小説『夢の夜』

このシリーズに出てきたハレが夜中にクーラー切るってだけの話。番外編小噺。

夜中にふと目を覚ましクーラーのタイマーを設定し忘れていたことに気づく。
さみい、とつぶやきながらトイレに立とうとして腕を引き戻された。
「ハレ。どこ行くの」
「トイレ」
「やだ」
「やだって」
こまるんだけど、と言いながらおれは(ははあ、こいつ寝ぼけてるんだな)と察する。
「漏れそうなんですが」
「いいよ。ここですればいい」
「やだよ。昨日シーツ洗ったばっかだし」
しばらくして笑い声が返ってきた。
「シーツの問題?おれの前ですることは別にいいんだ」
「ふざけるな、むっつりめ。とりあえず行かせろや」
まだ絡みついてくる腕を容赦なく振り払って、トイレに立った。
用を足して帰ってくると、暗がりで分かるくらいジウの目がじっとこちらを見ている。
「怖えよ、おまえ。藪の中から黒豹かなんかに睨まれてるみたい」
「ハレはかわいい」
「今度は何だ」
「夜中にトイレ立った時、ちゃんと廊下の電気もつけるんだ」
「え?」
「えらくてかわいい。おれはつけない。眩しいもん」
はあ、そうですか。
何と答えたらいいか分からず気の抜けた相槌だけ。
床に落ちていたリモコンでクーラーの電源を切り、かわりに扇風機をつけてからジウの隣にもぐりこむ。
「夢みたいだ」
「何が」
「ハレが夜中にトイレに立つところを、おれは寝たままベッドの中から見ている。戻ってきたハレが、もう一度おれの隣に潜り込む。夢みたいだよ」
「はいはい、だったらほんとに夢なんじゃないですかね」
「じゃあずっと起きない」
「おれは起きる」
「起こさない」
やけに甘えてくるなあと思いながらジウの好きにさせておく。
そうするとジウの動きがだんだん緩慢になっていき、なんとまた寝てしまうのだ。
まじか。
抱き枕を抱え込むような体勢で巻きつかれたまま、おれは「夢みたいだ」とジウの言葉を繰り返す。
扇風機の風じゃこもった熱を冷ませそうになくて、クーラーつけときゃ良かったと、すっかり冴えてしまったおれはおおいに後悔する。