no.41

通勤途中のバスの中で。白杖を持った人へ座席を譲るときにかけた言葉があれでよかったのかどうかを、朝と夜を何度か繰り返し終えてもまだ考えている。そのくせ毎日顔をあわせる人間に対してはかけらの遠慮もないということ。だけどこの矛盾を排除したらきっと、人間らしさが一番に損なわれるんだろう。僕にとっての。

いつだってそう。いつだってそう。あなたはやがて僕の知らないところで僕の知らないひとを傷つけるんだ。そして僕の知らない方法で僕の知らないあなたで仲直りをするんだ。それだけが許されるというあの子と、それだけが許されない僕と、どうしたって一度は秤にかけてしまうよね、かけたっていいよね。だからって何かに生まれ変わりたいわけじゃない。ただ誰にも知られず、あなたにだって気付かれず、僕を産まれなかったことにしたいだけ。一度も。完璧に。

美しいものはたくさんあったし、今もあるよ。数え上げたらきりがないほど憧れたことも、たくさん。幸せか不幸せで言ったら断然に僕は幸せで恵まれていた。だからこそ釣り合わせたいのかもしれないな。うまく伝わらないことは分かっていて、あなたは誤解したままいられるほど理解力がないわけではないから余計に僕の滅裂に気づいて反論せずにはいられないと思うな。

大丈夫だ。あなたは慰められる。どちらかといえば僕のほうがおかしいのだから、あなたは援護される。それをまた気分が悪いと思うかも知れないけれど、あなたには瑕疵が必要なんだ。僕は不在になることを自分の意思で選ぶ。あなたは僕の不在に何ら手を打てなかった。すべてが手遅れだった。それで釣り合うんだ、互いに。弔いは望まない。死ぬまでかかる忘却のために、僕たちは出会った。そう、言わせたいんだ。僕より先に。あなたに。

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no.40

優しさは絶対に凶器
僕は悪意よりはるかに
好意のほうに怯えている
甘やかした罪悪感が
ずっと幅を利かせているせい

ありがとうと言えない
言わないんだ
かわいげのない決断
正しい子どもでごめんなさい
付け入る隙が無いままでいることも

お気に入りから遠ざかり
身の破滅をしずしず願う
それで許されると言って
それで許されると知って

季節と信号だけが確実に
神様の微熱と天気とを反映させる
時計台に羅針盤
いつか尽きる脆さだけ救いだよ

今夜もまた同じ
知り尽くした回転
螺子式の当然
誰かが誰かを愛しはじめる
誰かが誰かを殺しはじめる

知りたがるから教えたんだ
一度ならず言ったはず
僕は傷つけかたを知らない
過不足などあるはずはないのに
あなたは僕をそんな目で見る

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no.39

暗闇より深い
濁りのない透明のなかで
終わりより唐突な
途方もない始まりのときに

ぼくが変わって違うものになったら
ぼくは捨てられると知ると思ったんだ

記憶の再生は追いつかない
妄想でさみしく補填する
この星のどこかで救われなかった
ぼくはまだ不束に抱えている

捨てるべきだ
握るために
手放すべきだ
掴むために

そのすべて吹っ切って
そのすべて貫いて
そのすべて打ち砕いて
そのすべてに告ぐ

きみは誰だ
おまえは僕だ
僕はあなただ
あなたは僕たちだ

逃げ切れなった
逃げなかった
変われなかった
裏切らなかった
後付けの約束
退廃した真心

生まれ変わらない僕を
まだ知らない
あなたにずっと
そそぐためだけに巻き戻された歌

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no.38

きみはぼくなどに侮られていてはいけない
大切なことは先頭に持ってこないといけない
策略に長けたものに添削をさせてはいけない
誰かの価値観に引っ張られてはいけない
不器用を誇ってはいけない
傷つくことを恐れてはいけない
という言葉に怯んではいけない
傷つくことを恐れてはいけない
という言葉の正しさにだけは傷つく必要はない
彼らはきみを支えてくれはしない
すべてを否定した後になお残るものを数える
きみは知るだろう
必ず知るだろう

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no.37

陳列された優しさを選び損ねて烙印を押される
誰も愛せない体と頭でいるせいで遠巻きに眺められる
それを素直に表したばかりに人間扱いを止められる
僕が本当に大切にしたかったものは君にとって単なる食糧で
しかもそれは必ずしも必須ではないということがそもそもの不幸だった
何も言わず従うことの恐ろしさを忘れないでいてよ
頬や二の腕に浮かび上がる波紋はあの日からだ
いつかきっと君は僕を笑うかもしれないと知ったあの時からだ

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no.36

嫌いなものを増やしたくない
好きなものを減らしたくない
閉じこもって狙い撃ち
紐に育った糸を持て余し

血を浴びよう
波に乗るように
白骨に触れよう
朝を迎えるように

皮膚が伝える
ものを信じられるかを
賭けよう
言葉を飲み込んで

たとえば薬指を
賭けよう
文字は使わず
いちばんの沈黙のなかで

伝えたい
それがいけない
分かり合いたい
それを願うと壊れる

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no.36

命にかえてでも守りたいものが
僕を世界から孤立させる
言葉にすれば嘘だらけで
沈黙も味方してくれない
好意は誤解され
捨て身は敗れ去る
波は打ち砕かれながら
何度も寄せる
笑い声を内包する潮騒で
いつだって死に場所を携えて
白骨は八月の雲の色
あいかわらずどこまでも
自分にもあるものだと確認したい
何もないままどこかへ去って行きたい
姿を変えてまた生を始めよう
君の手から放たれたら夢に見た放物線

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no.35

僕は死んだ
あなたの好意のなかで

水滴に滲んだ街灯のオレンジ
ちいさな放射状に看取られ

たくさんの祖先
まだみない子孫

叶わなかった明日
ふいにした今日
懐かしがった昨日

返事をしなかった手紙
壊れたままの換気扇
干しっぱなしの洗濯物

萎んだ蕾
乾いた洗面所
買って履かないスニーカー

遺書もなく
予兆もなく
憶測も許さず

こんなにたくさんを残して
これほどの贅沢のなか
僕は死んだ
孤独なあなたの優しい好意のなか

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no.34

噴水を浴びて笑う子ども
僕にもあったな
誰かの特別だった頃が
緑に覆いきれない灼熱
このまま溶かそうとするんだ
時間を
気持ちを
隣人同士を
信じたって裏切るよ
それは裏切るよ
背中に今も傷がある
僕はそこから
流れ出したものばかりを数えて
あなたはそこから
注ぎこめるものがあることを僕に教える

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no.33

覆った目に
映り続けていたもの
塞いだ耳から
流れ込んでいたもの
鮮やかに優しい景色
ずっとやまない音楽
なだらかな曲線
打ち寄せる潮の香り
ぼくが忘れたくらいで
消えてなくなる魔法じゃない
百年より長い一年
一世紀より長い一秒を
ずっとひとりで生きてきた
きみと共にただ生きるため

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