no.357

まだだよ
綺麗なまま出会わせないで
結び目を急にほどいて
誰とも愛し合いたくないんだ

どうしても我慢できなかった
果実に例えられること
だけど擬態するには良いかもしれない
女の子になりたいわけじゃない

夕日に染まった川辺で願った
この景色が誰かの血を
透かしたものだったら
透かしたものだったなら、どんなに?

舌を残したまま口封じはずるい
あなたいつか消えるんだよ
まるで例外のような顔をしてかわいい
馬鹿みたいで本当に好きだな

ミルクに浸したバームクーヘン
不ぞろいに名前をあげよう
ぼくは救われたんだ
ぼくより弱いものに救われたんだ

魔物から逃げる
夜のマントにくるまれる
世界は他人ばかりで少し意地悪
ぼくはまだ誰とも終わりを迎えない

3+

no.356

あなたのことが
だいきらいだ、
言うたびに増えていく
見つめてきた笑顔が

ぼくにだって謳歌できた
ただしい青春がもしあるのなら
でもくじ引きはいつもハズレ
窓際の席は選べない

息が苦しくて
死なせてしまおう
楽にさせてあげたいから
短絡的な慈悲はいつも自分のため

あたらしい教科書をひらく
大人は守ってくれない
なぜなら
彼らを守る者がいないからだ

資格もないのに切った髪
また生えてくるから大丈夫
そう言い聞かせてぼくも鋏を持ったんだ
小指を切り落としたような音だった

泣かないあなた
騒がないあなた
求めないあなた
ぼくのものでないあなた

きらいと言っても伝わらない
なぜなら本当ではないから
嘘は存在できない世界なら
どうしてぼくはこのまま居残るんだろう

2+

no.355

正解しか言わないきみが、あなたが、ぼくが、嫌い。きらい。すみれ色の音楽が今日も人々の隙間を満たしていく。だから言葉なんかもう要らないよねって誰かがささやいた。もしくはぼくの頭がそうひとりでに思考した。神様の島に住んだことがあるよ。黄色の犬と、ふわふわの食べ物。フリルのスカートと枝のようにまっすぐな脚。百年でも千年でも超えてみせる。だって時間は最初から無関係だった。食べ残しから永遠に追っかけ回される運命。疾走する彼らにはこの景色が見えない。種が落ち花は咲く。実はまた結んで天を仰ぐ。夢だって疑ってもそこにある夢。ぼくしか愛することのなかった人々が凪に見え隠れする。透き通ったしゃれこうべ。いさり火に搔き消えることもない。何を幸せと呼ぶかは言葉を持つものの特権。何を愛するかは消えゆくものの特権。さあ目を開いて。

1+

no.354

さよならが言えなくて殺したんだろう。わかるよ、栗色のキャラメルが欲しかったんだ。美味しいよね、あれは。どの国の何にも似ていなくて。自分以外は順調に混沌を調教して、時たま雪景色にまぎれこんでは簡単に生まれ変わって見せるんだろう。懐かしい風景を見かけても地名思い出せず、さみしさだけ吹いているような。言ってしまえばそれだって錯覚。昨日まで一緒に絶望してくれてたあの子も勝手に夢中になれるものを見つけちゃうしさ。いやになるよね。あたりまえだよ。チューリップのスカートよりひろがる宇宙があるんだってさ。嘘だろって言いたいよね。たぶん嘘だよ。なんにもない両手でいくつまでならキャンディーを盗んでいいと思う。ねえ、教えてあげよう。白い犬と黒い犬が静かに審判を待っているよ。彼らにも教えてあげよう。脇見するほど純情じゃない。もう君しか見えない。生き返るために凍てつく世界。夜が叫んでいる。聞こえないふりしたっていいよ。暗号にこめられた真相。なるほど、僕たちが少しも似ないわけだ。

3+

no.353

あなたが沈んだ
ぶどういろの沼
ぼくが飲み残した
ぶどういろの夕陽

神様を呼べば救われる
そんなままごと
まだ信じてるって
あなたを勇気づけたかった

見え透いた嘘で
あからさまな下心で
昔読んだ本の一節
いまも髪に絡まっている

退屈をまぎらわすこともない手癖
ぼくたちが逃げ出さなかった領域
目隠しをして黙っていれば
まためぐり合う日がくるのかな

奇跡はそのまま宝石箱へ
枯れない花の吸い上げる雫

ぼくは
好きなところなんてひとつもない
あなたの
好きじゃないところなんかいっこもない

またはじめていいですか
諦めないでいても
汚れた手で顔をふいて
別物みたいなおとぎばなしで

4+

no.352

ひとがちいさく見えるまで飛ぼう
きみが突き落とされた岬も
ちいさいものはいつもかわいかった
ふたば、模型、こどものゆめ

朝がきたらかんたんに
きみのついた嘘なんて洗われてしまう
光とか雨とかに
きれいに勝てるものなんかない

だれと生きていく?
きみがぼくにたずねる
質問者になって除外させるの
ずるいところがあこがれだった

ここではたくさんのひとが
一日の間に亡くなったんだってね
いらない、そんなむかし話
ぼくより早い明日はない

あのひの絶望もこの今のため
そうだとしても幸福なんか知らない
きみがぼくから大切をとりあげるから
たとえばゆくえをくらますことで

たどたどしい従順
そんなことではないよ
凶暴な沈黙を突きつけられている
だけどまだ夢を見ている幼い横顔

4+

no.351

この賭けに勝つことに意味はない
思い出すのは水の音ばかり
このまま
このままで
いつか見つかるまで続けてしまう
命を
死なないことを
祈りに似ることはないのに
地を這って
空に広がる青の名前も知らないのに
忘れたことを思い出すように繰り返す
初めてにあこがれて一人芝居だ
ぼくを見るあなたはいつも笑顔だった
あなたをそうさせた何かが
この体に宿っているのだとしたら
使い道はまだ残っているのかも知れない
砕けて、散って、形を失っても
悲鳴の起こらない世界でどうか、
どうか
ぼくとあなたに似た何かが
またしずかに始まりますように
そうしたら
名前のない青で存在をいっぱいにして
なにも信じられなくても生きられるように

5+

no.350

戦いの途中でふと思った。もうやめたいんじゃないかって、ぼくはこれを、もうやめたいんじゃないかって。振り下ろす刀の前に敵はない。満月だって半分にできた。溶け出した卵の黄身はこんなところに隠れていた。飲み干した姿を湖面が見ていて獣みたいだった。名前のつかないうちは傷もつけられなくてだからたくさん瞳を見たよね。だって君たちに教えてあげたかった。ここじゃないんだよって。もちろんそれはぼくのひとりよがりでそんなこと続けていればいつか誰もいなくなるって簡単にわかることだよ。泣いているのかなと思ったらさっき付着した血のぬくもり。生きているものから逃れられない。もう一度ファンファーレが聞こえ、殻を破って生まれるぼくがまた同じことを繰り返す劇場。囚われのさよなら。一口分のスラングより軽いばかりの。もういいや、何度だって始めちゃえ。反旗まがいを踏み倒し。

2+

no.349

でも好きだよって言えなくて分裂する音楽を好きでもないイヤフォンで聴いていた。心にあるものは本当はもらいものばかりで、だけどもとから自分のもんって言い張ることもきた。だって誰も気にしていないよ、そんなこと。もみくちゃにされて死にたいって思いつかなければ天才を脱落して、そうなったら夢でしか会えない。悪い魔法にばっかかんたんにひっかかって十七を狂ったように繰り返していたきみの。テープはいつも明ける前で途切れる。だからその群青は明けることがないと同時に褪せることがない。朽ちるほうが幸せだって言えるのは成功者の戯言だよ。余裕だよね。もうそこへの梯子ははずしてしまったんでしょう。うまく生きられないのに肺が呼吸するし心臓はけなげに動き続けるんだよ。忠実な臓器を裏切ることは嫌だ、嫌だ、ほんとうはとても嫌だ。それにだけは騙されてこなかったから。平気なふりが続けられなくなりそうになると左手首のかさぶたが猫の声で鳴く。にゃあん。きみはぼくの話を聞いても気のせいだよって言わない。そのことだけであと一晩はここを逃げ出さない決意ができるんだよ。きみが理性の期待できない獣でもね。僕らの間に檻はないのに。きみが何も考えていない子どもでもね。ここには甘いお菓子なんてないのに。

2+

no.348

ラストパスの輝きに憧れて、空気中の水分が凍る。ぼくの手から逃れた毛糸玉が、坂道を転がっていく。追いかけもせず好きにさせておけば運命のひとを教えてくれるだろう。ままならないハプニングだっていいものだ。なぜってそもそも支配なんてできていないから。自分で考えたように感じているだけで、お天道様はすべてお見通しだって言うんだろう。それならそれでいい。もしそうならそれもいい。机からはみ出したシャーペンの芯、スケッチブックから飛び出した曲線、フライパンから出発した双子の目玉焼き、鳥かごを脱出した誰かの青い鳥。二度と見つからなくたってゲームが終わらなくたってぼくはひとりでも笑うことができる。神様みたいだとか天才だとか欲しいと思ったもの欲しいままにして、だからって飽きずに絶望もせずにいつまでも新鮮な気持ちでわくわく目を輝かせていられる。蛇口をしめるようにして世界中の流血を減らせるし銃身からマーブルチョコをあふれて止まらなくすることだってできる。きみが不可能だといえば言うほど、あなたが無理だと笑えば笑うほど、ぼくはそれを実現する能力に恵まれる。空中に霧散するマリア、まぶたの裏に百合ばかりの棺をつくってあげよう。法則を捕まえたら黒猫は何度でも息を吹き返すだろう、それをぼくが忘れない限り。愛に終わりはない、恋に偶然はない。ママレードの粘度で切り離されたおまえの朝と夜を今またくっつけてあげるからね。

2+