No.817

私がここにいることが、誰かの孤独を慰める。私がここにいることが、誰かの自虐をやわらげるなら。言わないで。続きを言わないで。きみは僕の否定を待ってる。優しいんだね、信じてくれるんだね、僕がもしかすると人へ優しくできるかも、って。傷跡を見せ物にするのは終わりにしよう。二人で決めたルールは責任が分散され、一度も守られなかった。破るためだよ。裏切るためだよ。予測のつかない無数の淡い白も、やがて春のうちに終わる。僕らの人生、最初と最後を見届ける人がいるものだと、子どものように信じてる。大丈夫、ほら、もう大丈夫と言い合って。平和だねと頷き合って。狭めた視界で。でも、ああ、僕はそれを好きだったのに。花弁が浮かんで鏡だと思い知る。誰もいなかったと、ここには僕だけだったと、薄暮に包まれ思い出す。途方もなく静かな嵐。なけなしの沈黙のなかに恋は死ぬ。ぼくの世界できみはずっと不在だった。記憶だけが見つめていた。

5+

【雑記】だから好きだと言ってくれ

すごいものやすごく好きなものにでくわすと、言葉を尽くすことを放棄してしまいたくなること、たまにある。「えもいわれぬ」「筆舌に尽くしたがたい」「言葉にできない」などなど。だけどなるべくは、言葉にするようしてきた。言葉にできない(したくない)ものをするところに言葉は集まると思うし、ああでもないこうでもないとかき集めては捨てた跡は人に伝わるし、そうやって言葉に残しておけば自分の気持ちや感受性を大切にできるから。私はそう思うから。好きなものは好きでいい。好きと言っていい。言ったほうがいい。まったく意図しないところで誰かを救ったり動かしたりするので。その「誰か」は自分をも含むので。好きだと言ってくれ。

6+

No.816

深夜にきみの検索履歴を眺める。僕は悪いヤツだと思う。僕なら救えるんだ。だからしない。傍観している。悪いヤツだと思う。知っていることと知らないことが運命を変えるなら、知っているのに知らないふりをしてやり過ごすことが運命を変えたりしないだろうか?バカげてる、きみは言うだろう。それを分かってる。いつか読んだ小説のフレーズが、今僕の胸をえぐっていく。月がきれいと言えた頃、もっと瞳に映れば良かった。懇願に飽き足りて呪いのように。きみは映せば良かった。作者は読者の存在を知らず、僕が本当のひとりになった時に読む一行。大丈夫かと尋ねるきみのほうが大丈夫じゃなくて、振り返った僕は何も知らないふりをして笑った、色あせた行間に傷跡を隠して。

3+

No.815

始まりに手紙が届かなかったから、もう終わったと思っていい?もう忘れたと思っていい?ぼくら絵に描いたように幸せだった。水に映った月を食べようとした頃。映画のワンシーンみたいに星を蹴散らして笑った。モーター音とページをちぎる音。規則的な回転と羽ばたき。ふたりで作った不規則が、これから十年でも百年でも続いていくようだった。いま一つずつ蓋を閉じて、迷ったんだ、ここを発つ時が今ではないのかと。人知れず上昇する数字。気配はするけど、それも幻かもな。抱きしめるもののいない世界で、手紙を書くよ。宛先のない手紙だ。きみへの、きみたちへの思いは尽きることがない。白い束を海に放ったら一斉に羽ばたき出す。それを、それだけを、その妄想だけを頼りに、紺碧に筆先を浸す。蹴散らかされた星が、食べられた月が、そこにはもう戻っている。

2+

No.814

星を見上げ「こわい。」とつぶやいたきみは、横顔で街の光を遮っている。ぼくは夢から出られなくて、なんの証明にもならないであろう手をつないだ。呼吸や体温さえ生成できるいま、信じる気持ちさえあやふやなまま、自然に溶け込もうとして弾かれる。宇宙に抱かれようとして拒まれる。こんな思いを知ってるか。こんな思いをしてたんだ。寝ている間に流れた星が、ぼくの願いだけ叶えないわけはない。奇跡は当然のように起こり、ぼくは何度も頬をつねるだろう。ばかばかしくなって止めるまで。幸せは降り注いで余りある。恐れることはない。だけど捨てなくて良い。硬貨と引き換えにしたペンダントが何よりの宝物。弱いまま前を向け。傷のある顔を上げろ。きみがいらないと言い消しかけたきみを、ぼくが心ゆくまで愛したいんだ。

5+

No.813

恋と知らずに春と呼んだあなたへ
元気ですか
今日もバスは七分遅れですか
花屋の黒猫は引っかきますか

馴染んだでしょうね
あなたはどこにいても違和感がない
こちらは変わりありません
季節も時間もありません

春と言えば春
冬と言えば冬
そんな感じです
すべての人に向いた場所とは言えません

あなたが来る必要の無いところです
どうしても告白をしたかった
僕は汚れた目で見ていた
周囲の人間を世の中を

そして何より自分自身を
奇跡は毎日に溶け込んでいたのに
あなたは優しい
優しかった

不可能が可能になる過程
呪いが願いになる過程を見せてくれた
だけど僕は見ていた
思っていた

落ちていけば良いのに
裏返しだよとあなたは笑った
まさか、違うんだと僕は睨んでいた
歩み寄ったくせに理解してくれないものは

(キライ)、

明日僕は猫に生まれ変わるそうだ
通い慣れた病院の隣に花屋を探そう
記憶が残っていたのなら
体が覚えていたのなら

きっとあなたは僕を見てしゃがみ込む
引っ掻くけど優しくして欲しい
その傷を開いたら出てくるものが
僕が生きる理由だったと確かめたいんだ

3+

No.812

春はたくさんの音がする。つぼみがひらく音、寝てるあの子の頬を風が撫でる音、光と水が笑う、今がいちばん好きだとあなたは笑う。新しいスニーカーのつま先がもう汚れている、どこへ行ったんだろう、そこで何をしたんだろう。嘘や秘密があったとしても、あなたは僕に対して愚直に思えるほどこれからも優しさだけを向けてくんだろう。僕はそれを愛と呼んであなたを安心させるんだろう。手をつなげないんだ。言葉を交わせないんだ。何度も思い出すうちに記憶は形を変える。今のあなたと一年後のあなたはもう違う。上手な嘘をつきたくて永遠を使った。一瞬一瞬が舞い散って視界を白く染める。どんな奇跡も追いつけない今、報われない純粋で胸がいっぱいだ。

4+

2020年4月6日

望んでいたはずのものが手に入った。でもこれってなんか違うな、と眺めている。これって望んでいたものだっけ?望んでいた自分が過去の自分ならもう、それは必要なものでも欲しいものでもないんじゃないだろうか。望んだ時と手に入る時、どうしたってタイムラグがあるから一生追いつけないし満たされないのでは。みんなどうやってるんだろう。とか疑問を抱いても、聞いたってちゃんと参考にできないでしょう。望むものを望んでいた時が1番心地いいかも知れない。だから努力とか手を伸ばすことをやめて、はやく終わらないかなって思ってる。読みたくもない本から顔を上げたら満開の桜が風に花びらを飛ばしていて、なんでいつまでも枯れ木にならないんだろう、こんなに花びら取れてるんですけどって思いながら髪にそれを付けている。心から笑える。そんな自信、ずっとないや。

4+

No.811

笑い話であればいいのに
鏡のなかの誰かに笑いかけた
他に誰もいないので
ぼくがぼくを殺していた

ひとつ嘘をついた
嘘をつかれてだまされていた
と思っていたあの人は
ぼくにも嘘をついていた

花になれたらいいね
枯れて落ちても責められない
かと言って誰も誰をも責めていない
どこまでもひとりよがりの世界

やさしくなりたかった
強くないとできなかった
子どものまま放置された柔らかさが
あなたを許したり追い詰めたりした

潔癖な恋をしているあいだ
いつもいつでも不安だったよ
どこか汚れてしまったのではないか
どこか千切れてしまったのではないかと

汚れてたよ
もう汚れていないところのないくらい
千切れていいよ
千切って大切なものをまた集める

きいろいあぜ道あおい空
答えのない謎謎を持って
あなたに会うため歩いてる
あなたを知るため生きている

3+

No.810

液晶画面の中で
男が笑いかける
妖しげに儚げに
そのどれも見たことがない

待ち合わせ場所にあらわれた
あなたまるで一般人だよ
そうなればいいのに
そうなればいいのかな

意外と気づかれないもんだよ
自分にいっぱいいっぱいで
それぞれの愛しいものにせいいっぱいで
おなじ夢を見るのにせいいっぱいで

いつも人間でときどき獣
野良猫みたいな日もあれば
徳を積んだ人格者のような日もある
みんなそうだよ

言ってあげたいことを言ってあげる
思ったことを言うついでに
優しさと呼ばれることもある
あなただって差し出しているのに

受け取るという言葉に
受動と能動を見た
完璧なものに未熟を探す
寄り添うよすがに

ふたりでいる証明
バッドエンドに安らいで
逆説の延長を予感する
画面を消して、手の届くぬくもりを盲信する

2+