No.765

夜は怖くないのに
朝がきて光に包まれると
ぼくにも輪郭ができ怯えてしまう
今日もまた影を引きずって歩くんだ

満員電車に揺られながら
何が怖いんだろうと問いかける
質問者も回答者も自分なので答えは無い
車両が大きく傾いて窓の外が夏だけになった

やりたいことも望みもないけど
それを隠して生きているだけじゃないか
これは一つの仮説
だから輪郭や影が怖いんだ嘘が見破られる

誰にも届かない言葉を
吐き続けていられるほど強くなくても
誰にも届かないとわかっている言葉を
吐かずにいられるほど我慢強くもない

結局吐き出すしかない
喉を通さない文字という文字を
誰の心臓も撃ち抜かない思いという思いを
今日もまた透明のまま目覚める

窓の外に流れる青色に別の仮説を描く
ぼくが生きることをやめられないのと同様
ぼくが言葉や文字をやめられないのは
ちゃんと誰かに届いているからではないか

寄り添っていても抵抗がなく
姿がないからあるがままの姿でいられて
時にはこころを垂直に貫く光のような
ぼくが知らずにそうされたように

車両の傾きがゼロに戻り
窓の外に人工物が戻ってくる
ぼくが見ていた夢と現のさらに先
この星で会いたい人に出会えそうな気がした

3+

No.764

夕陽がすごく綺麗だよ
隣の部屋からメッセージがとどいて
音を立てないようベランダへ出る
遮光カーテンに守られた世界の外で
もうひと回り大きな世界が輝いていた

かがやく闇は家電量販店の看板を飲み込む
不用品が集められるあの場所を
親切なオーナーのいるコンビニを
一度も入ったことのない五番街を
嫌悪にすり替わる他なかった好意を

同じものを見ているだろうに
だって教えてくれたのはきみなのに
本当だねと写真付きで返信する
きみからも同じく写真が届く
僕の方がセンスいいな、
そう主張したくて部屋のドアを開けた。

『なかなおりの詩』

3+

No.763

盗まれたから持っていたことを知った
失ったから大切だったことを思い出した
漏らして知る自分の本音
嫌いだと言い好きだと否定した
胸が痛んで耐えられない
本音を嘘で証明しようとして仕損じて
きみはずっと私を好きだったよと
あなたから教えられるという失態
ぼくから伝えられなかったという不覚

『不覚の詩』

2+

No.762

決まった朝に目が覚めて
いつもと変わらない私を知る
机の上に増えてく花が
減っていく言葉を表していた

日付が追い越していく
異変のない庭の手入れと
たやすくなびいてしまう髪

あなたに言ったことはない
不安が消えたことはなかった
愛を歌えたら
幸せを歌えたら

欲しい終わりをあげられたら
塗りたい青で塗りつぶせたら
きっとなにかが変わると思っていた
ずっとなにも変わらないと分かっていた

あなたは光りやすい素材の人ね
私と違って私でなくても
手をかざすだけで見つけられるの

2+

No.761

リズムがぼくを離れていかない
花瓶を買ったんだフラスコの
花が好きになれなくて
花さえも好きになれなくて

手紙を書くよ
あなたの声は知らないけれど
手紙を書くよ
切手を貼りたいという動機だけ

新調したペン先を今
信号機の青に浸す
禁止という言葉が行間から生まれ
隣の行に吸い込まれて消えた

ぼくが手紙を書くこと
手紙を書くためにペンを握ること
ペンを握るまでに至るあなたへの思いが
明日、欠落するかも知れない

今だけだ
どうしても眠ることできない
今しかない
よそ見している余裕はない

火のようにペンを走らせる
独りよがりに似ている
凍てつく前にペンを走らせる
ぼくはたぶん大人にならない

封筒に宇宙の切手を貼り
星から吸い込んだもの全部を還して
一生に一度の最期を迎える
この世には美しいものがたくさんあった

優しいひとがつくってくれた
正方形の窓から夜明けが見える
遠くのちいさな星よありがとう
ぼくより先に沈まないでくれて

3+

No.760

愛の取得に失敗し
何ミリリットルの血を賭けた?
再生が先か終わりが先か
他の誰もが平和に見える

ひとを好き
なんて嘘
もしひとが
手に入るなら言わなかった

言葉が嘘ならいいのに
本当を隠し合っているなら
探しているなら分かり合えるのに
手がかりを埋めた氷はまだ溶けない

好きだったひとは遠くにあって
いつでも孤独を教えてくれる
忘れそうになったら瞬いて
おまえはまだ真夜中だよと教えてくれる

2+

No.759

発光するものに照らされて、ぼくは今もここにいる。これからもここにいていいんだよ。優しい声に縛られて。脈をはかる長い指が感覚器にのばされるのに時間は要らない。いつでも言い訳ができるよう偶然を装って。みんな歩き出したよ。ぼくだけがここにいるよ。不自由のない場所で、培養される愛の中で。大丈夫。震えなくてだいじょうぶ。誰もが安心して信じられる存在をたしかめたいんだ。きみはちゃんと必要とされているよ。脈をはかる以上のことをせず、指が離れていく。後には甘い体温だけ残って、それもすぐに消えていく。一度でも困らせたい。一度でも踏み外したい。壊したい。『わがままを言わない』。成長過程で幾度となく刷り込まれたそのルールを破ると、あなたの目にも光が宿る。なんだ、意外と簡単かもしれない。そこからぼくはいくつものわがままを垂れ流す。精確な計測器のようにストイックなあなたが我を忘れてぼくに触れるまで、あと、7秒、白い、天井、左手のタグ、ああ、ぼくは、生きて、いたんだ。

2+

No.758

トルコキキョウは死んでしまった
長旅の果てにぼくに会うために
欲しがらなかったら良かったか
いやきっとべつの方法で死んだ

人のする後悔はひとりよがりで
世界は思惑を包んでいる
散らばった勘違い
まったく見当違いの思いやりも

ふたつのまま生きていこうね
祈りのように呪いのように
会話が途切れた一瞬とっさに
この先も続く幸せを願った

自分が願う日が来るなんて
知る由もなかった想像さえも
ぼくのかけた魔法が今も
むらさき色のあかりできみを守る夜

3+

No.757

恐怖で目覚めた朝に
塩と砂糖を間違えた報告
え、何だって?
きみはずいぶん呑気だな

自転車にカマキリ
払い落とせずバス停まで漕がずに歩く
子どもの手を引く会社員が
車道側を歩いていた

英会話教室の張り紙に
無料の文字と向日葵のイラスト
道行く人に笑いかける自販機
無視されてもひんやり冷たい

恐怖はこの先も
たぶん消えない
嫌な思い出もたぶん
死ぬまで消えない

上回るだけの
せめて同じ量の
優しい毎日にしていこうね
信じたくない綺麗事

そっぽを向きたがるぼくを
なだめるのはきみのほうが得意
きみはごちそう
魂から欠けたものを与えてくれる

ゼロからイチにもなれないでいる
コンマ以前のぼくを解いてくれ
生き物なんかどうでもいい太陽も
ぼくからきみを奪っていかないから

3+

No.756

あなたがここにいないので僕は、知らない女の子の爪の話を聞かされなくてはならない。爪と言うと怒られるんだ、ネイルなんだ。シーツの皺もアボカドの種もメモの殴り書きもあなただから好きになれたのだと知る。長い夢を見ていたようで、ここから長い夢が始まるようでもある。こどもの頃、家族で海水浴へ行った。世界の終わりみたいに美しい場所で、僕はすすんで迷子になったんだ。呼ぶ声を聞きたくて、探す瞳に見つけてもらいたくて。あなたもそうだろうか。そうなら繋がっていられる。アクリルに閉じこめられて、星の陰に隠れて、つぎの場所へ向かう途中だろうか。あなたを好きなままだよ。好きなままで、どんどん思いを募らせながら、女の子に言うよ。その色すごくいいね。僕も好きだよ。

4+