【小説】知らなかったこと。

汗ばむ背中。のびやかな四肢。まごうことなき優良男子。

おまえは平凡な男になる。ぼくでななくあの子を選ぶ。なぜか?ぼくがすすめたからだ。ご名答。ぼくがすすめたものをおまえが受け入れなかったことはない。完全なる思考停止。自らの青春に異質が混じっていたことを知る由もない。ぼくも言うつもりがない。おまえの戸惑いを応援する。自薦は禁じ手。

なんという、名優。

いいね。
可愛いし優しそうだ。
友達の文句も言わない。
てことは彼氏の文句も言わない。
何よりおまえ、すごく好かれてる。

(バカだろ)。

お人好しを通り越して献身。悪人になれなかったとしても、爪痕くらい残して良かったんじゃないのか。冗談めかして予感をほのめかすくらい許されたんじゃないだろうか。

死ぬときに後悔するだろうか。告げなかったこと。応援してしまったこと。これを何才までずるずると引きずるんだろう。痛みは今がピークだろうか。後からもっと痛むだろうか。やめて欲しい。時間が経つほど効いてくるだろうか。恋のできない体質のふりをして、一番もろい部分だけ自家発電であたためるしか。ないのか。

でもおれお前といる方が楽しいかな。

(それはそうだ。いつだって楽しませることだけ考えてきた。どこの馬の骨か分からない輩とは歴史が違うんだ歴史が)。

これからも今までどおり遊ぼうな。

(いままでどおり)。

どうして悲しそうなの?

(どうして?)。

確かめたかったんだ。

(ん?)。

おれだって、おまえのこと何も知らないわけじゃない。なかなか本心を語ってくれなくても、嘘をつくときの癖くらい分かってる。応援?いいと思う?自分がどんな顔してるかわかってる?手のひらで転がしてるような気分でいるかも知れないけど、そんなにうまくは転がせてないから。もうね、すっごく居心地悪い。転がすならもうちょっとうまく転がしてくれないと、体中痛むんだけど。

(ん?ん?)。

分からないよ、おれだって分からない。じゃあおまえの気持ちに答えられるのかって言ったらそれは都合が良すぎっていうかフィクション寄りになり過ぎっていうかなんかこじつけみたいになるし、そもそもまだよく分からないんだけど、とりあえずおまえに嘘をつかれるのと、勝手に献身されるのは勘弁。おれを鈍感な罪人にでもしたいの。ずるいよ。

ずるいのはおまえだと思うよ。
今のだってそう。
じゃあさ。
絶対飼えない猫にエサやる?
見捨てた自分に失望しないために?
それって本当に優しい奴のすることか?

おまえはいつもそう。
白か黒かで話の決着つけようとする。
腹空かせた猫がいたら自己満足かどうかなんて関係なくね?
食べ物持ってたらやるし。
ごく自然にやるよ。
それで少しでも生き延びたら、良い奴に拾われるかも知れないじゃん。

絶望する時間が長引くだけじゃね?
もう戻ってこない奴を待ってさ。
もう食べられないものの味とか覚えさせられてさ。
ほっといてくれって。
その場しのぎの同情がいちばん腹立つんだよ。

その場しのぎでも次に繋がることがあるじゃん。
その場しのぎを悪いように言うけどさ、それで本当に救われたらどうする?
結果的にそいつ超幸せになったらどうする?
その場しのぎして良かったー!って言うよおれは。

なんなん?
なんの話?
マジでなんの話してるのぼくら?

おまえ好きでしょおれが。
うん。
あっさりしすぎ。
もう面倒くさい。分かってるんだろう。
うん。
でもおまえは応えられない。それをぼくは分かってる。進展しない。おまえが明示させたせいで、もう振り出しにも戻れない。
そうやって思考を暴走させるのやめろよ。おれまだ何も言ってない。べつにいやじゃないと思ったよ。
ほう?
だけどよく分からないとも思った。
ふうん?
些細なことにぷんすか怒ってて可愛いなと思ったし、あからさまに拗ねてるともっといじめたいとも感じた。これはなんだ?
なんでもぼくに聞くなよ。恋じゃねえの?
恋!
そう。相手の変化が楽しくて、もっと変化させたい、それを見てみたい。そう思うんなら恋だろうが。そんなことも知らねえの?
恋か。
愛にしてみる?
うーん、みる。
チョロい。大丈夫か?
今やっとホッとした。おれ自分がよく分からなくて。
ぼくがおまえを教えてやるよ。
それが良いな。
ずっと見てたから、おまえよりずっと分かるんだよ。
だと思った。

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小説『この甘さに対抗しうるもの』

このシリーズに出てきたハレが幸せを噛みしめるだけの小噺。甘め。

仕事が早く片付いた今日は久しぶりに定時で上がった。取引先から連絡が入る予定も特に無し。同じ部署の同期から飲みに誘われたが「やめとく」と即答すれば「オンナ?」とからかわれる。オトコ!と元気よく答えて会社を後にした。

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