No.808

きみに好きだと告げたとき
光景を見下ろしている感じがした
菜の花畑を縫って走る赤い電車
膨れた挙句の桜の嵐とちぎれた白い雲

美味しそう、
思わずつぶやいて笑われた
神様がいるとしたら
そんな人であって欲しい

(きっと世界は変わるのに)

ぼくたちは暮らした
百年ずっと一緒だったように
ぼくたちは交わした
百年ずっと待ち焦がれたように

辞書で白夜を引きながら
眠りに落ちた夜
おなじ夢を見たんだ
運命の人とはみんなそう

菜の花畑を抜けてった
赤い電車の終着駅をどちらも知らない
いつか歩いて行こうね
幸せって気づくものなんだね

視界に映るあるものがあって
川が流れて光を反射する
乱れた粒子を映す横顔に
無数の感情が浮かんでは消え

ぼくを、好きである。
というひとつに収斂する
そのさまを見たよ
青い春の中で幸せがふたりを護る

4+

【小説】『ドラマチック・ハル』

車窓の額縁であなたと春が象られ、知ってる。と思った。間違いない、そうだ僕はあなたを知っている。錯覚だと信じたくなくて目を逸らす。目を閉じて深呼吸してまた目を開ける。風景のなかにあなたがいる。世界がある。なんて完璧なんだろう。呼吸も忘れる。吸うと吐くを、どうしてたっけ。なのに鼓動は勝手に高鳴ってる。身に着けていた鎧も、いつしか厚くなっていた仮面も、あっけなく消え失せた。セピア色の本から視線を上げ、あなたが言う。何かを僕に。声が体に染みて透けて意味が通らない。自分に向けられるその音を欲していた。電車は光のただなかを行く。外はこんなに明るいのに、耳元ではずっと星屑が流れるんだ。「血、出てます」。上唇に手をやって、ああ自分の血のことかと理解。裏切られたと一瞬思う。でも、春だ。だけど、春だ。なんなら桜並木を歩きたい。第一印象がどんなに情けなくたって、いつかあなたの一番になるよ。ずっと前、生まれるもっと前に誓ったことを思い出し、僕は第一声を発する。新しい風に百年が弾け、あなたは自分でも気づかずに、知らぬ僕の名を懐かしく呼んだ。

4+

No.807

どうして一人の人間の、幸せを願ったり不幸を願ったりするんだろう。ぼくの思考は忙しないんだろう。多重人格かも知れない。きみが関わってなければ。飲みかけの炭酸水に、いったいどれくらいの砂糖が含まれているか。ほどけた靴紐を結ぶ、後頭部にどれだけの期待を込めたか。他力本願。傷つかないためならなんだってする。その情熱をべつのところに注げたなら。無理だって分かってるんだ。来ない終わりは無いって。出会わない始まりは無いって。希望とか絶望はサンドイッチでしかなくて、毒がはさまってたとしてもぼくはそれを口に入れる。きみがさみしそうに笑うより早く。

4+

No.806

腕は檻ではない、分かってる、でももう、離れらんないな。他人事のように思った。こんなに花が降る日は、世界の終わりを考えてしまう。聞いたこともない歌を歌ってしまう。風に過去の面影を見つけてしまう。妄想に光が挿し、没頭さえ上手くできなかったと自己嫌悪。ゆううつ。という顔を見せたいだけ。(いつか素直に)。飽きさせない方法を他に知らない。ずっとの拘束力を信用してない。車は相変わらず茎を敷くし、花は頭を落とすんだ。降る花が呪いなら、ぼくは安心して眠ってしまうのに。包む腕が鉄の檻なら、思い残すこともないのに。もう大丈夫。だから行くね。自分からそう告げて、嘘の国へ行くんだ。単純なきみに呪いをかけて。泣きそうな理由を、三月のせいにして。

2+

No.805

それはすごいことだよ
誰も言わないから気づかないだろうけど
奇跡と呼んで差し支えないものだよ
そうでなきゃ嘘だよ、ウソなんだ。

山間の暮らしを淡々と流すドキュメンタリー
都会から帰った息子が言うんだ
「やっぱりここに帰ってくると安心しますね」
腕に目元がそっくりの子どもを抱いて

あ、これ、知ってるひと。
思わずそう声に出してしまう。

「何を?」
「ぼくは、この人を知ってるんだよ」
「いまテレビに映ってるこの男?」
「そう」
「おっさんだな」
「優しかったよ」
「ふーん」

あなたは関係を追及しないで「こんな偶然があるもんだね」と言い「偶然しか無いよ」とぼくは答える、心の底から。

愛は、形を変えるところまで含めて愛だね

誓った永遠はいま他の命に注がれて
ぼくはあなたとごはんを食べる
明日ぼくは誰と過ごすんだろう
あさってあなたは誰に懐くんだろう

奇跡と奇跡が寄り添って
想いをひとつもこぼさない
それは強さでも思いやりでもなくて
単なるふたりの臆病だった

チャンネルはクイズ番組に切り替わり
小学生レベルの問題を間違えるあなたを笑う
ぼくの腕はがら空きだったよ
あなたに似た人ばかり探してたんだよ

「おまえ、さみしい顔をしている」
「あなたはそれを指摘するだけ?」
「いいや。慰めることができる」
「頼んでないのに」
「ずるいんだな」
「知らなかった?」
「忘れてた」

星になったら降り注ごう
ぼくが愛したものたちへ
夢のなかまで連れて行きたい
こんにちはもさようならも無いこの今

(忘れてろ)。

3+

No.804

雪の結晶は肉眼でも見えるよ。いや見えないよ。そんなやり取りを繰り返していた。視力が違うんだ。とらえ方ではなくて。結論にたどり着いてすぐ別の話題にうつった。お互いのわだかまりをひとつ消して。話のとっかかりをひとつ消して。あなたをインストールしてぼくの未来が変わるといいな。不幸だと思いたがるずるい自分が生まれ変わることはできなくても、この先ちょっと変わるといい。言えなかった過去、告発すれば認められただろう。しなかったこともルーレットだとしたら、今だけを見ていればいいな。雪は解けて景色が変わる。てのひらにのせても結晶だった奇跡が、花びらに変わっても、ぼくはぼく。あなたはあなた。めぐると言えば安らぎ、あたらしいと言えば慈しむ。ああ、どんなふたりもぼくたちだ。春が来る。

4+

【雑記】私の中のあなたを観た

映画をみて泣くことが多くなった

多くなったと言うからにはこれまではそんなことなかったのになーというニュアンスが含まれていて実際にそうである

自分の身の回りや心境にはめちゃくちゃ敏感だそのくせ映画や人の話を聞いているあいだは

ふーんと思っていた

思ってるだけじゃなくて顔にも出ていたかも知れない
何度か笑いながら指摘されたことがあるから出ていた

しかしそれは割とどうしようもないことで
指摘されたり直したいと自分で思ったりしても仕方ないことだと思っていた

プライムビデオがすすめてくれる映画には私が知らない人が作った私が知らない物語が流れていた音楽もそうである

なのに懐かしいと思いそこに出てくる人たちをよく知っているように思いティッシュを目から水分が漏れるので消費する羽目になった

あくまで人間だなと思いこうしてフリック入力している

作品の近くで作者があまり生活感をにじませるものではないと思っていてここでもあまり好んではしなかった

でもまあたまにはいいのかなと思いそうした

慎重に生きようする自分をたくましいなと思いながら
だからなんだ?
と思ったりする
でも
だからなんだ?
じゃない人生って無いように思えて
だったら美味しいものを食べて美味しがっているのがいちばん良いと思う!おわり。

3+

No.803

見ていたね
夢を見ていたね
卵白のような空を
ここではないどこかを
今ではないいつかを
あれが夢です
夢は希望です
繰り返しながら
馬鹿にされながら
呆れられながら
ぼくはぼくを抜け出せないので
そう言い訳をして
嫌いなものを好きになれず
フォークでよりわけ
好きなものをただ好きになって
スプーンでまるく撫でて
呼吸をやめなかったその先で
きみはぼくに出会ったんだ
大切に思わないわけがなかった
星は見ていた
音楽は奏でていた
正解や間違いに囚われず
人は生きていけることを教えてくれた

4+

No.802

額縁に置いた手に傷がない。そのことを責められる。作品にしようと思ったのに。花弁と血痕とレプリカの月を、収めて取っておきたかったのに。僕の言葉や行動、考えることどこにだって、あなたの存在が影を落とさないことはない。すれ違う人々のように笑いたかった。でもそれは想像力の欠如でしかない。誰もが何かを抱えて何かを押し殺して何かを切り離して何かのために心を痛めてる。鈍感になりたかった。あなたは透明のビニール傘についた水滴を数えている。無謀だ。雨はまた降るのに。睨みつけながら言う僕を見ずにあなたが笑う。どうにもならないことばかりだよ。どうかにしたいものでもない。何が叶って何が叶わないと、線引きしたってすることをするよ。僕は小さく震えた。知らない。これは、知らない。名前のない感情だ。後から振り返って特別な瞬間になるかも知れない、ならないかも知れない。だけどもっと知りたいと思った。続きを聞きたい。水滴を数える目で僕を見て。聞けない。癒えない。額縁に置いた手にもう一度、傷をつくるつもり。この地に花弁が舞降る前に。

5+

No.801

猫は気まぐれで愛をつぶやく
咲かなかった花を柔らかく踏んで
きみの歌声はよく馴染む
残酷であたたかいこの光景には特に

そう感じているということなんだろう
そう覚えているということなんだろう
誰もいないなら生きられないよ誰も
軽く言い切ったきみを睨んでいたぼくの春

今も歌っていて欲しい
今もひとりで歌っていて欲しい
自分に向けられなかったものに
引き寄せられる人がこの星にいるから

サイダーは線路に流れ出した
炭酸と星に大差はないんだって
あの日ぼくはきみから愛を教わった
伝えなかったけど初めて満たされたんだ

今もきみがどこかで歌っていて
あの日のぼくを救い続けてくれますように
今もきみはギターを弾いていて
隣にいる誰かをあたためているだろう

踏まれた花は何食わぬ顔で明日咲くよ
遠くのきみに光が降るよ
ぼくがそれを見ている
濃密な平和が公園のブランコに溶け込んでいく時

6+