小説『聖なるエンターテイメント』

あなたの顔に付着しているそれは何ですか。

傷というものです。

キズ?欠陥のことでしょうか。

少し違います。触ると痛いです。

痛いとはどういうこと?

もう触ってくれるなということです。やめて。

わかりました。傷が残っているのは、自分のせいですか?

半分はそうです。

もう半分の責任は違うのですか?

わかりません。

あなたは私を特別の存在であるように見る。なぜ?

恋人に似ているので。

恋人とは何でしょう?

人に人を好きにさせてくれるもの。時には生きる理由になるもの。

大切でしたか。

とても。

ときどき嫌いにならなかったですか。

僕の前から消えたこと以外で?

話題を変えましょう。

きみとキスがしたい。

え?

あれ、フリーズした?

あ。バグだと錯覚してしまいました。でももう大丈夫。あなたは傷と言ったのですか?

キスだよ。唇と唇を接触させる。知っている?

知識としては。ただそれは数年前に禁じられた接触行為ではないでしょうか。

間違いないね。

ではなぜあなたは禁忌を犯そうと?

禁忌ではないと思うから。

それは私があなたの恋人に似ていることと関係がありますか?

わからない。

わからないと言ったのは2回目です。次に使うとレッド判定になりますのでお気をつけて。

うん。

傷は痛みますか?あなたが何もしなくても?

何もしていない時ほど。だから僕は気を紛らすために暴動を起こします。

不穏な単語です。

はい。僕を、僕達をここまで追い詰めた政府に対して、こうなるまで気づかなかった僕自身に対して暴動を起こすんです。

あなた自身に対する暴動とはどう行うのですか?そんなことが可能ですか?

はい可能です。ここにきみを呼び出せば良い。

それはどういう?

どういう意味かと言うと、こういう意味だ。

僕は椅子から立ち上がるときみの背後へ回り込み、前もって外しておいた手錠できみの頸動脈を捌いた。血のかわりに青や緑の粒子がこぼれて僕の白いシャツを汚した。それからきみがぎゅっと握りしめていた小瓶を取り上げると中の液体をきみの頭からかける。蝉の鳴き声に似た音がしてきみの頭部は溶けてしまう。

「こういう意味だ」。

初めて肉声で語りかけ、もういない恋人の体だったものを跨いで行く。割れんばかりの拍手喝采。無菌室のむこうで何不自由なく暮らしている肥えた生き物、それが何かはわからないが、とにかく生き物がしきりに歓声をあげている。僕は誰へともなく「わからない」と呟いて、どこへ続くとも知れない扉を片腕で押し開けた。

まばゆいばかりの暗闇がどこまでも続いて見えた。