者のいなくなった地球に、ときどきその影を落とすだけの。そして言ったりするのかな、見上げていた頃に戻りたいって。あんなにむげにしていた隣人はその時、何億光年も遥かなのに。悪じゃなかったさ、街灯に照らされながら、落ちぶれていくことは、ちっとも。それを知って流した涙は、もう、あっというまに塵になるけど。

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no.30

透明のドームに祈っている
きみがぼくに嫌われないよう
いつまでも嫌われませんよう

永遠と思ったのに
色褪せた人魚の涙のせいだ
流さなければよかったのに
その程度でしかないなら

ひとはぼくをして冷たいと言う
それは感じかたによるから
あなたは熱いねと言い返すか
聞こえなかったふりでやり過ごす

たったひとりのきみは特別
ぼくに不自由な概念を植え付け
そして知らないふりでやり過ごす
ずるい確信犯だ、ずるい

新しいぼくを待って
きみのきらいかたがまだ
どこをさがしても見当たらない
きっと探しかたが足りないんだ

嫌いになるために優しくしてみる
嫌いになるために嘘をついてみる
嫌いになるため、嫌いになるため
言い聞かせて今日もまた隣で見張る

わかるよね
きみもぼくもひとり
どこまでもひとり
唯一無二のひとり同士だということ

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no.29

背骨にビー玉をころがす
ネクタイの結びかたを教わり
犬の死に方について教えた
この部屋で

ぼくはきみについてたくさんの
まだ知らないことがあってまだ飽きない

もしもすべて知ったら退屈になって
まだ何も知らない相手をさがすのかな
それとも退屈の先になにかあるかしら
なにもないけど平気でいられるかしら

ぼくの知るたくさんの
いわゆる愛しあうひとびとが
そうであるように
あるいは少なくともそう見えるように

誰へ対するマナーなの
誰のためのショウなの

傷つきやすくて傷つけてばかりの
かけらばかりで出来上がった命に
きみはいつでもふれていいよ
そのせいでぼくの気はふれていいよ

こんな朝になら
こんな夜になら

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no.28

きみはぼくにのみこまれて
ぼくは狼にのみこまれて
狼はおばあさんにのみこまれて
おばあさんは毛布にのみこまれて
毛布はアップルパイのにおいにのみこまれて
アップルパイのにおいはアパートメントにのみこまれて
アパートメントはくじらにのみこまれて
くじらは街にのみこまれて
街は森にのみこまれて
森は夜にのみこまれて
夜は静けさにのみこまれて
静けさはどこまでも深い色に飲み込まれて
夢の中できみがひとりそれに青色と名づける
きみだけがそれに名前をつけられる

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no.27

君に伝える
たったひとつの気持ちのために
たくさんの言葉がうまれた
書いては捨てた
勘付かれまいと
たくさんの言葉が
伝えるものがほんとうは何かを
勘付かれまいと
そんなことを続けていたら

雨が降った
長くて激しい雨だ
これが地球最後の雨なんじゃないかと
心配になるような降りかたをした
素直になると虹がかかった
なんだそんなものかと呆気なかった
地球最後を望んでいたわけでもないくせに

桜が散るのを切ないと言うね
夏の終わりは切ないと言うね
秋は空が高くて切ないと聞く
冬が切なくない理由を考えていた
夏の次に来るものであり
後には春が来るからだ

僕は余計なことのために時間をかける
余計だけれど必要なこと
余計なことをしているという感覚を忘れたくないんだ
君を好きだった

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no.26

あなたが
意味したものがわからなくて
ぼくはまだ
波止場から動けないでいる

約束をしたんだ
思い出せないくらい昔に
忘れられないくらい優しい
優しい約束をしたんだ

そのために致死量未満の血が流れ
そのために発狂未満の負荷がかかり
もういいじゃないかと何人もに言われた
愛を騙った礫を幾つもくぐってきた

破られていないことは確かだ
灯台からあかりが漏れている
あれは誰にも奪えなかった
あの日の青空が放つに違いない

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no.25

正体を消せば
風の音がよく聞こえる
正体を知られれば
視線はもうかわせない

真夏日に見下ろすアスファルト
壊れた傘が捨てられている
跨いで地面に伸びる影が
ぼくのより少しだけ薄いんだね

きみがだれでも
ぼくがだれでも
変わらない世界の
それを優しさだと仮定する

緑色に爛れる脳味噌
紫陽花のなれのはて
消えかかる首輪の跡
どこへ行かないでも許されるということ。

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no.24

愛なんか信じるから裏切られるんだ
それはいつのまにか染まっていくもの
空は空のまま夕焼けにも帳にもなる
夜明け前の甘い不服をも抱き込んで

見えない目がほんとうの光をつくる
これまで誰にも象られることの
なかったものを日々確かに象ることができる
きみの幼稚な不安がぼくを永遠に生かす

場所を知らない公園
名前のついていない海岸
行けないところはない
繋がってさえいれば眠っていても

夢は抱かない
希望は持たない
それはいつか染まっていくもの
いつのまにかに染みて流れ始めるもの

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no.23

綺麗で短いものが好き
ナイフも時間も
すり抜けた不条理
屋上から降るスパンコール
デコレーションできる領域の有限性
生まれた場所を捨ててきたあなたが
いまもその土地の訛りで喋っている
ガラスについた雨粒が描く模様を
眺めていると有限性なんか幻だと思う
綺麗で短いものなんかこの世にありませんと言われる
粒は景色を包み込んで転がり落ちる
虹の出ない雨上がりに白い傷痕
青い空の下で薔薇という文字の練習ばかり
あなただって何をしたっていい
絵を描けない歌も歌えないぼくの隣でなら

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