通勤途中のバスの中で。白杖を持った人へ座席を譲るときにかけた言葉があれでよかったのかどうかを、朝と夜を何度か繰り返し終えてもまだ考えている。そのくせ毎日顔をあわせる人間に対してはかけらの遠慮もないということ。だけどこの矛盾を排除したらきっと、人間らしさが一番に損なわれるんだろう。僕にとっての。
いつだってそう。いつだってそう。あなたはやがて僕の知らないところで僕の知らないひとを傷つけるんだ。そして僕の知らない方法で僕の知らないあなたで仲直りをするんだ。それだけが許されるというあの子と、それだけが許されない僕と、どうしたって一度は秤にかけてしまうよね、かけたっていいよね。だからって何かに生まれ変わりたいわけじゃない。ただ誰にも知られず、あなたにだって気付かれず、僕を産まれなかったことにしたいだけ。一度も。完璧に。
美しいものはたくさんあったし、今もあるよ。数え上げたらきりがないほど憧れたことも、たくさん。幸せか不幸せで言ったら断然に僕は幸せで恵まれていた。だからこそ釣り合わせたいのかもしれないな。うまく伝わらないことは分かっていて、あなたは誤解したままいられるほど理解力がないわけではないから余計に僕の滅裂に気づいて反論せずにはいられないと思うな。
大丈夫だ。あなたは慰められる。どちらかといえば僕のほうがおかしいのだから、あなたは援護される。それをまた気分が悪いと思うかも知れないけれど、あなたには瑕疵が必要なんだ。僕は不在になることを自分の意思で選ぶ。あなたは僕の不在に何ら手を打てなかった。すべてが手遅れだった。それで釣り合うんだ、互いに。弔いは望まない。死ぬまでかかる忘却のために、僕たちは出会った。そう、言わせたいんだ。僕より先に。あなたに。